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胡瓜にくびったけ!  作者: 高城 蓉理
その後の二人
29/31

その後の二人

◆◆◆


 よし、何とか無事にやりきった……!


 美波はホッと胸を撫で下ろすと、母校の小学校を二度見する。

 夏休みから復活して早々、一人で小学校に明太子の講習に行くのはドキドキしたけど、先生方からは上々の評価を頂けた。それに大学講師(まさおみ)のアドバイスも、意外と役に立った気がする。

 河童の里から帰ってきてからは、身体が羽のように軽くなっていた。それに新たに知ったコトも沢山あって、毎日が生まれ変わったかのように新鮮なことばかりだ。


 美波は意気揚々と地下鉄を途中下車をすると、天神地下街のかっぱの泉へと向かう。今週からは 蘭が夏休みのターンに入っていたので、ランチの時間帯で落ち合う約束をしていた。


「蘭、ごめんね、お待たせ。ちょっと本屋さんのレジが混んでて 」


「別に このくらい気にしないでいいよ。って、美波っ! どうしたの!? その髪の毛! 」


「ああ、思いきって 切ってみたんだ。毛先がだいぶ痛んでいたから 」


「はあ…… 」


「あの、どうかした? 」


「いや、何でもない 」


 まさか美波のこんな髪型を 見る日が来るとは……

 蘭はバッサリと切られた髪を見るなり 声を上げると、 感慨深そうに観察する。

 美波の変化は 髪の毛だけではなかった。肌は一段とツヤツヤしているし、腰回りも充実しているし、とにかく全体的に様子が怪しい。それに首筋をひたすらに隠してきた美波がボブスタイルになるなんて、にわかに信じがたい話だ。

 蘭としては思い当たる節と、追求したい事柄が沢山あったので、これは尋問の甲斐がありそうだと笑みを堪えた。


 二人がこれから向かうごはん処は、新鮮な魚を売りにした 鯖焼き定食を出してくれる行列店だった。玄界灘の荒波に揉まれた魚たちは身が締まっていて、福岡の地魚は何を食べても美味しいのだ。

    

「で、狐太郎さんから聞いたよ。正臣さんと仲直りしたんだってね 」


「あっ、うん。その節は、ご迷惑とご心配をお掛けしました 」


「そっか。良かったね。ちゃんと気持ちは通じ合った? 」


「それは…… 多分、大丈夫だと思う。私からも ちゃんと言ったし、向こうからも 色々伝えてもらったから 」


 美波は気恥ずかしそうに正直に答えると、ご飯をパクパクと食べ進める。このところ悩みの種が減ったからか、妙にお腹が空いて ご飯が美味しく感じられるのだ。


「河童の里には、どのくらい滞在していたの? 」


「えっ? 確か、三日間くらいだったかな 」


「確かって、覚えてないの? 」


「あの、その…… 河童の里って外界から遮断された環境だから、時間の感覚が怪しくなっちゃって。人間は河童さんたちと接触できないから、私たちは部屋に隔離されていたというか、何というか…… 」


 美波は嘘にならない範囲で事実を述べると、アハハと苦笑いを浮かべる。あの後 結局 何日間も二人きりで離れに閉じ込められていたなどとは、口が裂けても言えなかった。


「そうなんだ。それで帰りはどうしたの? 」


「えっ? 帰りは里から近くの集落まで徒歩で降りて、車で戻ってきたよ 」


「じゃあ契約の印も消えたんだ 」


「えっ? 」


「狐太郎さんから聞いたんだ。河童の里って未婚の人間は意識がある状態では、出入りは出来ないんでしょ? 」


「あっ…… 」


「だから、美波はもう 名実ともに正臣さんのものになっちゃったってことだよね? それに契約の印は、美波が初めて他人と交わったときに消えるなら、もう首の印は なくなったってことでしょ? 」


