第九話 生と死
「お母さま、メアリーにおしえてもらったの!どうぞ」
「まあ綺麗な花冠ね。ありがとう、エマ」
「どういたしまして!ルークにはお花をどうぞ」
「ふふ、ルークも笑ってるわ。お姉さまありがとう、大好きって言っているのかもしれないわね」
「エマもルークが大好きよ!お母さまも、お父さまも、メアリーも、ジョージも、みんな大好きよ!」
「私も大好きよ、エマ」
ウィリアム司教から悪魔の話を聞いてから、あっという間に6年が経った。
16歳でオーウェン様と結婚。
結婚後にオーウェン様が豹変したらどうしよう、という僅かに残った不安は杞憂に終わり、変わらず、いやそれまで以上に私を大切にしてくれている。
未来の私が子供に恵まれないと言っていたこともあり、結婚前に検査をしてもらったが特に妊娠に問題がないと医者から言われていた通り、結婚後すぐに妊娠がわかり、長女のエマが生まれた。
エマが生まれて泣く声を聞いた瞬間、未来を変えられたことを実感して涙がとめどなく溢れた。
そして半年前に長男のルークが生まれ、慌ただしくも幸せな日々を送る中、私は先日21歳になった。
以前よりも頻度は減ったが、今も定期的にお会いしているウィリアム司教は、お会いすると嬉しそうに子供達の頭を撫でて「よかった、よかった」と私の幸せを噛み締めるように呟かれるのでいつも胸がいっぱいになってしまう。
同じ時期に子供を産んだグレース様とも子供連れで定期的にお会いして子供自慢、夫自慢をし合うのが今の楽しみのひとつだ。
幸せな時間を噛み締めながら腕の中で眠ってしまったルークの寝顔を見つめていると、遠くからオーウェン様の声が聞こえてきた。
顔を上げて声が聞こえてきた方に目を向けると、焦った様子のオーウェン様と、その後ろからコークラン伯爵家の従者がこちらに走ってくるのが見えた。
「あなた、どうされたのですか?そんなに慌てて」
ルークを抱きながら椅子から立ち上がると、私の前まで駆け寄ってきたオーウェン様が息を整えてから口を開いた。
「落ち着いてきいてくれ、ソフィ。ニコラ嬢が、ニコラ嬢が亡くなったそうだ」
「え……ニコラが?嘘でしょう?」
「本当なんだ。ほら」
オーウェン様が私に見えるように差し出してくれた手紙には、ニコラの訃報と葬儀の日付などが書かれていた。
「そんな……どうして?一体ニコラに何があったの?」
「それが、わからないのだそうです。突然お亡くなりになったようで、アダム様も前伯爵夫妻からのご連絡を受けて動揺しておられました」
私の問いかけに従者も困ったように答える。
私とオーウェン様が結婚すればさすがに諦めもつくだろうと思われていたニコラは、残念ながら期待に反して一層オーウェン様に執着するようになってしまった。
今までの『姉の婚約者に言い寄る厄介な妹』という悪評に加え、私達の結婚後も私達の住むダーズビー侯爵家に押し掛けてこようとしたり、私に関する嘘を社交界でばら撒こうとした結果、ニコラは嫁ぎ先が見つからなかった。
次期伯爵家当主であるアダムお兄様の結婚の足枷にならぬように修道院に入れようという話になったが、ニコラが泣いて初めて反省の意を示したことで様子見となった。
しかしニコラの精神状態ではアダムお兄様の結婚相手にも迷惑がかかると考えたお父様は、早々に当主の座をお兄様に譲る形でニコラとお母様と一緒に別邸に移り、そこで暮らしていた。
お父様達に会いたいときは、ニコラを刺激しないようにお父様お母様をこちらに呼ぶかお店で会うようにして、ニコラとは顔を合わせないように過ごしていた。
お父様達からは、ニコラは別邸に移ってから憑き物が落ちたように大人しく過ごしているため、いつか笑顔で会える日が来るかもしれない、と言われていたのだ。
そんな中で飛び込んできた訃報に理解が追いつかない。
そして心の整理がつかないままニコラの葬儀が行われる日になった。
葬儀が行われる教会に着き、オーウェン様に子供達を任せて先に中へ入っていくと、アダムお兄様とお兄様と結婚されたエラ様が、そして少しやつれた様子のお父様とお母様が寄り添うように棺の前で立っていた。
「ソフィア……」
目を腫らしたお母様に駆け寄り、抱きしめながらお母様の小さくなった背中をさする。
お母様同様、目を腫らしたお父様が私とお母様を抱きしめてくれた手が震えているのに気がつき、どうしようもなく悲しくなった。
「お父様、お母様、一体何があったのですか?事故に遭ったのですか?それとも私が知らなかっただけでニコラは病気にかかっていたのでしょうか?」
涙を拭いながら尋ねると、2人は涙を堪えるように顔を歪めながら首を振る。
「わからないんだ。中々朝起きてこないからメイドに起こしに行かせたら、床で倒れて冷たくなっていた。最近ニコラは酒を嗜むようになってはいたが、急に亡くなるほど飲んでいたかというとそんな事はなかった。医者にも診てもらったんだが、死因は不明だそうだ」
「死因がわからないなんて……」
「ただね、ニコラの死に顔が……。何か恐ろしいものを見たような顔で亡くなっていたの。可哀想に、死ぬ前に何か怖いものでも見たのかしらね。今は穏やかな顔で眠っているけれど……もうお別れだから最期に見てあげて」
お母様に促され棺に近づいていく。
お兄様とお義姉様とも言葉を交わし、ニコラの棺を覗き込んだ時、あまりにもショックな光景に心臓が大きく脈打ち、上手く息ができなくなった。
棺に眠るニコラの姿は、あの日8歳の私の前に現れた女性そのものだったのだ。