番外編 ミモザの押し花(ニコラ・コークラン)
自分でもわからなかった。
どうしてお姉様のものだけがあんなにも輝いてみえるのだろう?
どうしてお姉様のものを手に入れても満たされることがないのだろう?
羨ましい、憎らしいという感情に隠されてしまった私の本当の気持ちに気がついた時には何もかもが遅かった。もう、すべてが遅かったのだ。
※※※
一番古い"羨ましい"の記憶は3歳のころ。
私はお姉様と手を繋いで庭園を散歩していた。
何の花だっただろうか?ふと目に止めた花を気に入り庭師に切ってもらった。せっかくだからと庭師はお姉様にもどれか切ってもらいたい花はあるかと聞いていたのだが、お姉様は私の花とは違う小さい花を選んでいた。
絶対に私が選んだ花のほうが綺麗なのに、どうしてお姉様はあんな花を選んだのだろう?
その答えがわかったのはそれからしばらくしてのこと。
ある日、お姉様の部屋の壁に新しい飾りを見つけた。
『お姉様、それなあに?』
『これ?これはね、押し花っていうのよ』
『かわいい!!お父様にもらったの?ニコラもほしい!!』
『ちがうわ、ニコラ。メアリーに教えてもらいながら私が作ったの』
『えっお姉様がつくったの?!すごいすごい!!』
ありがとうと照れくさそうに微笑むお姉様に飾りを壁から下ろしてもらって見せてもらうと、額縁の中にお姉様が庭師にもらっていた花が飾られていた。
『ニコラもつくりたい!!あの花は枯れちゃったからまたもらってくる!!』
『待って、ニコラ。押し花にはね、"てきしたお花"と"てきさないお花"があるのよ。ニコラがこの間もらった花はあまり押し花にはてきしていないの』
『えーそんなことないもん!!お姉様のちっちゃいお花でこんなに綺麗になるんだから、私の選んだあのお花ならもっといいのができるわ!!』
そう言ってお姉様の忠告を無視した結果。
『なにこれー!!全然違う!!かわいくない!!なんか色も茶色くなっちゃったしスカスカだし!!』
私の選んだ花はお姉様のいうとおり、押し花には"てきさないお花"だったのだ。
お姉様の話をちゃんと聞いておけばよかった…。
今思えばだが、それからなのかもしれない。私がお姉様の選んだものが欲しくて欲しくて仕方なくなったのは。
お姉様の選んだものは間違いがない。
お姉様の選んだものを選べば安心なのだ。
だからお姉様のものが欲しい。
お姉様の選択を私のものにすればいい。
優しいお姉様は、私が欲しいと泣けば『じゃあ交換しましょう』とすんなりお姉様のものと私のものを交換してくれた。
でも交換した途端、今度は先程私が持っていた"いらないもの"が輝いて見える。
『やっぱりそっちの方がいい!!お姉様、やっぱりそっちと交換して!!』
『こっちの方がいいの?わかったわ、どうぞ』
『やったー!!!……うーん、やっぱりそっちの方が』
『いい加減にしなさいニコラ!!』
『最初にあなたが選んだものにしなさい』
どんなにお父様お母様に嗜められても、どうしようもなかった。
私が手にした途端、どんなに輝いていたものも色褪せたように見える。それをお姉様が手にした途端、どんなものよりも輝いて見えるのだから。
そういえば、一度アダムお兄様にも私がお姉様のものばかり欲しがることについて何か言われた気がする……あの時お兄様は何て言っていたんだろう?お父様とお母様と同じように私を責めるだけだろうと思って適当に聞き流してしまった。そんな私をなぜか悲しそうに見つめるお兄様の目を時折ふと思い出す。
なぜお兄様があんなに悲しそうだったんだろう。
それがわかっていたら何か変わったのだろうか?
