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胡瓜にくびったけ!  作者: 高城 蓉理
第四話 天麩羅とがめ煮の複雑な胸中
26/31

◆◆◆



「……エグいな。街がレプリカみたいだ 」


「あれ? 正臣って 高いところが苦手だったっけ? 」


「いや、そんなことはないけど。ただ改めて自分が住んでいる街を見下ろすと、少しだけ変な感覚だな 」


「なーんだ、つまらないの。一瞬、正臣の弱みが握れるかと思ったのに 」


「弱みね…… 」


 その日、美波と正臣は自宅で早めの昼食を取ったあと、近所にある福岡タワーへと足を運んでいた。

 福岡タワーは 海浜タワーとしては日本一の高さの234mを誇り、全体をハーフミラーで覆われた正三角形の外観は【ミラーセイル】の愛称で親しまれている。平日だというのに展望デッキは沢山の人でごった返していて、みな思い思いの風景を楽しんでいるようだった。


「それで、うちの家は見つかったかのか? 」


「うん。ほら、そこにあるよ。黒の瓦屋根に、中庭の池が見える 」


「本当だ…… ヤバっ。如雨露(じょうろ)が転がってるのまで 丸見えなんだな。庭に変なものを出しっぱなしにしないように、気を付けないと 」


「いや…… そんなに細かいものまで見えてるのは正臣(河童)だけだから大丈夫だよ 」


「そうなのか? 」


「…… 」


 デートの練習という単語から察するに、近場に遊びに行くだけだろうと思ってはいたが、これでは普段の買い物とあまり代わり映えはしない。まあ、建前が建前だから仕方はないのだけど、デートと言えば香椎にある遊園地とか、太宰府にある天神さまとか、心のどこかでは もう少し足を伸ばすことを期待していた。


 福岡タワーから東の方角には 博多駅や天神といった九州一の繁華街を俯瞰して眺めることが出来て、南側には緑豊かな脊振(せふり)山地が続いている。いつも会社の窓から見る福岡の街とは少し違って、マリーナ方面の北側には果てしない瑠璃色の水平線が広がっていた。社会人生活も半年近くになって、高いビルからの景色は あまり新鮮ではなくなってはきたけど、誰かと時を共有しながら眺める風景というのは、それはそれで楽しさがある気がした。


「美波、次は何処に行くか? 博物館に行ってもいいし、福岡ドームまで足を運んで お茶をしてもいいけど 」


「正臣は どっちに行きたいの? 」


「俺? そうだな。俺は…… 」


「今日は正臣がリードしてくれるって(てい)のデートなんだから、行きたいところに連れていって 」


「そうだったな。じゃあ…… 室見川の辺りまで散歩をするか 」


「えっ? 室見川? 」


「ああ。俺がいま 行きたい場所。それが室見川 」


「はあ 」


 美波は「室見川って ただの川じゃん。もしかして暑すぎて泳ぎたくなった? 」と文句を言い掛けたが、今日に限っては口を閉じておく。そもそも室見川では遊泳は出来ないし、だからといって有名なデートスポットでもない。でも今日はデートの練習という名目だから、美波はリードをしてもらうという約束なのだ。

 

 やっぱり、河童が考えていることは たまに良く分からない……

 美波は迷子にならないように正臣の着物の裾を摘まむと、黙って付いていくのだった。


 


◆◆◆

 

 

 福岡タワーの隣にある有名キー局の社屋を通り過ぎ、博物館も自宅も横目に見送る。地下鉄の駅を二つ離れた室見川に向かうには、まずまずの距離を歩かなくてはならない。百道浜から西新方面の この辺りの一角は、かの有名な元寇の舞台になった土地なので、今でも街の中に元寇防塁と呼ばれる史跡が残っていた。

 

 百道浜は、美波の生活圏内で生まれ育った場所でもあり、小学校から大学までを過ごした学園都市にもなっている。社会人になってからは、昼間の平日に学校の周りを歩くのは新鮮で、ついつい学生の束の中に知り合いの姿を探していた。 


