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第1章:ぬいぐるみの中の落語

「布川。手芸部、活動実績ゼロってどういうことだ?」


放課後、職員室で言い渡されたその言葉に、紬は言葉を失った。


手芸部、部長・布川紬。三年生。

部員は4人。でもそのうち2人は幽霊部員で、活動内容は月に1回の雑談と、ゆるいぬいぐるみ作りだけ。


文化祭の展示も「ぬいぐるみで自己紹介」という超個人プレイ。


「今年度末で部の存続、見直すぞ。地域貢献か、学校への実績か。何かやって見せろ」


——存続危機。


重い扉をくぐって外に出た時、冷たい風が頬をなでた。


帰り道、紬はふと古びた商店街にある落語喫茶の前で足を止める。

「らくごで笑おう」のポスターの前には、誰かが手作りした着物姿のぬいぐるみが座っていた。


「……そういえば、おばあちゃん、落語好きだったな」


亡き祖母は、昔から落語が好きだった。

一緒にテレビで見ては、「落語って、泣けて笑えて気持ちが楽になるのよ」と何度も言っていた。

紬が小学三年生のとき、祖母は一つだけぬいぐるみを作ってくれた。

それは、小さな座布団に座っている、喋りそうな“落語うさぎ”。


(あれ、まだ家にあるかな……)


その夜。自室の棚の奥から、少し黄ばんだ落語うさぎを見つけた。


着物を着て、片耳が少し曲がっている。

でも、懐かしい匂いとともに、にっこり笑っているように見えた。


そして、ふと思った。


(……この子が落語やってたら、見たくなるかも)


手芸部で作ったぬいぐるみたち——クマ、タコ、謎の魚、ちょっとホラーな目玉妖精。

みんな可愛くて個性的。でも「展示するだけ」じゃなくて、「動かして、喋らせて」、

——「落語をさせたらどうだろう?」


次の日。


部室に集まったのは紬と、美織、あい、そして無言で裁縫に没頭する瑠花。


「突然だけど、ぬいぐるみで落語やってみない?」


「え、なにそれウケる」


「ちょ、落語ってあのおじさんのやつ? つむちゃん、急に渋くない?」


「でも、今の悩みを、笑いにしたら面白いと思わない? たとえば……母親とのケンカとか」


——こうして、初めての“ぬいぐるみ落語”が誕生した。


タイトルは「母vs娘 最終戦争」。


座布団にちょこんと座る、セーラー服姿のウサギと、エプロンをつけたクマ。

「勉強しなさい!」「自分の人生なんだから口出さないで!」

「スマホばっかりいじって!」「LINEしなきゃ死ぬんです!」


観客はいなかった。

でも、動画を撮ってアップしてみた。


次の日、知らない人からコメントがついていた。


「あるあるすぎてワロタ」「うちの母とまったく一緒」「もっと見たい!」


再生回数は地味に伸びていた。


紬はそっと、祖母のぬいぐるみに語りかける。


「ねえ、おばあちゃん。……落語って、今でもちゃんと届くんだね」


ぬいぐるみは静かに微笑んでいた。


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