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胡瓜にくびったけ!  作者: 高城 蓉理
おまけ 二人で一緒に寝る話
30/31

おまけ①

◆◆◆





『そう言えば、美波。あなた達は寝るときはどうしてるの? まさか、まだ自分の部屋で寝てるわけじゃないわよね? 』


「えっっ? 」


 それは空が高く、すっかり街路樹が秋めいた昼下がりのことだった。美波は久し振りの母からの電話に全身を硬直させると、思わず冷や汗をかいていた。


 あの怒涛の夏休みが終わってからは、あっという間に時が過ぎた気がする。

 河童の里で過ごした数日間は、人生最大級の恥ずかしめのフルコースだったけど、美波と正臣の関係性は 主人と従者から 婚約者という間柄まで一気にジャンプアップしていた。でも元々が二人で暮らしていたものだから、生活自体は何も変わらなかったりもする。


『あのね、美波。他人と一緒に寝泊まりするって、時が経てば経つほど慣れないものなのよ。

いくら好きでも、寝返りを打たれたら気になるし、寝息やいびきが煩かったらどうしようとか、色々と考えちゃうわけ 』


「それはそうかもしれないけど…… 」


『だからね、ママは寝室を一緒にすることに関してだけは 一日でも早い方がいいと思うの。将来的には別々にするのもありだけど、新婚なんだから その辺りはきちんと考えなさい。寝室くらい一緒にいないと、いつまでも主人と従者から抜け出せないわよ? 』


「ちょっ、私たちは まだ結婚はしてないしっッ 」


『そんなの屁理屈よ。いつまでも正臣くんに 任せてばかりいないで、たまには自分からも勇気を出しなさい。本当に美波は昔から奥手なんだから 』


「なっっ 」


 そんなの、無理に決まってるじゃんっッーー!!

 美波はやる気のない返事をすると、母の指摘から逃げるように電話を切っていた。

 急に寝室を一緒にしようだなんて、女子から言えるわけがない。それに下手をしたら、何だか誘ってるみたいになってしまうではないか。


 控えめに言っても、無理過ぎる……

 美波は眉毛をハの字に寄せつつ、致し方なく居間へと顔を出す。すると何故か そこには正臣がいて、胡瓜を片手に専門誌を熟読しているようだった。



「……正臣って、本当に胡瓜が好きだよね 」


「ハア? 急に居間(こっち)に顔を出したかと思ったら、何を今さら 」


「別に。ねえ、このバナナは食べてもいいの 」


「いいよ。つーか、この家でバナナを食うのはお前だけだろ 」


「…… 」


 美波はあからさまに口を尖らせると、バナナにパクリとかじりつく。正臣は美波のふてぶてしい態度に一瞬目を丸くしたが、直ぐ様視線を逸らすと 溜め息まじりにこう言った。


「美波。お前さ、何だか いま物凄ーく 機嫌が悪くないか? 」


「なっ、そんなことはないもん 」


「……いや、絶対に何かあっただろ? お前が唐突に胡瓜の悪口を言い始めたときって、大抵 何か裏がある 」

 

「なっ…… 」


 美波は図星オブ図星に頬を真っ赤にすると、むくれながら正臣を振り返る。美波からしたら 正臣が考えてることなんて良く分からないのに、こちらの気分はいつも筒抜けで、何だか妙な悔しさが込み上げていた。


「さっき、ママから電話があったの 」


「奥さまから? 」


「うん。正臣と一緒に寝なさいって、三十分ばかり説教をされた 」


「ハイっっッーーー? 」


 流石に正臣も “一緒に寝ろ”というパワーワードには驚いたのか、声を荒らげると本を床に落としていた。


「正臣、あのね、ママが言ってるのは、イヤらしい意味ではないよ? 夫婦になるんだから、寝室は一緒にしたらってことだから 」


「それくらい分かってるよ。ただ急な話で驚いただけだ 」


「…… 」


 正臣に断わる可能性はゼロではない。何より、今までの同居のスタイルに、互いにそれといった不満はないのだ。それに正直なところ、現状の自分たちはの婚約は、その場の勢いと雰囲気で約束した部分も否めない。