「何かこの辺りを歩いてると、お前は まだ学生みたいだな 」


「なにそれ、当たり前でしょ? 私はまだ社会人になって半年も経ってないんだから 」


 美波は扇子を扇ぎながら、街路樹の影を探すように歩道の隅を歩いていた。地面からは陽炎のような揺らめきが波を打ち、相変わらず 鼻を通過する空気は暑くて湿気を含んでいる。


「美波は髪の毛を下ろしてて、暑くはないのか? 」


「えっ? 別に平気。ずっとこの髪型だもん。契約の印が見えちゃう方が面倒臭いし。正臣だって、しっかり襟足を伸ばしてるから お相子でしょ? 」


「俺は男だから、別に髪型は何でもいいんだよ。妖怪の血が濃くならなければ変温動物だから、体温も上がりづらいし 」


「私もそんなもんだよ? 私にとっては、契約の印があるのが普通だもん 」


「そうなのか? 」


「そうよ。物心が付いたときから、この状態だもん。あっ、正臣こそ、もうすぐ母校の側を通るよ 」


「えっ? あっ、そうだな 」


「母校に感慨はないの? 」


「まあ…… 特にはないな 」


 正臣は自分の母校には目もくれずに通り過ぎると、組んだ腕をトントンと叩いて、何か落ち着かないような素振りを見せていた。

 正臣は美波とは違う近所の小中学校から高校までを西新の界隈で過ごして、進学先でもある 今の勤務先の大学で 研究を続けている。少しチャラい傾向がある狐太郎も大学の職員だし、妖怪たちは何だかんだで優秀な人材が多いのかもしれない。

 そしてその後も 大した会話もないまま、二人は西新商店街を進み始めると、一気に藤崎駅を抜けて、室見の周辺まで辿り着いていた。



「正臣は、何で室見川に行きたいの? 」


「何となく 」


「…… 」


 何だか 今日の正臣は 口数が少ないわりに自己主張が激しいな。これって、本当にデートなのだろうか? 

 でも 私はデートをしたことがないから、よく分からないし……

 美波が疑問を抱きながら正臣の背中を見ていると、ふと手が差し出される。美波はその行動に 思わず足を止めていた。


「えっ? 正臣……? 」


「……この辺りなら、知り合いもいない。恋人同士なら、デートでは手を繋ぐと思う 」


「そうだね 」


 美波がゆっくりと自分の右手を添えると、正臣はぎゅっと手のひらを握り返す。そして恋人繋ぎをされると、一気に気恥ずかしさが全身を巡るような感覚になる。


 恥ずかしくて、身体が熱い。

 だけど、少しだけ懐かしい気もする……


 夏場になると、福岡の街は茜色に染まる時間が遅くなる。美波は視線の高さになったお日様に目を細めながら、ひたすら正臣に手を引かれていた。


「室見川なんて、久し振りに来たね。ここの風景は、昔と何も変わらない。小さい頃、桜の季節はよく正臣に連れて来てもらって、ゆりかもめと遊んだっけ。正臣もまだあの頃は、中学生とか高校生だったよね 」


「ああ。そうだな。美波が直ぐにおんぶを要求してな。いい筋トレになってたよ 」


「なっ、そんな子どもの頃の話を持ち出さないでよ。仕方ないでしょ、小さかったんだから体力がなかったの 」


「そうだな。そんな美波が もう こんなに大人になってしまったんだから、時間が経つのは早いよな 」


「正臣? 」


「……ここは美波との思い出の場所だから、どうしても来ておきたかったんだ 」


「えっ? あっ、ちょっ…… 」


 正臣は美波の手を引くと、キラキラと反射する水面をよそに、グイグイと進んでいく。そして河川の脇に整備された公園まで降りると、美波をベンチに座らせた。もうこの時間になると、子どもたちは殆どいなくて、人も疎らにしか歩いてはいなかった。