「いや、違っっ。そんなことはっ…… 」


 美波は最大級の墓穴オブ墓穴に、顔を真っ青にする。しかし直ぐ様 首筋の絆創膏を見せると、無理やり 身の潔白をアピールし始めた。


「なっ、私は初心者マーク三個付けなんだから、急にそこまで飛躍するわけないでしょ!? ほら、契約の印なら まだあるよ。絆創膏も貼ってあるし 」


「怪しいな 」


 蘭は座卓から身を乗り出すと、悪い笑顔を浮かべながら美波の首筋に手を伸ばす。バッサリと切られた髪の隙間からは、一応 絆創膏が見えかくれはしていたけど、明らかなポーズなことは美波の態度からバレバレだった。


「じゃあ、今すぐそれを私の目の前で剥がしたら信じてあげる 」


「ちょっ、それは…… 絆創膏だけは無理! 絶対に触っちゃ駄目だからっ 」


「いい加減に白状しなさいっっ。つーか、狐太郎さんから聞いたけど、婚約したんでしょ? やっと交際を始めたと思ったら、いきなり結婚の約束までしておいて、何もない方が不自然でしょ? 」


「無理無理! 恥ずかしいもん、絶対にまだ秘密なんだからっッッ 」


 美波は必死に首筋の絆創膏を死守すると、何とかその場を凌ぐ策を練る。でも蘭を相手に 知らぬ存ぜぬなどは無理だから、最終的にはオール沈黙で乗りきるしかなかったのだった。



◆◆◆


 ゲッッッ……

 胡瓜って、こんなに映えない食材だっただろうか?


 正臣は珍しく持参した弁当箱を開くと、思わず二度見して蓋を閉じる。

 中身は胡瓜を胡麻油と塩で和えたものや、自家製の糠漬け、胡瓜と鰹節の梅炒めとシンプルなはずなのに、見た目は その原型を殆ど留めてはいなかった。 

 

「……正臣が飯時に屋上にいるなんて、珍しいな。明日は大雨決定だな 」


「ヒッッ! 狐太郎か、驚かすなよ。吃驚したーーっっ! 」


「オイオイ。そんなに驚かなくても良いだろう? おっ? もしかして、それって愛妻弁当か? 」


「……愛妻弁当じゃない。美波が急に作るって言い出して、昨日から仕込んだ結果が この(ざま)だ 」


「うわーー 両思いだって分かった瞬間、急に堂々と愛され始めたな 」


「別に そういう訳じゃ 」


「またまた、正臣は本当に素直じゃないなー 」


 狐太郎は正臣の隣に腰掛けると、味気ない保存容器から油揚げを取り出す。末裔たちが どうやって栄養バランスを取っているのかは謎だけど、彼らはいつも健康そのものだ。


「正臣。ところで お前がすっぽかした授業の件なんだけどさ…… 」


「あっ 」


「後先 考えない緊急帰省のせいで、お前の授業を俺が化けて 凌いだんだよなー ざっと四コマだったか? 良かったな、優秀な妖狐の友人を持って 」


「その節は…… 反省はしてる。その、詫びの南関揚げは弾ませるし、何なら一本 芋焼酎も付けるから 」


「……正臣は、いま どんな気分なんだ? 」


「はい? 」


「幸せか って聞いてるんだよ 」


「それは…… まあ、そうだけど 」


「それなら、対価はいらないよ 」


「えっ? 」


「正臣が何だか良い顔をしてるから、今回はそれでチャラにしてやる。その代わり、美波ちゃんとのラブラブエピソードを聞かせろよ? 」


「わざわざ披露 出来るエピソードなんてない。生活は何も変わらないし、いつも通りの毎日だから 」


「何だそれは? 詰まらない回答だな。ところでさ、未使用の匂い玉はどうした? 」


「匂い玉? 」


「ああ。河童のことだけ忘れらる、ミラクルな劇薬だよ。物騒だから、回収しておこうと思って 」


「ああ、あれなら河童の里に埋めてきた 」


「はっ? 埋め……たの? 」


「ああ。あんな危険なものを 万が一 美波に使われでもしたら、俺は堪らないからな。河童の里の離れの庭に埋めてきたよ 」


「アハハ、正臣は たまにやることが 子どもみたいだな 」


「なっ、悪かったな。これでも俺は真剣なんだけど? 」


「あの匂い玉の中身は、ただの石灰だよ 」


「えっ? 石灰? 」


「ああ。だから、記憶をなくすなんて効果は全くないよ。俺がそんな物騒なものを玉藻に作らせるわけがないだろう? 匂いでバレないように、良い感じの原料を探すのは大変だったけどな 」