 ……でもまあ、また親からチクチク言われるのはいささか面倒臭い。美波はなけなしの勇気を振り絞ると、こう正臣に提案した。


「だから、そのぉーー 正臣が嫌でなければだけど、これからは寝室を一緒にしてもいいのかな、みたいな 」


「…… 」


 美波は口をゴモゴモさせながら一連の口説き文句を言うと、赤面を悟られないように そっぽを向く。

 沈黙が長い。

 やっぱり唐突な進展はマズかった? なんだか一秒がやけに長いんだけど、やっぱり段階を踏んで話せば良かったっッ。

 美波は少しだけ後悔しながらギュッと瞳を閉じると、半ばヤケクソになって正臣を振り返る。すると正臣は予想に反して 真顔で美波を見つめていた。


「別に俺は構わないよ 」


「えっ? 」


 正臣の異様にあっさりとした返事に、美波は思わず拍子抜けする。なんだかそんなにすんなりと肯定をされたら…… 遠回しにお前が好きだと言われているようにも感じられた。


「ただ、美波…… 」


「なに? 」


「もし寝室を同じにするなら、お前の部屋を片付けろ 」


「ハア? 何で? 」


「何でって。俺は家でも仕事をするから、お前が俺の部屋を汚くしたら困るんだよ。資料が入れ替わったら困るし、俺はどちらかと言えば夜型だから、仕事が長引けば美波が寝られなくなるだろ? 寝室を一緒にするなら、お前の部屋だ 」


「なにそれっッ。それっていくらなんでも一方的すぎないっッ? あっ、もしかして、部屋の中に私に見せられないものでもあるんでしょ? 」


「ハア? そんなものがあるわけないだろ? ただ単純に お前が俺の部屋に出入りして、漫画だの洋服だのが散乱するような状況だけは避けたいだけだよ 」


「なっッ…… 」

 

 美波は一瞬 バナナの皮を正臣に投げつけそうになったが、それは最後の理性で回避する。

 そんな物言いをするなんて、いくらなんでもデリカシーとか情緒が、絶望的に欠落してるっッ。しかも結局、全部 実務的な話じゃないっッ。

 美波はドンと席を立つと、むくれながら正臣を睨む。せっかく勇気を出して歩み寄ってみたのに、これじゃあ根本的な部分は何も変わらない気がしていた。


「おい、美波っっ。どこに行くんだよ? 」


「蘭とお茶。夜には帰るッ 」


 美波はプンスカしながら居間を後にすると、勢い良く自室のドアを閉める。我ながら大人気ないとは思ったが、感情のやり場が上手く見つからなかったのだ。


「……何なんだ、アイツ? 」


 正臣は目を点にして独り言を呟くと、思わず頭を抱える。細かい女心はよく分からない。けれども、なにかを失敗したような感覚だけは拭いきれないような気がしていた。

 


◆◆◆





「で、正臣さんのデリカシーのなさに、はらわたが煮えくり返りそうってのが、美波の主張? 」


「だってっっ、あんな言い方をするなんて酷くない? 私も頑張って話を切り出したのに、仕事の書類を処理するかのように、“俺の部屋は駄目だ”って言うんだよ。開口一番、それは酷くない? 私の乙女心が水の泡だよ 」


 美波は一連の愚痴を蘭にぶちまけると、アイスコーヒーをグビリと煽る。そしてグラスをガタンとテーブルに置くと、啖呵を切って話を続けた。


「一瞬でも、甘い展開を期待した私がバカだったっ。これから毎日、寝顔を晒すのも恥ずかしいし、四六時中 隣に正臣が常にいるなんて身が持たないって思ってたの。ドキドキしてたの。私だけ一人で舞い上がって、本当に茶番だったわ 」


「まあまあ、そうカリカリしなさんなって。でもさ、美波。やることやってれば、寝顔とか見られるのは どちらにせよ不可避でしょ。だってアレの後って、大抵は疲れて寝ちゃうしさ 」


