第二話 婚約
翌日。
私は両親と共にダーズビー侯爵家を訪れていた。
嬉しそうに微笑みかけてくるオーウェン様に私も微笑み返す。
私達の目の前では両家の両親が和やかに談笑している。
今日、今この時をもって私達の婚約が成立した。
私は予定通りオーウェン様と婚約するという選択をしたのだ。
「ソフィア嬢、これからは婚約者として改めてよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、オーウェン様。また手紙を書かせていただきますね」
「はい、楽しみにしています」
やっぱり私はオーウェン様が好きだわ。
オーウェン様の笑顔を見てしみじみ思う。
オーウェン様との結婚まで後8年。
オーウェン様と将来幸せになるにはどうすればいいのだろうか。
どう動けば未来を変えることができるのだろうか。
※※※
ダーズビー侯爵家を後にして屋敷に戻ると、ドタバタとした足音と共に金色に輝く髪をたなびかせ、怒りに満ちた形相のニコラが現れた。
「お父様!!ひどいわ!!どうして私も連れて行ってくれなかったの?!」
お父様に掴み掛かるニコラと、ニコラを引き離そうとするメイドのマリー。
「お前がいたら落ち着いて婚約手続きなどできないだろう」
「えっ婚約?!誰と誰が?!」
「ソフィアとオーウェン様よ」
おっとりと答えたお母様に、ニコラはギョッとした顔を向ける。
「オーウェン様はお姉様と婚約したの?!そんなのってないわ!!お父様!!今から婚約者を私に変えて!!」
「そんなことできるはずないだろう!!」
「どうして?!」
「どうしてもこうしても……はぁ……。どうしてお前はいつもソフィアのものを欲しがるんだ?」
お父様は大きなため息をつきながら眉間を抑える。
お父様の言う通り、ニコラは私が持っているものをなんでも欲しがるのだ。
たとえばお父様がお土産を買って帰ってきてくれた時。
ニコラから先に選ばせると、私が次に選んだものを「やっぱりそっちがいい!!」と泣く。
「ニコラが最初に選んだものも素敵だから、交換しましょう」
と交換すると、今度は「やっぱりそっちが!!」と始まる。
このやりとりを受けてお父様は同じお土産を買ってくるようになったのだが、それでも私が貰った方を欲しがるのだ。
全く同じものなのに、私が手に入れたものを欲しがる。
その度に両親に諌められるのだが、ニコラは不貞腐れるだけだ。
だからといって、ニコラが欲しがるものをなんでも私から取り上げて渡すような両親ではないことに、心からよかったと思っている。
今回も、おそらく私の婚約者になったオーウェン様が欲しくて仕方がないのだろう。
「ダーズビー侯爵家の次期夫人に相応しいのはソフィアだ。誰がみてもな」
「そうよ、ニコラ。あなたにはあなたに合う素敵な人がいるわよ」
お母様はそう言うと、マリーが引き剥がすのに苦戦していたニコラをあっさり引き剥がし抱き上げた。
お母様のこの華奢な身体のどこからこんな力が出るのだろうか?
どこか感心しながらその光景を見つめていた私に、アダムお兄様が呆れた様子で話しかけてきた。
「ニコラは本当に困ったやつだな」
「お兄様。本当に、どうにかならないのかしら」
ハァー、と二人で同時にため息をつく。
「まあニコラのことはとりあえず置いておこう。ソフィア、オーウェン様との婚約おめでとう」
「ありがとう」
お兄様とオーウェン様は同い年。
家族ぐるみで交流を持つ中で、2人は鉱物好きという共通点もあって、とても仲良くなっていた。
そのためか、お兄様にはオーウェン様と交流を持つ度にこう言われていた。
「鉱物好きに悪い人はいない!オーウェン様は絶対ソフィアを幸せにしてくれるはずだ」
繰り返し聞かされているお兄様の言葉を思い浮かべながら自分に言い聞かせる。
オーウェン様との幸せな未来のために、できることをひとつずつやっていこう。