第十一話 突然の出来事
教会に行く予定の前日、オーウェン様や子供達と共に領地を視察していた時に事件が起きた。
オーウェン様が建設途中の新しい建物の前で建設担当者や領民達とお話をされている間に、私も子供達と一緒に領民への挨拶をしていた時、後ろからガラガラという何かが崩れる音と悲鳴、そして叫び声が聞こえた。
「奥様!!大変です!!侯爵様が!!」
瞬時に何が起きたのかを察し、急ぎその場に駆けつけると崩れた柱の下敷きになっているオーウェン様の姿が目に飛び込んできた。
「オーウェン様!!」
その場ですぐに領民達の協力のもとオーウェン様は助け出されたが、頭からの出血が酷く、すぐに医者の治療を受けることになった。
「奥様申し訳ありません、侯爵様は私を庇って……」
オーウェン様の頭を止血をしながら医者を待つ間に話しかけてきた老人を見ると、家族に寄り添われながら申し訳なさそうに謝罪を繰り返していた。
「頭を上げてください。お怪我はありませんでしたか?」
「はい、侯爵様のおかげで私は何とも……」
「よかった。旦那様ならきっと大丈夫です」
自分自身にも言い聞かせるように何度も繰り返し「大丈夫」と声をかけていたところ、急ぎ駆けつけてくれた医者が処置を施してくれた。
「お母さま、お父さまは大丈夫?お医者様が来てくれたから大丈夫?」
「ええ、大丈夫、大丈夫よ」
しかし処置を終えた医者から告げられた言葉は、私を深い絶望へ突き落とした。
「ひとまず、応急処置はしましたが、これ以上できることはありません。今夜が山場でしょう」
「そんな……」
医者の言葉に胸をナイフで突き刺されたような衝撃を覚え、頭が真っ白になった。
そんな私の脳裏に浮かんできたのは、ウィリアム司教のかつての言葉。
『不幸とは突然降りかかるものです』
※※※
領民達の協力のもと慎重に侯爵家に運ばれたオーウェン様は今、私の目の前で眠りについている。
動揺するエマを宥め、食事を摂らせて先程ようやく寝かしつけられた。ルークも何かが起こったことがわかるのか、寝ぐずりが酷かった。
そうして今、照明をなるべく暗くした寝室で、頭に包帯を巻き付けベッドに横になっているオーウェン様の顔を見つめている。
子供達を寝かしている最中に降り出した雨は次第に強さを増し、先程からは雨音と共に雷鳴が聞こえてくる。
「オーウェン様、エマもルークも心配していますよ。もちろん私もです。どうか目を覚ましてください」
オーウェン様の頬を撫で、胸元からロザリオを取り出して祈る。
神様、どうかオーウェン様をお助けください。
今こそ、奇跡を起こしてください。
オーウェン様は素晴らしい方です。
他者の幸せを思いやれる温かい心をお持ちです。
オーウェン様の存在が多くの人々を幸せにしてくれています。
だからどうか、オーウェン様を……。
「その願い、私がお助けしましょうか?」
突如聞こえてきた聴き覚えのない男の声に祈りを遮られる。
反射的に顔を上げてバルコニーの方に目を向けると、大きな美しい男が佇んでいた。
背丈は180を優に超える高さ。
全身に黒い服を身に纏い、髪は黒くうねっている。
そして瞳は……血のような赤。
ゾワッ。
身体中の毛が逆立つ。
恐らく彼は人間ではない。
人間ならば侯爵家の警備を掻い潜りこの部屋に入って来られるはずがないし、バルコニーから入ってきたとしたら濡れていないとおかしいのだが、そんな様子もない。
私はベッドを回り込み、男とオーウェン様の眠るベッドの間に立った。
「いやですね、そんなに警戒しないでください。彼には何もしませんよ。私はただ彼を助ける手助けをして差し上げようとしているだけなんですから」
男の余裕のある表情に、先程から悪寒が止まらず、背筋が冷たい。
「あなたは何者ですか?」
「私の正体など、今はどうでもよいではないですか。それどころではないでしょう?彼、今にも死にそうですよ」
男の言葉に後ろを振り返ると、確かにオーウェン様の顔色が先程よりも悪くなっているのがわかる。
「オーウェン様!!しっかりなさってください!!」
衝動的にオーウェン様の側に駆け寄り手を握る。
「可哀想に……このままでは死んでしまうでしょうね。私なら、そんな悲しい未来を変える手助けができますよ」
「手助け?」
「はい、あなたを過去にいかせてあげましょう。ほんの数分ですが、彼が事故に遭わないようにするには十分な時間でしょう?」
まさか、目の前の男の正体は……。
「ニコラと契約をした悪魔?」
私がそう口にすると、男は悍ましい笑顔を浮かべた。そのあまりにも醜い笑顔に、心臓がバクバクと脈を打って苦しい。
「さすがはお姉様ですね。御名答、私があなたの妹君と契約をした悪魔です」
悪魔はそう言うと、わざとらしく丁寧なお辞儀をした。