「……お前、実は けっこうイイ奴だったんだな 」


「今更かよ。まあ、正臣も美波ちゃんも、俺にとっては大切な存在だし、蘭ちゃんに引き合わせくれたことには、これでも感謝はしてるんだ。それに俺は美波ちゃんを信じてたしな 」


 狐太郎は珍しく真面目なことを呟くと、油揚げを頬張って 牛乳で流し込んでいる。性に貪欲すぎて たまに本気で引きそうになることはあるけれど、何だかんだで狐太郎には助けて貰ってばかりで、やっぱり大切な友人の一人だった。



「あっ 」


「ん? 正臣? 急にどうしたんだ? 」


「……美波がピンチな気がする 」


「へー そういうのって、契約の印が消えても分かるんだな 」


「お前にはデリカシーってものは ないのか? 」


「だって見なくても、正臣の匂いを嗅いでたら分かるし。で、どうだった? 」


「何で内容を報告しなくちゃならないんだ? 黙秘に決まってるだろ 」


「ははーん。それはそれは、さぞかし燃え上がったって解釈で良いってことだな? まあ、それはそうだよな。なんせ正臣は初めて好きな女を抱いたんだから 」


「おいっッ 」


 正臣は 初めて……の辺りで、慌てて狐太郎の口を塞ぎにかかると、軽く絞めていた。


 美波のことを、ずっと慕っていたことがバレている……

 それに今までにも そっち方面の話は幾度となくしてきたはずなのに、相手が美波と知られた状態で改めて話を振られると、酷く恥ずかしい気持ちになっていた。


「……狐は生き急ぐのが好きなんだな? 」


「どうも一語一句 想定内な回答をご苦労さん。で、美波ちゃんのことは、助けに行かなくていいのか? 」


「別にいいよ。どうせ自分で墓穴を掘ったんだろうし。今は狐を沈めることの方が先決だ 」


「おいっ、ちょっ。正臣、マジで苦しいって 」


「……俺らは匂いで大抵のことが分かるからな。まあ、仕方がないっちゃ、仕方がないけど、口には出すな。心の中で唱えとけ。とにかく美波の前で 変なことを言ったらマジでしばくからな 」


「わかったから、う゛っッ…… もうギブだって 」


「…… 」


 正臣は強めに狐太郎に忠告を入れると、やれやれとばかりに頭を抱える。

 変なことをしたら、一発でバレるな……

 これからは狐太郎には十分に気を付けなくてはならないかと思うと、前途多難な気がしていた。




◆◆◆



  

 はあ、着いたーっ!

 家に帰ったときに明かりが点いていると、何だかとても嬉しくなる。

 ああ、美味しそうな 飛魚出汁の香り……

 今日の御御御付の具は何だろう……?


 美波がウキウキ気分で帰宅すると、玄関には お味噌の良い匂いが漂っている。早く帰れた日は、正臣といっぱい喋れるし、今はそれが楽しみで仕方がない。そんな風に素直に思えることが、自分でも未だに信じられなくて 不思議な感覚でいっぱいだった。


「ただいま 」


「お帰り 」


 正臣は美波を出迎えると、貝杓子を口に運び 出汁の味をみている。雪平鍋の中では オクラと豆腐が舞っていて、白味噌の甘い香りが部屋の中に広がっていた。


「正臣、見てみて。今日、本屋さんで買ってきたの 」


「ふーん。どうせ漫画か何かだろって、何だ それっッ!? 」


「【彼氏と食べよう胡瓜ご飯】ってレシピ本。取り寄せてたのが届いたから、今日の昼間に天神まで取りに行ったんだ 」


「…… 」


「んっ? 正臣、どうかした? 」


「いや、別に何でもないっ 」


 正臣は思わず美波から顔を背けると、反射で顔を赤くする。美波が急に 料理の本を買いに行ったと思ったら、まさかの恋人レシピなものだから、急に実感が沸いたというか、気恥ずかしさ増したというか、不覚にも可愛いと思ってしまったのだった。



