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第6章:そして、ぬいぐるみは歩き出す

「あんたたち、ホントにやるのね? 地元フェスのメインステージで“ぬいぐるみ落語”なんて」


商店街連合の古参役員たちは、半信半疑だった。


夏の終わり。久留米市主催の地域活性化イベント「タヌマルフェス」で、手芸部は初の本格ステージ出演を控えていた。

当初は単なる手芸展示の予定だったが、春の公演で口コミが広がり、「ぜひステージで!」とオファーが来たのだ。


――けれど、ステージの時間は、夕方17時。イベントのクライマックス。

出演者は地元のプロミュージシャンや高校のダンス部。そんな中に“ぬいぐるみ落語”。


「浮くかもね」

「ウケなかったら……スベりまくるよね」


誰かが言うたび、誰かが不安になった。

でも、紬は言った。


「でも、私たちが歩いてきたのって、“笑ってもらえないかも”って道だったじゃん」


「それでもやってきたんだよ。だったら、大丈夫だよ。――ぬいぐるみとなら」


部員たちは、互いにうなずいた。



そして、迎えた当日。


夕暮れの空の下、商店街の広場には観客が集まり始めていた。

浴衣姿の子どもたち、親子連れ、屋台の灯り。

スピーカーの向こう、アナウンスが流れる。


「続いてのステージは、久留米北高校・手芸部による“ぬいぐるみ落語劇場”です!」


舞台袖で緊張する5人。ぬいぐるみたちも、カゴの中で静かに待っている。


「やばい……心臓が、逃げたがってる」

「でも、ぬいぐるみ持ったら不思議と落ち着くよ」

「行こう、わたしたちの落語、届けよう」


ステージに出た瞬間、ライトが照らす。

観客の顔は見えない。

でも、彼女たちは確かに感じていた。


「――演目、『君に笑ってほしくて』」


ぬいぐるみたちが登場する。ウサギにネコ、クマ、リス、そしてモモンガ。

ひとつひとつ手縫いで、ひとつひとつ想いを込めて作った子たち。


物語は、ある女の子が落ち込んでる親友を元気づけようと、

手作りのぬいぐるみたちに命を吹き込んで、舞台を開くというもの。


「キスしてみた〜いって言ってたら、隣の席のジャガイモみたいな男子が俺でいいならよかばいって唇とがらせてきた」

「失恋で部屋にこもってたら、推しの新曲出て心が再起動したって話もあるよ〜!」


ネタはどれも、これまで少女たちが語ってきたエピソードの“総集編”。

笑いもあれば、泣ける場面もある。


そしてクライマックス――


クマのぬいぐるみが、小さな声で言った。


「泣いて、笑って、また歩き出せたら、それでいいんだって……君が教えてくれたから」


その一言に、舞台を観ていたひとりの少女が、静かに涙をこぼした。

中学の制服姿で、母親と来ていた少女だった。


舞台が終わる頃には、観客の中に、笑い声と、拍手と、涙が広がっていた。



「……最高だったよ、お前ら」


美織がバックステージで涙ぐみながら叫んだ。


「ねぇ、見て」


秋穂が指差す先。

SNSには、観客たちが上げた動画とコメントが溢れ始めていた。


《ぬいぐるみ落語、やばい……思ってた10倍泣けた》

《笑って泣いて、癒された。ありがとう》

《この子たち、もっと見たい!》


「……ぬいぐるみたち、ちゃんと歩いてるね」


紬がそうつぶやいた。

夕焼けの空の下、ステージに残った5体のぬいぐるみが、まるで本当に動いていたかのように、光の中にたたずんでいた。


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