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「あちゃー 正臣は相変わらず やることが派手だな。それじゃあ、完全に見た目が河童じゃないか 」
「悪かったな。生憎 俺は元々、河童なんだけど? 」
「おいおい、そんなに怒るなよ。ちょっとからかっただけじゃないか 」
「こっちはこんな形姿なのに、わざわざ真っ昼間から呼び出しやがって。お陰で夏場に完全防備で街を彷徨くことになって、俺は完全に変態状態だよ 」
美波がよく分からない惚気話に振り回されている頃、正臣は正臣で よく分からない召集をかけられていた。
狐太郎から急ぎで会いたいと言われ、フル装備で狐雁庵にやってきた途端に こんな嫌味をほざかれたら 堪らない。正臣は不機嫌な表情を隠すことなく 麦わら帽子とマスクを外すと、ざっくばらんに座敷に腰を下ろす。包帯が巻ききれない頬には河童の皮膚が残り、玉虫色の髪の毛はいつも以上に艶やかな光を発していた。
「まあ、そう機嫌を悪くするなよ。正臣は何か飲むか? 」
「俺は今日はいい。これ以上、血の巡りを良くしても仕方ないし 」
正臣はそう言うと、メニューの中から烏龍茶を指さす。一度濃くなった妖怪の血を落ち着かせるには、とにかく身体を冷やすことが鉄則で、そうなると飲酒や激しい運動の類いはご法度だった。
「そうか。じゃあ代わりと言っちゃなんだけど、胡瓜の丸絞りジュースを作らせるよ 」
「えっ? 狐太郎さんよ、いきなり何を言い出すんだ? この店、そんなにサービスが良かったっけ? 」
「いいから、いいから。俺は今日は正臣に聞いて欲しい話があるんだよ 」
狐太郎は無理矢理 正臣の疑問を振り切ると、仲居を呼びつけ胡瓜ドリンクをオーダーする。何だか狐太郎の下心には振り回されそうな予感はするが、最近は借りを作ってばかりなので そう無下にも出来なかった。
「……どうせ 凄く くだらないことだろ? 」
「違っ。そんなことねーわ 」
狐太郎は端正な顔立ちを くしゃっとさせると、ニヤニヤと笑みを溢す。コイツがこんな表情を見せるのは、大抵が恋愛絡みの場合なのだ。
「あのさ、人間の女の子って、どんなことをしたら喜んでくれるんだ? 」
「……はあ? 」
案の定だ。しかも相手は人間の女の子ときたから、状況は穏やかではない。いつもはピチピチの妖怪女子とばかり遊んでいるのに、何故そこに行き着いたのだろうと疑問さえ思える。
「何で、そんなことを俺に聞くんだよ 」
「だって正臣は人生の半分以上を、美波ちゃんと暮らしてるから 人間には詳しいだろ? 」
「知らん。俺は美波のことは多少は知識があるけど、他の人間のことは一切関知はしてない。そんなことは自分で考えろ 」
「そこを何とか! 俺は初めて人間の女の子と交際するけど、あの蘭ちゃんは最高なんだ。絶対に手放したくないんだよ 」
「蘭ちゃんって…… もしかして美波の友達の蘭ちゃんか? 」
「ああ 」
「マジか 」
正臣は予想外の名前の登場に、一瞬唾をを飲み込む。
何故そこに手を出した、と言ってやりたいところだけど、そうなったきっかけは自分の油断が招いたことだから、文句を言うわけにもいかなかった。
「なんで、そういう経緯になったんだよ? 」
「トイレで倒れてた蘭ちゃんが、あんまりに色っぽかったんだよ 」
「なんだそゃ 」
「人間の女の子は、何か特別な光線みたいなオーラを発してる。いや、もしかしたら僕にとっては蘭ちゃんが魅力的過ぎたのかもしれないけど。正臣は美波ちゃんと一緒に暮らしてて、よく冷静でいられるな 」
「俺は少しづつ慣れたから、今更それくらいではビビらないよ 」
「正臣って、何か特殊な訓練とかしてるのか? 」
「そんな経験があるわけないだろ。だいたい俺は従者なんだから、美波に間違っても気を起こすなんてあり得ない。俺はあいつのオムツを替えて、離乳食まで世話してたんだぞ? つーか、そんなに悩むなら 蘭ちゃん本人に お前のどんなことが好きか聞いてみればいいじゃないか。まだ知り合って二週間だったら、分からないことばっかりだろ。言葉にしなきゃ気持ちが伝わらないのは、人間も妖怪も一緒だろ? 」
「正論過ぎる正論だな 」
「分かってるなら、俺に相談するだけ無駄だ 」
「でもさあー 」
狐太郎は大きな溜め息をつくと、そのままテーブルへと突っ伏す。狐太郎もだいぶ油断をしているのだろう。着物の隙間から覗く銀髪の尾は 閃光のような輝きを走らせながら、パタパタと左右に触れる。蘭は一糸纏わぬ状態で狐太郎と肌を合わせても臆せずにいるのだから、今更何を心配するのか甚だ疑問ではあるけれど、当人にとっては大きな悩みなのだろうから 適当に あしらう訳にもいかなかった。
