第3章:失恋は、笑って終わる
「……ほんと、どうしよう。めっちゃ好きだったのに」
手芸部の隅っこ、裁縫箱の陰にうずくまるのは、部で一番おとなしい綾音だった。
文化祭のぬいぐるみ落語を終え、次は地域の福祉施設での披露を控えていたある日の放課後。
みんなで新作ネタを考えていた中、綾音がぽつりとつぶやいた。
「3組の、翔馬くんに告白したんだ」
「えっ、あの爽やかサッカー男子!?マジ!?」と美織が大声を上げる。
綾音は真っ赤になって、こくんと頷いた。
「でも……ごめんって言われた。好きな子いるんだって。……すっごい恥ずかしかった」
手にしていたうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「そっか……」と、紬がそっと隣に座る。
「じゃあ、それ、落語にしてみない?」
「えっ……ムリムリムリ!絶対ムリ!恥ずかしい!!」
「でもさ、美織も、笑って乗り越えられたじゃん。綾音の“失恋”だって、笑い飛ばしたらきっと、誰かの力になると思う」
「……でも、それって私の気持ち、軽くするってことじゃ……」
紬は静かに首を横に振った。
「笑うってね、軽くなるんじゃなくて、やわらかくなるんだよ。心が」
その言葉に、綾音は少し黙ってから、うさぎぬいをそっと見つめた。
「……じゃあ、ちょっとだけ、やってみる」
*
『演目:初恋は、右足で踏まれた』
地域の福祉施設。少し年配の観客たちが並ぶ前で、綾音のぬいぐるみがぽつぽつと語り出す。
「好きだったんです、同じクラスのサッカー部の男子。名前は翔馬くん。はい、完全なる陽キャです」
「LINE送るのに20分かかって、送った瞬間、通知切って布団に潜りました。これ、片想いあるあるですよね?」
「あの人、走る姿がかっこよすぎて、毎日5限の体育を神に感謝してたんですよ。なのに……!」
——「ごめん、気になる子がいるんだ」
「どーん!!!落語で言うとここで太鼓鳴りますよ!!心に!」
会場から笑い声が漏れる。
「で、私、そのあとどんな顔したかって?“あっ、そっかー!全然オッケー!”って言って、階段下りて、誰もいないトイレで5分間沈黙してから泣きました!!」
会場にドッと笑いが広がる。
「でもね、気づいたんですよ。これで“恋バナ一丁あがり”なんですよ。材料が増えた!私の恋愛エピソードのストック、今ゼロから1に増えたんです!」
——「これは失恋じゃない、経験値なんです!!」
最後は拍手喝采。
舞台裏で、綾音は深く息を吐いた。
「……怖かったけど、終わってみたら……なんか、笑えてきたかも」
「でしょ?」と紬が微笑む。
「たしかに失恋は痛い。でもね、“笑って終われたら、それってもう勝ち”なんだよ」
その日、綾音のうさぎぬいは小さなリボンを新しくつけた。
恋が終わっても、次の笑顔の準備は、もう始まっていたから。