第4章:推しがいるから、生きていける
「はぁ〜……今日も尊い……」
手芸部の机に肘をつき、スマホを見つめたまま恍惚のため息をつくのは、オタク系女子・遥。
彼女の推しは、2.5次元舞台俳優の「桐ヶ谷レイ」。
舞台でも配信でも雑誌でも、どこを切り取ってもイケメンで、笑顔が神で、筋肉のつき方まで芸術的。遥にとって、レイは“生きる理由”だった。
「でもさぁ、落語で推し活って……バカっぽくならない?」
福祉施設での公演が終わったあと、次の地域イベントで披露するネタ会議中。
紬が「推し活ネタやってみたら?」と提案した時、遥は一瞬ひるんだ。
「だって推しって……自分だけの宝物っていうか、笑いにするの、ちょっと怖い」
けれど、心のどこかで思っていた。
——“この気持ち、誰かと分かち合えたらいいのに”。
それでもやると決めたのは、ある日、駅のホームでふと見た広告がきっかけだった。
舞台の告知ポスター。そこに映る桐ヶ谷レイの笑顔に、遥は小さく笑った。
「……あたし、この人の存在だけで、今日まで生きてきたんだな」
泣きそうになるその瞬間、ふと思った。
——“この尊さ、笑いにできたら最強じゃない?”
そうして生まれた演目が『推しが生きてるだけで世界が光る件について』
*
地域商店街の特設ステージ。
観客の中には、偶然通りがかった高校生たちや、小さな子ども、買い物帰りのお年寄りの姿も。
遥のぬいぐるみは、金髪ふわふわのウサギに舞台衣装を着せた“推しぬい”と、自分を模したメガネのネコ。
「みなさん、推しはいますか? え、いない? じゃあ今から私が布教します!」
「推しが生きてるだけでいい! この世に存在してくれるだけで、空気がうまい!呼吸ありがとう!」
「舞台でたった一言セリフ言っただけで、“やばい今の声の波動、耳経由で心臓きた”ってなる! 分かるこの感覚!?」
「お金? もちろん貢ぎましたよ!? 舞台8公演全通してグッズも買って、残高見たら“生きてるだけで赤字”でしたけど何か!?」
会場から笑いが広がる。
「でも、どん底の時、推しの言葉で救われたことがあるんです」
「“舞台に立つことで、誰かの明日を照らせるなら嬉しい”って。……あたし、それ聞いて泣きました」
「だから今、あたしも誰かの心を、ちょっとでも照らせたらって思ってるんです。ぬいぐるみと、落語で」
最後に、ネコぬいがこう言った。
「推しがいてくれて、ほんと、ありがとぉぉぉぉ!」
観客の中に、そっと涙をぬぐう年配の女性がいた。
「私にもいたのよ。若い頃、宝塚のスターでね……その人の舞台観るために、貯金はたいたわ」
終演後、その女性が遥に言った。
「あなたの話、すごく良かった。推しって、本当に人を生かしてくれるのね」
遥は笑った。
「はい。……推しは命の灯です!」
そしてその晩、遥は“推しぬい”の背中にこっそり刺繍を入れた。
「光」
それは自分の心を照らしてくれた存在への、最高の感謝だった。