第一話 忠告
その女性、13年後の私が語った未来の私の結婚生活は、悲惨としか言いようがなかった。
16歳でオーウェン様と結婚した私は、日々オーウェン様に酷い目に遭わされているのだという。
毎日のように無意味に鞭で打たれ、罵詈雑言を浴びせられる。
「ほら」とドレスの裾をあげて見せてくれた21歳の私の脚には、確かに酷い傷跡のようなものがいくつもあった。
「背中は見せられないくらい酷いの……。おかげで背中の広く開いたドレスは着れなくなってしまったわ」
さらに、何年経っても子供が生まれないことを理由にオーウェン様は次々と愛人を囲っているらしい。
それに伴い夫に大事にされない侯爵夫人は認めない、とばかりに屋敷の使用人からもぞんざいに扱われるようになってしまったそうだ。
「そんな……あのオーウェン様が?」
とてもではないが信じられる話ではない。
お父様のように穏やかで優しく、いつも恥ずかしそうにエスコートしてくれるオーウェン様。
私の拙い手紙にも丁寧に返事をくれるし、会うと満面の笑みで「ソフィア嬢!!」と呼びかけてくれる。
そんなオーウェン様が、本当に将来はそんな酷い人になってしまうというのだろうか?
「信じられないのも無理はないわ。でもね、人って変わってしまうものなの。不幸な結婚をしないためにも、絶対にオーウェン様と結婚してはだめよ!!」
「でも……オーウェン様との結婚は、コークラン家とダーズビー侯爵家にとっても欠かせないものでしょう?」
私とオーウェン様の婚約は、両家の結びつきを強固にするための政略結婚だ。
それでも私はオーウェン様をお慕いしているし、オーウェン様も私を大切に思ってくれているはず。
両家の両親も「政略結婚とはいえ幸せになってもらいたい」と交流を重ねて私たちの相性を確認した上で「これなら大丈夫そうだ」と明日婚約を正式に結ぶことになっているのだ。
「確かに、両家のためにも結婚はしないといけないわ。でもね、我がコークラン家にはもう1人いるでしょ?オーウェン様と結婚できる人が」
「もう1人?まさか……ニコラ?」
私がそう言うと、さも嬉しそうに未来の私はニヤリと笑った。
「そうよ、あなたの妹のニコラよ。ニコラとオーウェン様を婚約させればいいのよ」
「えっ、どうして?」
「あなたが幸せになるためよ!!そのためにはニコラに役目を変わってもらえばいいでしょ?」
さも当たり前かのように、満面の笑みでそう残酷な言葉を紡ぐ未来の自分の姿に衝撃を受ける。
「それは……私のためにニコラを犠牲にするということ?」
「そう深く考えることないわ!!ニコラはね、将来今以上にわがままになってあなたを困らせるの。あなたのものをなんでも欲しがるのよ。全部ことごとくお父様達に怒られて却下されてたけど」
わがままだから私の代わりに酷い仕打ちを受けてもいいとでも言うのだろうか?
「あっ!!どうしよう、もう時間が…」
ハッと声に釣られて砂時計を見ると、もうまもなく砂は落ち切ろうとしているところだった。
「とにかくわかったわね?ぜっったいに、オーウェン様と結婚してはだめよ?せっかく不幸にならないために神様がくれたチャンスなんだから。いいわね?」
そう言うや否や、前言通りに砂時計の砂が全て落ちた瞬間、私の返事を待たずに未来の私はフッと目の前から消えた。
……。
……。
部屋に沈黙が流れる。
強烈な印象と薔薇の香りを残して未来の私が消えた後、私はその場に力が抜けたようにへたへたと座り込んだ。
今の出来事が夢であればよかったのに。
部屋中に漂う未来の私が残した強烈な薔薇の香りが、そうではないという事実を嫌でも突きつけてくる。
私は未来の自分の語った話をよく考えることにした。
だがどう考えても、オーウェン様がそんな人になるなんて信じられない。
仮に、本当にオーウェン様がそんな酷い人間に変わってしまったとすれば、私に何か原因があるのではないだろうか?
自分の身代わりに妹を差し出せばいいなどと平気で口にする醜い性格になってしまったからこそ、オーウェン様は私を嫌いになったのでは……。そんな私との結婚はオーウェン様の温厚な性格を変えてしまうほどの出来事だったのかもしれない。
もしそうだとしたら、オーウェン様に嫌われないように私が努力することで未来を変えることができるのではないだろうか?
未来の私の提案は、とても受け入れられるものではない。
確かに、ニコラには困らされることもある。
「遊んで!!」と言って私の勉強を妨害しにくるし、私の大切にしているものを欲しがり断ると激しく泣き叫ぶ。
でも私が熱を出して寝ていると、私がさみしくないように部屋に忍び込んできて、色んな話を聞かせてくれる。
本当は病気が感染らないように部屋に入ってきてはいけないのに。
案の定、私が回復すると毎回入れ替わるように寝込んでしまうニコラのお見舞いを今度は私がすることになる。
それでも毎回ニコラは私に会いにきてくれるのだ。
そんな優しいところもあるニコラを、将来豹変してしまうかもしれないオーウェン様に嫁がせるわけにはいかない。
もしかしたら、ニコラとならオーウェン様も変わらないままで幸せな結婚ができるかもしれない。
しかし、そうとも限らない以上、そのリスクはニコラの姉である私が背負うべきだ。
やることは決まった。
私は足にグッと力を入れると、ゆっくり立ち上がる。
窓からは、先ほどよりも冷たくなった風が吹き込み、思わず身震いする。
窓を閉めようと近づくと、満天の星空が目に飛び込んでくる。
オーウェン様。
ニコラ。
どうか、この選択が正解でありますように。




