第十話 真の契約者
何とか気力を振り絞り葬儀に参加し、私達は侯爵家に戻った。
気もそぞろに夕食を済ませ、子供達を寝かしつけた後、オーウェン様がホットミルクを手に寝室に入ってきた。
オーウェン様の気遣いに胸が温かくなるのを感じながらお互いを労わり合う。
「おやすみソフィ、良い夢を」
「おやすみなさい、オーウェン様も良い夢を」
隣から寝息が聞こえてきても私は眠れそうになかった。
あの後お母様から聞いた話では、ニコラの髪は2年くらい前から私と同じミルクティー色になったそうだ。どうやらお母様も同じで、昔は金色だった髪がお父様と結婚してしばらくするとミルクティー色に変化したという。
それに……。
私は音を立てないようにそっとベッドから降りてドレッサーに近づき手鏡を手にすると、静かにバルコニーに出た。
未来の私を名乗る女性と出会ったのはもう13年前。それもほんの数分の出来事だ。
だから、成長していく中で自分の顔にあった違和感も勘違いなのかもしれないと思った。自分に都合良く記憶を変えてしまっているのかもしれないとも思っていた。
自分の顔にあった違和感、それは目つきだ。
あの時私の前に現れた女性は目尻が上がっていた。
でも私の目は……。
私は月明かりの元で手鏡を覗き込む。
鏡に映る私の目尻は下がっている。
それに、ニコラの棺は薔薇で飾られていたのだが、お母様いわく最近のニコラが薔薇の香水を好んで身につけていたからなのだそうだ。
ここまでくれば間違いはないだろう。
13年前、私の前に現れた女性は私ではない、ニコラだ。ニコラが悪魔と契約をし、その結果命を失うことになったのではないだろうか?
では何のためにニコラは私のフリをして8歳の私の前に現れたのか。
今までのニコラのことから察するに、ニコラが悪魔に願ったのはオーウェン様を自分のものにしたい、というようなことだろう。
そのためにはどうすればいいのか。
ニコラは過去の自身に忠告をしても言うことを聞かないだろうということを自分が一番よくわかっていたのだろう。
だからこそニコラ自身ではなく、私に忠告することで未来を変えようとしたのではないだろうか?
そして忠告と騙りニコラが語っていた未来の私の悲惨な姿というのは、私にオーウェン様を諦めさせるための嘘だったのだろう。
未来のニコラから忠告を受けていたら、きっと私は疑ったはずだ。オーウェン様を欲しいがための嘘だと思って信じなかったはず。
だからこそ、私自身にオーウェン様を諦めさせるために、『未来の私からの忠告』ということにしたのでは?
目つきの違いなどはあっても私達は姉妹なだけあって昔からよく似ていた。しかも今のニコラは髪色まで私とそっくりになっている。
だからこそ、ニコラが私の名を名乗って現れても信じてしまった……。
……何だろう?何か違和感がある。何か見落としている?
「ソフィ、眠れない?」
オーウェン様の声に反射的に振り返ると、オーウェン様がガウンを持ちながらこちらに近づいてきていた。
私の目の前に来たオーウェン様は、そっと私にガウンをかけると私の肩に手を回して抱き寄せてくれた。
「起こしてしまいましたか?ごめんなさい」
「いいんだよ。ソフィは……大丈夫じゃないよね。眠れないなら付き合うよ」
「いいえ、もう眠ります。あの……久しぶりに抱きついて眠ってもいいですか?」
「もちろん喜んで」
そう言ってオーウェン様は優しく微笑んだ。
ベッドに入り、オーウェン様の温かさを感じていると少しずつ心が落ち着いてきて眠くなってきた。
違和感の正体がわからない。しばらく考えてもわからなかったらウィリアム司教に相談した方がいいのかもしれない。
うつらうつら、そんなことを考えながら私は眠りについたのだった。
そんな違和感の正体がわかったのは、ニコラの死から2週間が経とうとしていた頃だった。
※※※
ニコラの死を乗り越えられず、胸に燻る違和感の正体もわからずにモヤモヤしていた中でも、少しずつ日常を取り戻し始めていた日のことだった。
エマとルークをいつものように寝かしつけ、しばらく寝顔を眺めていた時にふと思ったのだ。
そもそも時間を遡って過去に来るというのはどういうことなのだろうか?と。
ニコラが悪魔の力を借りて時間を遡り8歳の私の前に現れ、多かれ少なかれ影響を与えた時点で既に未来は変わっているのではないだろうか?
未来がその時点から変わったのだとすれば、忠告に現れたニコラのいた世界はなくなってしまうのではないか?8歳の私の前に現れ、砂時計が落ち終わると同時に消えたニコラが戻る世界はなくなっているはずではないだろうか。
では私のフリをして忠告に現れたニコラは、あの後どこに消えてしまったのだろうか?
……ウィリアム司教に話してみよう。
今度教会に子供達も一緒に連れて行く予定だったけれど、メアリーやアンに子供達をお願いして、早く話を聞いてもらった方が良さそうだ。なんだか嫌な予感がする。
ところがこの日から子供達が立て続けに風邪を引き、私自身にも移ったことで教会になかなか行けない日々が続いた。
ようやく子供達も私も元気になった頃にはニコラの死から1ヶ月が経ってしまった。