お兄様からの最初で最後の忠告を無視した私は、それからも変わらずお姉様のものをねだり続けた。
だがそんな日々を送る中、私が6歳、お姉様が7歳になっていたある日に運命の出会いをしたのだ。
『初めまして。ソフィア嬢、ニコラ嬢』
陽だまりのように温かい笑顔で微笑む姿に心臓が激しく脈打つ。
ダーズビー侯爵家の嫡男のオーウェン様。
柔らかいブラウンの髪にきらきら輝く金の瞳。
王子様だ。
私のお気に入りの絵本に出てくる王子様とそっくりだなんて、運命に違いない。
欲しい、この人が欲しい。
初恋だった。
初めて、お姉様の様子も気にならないほどオーウェン様にどうしようもなく惹かれた。
お父様の話では私かお姉様が将来オーウェン様と結婚をすることになるらしい。
『私達貴族には領地を豊かにして領民の暮らしを守る責任がある。そのためにも我がコークラン家とダーズビー侯爵家の婚姻は必要不可欠なんだ。だが……』
難しいことはよくわからなかったが、とにかくオーウェン様に気に入られれば私がオーウェン様と結婚ができるはず。
それからオーウェン様との交流が始まった。
一目惚れしたオーウェン様に好きになってもらうために、私は積極的にオーウェン様に話しかけた。
私が話をすれば必ずオーウェン様は私の顔を見てうんうん、と話を聞いてくれた。私を見てくれるのが嬉しくて、自分だけが話し続けているのにも気が付かなかった。お姉様が流れを変えようとするのが煩わしくて仕方がなかった。
『お姉様!!まだまだ話したいことがいっぱいあるの!!邪魔しないで!!』
『そうね、ニコラごめんなさいね。でも、せっかくの機会でしょう?ニコラだってオーウェン様のお話も聞きたいでしょう?』
お姉様は延々と私の話を聞き続けるオーウェン様の内心を慮ったのだろう。冷静になればオーウェン様の様子に気づくことができたかもしれない。
でも私は気づけなかった。気づこうともしなかった。自分を売り込むことにいっぱいいっぱいだったのだ。
せっかくお姉様が私の暴走を止めようとしてくれたのに、それからも私は話し続けた。律儀なオーウェン様は私が話している間はずっと私を見てくれる、見つめてくれる、見つめ合うことができる。その瞬間は2人だけの世界なのだ。
全てが自分の独りよがりだったことに気がついたのはそれから半年後。
いつしか3人のお茶会は開かれなくなった。私とオーウェン様、お姉様とオーウェン様、お茶会が別々に開かれるようになってしばらく経ったある日のことだった。
その日は私とオーウェン様のお茶会の日だった。その日もいつものようにずっと話続けていたのだが、話が先日のお姉様の失敗談になったときのこと。
『オーウェン様、私今ダンスの練習を頑張っているんですよ!先生から筋がいいっていっぱい褒められているんです!だけどお姉様はダンスが苦手なんです!この間も先生の足を思いっきり踏んでしまって涙目で謝っていたんですから。やっぱり侯爵夫人ともなると社交界で美しくダンスができた方がいいですよね?その点私は…』
アピール所だと鼻高々に話していたとき、オーウェン様が何か呟いた。
『今なんて言ったんですか?聞こえませんでした』
『え?いや、すみません。なんでもないですよ』
『気になるから教えてください!』
一瞬だったので見間違いかもしれないが、『可愛い』と呟いた気がする。
もしかしてダンスを踊っている私の姿を想像して?
どきどきしながらオーウェン様の言葉を待っていると、オーウェン様は照れくさそうに口を開いた。
『なんでもそつなくこなしてしまうソフィア嬢にも苦手なことがあったんだな、と思いまして。涙目で先生に謝罪をしているソフィア嬢を想像したらその、とても可愛らしいなと』
その時のオーウェン様の表情で気がついてしまった。
オーウェン様はお姉様のことが……いや、そんなこと信じたくない。だってオーウェン様は私の運命の王子様なのだから。
だが一度気がついてしまったが最後、もしやという思いは確信に変わっていく。
こっそりお姉様とオーウェン様のお茶会を覗いたときに見たオーウェン様の表情。私といるときとは全く違う。なんと愛おしそうにお姉様を見つめているのだろうか。
そこで初めてお姉様の気持ちが気になってお姉様の様子をうかがった。
ピンク色に染まる頬。
愛おしそうに見つめ返す瞳。
ああ、お姉様もオーウェン様のことが好きなのだ。そしておそらく、オーウェン様もお姉様のことを……。
2人の様子に胸が締め付けられる。
だがそれと同時に胸がときめいた。
初めてお姉様と同じ選択を自分ですることができた。そしてお姉様がオーウェン様を好きになったということはやはり、オーウェン様との結婚は"正解"なのだ。オーウェン様と結婚すれば私はきっと、いや絶対に幸せになれる。だってお姉様が好きになった人なのだから。