「……で、美波。昼間は大丈夫だったのか? 」


「えっ? 」


「蘭ちゃんと会ったんだろ? 」


「ああ。今日は…… 何とか しらばっくれたけど、時間の問題かも 」


 美波はそう言うと、首筋の絆創膏をベリッと剥がす。そこには 普通の肌が広がっていて、赤子のときに彫られた契約の印の血の痕跡は、綺麗さっぱりとなくなっていた。


「まあ、こっちは狐太郎にバレてるからな 」


「え゛っっッッ! 正臣、それは幾ら何でも 口が軽すぎでしょ? 」


「ちょっ、言っとくけど違うからな。俺の名誉のためにも念押しするけど、俺らは鼻がいいから そういうのは全部筒抜けなのっ 」


「じゃあ、もしかしたら…… もう今頃は、蘭からメールが来てるかもしれない 」


「まあ、それならいよいよ 諦めるしかないかもな。だけどな、アイツらだってしてるんだ。俺らがそうしたって、何の問題もない 」


「えっ、あっ…… んっ…… 」


 正臣はそう言うと、美波のうなじに手回し その小さな唇に濃密なキスを施す。

 美波は一瞬 緊張してか、まだまだ全身を強ばらせている。それでも何とか身体を正臣に預けると、ぎこちなく、 でも懸命にその動きに応えるのだった。


 契約の印はなくなったけど、正臣とはもっともっと距離が近くなって、深いところで結ばれている……

 恥ずかしい…… 

 でも、やっぱりちょっと嬉しい。

 今までも充分 大切にしてもらってきた。

 でも今は日増しに、 その優しさに甘さが増量されている気がする……


 唇が離れると、何だか この一連の流れは まだまだ現実ではないような錯覚がする。

 恋人モードと日常モードの境界線は未だに曖昧で、油断をしたら直ぐにでも 蕩けてしまいそうだった。



「ねえ…… 正臣 」


「何? 」


「あのね、今日の晩御飯は何? 」


「……プッ 」


「なっ、何で笑うの? 」


「いや、お前は全然 変わらないなと思って 」


「なっ…… そんなことはないもん 」


 美波は 正臣の言葉を否定すると、正臣に身体を寄せる。そして空いている方の手に小指を絡めると、こう話を続けた。


「私は今、とっても幸せ 」


「そうかい。それなら良かったよ 」


「もうっ 」


 美波は子ども扱いをする正臣に抗議すると、いきなり正臣の身体に爪を立てる。そして全身に汲まなく手を運ぶと、勢いよく身体を擽り始めた。


「ちょっ、待て待て待て。急にそんなところを触るなっ。くすぐったいからっッッ 」


「これからは、私に失礼なことを言ったら、直ぐにコチョコチョの刑だからねっ 」


「アハハ。ちょっ、そこはマジで勘弁っッ。つーか、躊躇なく、そんな場所を触るな。お前は学習能力が高すぎだろっッ 」


「ふーんだ。私のことを お子様扱いするからよ 」


「仕方ないだろ。俺は元は お前の従者なんだから 」


「あっ、ちょっ 」


 正臣は あっさりと美波の両手を片手で捩じ伏せると、今度はお返しとばかりに 美波の身体に右手を立てる。その指先は 既にうにょうにょと動きを見せていて、美波は思わず生唾を飲み込んだ。


「まっ、正臣さん? その手は、なにっっ? 」


「一応言っておくけど、こっちもこれからは美波に触り放題なのは同じだからな 」


「えっ? 正臣っッ! あっ、ちょっ、アハハ。ちょっと待って、そこは駄目だからっ。アハハハ。くすぐったいーっっ 」






 そう……

 私は私の幸せに気づいてしまった。


 私は正臣のお嫁さんになる。


 私は これからも ずっとずっと……

 ちょっと口が悪くて、

 素直じゃなくて、

 胡瓜が好きで、

 私のことが大好きな

 正臣…… 

 貴方だけに永遠にくびったけなんだからね。












◆◆◆


胡瓜にくびったけ! おしまい



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