「変なことを聞いて、嫌われたくないんだよね。それに俺は油揚げばっかり食ってるわけで、気持ち悪がられないかも心配だし 」
「もしそんなことで嫌みを言ってくるような女だったら、それまでってことだろ。執着するだけ馬鹿馬鹿しい 」
「……正臣ってさ、どっからその余裕が生まれてくるんだよ? 」
「そんなものはないわ。つーか、余裕を発するような場面がそもそも俺にはないんだよ 」
正臣は言いつつ、目の前の酢胡瓜(酢豚の胡瓜だけバージョン)を口に入れると、ついでに胡瓜の山椒漬けにも箸を伸ばす。
だいたい正臣に聞いたって、ロクな回答が望めるわけなどないのに、狐太郎も狐太郎だ。
正臣は従者業が忙しくて、この手の経験はほぼ素人に近いし、なまじ顔は整っているから苦労もせずに適当に解消しているだけだ。さすがに美波がお年頃になってからは、派手なことはしないようにはしているけど、所詮は特定の交際相手などいないし、更に言えば人間の女性と付き合ったこともなかった。
「……そうだ。正臣。突然だけどさ、幻影スペシャルを体験しないか? 」
「ハア? 」
「俺さ、蘭ちゃんの幻影を作り出して貰って、どんな交際を望んでるか聞いてみるわ 」
「ちょっ、お前は馬鹿か? そんな勿体ない金の使い方をするなよ。そんなに悩んでるなら、俺が美波伝手に蘭ちゃんに聞いてやるから 」
「そうか。正臣、お前けっこう良い奴だな 」
「いや、別にそんなことはない。だけど、そんな金の使い方は道楽が過ぎる 」
「正臣だって、河童の長の息子だろ? 河童は人間からのお布施や寄付も多いだろうし、金なんか有り余ってるだろ? 」
「真面目な顔をして、馬鹿みたいなことを言ってるんじゃねーぞ。うちの里は 基本は胡瓜の栽培と、ミネラルウォーターの販売業務がメインだから薄利多売だし、常に無駄遣いは出来ないんだよ。ったく、それにうちの里は世襲でもないから、俺には何の権利もないしな 」
「じゃあさ、代わりに俺から細やかな お返しをしてやるよ。玉藻、ちょっとこっちに来い 」
狐太郎はそう言うと、パチンパチンと二回ほど大きく指を鳴らして合図を打つ。するとほんの数十秒もしないうちに個室の障子が開いて、廊下から妖狐の仲居がちょこんと顔を見せた。
「はい。若旦那さま。何かご用で? 」
「玉藻。悪いけど、この前 講習会で会得した例のアレでコイツに良い思いをさせてやって 」
「かしこまりました 」
「なっ、俺はマジでそういうのいいからっ 」
正臣は狐二匹のやり取りを聞くなり、大きく体勢を仰け反る。でも妖狐の二人は血赤色の瞳を丸々とこちらに向けていて、一度標的にされようものなら こちらからは視線を逸らすことは敵わないのだ。
「まあ、無理するなって。正臣もこの前は、ギリギリのところで理性を保ってただろ。本当に百道浜に亀裂が入らなくて良かったよ 」
「ちょっ、ふざけるなって 」
正臣は怒りながら身体を動かそうと試みるも、四肢が言うことを効かない。狐の妖術にだけは、どんな妖怪であっても簡単に太刀打ちは出来ないし、二対一では完全に不利だ。正臣は自分でも驚くくらいに簡単に自由を失うと、あっさりと畳の上に陥落した。
「いやいや、これは蘭ちゃんと巡り合えた ほんの礼だから。それに美波ちゃんを危ない目に遭わせたのは、うちの狐雁庵のセキュリティ上の責任でもあるしな 」
「では正臣さま、失礼します 」
「いや、だからそんな気遣いは一切無用だから。玉藻、マジで止めろ! って、おいっっッ…… 」
玉藻と名乗る仲居は正臣の隣に正座すると、覗き込むような仕草を見せる。そして着物の袖に襷を掛けると慣れた手付きで、腕と手を組み儀式を始めるのだった。
「まあ、実際にヤる訳じゃないけど、なかなかの心地好さとリアリティーだからさ。理想の女と楽しい一時を過ごしてよ。今なら河童化もしてるし、夢の中で多少興奮しても美波姫にはバレないよ? 」
「……貴様のアホさ加減には、つくづく反吐が出るな 」
「いや、この幻術スペシャルはガチでするわけではないし。風営法にも引っ掛からないかつ、クリーンな遊びだろ 」
「……合法か違法かの議論は、今はどうでもいい。マジで俺の精神が崩壊したら、裁判所に殴り込みに行くからな 」
「おっ、怖っ。正臣、お前は本当に潔癖過ぎるんだよ。親友の忠告は有り難く受け取れ 」
「この脳ミソ油揚キツネ…… マジで覚えとけ…… よ…… 」
正臣は最後の捨て台詞を言い切れぬまま瞳を閉じると、手の力を弛緩させる。
もうこの際、狐の縄張りで河童一匹で太刀打ち出来る術などないのだから、ここは傷を最小限に留めることだけ考えよう。
ただしかし、正臣には絶対に幻術スペシャルで思い描いてはいけない唯一の女がいる。
正臣は最後の意識を集中させて、脳内をフラットにすることに専念すると、夢の中へと没入していくのだった。
次回は正午頃投稿します




