第八話 時を操るもの
15歳になってからしばらく経った頃、いつものように教会に祈りを捧げに行ったところ、ウィリアム司教に深刻な面持ちで話しかけられた。
「ソフィア嬢、ちょうどよかった。今日ご連絡を差し上げようと思っていたところでした。例の件でお話ししたいことがございます。少しお時間をよろしいでしょうか?」
例の件……まさか悪魔についての情報を得られたのだろうか?
「はい、ぜひお聞かせください」
どんな情報なのだろうか?と緊張でカラカラになった喉を、久しぶりにウィリアム司教が淹れてくれたカモミールティーで潤す。
しばらくの沈黙の後、ウィリアム司祭が口を開いた。
「時を操る悪魔についてあれから6年調べてきましたね。ここまで調べても何も出てこないということは、もしかしたら神の奇跡が起きたのかもしれない、私の推察が間違っていたのかもしれない、と思っておりました。しかし、残念なことに時を操る悪魔が存在していることがわかりました」
ウィリアム司教がいうには、先日ウィリアム司教が大司教とお話しする機会があり、時を操る悪魔の存在について尋ねてみたところ、大司教はある男性の話をしてくれたそうだ。
婚約者を病で亡くし悲しみの中にいた男性の前に、美しい男が現れたという。
その男は男性に対して「過去にいって未来を変えないか?」と尋ねてきた。
「過去にいって未来を変える?そんなことできるはずがない」
「できるとしたらどうする?ただし、戻れるのはほんの数分だ。だが数分あれば変えられる未来もある」
男の言葉に、男性は思考を巡らせた。
もし、もっと早く婚約者を医者に見せられていれば?
いや、医者からは遅かれ早かれ現在の医学では助からないと言われた。
では過去の自分に医学を学ぶように忠告して婚約者がかかる病気を治す薬を自分で開発できれば……いや、俺にそんなことができるのか?自慢ではないが頭が良い方ではない。それに過去の自分に忠告したって、馬鹿な俺が真に受けるとは思えない。
じゃあどうすればいい?どうすれば婚約者を助けられたんだ?
待て、そもそも目の前の男は一体何者なんだ?鍵を閉めていた家の中に突然現れるなんて……まさか神様?
「あなたはもしかして神様ですか?」
「あんなものとは一緒にするな!!」
激昂した男から放たれた殺気に気を失ってしまった男性が目を覚ました頃には、その男はいなくなっていて、それから二度と男性の前には現れなかったという。
「男は名乗りはしなかったそうですが、神様と間違われて怒ったということは悪魔の類いだったのではないか?ということでした。男性は願いを叶える対価を要求される前に気を失ってしまったために、それ以上の悪魔についての情報はないそうです」
「そんなことが…。ウィリアム司教、貴重なお話をありがとうございます」
「とんでもありません。ですが、対価が何かまでは知ることができませんでした」
「時を操る悪魔についての話が聞けただけでもありがたいです。ただ……ウィリアム司教、私は未来を変えられているのでしょうか?未来が変われば悪魔は私の前に現れないのでしょうか?」
「……わかりません。悪魔が現れないくらい幸せに過ごすことが悪魔を遠ざける一番の方法ではありますが、不幸とは突然降りかかるものです。悪魔はそんな時に現れます。そして、常に悪魔に有利な契約を持ち掛けるものです。どんな時も、どんな甘言にも、決してのってはなりません」
「はい、ウィリアム司教のそのお言葉を、いつも心に刻んでおります」
私がそう言って首から掛けているロザリオをお見せすると、ウィリアム司教は大きく頷かれた。
「何かあれば、すぐに私にご相談ください。いいですね?」
「はい」