第三話 4つのルール
8歳の私が考える『私にできること』。
まず考えたのは、未来の自分の不幸の原因は何かということだ。
私はオーウェン様に嫌われたことが大きな原因なのではないかと思った。
ではなぜ嫌われたのか。
やはり、実の妹を犠牲にしようと考える性根のせいなのではないだろうか?その性根からくる行動がオーウェン様から嫌われてしまった原因なのかもしれない。
オーウェン様はとても優しい方だ。
そんなオーウェン様からしてみれば、性根の醜い女性との結婚は、優しいオーウェン様の性格が変わってしまうくらい苦痛だったのではないだろうか?
オーウェン様から嫌われないようにしなければならない。オーウェン様の嫌がることはしない。そしてオーウェン様の好きなものをもっと知ることで仲を深めることができるのではないだろうか。
それと、薔薇の香り。
未来の自分が纏っていた華やかな薔薇の香りが頭から離れない。
あんな女性にはなりたくない。
オーウェン様に嫌われて不幸な結婚生活を送るような女性とは違う自分になりたい。
そう考えた私は4つのルールを自分に課すことにした。
1つ、オーウェン様の嫌がることはしない。
2つ、オーウェン様の好きなものに詳しくなる。
3つ、薔薇の香水はつけない。
4つ、神様に毎日祈りを捧げる。
4つ目のルールは、未来の私を憐れんでお力をお貸しくださった神様への感謝と、これからの私を見守っていただきたいという縋るような思いから決めたことだ。
この日から私は自分の決めたルールに従い行動をするようになった。
まずはオーウェン様の好きな鉱物について、前にも増して勉強することにした。
幸い元々お兄様の影響で私も鉱物が好きだったため、知識をつけてオーウェン様とお話ができるのが楽しかった。
鉱物の話で一層話がはずむようになると、オーウェン様は私が手紙で「今気になっている」と話した鉱物をお茶会に持ってきて見せてくれるようになった。
そうしてあっという間に1年の月日が流れ、私は9歳になった。
※※※
この日も毎月恒例のお茶会に参加するためにダーズビー侯爵家を訪れていた。
「これがアレクサンドライトなんですね。すごく綺麗……。本当に色が変わるんですか?」
「はい、今は陽の光で青緑色をしていますが、夜にライトの下で見ると赤く変化します」
「面白いですね。色が変化するなんて本当に不思議な鉱物ですよね。そういえば最近、ガーネットの中にも色が変わるものが見つかったと記事になっていましたね」
「さすがソフィア嬢、よくご存知ですね!まさか色が変わるガーネットが見つかるなんて……」
私よりも年上のオーウェン様にこんなことを思うのは失礼かもしれないが、嬉々として鉱物について語るオーウェン様はとても可愛らしい。
頼もしく私をエスコートしてくれる姿との差が微笑ましくて、こちらも笑顔になってしまう。
そんな私たちを見守るダーズビー侯爵家の方々や周囲の使用人たちの目は優しさに溢れていて、未来の自分の置かれた状況とは全く結びつかない。
いつかこの状況が変わってしまう時が来るのだろうか?
今のこの楽しい瞬間さえも、ふとした時に心がざわつく。
こういう時は、ダーズビー侯爵家からの帰り道に決まって教会に立ち寄り祈りを捧げることにしている。
ルールを決めた日から毎日、朝と晩に自室で神様に祈りを捧げ、教会に行けるようなら教会で祈りを捧げるという生活を1年続けている。
オーウェン様とのお茶会を終え、今日もいつものように教会へと足を踏み入れた。聖堂はシーンと静まり返り、私以外に祈りを捧げる人はいないようだ。
私は一番前のベンチに腰を掛けると、いつものように祈りを捧げる。
神様、どうか私に悪き心が芽生えませんように。
どうかオーウェン様とこれからも変わらぬ関係を築いていけますように。
どうか未来を変えられますように。
「今日も熱心に祈られていますね」
頭の上から優しい声が聞こえてきてバッと顔を上げると、ウィリアム司教が慈悲深い眼差しを私に向けていた。
「何か深いお悩みがおありのようですね。教会にいらっしゃる度に誰よりも熱心に祈っておられますが、何をそのように苦しんでいらっしゃるのですか?」
ウィリアム司教の優しい声色のせいなのだろうか?
あの出来事があった日から約1年、誰にも言えずひとりで抱えていた重石に気がつき労わってもらえたような感覚がしたかと思うと、次々と涙が頬に流れてきた。
「ソフィア様!どうされましたか?」
近くで待機してくれていたメイドのメアリーが私の様子を見て慌てて駆け寄ってくる。
「使用人の方ですね。どうやらご令嬢は内に秘めた深い悩みがおありのようです。ご令嬢さえよろしければ少しお話しを聞かせていただきたいのですがいかがでしょうか?」
あのような出来事、大切な家族にさえ相談することができなかった。信じてもらえなかったら悲しいし、信じてもらえても心配させてしまうのが嫌だったのだ。
家族に余計な心配をかけないためにも内に秘めておきたい、そう考えて誰にも話さないつもりでいた。
しかし……誰かに相談にのってもらいたかったのも本音だ。
私は「ありがとう」とメアリーから差し出されたハンカチを受け取り涙を拭うと、改めてウィリアム司教に目を向けた。
教会での相談内容は、たとえ家族に聞かれたとしても秘密にしてもらうことができる。
それに、私の秘め事には神様も関係している以上、ウィリアム司教に相談にのってもらえたら心強いかもしれない。
「ウィリアム司教、相談にのっていただきたいことがございます」
「わかりました。使用人や護衛の皆様にはお待ちいただいた方がよろしいでしょうか?」
「はい」
「ではこちらへ」