 正臣は立ったままで、美波と一緒に川を見つめていた。

 でも繋がれた手の拘束は だんだんと強っていく気がして、もうこちらからは手をほどけそうにない。室見川に来て正臣を見上げると、何だか小さい頃に遊びに連れてきてもらった懐かしい感じが蘇る……だけなはずだった。


 黙っていても、気まずくならないのは家族の特権。

 でも、今日は少しだけ、無言になってしまうのが怖い。

 正臣は相変わらず、真っ直ぐ前を見つめてる。その横顔が今だけは妙に固く見えた。


 美波が思わず腕を引くと、正臣はこちらを振り返る。

 そして一瞬だけ笑顔を見せると、こう口を開いた。


「……今日は 美波に大事な話がしたくて、ここに来たんだ 」


「大事な話? 」


「…… 」


 大切な話という単語に、美波の鼓動は一気に早くなっていた。

 正臣は そんな美波の頭を撫でると、その手を髪の毛に絡める。そしてその場で膝を付くと、頭を下げてこう言った。 


「俺は…… 美波との、契約の印を解消したい 」


「えっ? なっ、そんなことが出来るはずがないじゃない。だって…… 契約の印は私が心身ともにお嫁に行かないと…… 」


「親父に聞いた。主人の同意があれば、契約の印を解消する方法はなくはないらしい 」


「何それ 」


「だから河童の里に来て欲しい 」


「河童の里? でも、あそこは未婚の人間は入れないんじゃ 」


「匂い玉は用意してある。これを使えば、美波が寝ている間に里にお連れすることは十分に出来る 」


「…… 」


 正臣は 着物の袖から匂い玉を取り出すと、またそれを同じところに入れ直す。

 美波はあまりにも突然の提案に、あっさりと言葉を失っていた。


 正臣が美波に(ひざまず)いたことなど、今までに一度もない。

 正臣は本気なのだ。


「契約の印を解消しても、俺は今まで通り美波の従者は続ける。お嫁に行くまでは責任を持って仕えるし、心配はしないでいい 」


「……何で 契約の印を消したいの? 」


「契約の印があるから、美波はずっと自由に恋愛が出来ないんだ。そんなことは、この令和のご時世に時代遅れだし、お前にも生き方を選ぶ権利はある 」


「…… 」


 やっぱり最後の最後まで、私のせいにされてしまうのか……

 美波は悲しいやら、悔しいやら、色々な感情をごちゃ混ぜにすると、静かに肩を震わせていた。

 我慢しようと思っても、心の底からの動揺を押さえることなんて出来ない。美波はポタポタと太股に涙を落とすと、声を堪えて泣いていた。


「美波? なんで、泣くんだ? 」


「…… 」


「契約の印はなくなっても、俺は美波がお嫁に行くまでは、責任を持ってお仕えする。美波が望む限りは、俺は永遠にお前のものだ 」


「駄目よ。それじゃあ契約の印を解消する意味がないじゃない 」


「いや、そんなことは…… 」


「私のことが嫌いなんでしょ? 」


「なっ、そんなことがあるわけないだろ 」


 もうこの辺りで 美波は大号泣だった。

 もう何がどう悲しくて、自分でもこんなに泣けるのか意味がわからない。

 自分は主人なのに 正臣を解放してあげられなかったことも悔しいし、正臣に嫌われているかと思うと本当に悲しい。

 でも何より一番辛いのは、自分の気持ちが…… 

 正臣のことが好きだという感情が決して報われないと分かったことだった。 



「……美波 」


 美波を泣かせるかもしれない、とは思っていた。だけど、ここまで大泣きされるのは想定外で、何で美波が ここまでショックを受けているのかが分からなかった。


「……わざわざ思い出の場所まで来て、こんなことを言うなんて、一体 どういうつもりなの? 」


「えっ? 」


「私のことが面倒で、もう一緒にいたくないなら、はっきりそう言ってくれればいいのに 」


「違うッ。そうじゃない。……そういう訳ではないんだ 」


「じゃあ、どういうつもりよ? 」


 いつもの威勢はどこえやら、美波は静かな口調で正臣に攻めよると、肩で息をしていた。急に泣き過ぎてしまったから、しゃっくりは出るし 呼吸が苦しくて仕方がなかった。


「……こっちの気も知らないで 」


「えっ? あっ 」

 

