プロローグ
領民に慕われる、かっこよくて優しいお父様。
そんなお父様をいつもにこやかに支えている、穏やかで優しいお母様。
私より2つ年上の、頭が良くてお父様によく似た優しいアダムお兄様。
私よりひとつ年下の、ちょっぴりわがままだけど可愛い妹ニコラ。
そんなコークラン伯爵家の長女として生まれた私ソフィアが8歳になり、ダーズビー侯爵家の長男であるオーウェン様との婚約を締結する前夜。
突如として、それは起きた。
※※※
メイドのメアリーが部屋から出ていくのを見送ると、私はそっとベッドから降りて窓辺に向かう。
なるべく音が鳴らないように、ゆっくりと窓を開けて夜風を感じながら夜空に輝く星を見上げた。
いよいよ明日、私とオーウェン様との婚約が結ばれる。
いつもなら眠れる時間だというのに、なかなか寝付けそうにない。
今後行われるオーウェン様との婚約発表や交流会に胸を膨らませていると突然背後からブワッと風を感じると共に、むせ返るような薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。
部屋の中から起きるはずのない風と強烈な香りに何事かと後ろを振り返る。
すると、私の部屋の中央、ベッド近くに不思議な光をぼんやりと纏った人影が見えた。
「だ、だれなの?」
おずおずと問いかける私に、その人影は何かを呟き、一歩一歩こちらに近づいてくる。
うっすらと全身に光を纏ってはいるが、顔までははっきり確認することができない。
ただ、左手がやけに光り輝いている。
「こんばんは、ソフィア」
少ししゃがれたような女性の声を受け、視線を顔へと上げる。
コツコツコツ、とヒールの音を響かせながら近づいてくる度に濃くなる薔薇の香り。
窓際に立つ私の前に来たその人物を、月明かりが照らす。
ミルクティー色の髪に深い緑色の瞳。
声を聞いてもっと年上の女性を想像したが、現れたのはお母様に似ているが、お母様よりも若い美しい女性だった。
「ふふふ、わかるかしら?私よ、ソフィア。13年後のあなたよ」
女性の突拍子もない発言に頭が真っ白になる。
13年後のわたし?
確かに、目の前の女性の髪色と瞳は私と同じ。
お母様にも似ているし、大きくなったらこんな顔になるのかもしれない。
でも本当に?
「あ、その顔、信じてないわね?そうねぇ、んー」
女性は眉間に皺を寄せながら腕を組み、顎に手を当てながらしばらく考え込んでいた。
だが「あっ!!」と突然声を上げながら目を開けたかと思うと、バッと慌てた様子で左手に持っていた光る砂時計のようなものに目を向ける。
「こんなことに割いてる時間なんてなかったわ!えーっと、ほら!私光ってるでしょ?!突然現れたでしょ?!それにこの砂時計の砂が全部下に落ちればパッとここから消えるのよ!!そんな不思議なこと、普通ありえないでしょ?!」
あまりにも必死な女性の形相に、思わずコクコクと頷く。
「だからとりあえず信じなさい!!私は13年後のソフィアなの!!いい?!」
「は、はい」
「よし!じゃあ本題に入るわ!!明日のオーウェン様との婚約、なかったことにしなさい!!」
「…え?」