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第十二話 究極の選択

「ニコラの命を奪ったのはあなたなの?」

「奪った、とは語弊がありますね。あれは契約に基づいたものですから」


 契約……そうだ、違和感はここにもあった。


「どういう契約だったの?悪魔の契約は契約者の願いが叶ったら魂を取られるものだと思っていたわ。でも、恐らくニコラの願いは叶っていないのでしょう?」


 私が知る限り、悪魔の契約とは、願いを叶える対価に魂を要求されるというものだった。

 ニコラの願いがオーウェン様を自分のものにすることなら、その願いは叶っていない。願いが叶っていないのに、なぜニコラは死んでしまったのだろうか?


「おっしゃる通り、彼女の『オーウェン様と結婚をする』という願いは叶いませんでした。契約については……そうですね、あなたがご存知の悪魔の契約と私の契約は違います。私は悲しむ人間達を哀れに思っているのですよ。ですから、私の契約はあなた達人間に有利なんです」

「人間に有利?」

「ええ。条件が他の悪魔とは逆なのです。願いが叶えば魂は取りません。私が契約者の魂を取るのは、願いが叶えられなかった時なのですよ」


 願いが叶えば魂を取られない?本当だろうか。

 そういえば、と悪魔と話していて思い出した疑問について尋ねることにした。


「ニコラは、8歳の私の前に現れたニコラはどうなったの?あの時点でニコラが戻れる未来はなくなっていたのでしょう?」


 私がそう言うと、悪魔は目を見開き、愉快そうに笑った。


「あなたは妹君よりも賢いですね。その通りです。過去にいけば、同じ未来には二度と戻れません。その代わりに変わった未来の自分の中に入るのです。この辺りの説明は少々難しいのですが、そうですねえ……。わかりやすく言うと、私と契約をした日が来た時点で私と契約した事を思い出すのです。その時点で、自分の願いが叶ったのかどうかもわかるということです」

「ではニコラが死んだ日が?」

「ええ、あなたに忠告をしに現れた妹君が私と契約をした日ですね。あの日私との契約を思い出した彼女は……ブフッ、フフフ……、アハハハハ!!」

「何を……」


 何をそんなに笑っているのか。

 そう言葉にしようとしたが、なぜか恐怖に口が震え、目が涙で滲み、上手く言葉が続けられなくなってしまった。


「フフフ、すみません……あの時の彼女の様子を思い出してしまって、つい。あの時、彼女なんて言ったと思います?こう言ったんですよ」


『ええええ?!なんで?!なにも変わってないじゃない!!』


 それの何がそんなにおかしいの?

 契約を思い出し取り乱すニコラの姿が思い浮かぶ。


「これが彼女の最期の言葉でした。酷く取り乱していらっしゃいましたよ。私も心苦しいのは山々でしたが、契約は契約ですからね。彼女の魂は契約通り頂戴いたしました……と、お話をしている間にも、よろしいのですか?彼、もう虫の息ですけど」


 振り返ると、オーウェン様の息が浅くなっている。


「オーウェン様!!」

「ほら、急がないと彼の死に顔を見ることになりますよ。ここまできても奴は何もしないでしょう?彼を助けるには、ほら、この砂時計を持って願いなさい。願いを口にした後に砂時計をひっくり返せば、望む過去へ行くことができますよ。彼の死ぬ未来を変えることができます」

「未来を変える……」


 そう言ってスーッと音もなく近づいてきた悪魔から砂時計を手渡される。

 あの日、ニコラが持っていた怪しく輝く砂時計。これを使えば、事故が起きる前に向かえばオーウェン様を助けられる。


 ……。


 ……。


 本当に?


 その時、胸の辺りが熱くなるのを感じ、目線を下すとウィリアム司祭からお預かりしているロザリオが目に入った。


 そうだ、ウィリアム司教は確かこう言っていた。


『常に悪魔に有利な契約を持ち掛けるものです。どんな時も、どんな甘言にも、決してのってはなりません』


 目の前の男は神様ではない。悪魔なのだ。

 人間に有利な契約と言っていたが、そんなはずがない。

 今ここで私が事故が起きる前に向かったとしても、本当にオーウェン様を助けられるかわからない。この悪魔が邪魔をしないとは限らないではないか。

 オーウェン様に視察の延期を申し入れても、注意をひいて事故が起きる場所からオーウェン様を離れさせようとしても、願いが叶わないように悪魔に邪魔をされる可能性が高いのではないだろうか?


 ……でも。


 私はオーウェン様の顔を見る。

 悪魔が邪魔をしなかったら?

 本当に力を貸そうとしてくれているだけだったとしたら?

 そうだとしたら、オーウェン様を救う千載一遇の機会を失うことになってしまう。


 どうしよう……一体どうするのが正解なの?


「さあ、何を躊躇うことがあるのです?彼が死んでしまってもいいのですか?」

「いや…、それだけは嫌よ」


 私がそう答えると悪魔はニンマリと笑った。

 その顔を見てわかった。願いを叶えられなかった人間を嘲笑うような悪魔が善意で人助けなんてするはずがない。

 

 そうだとすれば、契約を拒否するしかない。

 そう思って手にしている砂時計に目を落とすと、砂が赤黒く輝いていた。


 ……今まで一体どれくらいの人間が目の前の悪魔に魂を奪われてきたのだろうか?


「今まであなたと何人の人間が契約を?」

「そうですね……毎回数えていた訳ではありませんが、千は超えるでしょうね」

「そのうち願いが叶ったのは?」


 悪魔は答えず、ただただ微笑む。

 やはり、この悪魔はこのまま野放しにしてはいけない。



 ウィリアム司教、私にもできるでしょうか?



 何年もウィリアム司教と共に悪魔について調べた。そして悪魔祓いについても詳しくなっていく中で、司教や司祭ではない、普通の民が悪魔を倒した事例が何件かあることを知った。


 どの事例でも、通常悪魔祓いに使われる聖水もロザリオも使われていなかった。


『それでも悪魔を滅するという強い意志と共に悪魔の核を破壊した者が悪魔を消すことに成功した』


 悪魔祓いに関する書物の一節だ。

 

 ある女性は悪魔の胸元にあった目を潰した途端に悪魔が消え去った。

 ある男性は悪魔がつけていた耳飾りを壊した途端に……。


 私は悪魔に向き直る。



 オーウェン様、愛しています。

 


「さあ、願いを言え!!」


 私はロザリオを左手で握りしめ、強く願う。




 悪魔よ、消えなさい!!!




 そして砂時計を持った右手を大きく振りかぶり、私の持てる全ての力で床に叩きつけた。


 ガシャン!!!!と大きな音を立てて割れた砂時計から、赤黒く光る砂が舞い上がる。


「お前、なんてことを!!!ぐああああああ!!!!」


 怒鳴り声を上げて私に襲い掛かろうとした悪魔は、その手が私に届く前に赤黒く砂に変わったかと思うと、全て消え去った。



 倒せた、悪魔を倒せたんだわ!!



 実感が湧き上がってくると共に次々と涙が溢れてくる。

 悪魔を倒すことができた。

 でも、オーウェン様を救える機会を失ってしまったのかもしれない。

 私のしたことは正しかったのだろうか?

 もしオーウェン様がこのまま亡くなってしまったら……。


「ソ、フィ」


 一番聞きたかった声。

 いつも私を優しく包み込んでくれるこの声は……。

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