たまご肌
今日も暑い。
夏だからなあ。
だが夜になっても熱気が包むのはどうにも困る。
普段は空調によって難なく、寒いくらいの室内にいても外回りの後では季節の味わいにも辟易する。
そんな俺たちは、ある酒場で飲んでいた。
スタンドバーで周囲の男たちと共に、少ない女の子を口説こうとしてみたり、流れる曲に浸ったり、マスターに酒についてのアレコレを聞いてみたり。
最近の『うわさ』なども周囲から聞こえてきた。
その中にはホラ話も混じっているだろうが、だれも気にはしない。
どこかのコンビニから何人ものヒトが消えたとか。
顔のない女がオトコを襲っているとか。
クチ裂け女が出没してるとか。
聞き流しているのも楽しいモノだ。
ここには友人三人で来ていたのだが、ひとりがトイレに行った瞬間に残ったもうひとりにささやく。
「アイツが帰ってくるまでに『店に入ってくるヤツが男か女か』で賭けないか?」
ノリの良いヤツだから、すぐにうなずくと『男だろ』と言い切った。
俺も正直、男だろうとは思ったが同じでは賭けにはならない。
仕方なしと『女』と張ったが、では何を賭けるのかも決めて居なかった。
「なら男だったらオマエはソイツに一杯オゴってこいよ。女なら、オレが口説きに行く」
正直内容はどうでも良かったのだが、彼がさらりと出した案はなかなか良いな、と了承。
どちらでも話の種になる。
そしてドアベルがチリリと優しく鳴って、店に入ってきたのは赤いティーシャツにデニムショートパンツの女だった。
艶やかな黒いボブカットと紅いイヤリングが印象的だった。
友人は口笛を鳴らして、頬を掻いた。
「うっ、アイドル以下、モデル以上かな。セクシーな衣装の女が来たなぁ…… 正直ニガテなタイプ」
普段は誰とでも話せる口の軽い彼だが、本当は口数が多い女性よりも地に足のついたような、落ち着いた女が好みなのを知っていた。
「なんだよ、賭けに負けておいて」
「しっかたねぇ…… だが、口説けたらここに呼んでくるぞ、いいか?」
「俺はひとつ席を空けるがな」
軽口を交え、彼の蛮勇を見送った。
だけど口の上手さは折り紙つきだからな、確率は低くないと思う。
彼が話しかけるとピタリと立ち止まり、席を見回す…… 店内はそれなりに混み始めており、おひとり女性は少し迷っていた。
男が囲む視線に、溜め息ひとつでこちらに向かってくる。
外見通りの大人びたヒトのようだった。
「喜べ、夏の輝かしい花が同席してくれるってさ」
「お酒おごってくれるんでしょ?」
なるほど、大人びたは訂正、友人の財布を心配だけしておこう。
その後帰ってきた友人を交え、赤い女は質問にのらりくらりと答え、酒を頼み、飲んで、いくつか数えられないほどに酒杯が空いたあと。
からかい紛れに口説いた友人が後ろから抱きつくと、簡単にキスをした。
驚いたのは友人で、女の顔を見つめていた。
「なぁに、もう移動する?」
と、酔いなのか肌は赤らんで、いろっぽさを増していた。
彼と女は先に店を出た。
残ってしまった俺たちは、残った酒を微妙な顔で味わい飲み干してから店を出た。
「なんだよアイツ、上手くやったな」
「まぁそう言うなよ。口説いて連れてきたのもアイツだぜ」
シャツの襟から磁器のように白い肌がのぞいていて、友人二人にはそこが好ましかったようだけれど。
俺としてはそんなに好みでも…… むしろ印象が薄く、あいまいだったし。
口のなかで感想をまとめていると、スマホに通知が。
メッセージを対象にし通話する。
「た、たすけてくれ」
口説いて今頃お楽しみかと思っていた彼から、そしてこの言葉は意味不明だ。
「またデリカシーなしの言葉で怒らせたのか?」
「交代するか?」
女の子相手のトラブルの多い彼だ、そう考えたのだが違うらしい。
「さっきの、女、が。かお、顔が、かおがっ……!」
顔?
自分で『アイドル以下のモデル以上』とか言っていただろう、俺としては『まだ多い』と感じていた。
そう考えていたら、通話は切れた。
「……なんなんだ」
「まぁかなり酔っていたし」
「女の子に『喰われた』のかもな」
お持ち帰りコースという勝利宣言なメッセージの後に続いていたのは『バケモノ』『顔が』『クチ以外が無い』等と続いている。
大丈夫か、と送るものの、こちらからのメッセージは既読にならなかった。
「オレは明日早いんだよな……」
「……まだ酔っているのかもだし、明日聞いてやろう」
「そうだな。じゃあな」
冷たいかもだが友人と別れ、俺は家に連絡し、飲み会の終わりを妻に告げた。
先に寝ていても良いって言っておいたのに、すぐ既読になった。
電車で二駅の我が家では、妻が待っていてくれた。
いつもの赤いワンピース姿で、抱き締められて落ち着く。
「ただいま。まだ起きていてくれたのか」
「だって、男友達との飲み会とは聞いてたけど、女の子にからかわれることもあるでしょう。妙なウワサもありますし」
そんな心配をする妻がかわいい。
「どこを探しても、俺の好みの女性は君だけさ」
照れた彼女は顔のあるべき場所に何もなく、つるりとした美しい肌を赤らめた。
たまご肌に血の気で赤らむのが、たまらなく美しい。
彼女と出会ってから、ヒトの女性は好ましく思えたコトがない。
「だからといって、どこの馬の骨か解らない女が襲うやも知れませんから」
「だれが『惑わせ』をしたとしても、俺たちは引き裂けないよ」
すでに彼女という魔性に魅入られ、魅入っているのだから。
俺は抱き返し、日常の扉を締め切った。
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