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胡瓜にくびったけ!  作者: 高城 蓉理
第二話 優しさに比例する鶏の水炊き
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◆◆◆◆◆




 夜の赤坂ってあんまり来たことがないから、迷子になりそう……


 天神の直ぐ隣にあるのが赤坂で、この辺りには商業施設も多く 常に沢山の人で賑わってる。 ビジネスを目的で県外からも多くの人が訪れるので、接待にも使われるような料亭も立ち並ぶ地域だ。


 美波は地図アプリを片手に、福重に指定された店へと急ぐ。軽く飲むだけなのだから博多周辺の店で十分だったのに、何故こんなに敷居の高そうなチョイスになったのかは分からない。当初の予定では三人一緒に店へと向かう予定だったのに、急遽追加で依頼された書類のコピーが終わらなくて 美波が居残る羽目になったのだ。

 もういっその事、辿り着けなかった(てい)にして バックレてしまおうか。いやいや、流石にそうなると蘭を福重とサシにしてしまうから、それが良いのか悪いのか判断が付かない。でも本当はこんなところには来たくはないし、何より今日は家でゆっくりと水炊きを食べる予定だったのだ。 

 夏も近づいてくると、九州の地は日も長くなって、御天道様が沈んでからも 地表には熱が籠る。美波は看板がどれかも分からないような高級料亭街で右往左往しながら、額に汗を浮かべていた。


「あれ? 」


「えっ? 」


「もしかして美波ちゃん? 」


「あっ、狐太郎さん? 」


 それは正臣とは違うけれども、実に妖艶な声色だった。

 美波に声を掛けてきたのは狐太郎で、手にはクラッチバッグを携えている。これから飲みにでも行くのだろうか、身なりは着物姿で妖狐を思わせる銀髪が闇夜に光っていた。


「おっ、やっぱりそうか。久し振りだね。仕事帰り? すっかり大人になっちゃって、綺麗になったね 」


「あはは。そんなことを言って下さるのは狐太郎さんだけですよ 」


「そう……かな……? 」


 狐太郎は言葉に詰まりながらも美波に返事をすると、直ぐ様視線を逸らしていた。

 これは、想定外の破壊力だ……

 話には聞いてはいたが、美波の潜在能力は予想以上だったのだ。四六時中 こんな調子で不意に笑顔を見せられては、正臣の気苦労も募るだろう。胸元まで伸ばされた髪はサラサラに靡き、付くべきところには適度な丸みがある体型は まるで男性の理想のビジュアルだ。そして はにかむような笑顔とクルリとした瞳は、そこら辺の人間からは感じられない 妖怪の本能を騒がせる可愛らしさが共存していた。


「おほん。ところで美波ちゃん、こんなところを一人で歩いてるなんて珍しいね 」


「ええ。会社の方と食事に行く約束をしてたんですけど、私だけ後で合流する感じになっちゃって 」


「へー もう接待とかもしてるの? 」


「いいえ。部署の先輩と幼馴染みの同期の女の子の小さな集まりなんで、気軽な飲みの席ですよ。それに私は早々にお暇しますし 」


「えっ? 最後までは付き合わないの? 」


「ええ、まあ。今日は家にご飯があるんです。だから少しでも早くお店に着きたいんですけど、この辺りはちょっと入りくんでるみたいで。お店の場所がイマイチ良く分からないんです 」


「そっか。それって、正臣が夕飯を作ってるってこと? 」


「ええ、まあ。水炊きを仕込んでくれてるみたいなので 」


「水炊き!? それはまた豪勢なことで。あのさ、……もし良かったら、そのスマホを見せてくれる? 僕は一応この辺のものだから、分かるかもしれない 」


 狐太郎は気を引き締め直して 血赤色の瞳をしっかりと見開くと、スマホを凝視する。周囲が暗いから目立ちはしないけど、その眼差しは少しだけ妖怪の特有の鋭さがあるようにも見えた。


「ああ。ここはうちの店じゃん 」


「えっ? そうなんですか? 」


「ああ。雁林先生から一文字頂いて、狐雁庵って名前で店を出してるんだよ。まあ僕は経営には殆ど関わってはないけど。先週ちょうど、正臣を呼びつけて飲んだばっかりでさ。えっとね、次の角を曲がって、一つ目の角を左。そしたら直ぐだよ 」


「すみません。ありがとうございます。助かりました 」


「あっ、美波ちゃん。その、案内しようか? 」


「いえ、大丈夫です。それに狐太郎さんも、用事があるでしょ? この辺りは道も街灯があって明るいし、人通りもあるんで。教えていただいて、ありがとうございます。また今度ゆっくり三人で食事でも行きましょうね 」


「あっ、ああ。そうだね。じゃあ、またね 」


 狐太郎は自分で提案しておきながら、美波にエスコートを断られて安堵する。妖怪の血を引く者にとって、美波の放つ独特のオーラは毒にも薬にもなる。こんな精神力の鍛えられそうなことは、ごめん被りたいところだ。


 狐太郎は美波に手を振り別れを告げると、姿が見えなくなるまで その後ろ姿を見送る。ツーピースの袖から伸びる華奢な腕も、真新しいショルダーバッグを携える姿も、すっかり大人の女性の姿だった。


「しかも あの美しさで、まだ誰のモノにもなったことがないって反則もんだよな…… 」


 正臣は毎日、謎の耐久レースに翻弄されているのかと思うと、笑いが止まらない。

 狐太郎は吹き上げる感情を堪えながらスマホを手に取ると、正臣の番号を表示する。これは面白くなってきた。さっそく本人に報告して、精神的な追い討ちを掛けておきたい。現に美波は既に新卒一年目で料亭にお呼ばれされているのだから、狙っている男は少なくはない。美波を野放しにしておけば、自ずと本当に他人のものになってしまうのだ……


「ん? ちょっと待てよ? 」


 ちょっとばかり浮かれていたから気付かなかったけど、そう言えば、うちの店って妖怪御用達の店だよな?妖怪が一匹はいないと入れないハズだけど……


「ん……? あれ? あっ、ヤバッッ! 美波ちゃんが危ないっッ 」


 狐太郎は顔を真っ青にしながら着物の裾をたくし上げるように引っ張ると、慌てるようにして狐雁庵に向かうのだった。





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