 美波に拒否をされたら…… 里には連れて帰れない。

 正臣は 美波の涙と鼻水を 着物の裾でまとめて拭き上げると、優しくその頬に手を添える。そしてその場に立ち上がると、美波の背中に腕を回した。


「まっ、正臣? 」


 色々なことが急展開過ぎて、美波は何がなんだか分からなくなっていた。

 正臣は 契約の印を解消したいと言っているのに、抱かれたその手は いつも以上に甘くて優しかったのだ。


「覚悟はしてたつもりだったけど、もう普通に自信がない。耐えられそうにないんだよ 」


「…… 」


 そうだよね。

 知ってた。

 本当は知りたくなかったけど。

 ごめんね。正臣には ずっと辛い思いをさせてたね。

 ごめんね。手放せなくて、本当にごめんなさい。

 でも、私は、正臣のことが やっぱり…………


「美波、やっぱりお前は何か勘違いをしてないか? 」


「……そんなことない 」


「こうなったら変な誤解はされたくないし、仕方もないか。絶対に…… 美波にだけは気持ちを伝えないつもりだったんだけどな 」


「えっ? 」


 正臣はそう言うと、回した腕に力を込める。

 美波に自分の気持ちを伝えるつもりなど、まるでなかった。

 だけど…… 

 この先の関係性がギクシャクしたとしても、今 言っておかないと 物凄く後悔をする気がしたのだ。


「いいか、美波 」


「…… 」


「一回しか言わないから、耳の穴をかっぽじって良く聞いとけよ。あのなあ、俺はお前のことが…… 」


「あっ 」


 正臣の声が彼方でリフレインする。

 聞きたくない。

 耳を塞ぎたい。

 嫌いだなんて、言われたくない。

 お願いだから、突き放さないで欲しい。

 私は正臣のご主人だもん。

 私は最後まで 正臣を困らせる 我が儘なお姫様。

 だから お別れをするときは、私から離れるのが務めなんだからっッ。



「……正臣なんて、大ッ嫌い 」


「えっ? あっ 」

      

 正臣の言葉を、何としても書き消したかった。

 美波は 乱れる呼吸から必死に声を振り絞ると、心と裏腹な言葉を口にする。そして正臣の着物の裾を容赦なく漁ると、匂い玉を手に取った。


「おいっ、ちょっと待て。お前、一体 何をしようとしているんだ 」


「離してよ。私が河童の里に行けば、全部丸く収まるんでしょ? 」


「この、分からず屋っッ。俺はまだ大事なことを、最後まで伝えてないっッ 」


「……言いたいことはそれだけ? 」


「ちょっッ 」


 美波は最後にもう一回、瞳に一筋の涙を溢すと、自由が効かない右手を駆使して、自分に向かって匂い玉を投げ付ける。すると真っ白な粉が宙を舞い、キラキラと夕焼けの光と重なって 虹光を反射させた。 


 あれ……?

 思ってたよりも、身体に力が入らない。

 美波は全身の力を弛緩させながら、正臣に身体を支えられるような形になる。命の危機を感じる強力な催眠作用に、一番驚いていたのは何を隠そう 美波自身だった。


「一方的に決めちゃうなんて、本当にあり得ない。煮るなり焼くなり、私のことは 正臣の好きなようにすればいい………… 」 

 

「美波。おいっ、美波っっ…… 」


「………… 」


 美波は最後の力を振り絞るように捨て台詞を呟くと、正臣の腕の中で 苦しそうな表情を浮かべて 瞳を閉じていた。

 正臣はそんな美波を抱き締めると、ごめんと謝るのが精一杯だった。









残り5話です。

次回は深夜になります

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