第六話 騒動の真相
「あら、それはどういう意味ですの?」
振り返ると、本日のお茶会の主催者であるリットン侯爵家のご息女であるグレース様が静かに怒りを感じさせる笑みを浮かべて立っていた。グレース様は私の親しくさせていただいている友人でもある。
「グレース様!聞いてらしたんですか?!」
「ええ。庭園中に聞こえる声でお話しされていましたからね。色々申し上げたいことはありますが、まずは先程の発言ですわね。ロージー様がソフィア様よりもオーウェン様に相応しい、とはどういうことですの?」
「それは……」
グレース様に問い詰められたアンナ様は一瞬言い淀んだ。しかし隣にいるロージー様に目を向けると、意を決した様子でグレース様に向き直った。
「オーウェン様とソフィア様はいわゆる政略結婚とお聞きしています。しかし、オーウェン様とロージー様は愛し合っているのです。愛し合う2人を引き裂くような冷酷な方、次期侯爵夫人に相応しくありません!」
私が……冷酷?
「お待ちなさい。ソフィア様が冷酷などと、よく言えましたわね。ソフィア様が冷酷なら温厚な人などこの世にいないでしょうね。ソフィア様ほど温かく穏やかで思いやりのある方を私は知りませんわ。それに、そもそもロージー様とオーウェン様が相思相愛というのは本当なのかしら?私、ソフィア様とオーウェン様がお2人でいる所にご一緒したことがありますけれど、お2人こそ相思相愛に見えましたわよ?」
グレース様の言葉に、周りで静かに成り行きを見守っていた子息子女達がざわつきだす。
「私も、ソフィア様とオーウェン様のお2人が一緒にいるところをお見かけしたことがありますが、想い合っているように見えましたわ」
「私の兄がオーウェン様とは親しくさせていただいているのですが、いつも婚約者の惚気話を聞かされると言っていましたよ」
「でも、それならなぜロージー様達はソフィア様にあのような事をおっしゃったのかしら?」
ざわざわと騒がしくなってきた会場にパンっとグレース様が手を鳴らす大きな音が響き、その場がシーンと静まり返った。
「ロージー様にお聞きしますわ。オーウェン様と相思相愛だとおっしゃるのですね?いつ、どこで、どうやってお知り合いになって交流を深めたのですか?」
グレース様からの問いかけに、ロージー様は私をキッと睨みつけてから答えた。
「先日、私とオーウェン様は街で運命の出会いを果たしました。目が合った瞬間にわかったのです。私達は運命の恋人なのだと」
先日?街で?
「ロージー様、先日とは具体的にいつのことなのでしょうか?」
「2週間前のことですわ!」
2週間前……もしかして先日のお茶会で時折顔を曇らせていたのはロージー様のことを想って苦しくなったから?
「2週間前、街で出会いオーウェン様とお話をされてから文通などをして想いを通わせていらっしゃったということですの?」
「いいえ、オーウェン様はお急ぎのご様子で、お話はできませんでした!文通もしておりませんわ!」
「では内密にお会いに?」
「いえ会ってもいませんわ!」
グレース様からの質問に対するロージー様の返答に、周囲も、そしてなぜかアンナ様とリア様も動揺しているのがわかる。
もしかして、全部ロージー様の妄想なのだとしたら?
オーウェン様の先日のご様子とロージー様が無関係なのだとしたら、真偽を明らかにして何としてもオーウェン様の名誉を守らなければならない。
「ロージー様、ではオーウェン様とどのようにして仲良くなられたのですか?」
「どのようにして?ソフィア様は本当に理解力に乏しいのですね、先程言った通りですわ!街で出会い、お互いを目に留めた瞬間から私達の関係は始まっているのです!私達には文通も必要ありません!心と心で通じ合えているのですから!」
「つまり、2人だけでお会いになったことも文通をしたこともないのですね?」
「ええ!そんなもの私達には……」
「最後にお聞きしたいですわ。それではいつオーウェン様から愛の言葉を掛けられたのですか?」
ロージー様の言葉を遮り問いただす。
ロージー様はムッとした表情を浮かべたが、気を取り直した様子で誇らしげに私に答えた。
「街でお会いした時です!!オーウェン様の金の瞳が、私に愛していると語りかけてきました!!」
「つまり、直接言われたわけでもなければ手紙で伝えられたわけでもないのですね?」
「はい!それでも私にはわかるのです。運命の恋人ですから」
「ロージー様は何もわかっていないということが私もよくわかりました」
「なっ……」
先程までの涙目はどこへやら、ロージー様が憤怒の表情で私に言い返そうとした時、吹き出す声が聞こえてきた。
声が聞こえてきた方を振り向くと、周囲にいた1人の令息が口を押さえて肩を震わせている。
令息は多くの視線が自分に向けられていることに気がつくと、慌てた様子で弁解をし始めた。
「た、大切な話をされている最中に申し訳ありません!ただその……あれだけ相思相愛だのなんだの言っておきながら、全部妄想だったのかと思うとつい」
令息の言葉を受けて周囲からも笑い声が聞こえてくる。
「クスクス……確かに、あれだけ言っておきながら恥ずかしいですわね」
