最終章:笑えるって、強いこと
秋の風が吹き抜ける、放課後の校舎。
静かな部室には、ミシンの音と、時々くすくすと笑い合う声が響いていた。
紬、美織、秋穂、そしてほかの部員たち。
イベントを終えた後も、彼女たちは毎日のように集まっていた。
「なぁ……私たち、何か“変わった”よね」
ふと、美織が言った。
誰もが少し黙って、それから頷いた。
「私、昔は“笑われるのが怖い”って思ってた。笑いなんて、傷を隠すための鎧だって思ってた」
「でも今は、違う。……“笑える”って、きっと、強くなるってことなんだ」
秋穂がぽつりと呟く。
その言葉に、紬は静かにうなずいた。
「うん。落語って、バカにされるくらいのことを、自分で笑い飛ばす力だよね」
「それって、たぶん一番カッコいい生き方だと思う」
彼女たちは、ぬいぐるみを使った“落語”という前代未聞の表現で、
笑われたり、失敗したり、涙を流したり――
それでも、誰かに笑顔を届ける強さを手に入れた。
「来年、文化祭のステージ、出ようよ」
紬が言った。
「部活じゃなくて、個人で出るんじゃなくて――手芸部みんなで、“笑い”を届けるステージをやりたい」
「ぬいぐるみ落語の、“進化版”だ」
「新作ネタも作りたい!」
「衣装も自分たちで作る?」
「背景布も染めようよ!」
「ぬいぐるみに“推し”の属性入れるとかどう?」
わいわいと盛り上がる中、秋穂がそっと一冊のノートを取り出した。
そこには、彼女が作った新しい演目の草案が書かれていた。
タイトルは──『笑えるって、強いこと』
「これ……もし良かったら、次の演目にしてほしいです」
ページには、こう書かれていた。
ある女の子は、失恋で笑えなくなった。
推しは解散、母は遠くに住んでいて、父親ともうまくいかない。
でもある日、部屋の片隅のぬいぐるみが喋り出した。
「そんなに泣いても、朝は来るんだよ」
「朝が来たら、ちょっとだけ笑ってみなよ」
女の子は、泣きながら笑った。
それが、最初の一歩だった。
誰もがしんとしたあと、紬が微笑んだ。
「……いいね、すごく」
「“泣きながら笑った”って、なんか私たちのことみたい」
その瞬間、何かがひとつ、確かに繋がった気がした。
*
数ヶ月後。
彼女たちの「ぬいぐるみ落語」は、文化祭の中で異例の長蛇の列をつくった。
SNSで話題になり、小さな学校の手芸部は、思いもよらぬ注目を集めていた。
だが――
それでも、彼女たちは変わらなかった。
放課後の部室で、ミシンを踏みながらネタを考え、
くだらない話に腹を抱えて笑い、
ときどき、思い出して泣いた。
それでも、ぬいぐるみたちはいつもそばにいてくれた。
「笑えるって、強いこと」
それは、誰かを救う言葉であり、
彼女たち自身を支える呪文のような言葉になっていた。
――そして今日も、ひとつ、新しいぬいぐるみが出来上がる。
その手に抱かれたぬいぐるみは、
どんな悲しみも、優しく包み込むような、ふわふわの笑顔を浮かべていた。