「なっッ 」


「えっ? 何、その(うぶ)な反応? 」


「……ちょっ、蘭!! 声が大きいっッ。隣の人に聞こえちゃうよっ 」


 美波は慌てて身を乗り出すと、蘭の口を塞ぎに掛かる。相変わらずの蘭の性への方便さに、美波が太刀打ちできたことなど一度もなかった。


「あのさ、一応 確認だけど 美波は正臣さんと本当にしたんだよね? 」


「正臣としたって…… な゛な゛っッッッ! ちょっ、待って! オブラート!!! 」


「はあ? 別に主語がないから、平気でしょ? 」


「いや、それって全然駄目だからっッ! いくらなんでも表現が直球過ぎる! そんな言い方じゃ、世の大人たちには モロ分かりでしょ! 絶対にみんな聞き耳を立ててるよ 」


「それは自意識過剰でしょ? で、どうなの? 」


「なっ…… 」


 美波は顔を赤らめると、周囲をキョロキョロ見渡す。そして蘭に軽く身を寄せると、静かにこう囁いた。


「まあ、一応したことはしたけど…… まだ一回だけだし 」


「じゃあ、寝顔は見られてるじゃん。つーか、本当に今更じゃん 」


「でもっッ。あの時は、かなり儀式的な感じだったし…… 本当にその一瞬だけだったと言うか、なんと言うか…… 」


「ハア? 」


「その、私が初めてだから、難しいことはしてないというか、動いてないというか。

そもそも、場所も正臣の実家だったし。それに正臣も私に気を遣って無理をしなかったから。

確かに何日間か幽閉されてたから、一緒に寝泊まりはしてたけど、私は余裕が無さすぎて、殆ど記憶がないもん 」


 美波は「あーん。もうっ、恥ずかしすぎる 」と嘆くと、再びアイスコーヒーに口を付ける。

 蘭は正臣とも顔馴染みだから、会話の内容が生々しいことこの上ない。でも正臣が一応河童の末裔だったり、契約の印の諸々があった以上、込み入った相談を出来るのは蘭くらいしかいないのだ。


「……なっ。正臣さん、本当に凄いというかなんと言うか、忍耐力と精神力が神じゃん 」


「そうなのかな。うん、確かにそうかもしれないけど 」


「でも、流石にキスはしてるんでしょ? 」


「えっ? それは…… 」


 美波は否定も肯定もしない返事をすると、ゴホンと一回咳払いする。蘭はそんな あからさまな反応を見るなり軽く吹き出すと、笑みを浮かべていた。


「なーんだ。それなら きっと大丈夫だよ。

美波と正臣さんは元々が家族みたいなものだから、お互いにうまく距離感が掴めてないだけだよ。そんなに急がなくても、これから ゆっくり恋人になればいいし、夫婦になればいいんじゃない? 」


「蘭、ありがとう。ちょっとだけ、気持ちが落ち着いた。でもね…… 」


「でも? 」


「……正臣が私のことを大事に思ってくれてるのは、従者として主人に尽くさなきゃならないっていう感情が膨れ上がっただけなのかもって思うときがある 」


「美波? 」


「だから、今はちょっとだけ不安なんだ。あっ、でももう一回しちゃったからね。

契約の印は消えちゃったし、取り消しもクーリングオフもないから、どちらにせよ 私たちは結婚するしかないんだけど。でも これで本当に良かったのかなって、正臣にちょっと申し訳ない部分はあるんだよね 」


「美波って、たまに物凄く弱気だよね。モヤモヤするくらいなら、正臣さん本人に聞いてみればいいのに 」


「それは、怖くて聞けない 」


「ふーん。美波は答えを聞くのが怖くなるくらいには、正臣さんのことが好きなんだ 」


「……そうだね。そうかもしれない 」


 美波は素直な言葉を口にすると、また「うーん」と唸り始める。

 たまに正臣の本音が怖くなる。今日の一件も多分そうだ。恋愛って本当に難しい。


 何で私と正臣は主人と従者だったのだろう。普通に知り合えていたなら、こんな思いをしないで済んだのだろうか。

 前途多難だ……

 今回ばかりは、美波はご先祖様と河童さまを恨むしかないような気がしていた。





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