「プッ、い、いや笑っちゃ可哀想だ。本人は本気なんだから。何て言ってたかな、運命の恋人?」
「クスッ、目が合っただけで何でもわかるだなんて、ロージー様はすごい才能がおありのようですわね」
「しかし妄想だったのだとしたら大変なことになるのでは?自分より高位のご令嬢に無礼な態度を取った上、侯爵家にも結婚前の不貞という不名誉を与えるところだったのですから」
「アンナ様とリア様もただではすまないでしょう」
会場がざわつく中、どう収拾をつければよいものかと思っていると「きたわね」というグレース様の小さな呟きが耳に入った。
グレース様の目線の先に目をやると、オーウェン様がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
ロージー様もオーウェン様の姿に気がついたようで、周囲のざわめきに怒り狂っていた様子から一転し、頬を薔薇色に染めて庇護欲を唆るような表情を浮かべている。
「オーウェンさ……」
「ソフィア!大丈夫?」
オーウェン様に話しかけようとしたロージー様の言葉を遮り真っ直ぐ私の元に駆け寄ってきたオーウェン様は、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「はい、私ならグレース様のおかげで大丈夫です。オーウェン様は……もしかしてグレース様が?」
「ええ。ソフィア様が絡まれだした時にすぐダーズビー侯爵家に知らせに行かせました。こういう事は当事者からはっきり申し上げないとわからない方もいらっしゃいますからね」
「グレース嬢、ご連絡をいただきありがとうございました」
「いいんですのよ。それよりもほら、あちらがお伝えした厄介事ですわ」
グレース様はそう言ってロージー様達に目を向ける。
オーウェン様が同じように目を向けると、ロージー様が目を輝かせて甘えた声を出した。
「オーウェン様!!お会いしたかったですわ!こうやって直接言葉を交わすのは初めてですね……。それでも私にはわかっています。私の目の前でソフィア様に婚約破棄を言い渡すためにいらっしゃったんですよね?そして運命の恋人である私に婚約を……」
「どなたでしょうか?」
「……え?」
うっとりと夢見心地な表情でオーウェン様に話しかけていたロージー様はぽかんと口を開けて固まった。
しかしどうやらオーウェン様の冗談だと思ったらしく、クスクス笑い出した。
「いやですわ、オーウェン様。あなたのロージーですわ。先日街で目が合った時、オーウェン様からの愛の言葉が胸に響きました。その金に輝く瞳が物語っていましたもの。私こそオーウェン様の運命の相手なのだと」
「どなたかとお間違えではないでしょうか?」
「もうオーウェン様ったら、運命で結ばれた恋人を私が間違えるはずがありませんわ」
「いえ何かの間違いでしょう。私の運命の相手はソフィアですから」
思わず隣に立つオーウェン様を見上げると、オーウェン様の金の瞳が私を見下ろしていた。
オーウェン様は大丈夫だよ、と言うように私に優しく微笑んで小さく頷くと、表情を引き締めロージー様に向き直る。
「私の大切な婚約者を不安にさせるような妄言を吐くのはやめていただきたい。お三方には侯爵家から抗議を入れさせていただきます」
「も、妄言だなんて、オーウェン様お可哀想に!ソフィア様に言わされているのですか?!政略結婚なんですものね…なんて卑怯なの!愛する者達を引き裂こうとするなんて本当にひど……」
「自己紹介ですか?」
「じ、じこしょ……え?」
「ですから自己紹介ですか?と申し上げたのです。私達は確かに政略結婚ですが、私はソフィアを大切に思っています。ソフィアもそう思ってくれているのは私の自惚れではないはずです」
オーウェン様の言葉に頬が熱くなるのを感じながら頷く。
「ほらね。私達はお互いを大切に思っているんです。そんな私達を妄想で引き裂こうとするあなたの方がよほど酷いではありませんか」
「私?私が?そんな、そんなはず……」
「わ、私はロージー様に騙されただけなのです!」
「私もですわ!ロージー様に愛し合う2人のお話を聞かされて、それで何とかしてあげたいと善意で……」
顔を青ざめさせ震え始めたロージー様をよそに、アンナ様とリア様が自己弁護を始めたが、速攻でオーウェン様に言い負かされてしまった。そして肩を落としていた所を各家の従者に確保され、3人共お茶会を途中退場することになった。
「さて、嵐は去りましたわね。仕切り直しましょう!我が侯爵家自慢の焼き菓子が焼けた所ですわ。皆様どうぞ召し上がって」
グレース様の言葉を聞いて、私達の周囲にいたお茶会の参加者達は焼き菓子が用意されたテーブルへと向かっていく。
私はお茶会を騒がせてしまったことをグレース様に謝罪したが、グレース様からは却って労られてしまった。
味方になっていただいたこと、そしてオーウェン様を呼んでいただいたことへの感謝を伝え、私はオーウェン様と先にお茶会を抜けることにした。
「このお礼は必ず。次はぜひ、我が伯爵家にお越しくださいね」
「ふふ。期待しておくわ」
そう言っていたずらっぽく微笑むグレース様に別れを告げ、私はオーウェン様と馬車に乗り込んだ。