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胡瓜にくびったけ!  作者: 高城 蓉理
第二話 優しさに比例する鶏の水炊き
13/31

◆◆◆




「美波、桜が綺麗だな 」


「…… 」


「ほら、見てみろ。川の真ん中に(やな)が組まれてるぞ。もう、すっかりシロウオ漁の季節だな。ほらもう少し歩けば、ゆりかもめ が集まる場所に着くぞ 」


「うん 」


「因みに今晩は、シロウオの炊き込みご飯と、あちゃら漬けを作るからな。いい胡瓜と大根が手に入ったから 」


「…… 」


「美波? どうした? 急にしゃがみこむな。靴に砂利が入り込むから 」


「ねえ、まさおみ 」


「……なんだ? 」


「みなみ、とっても つかれちゃった。ダッコして 」


「はあ? お前さんが ゆりかもめを見たいって言うから、わざわざ室見川(むろみがわ)まで来たんじゃないか 」


「でも 足がいたいんだもん 」


「……ったく、仕方がないな。この我が儘 美波 」


「うわっッ! 」


「なっ、何だよ? デカイ声を出すな。お前が持ち上げろって言うから、抱き上げたんだけど? 」


「ちがっ。こわかったわけじゃないもん 」


「じゃあ、なんで叫ぶんだよ 」


「うふふっ。あのね、まさおみにダッコしてもらうと、大きくなれたかんじがしてうれしいの。それにね…… 」


「それに? ……何だよ? 」


「あっ、もう一個はひみつ。みなみがオヨメにいくときに教えてあげる。それまでは ナイショだもん 」


「何だ、そりゃ 」





 ……昔から正臣の手の中は、気持ちがいい。

 とっても居心地が良くて 固くて柔らかい。まるで身体が芯から蕩けていくようだ。

 世界から重力がなくなったように、空気が軽くて フワフワする。

 温かいってことは、もしかして 今度こそ私は天国に来てしまったってことだろうか。


 お父さん、お母さん。

 先にあの世に来てしまってごめんなさい。でも私は社会に出て、自分の力を試してみたかったの。

 正臣には、会わせる顔がない。任務失敗で里長に怒られちゃうかな。でも 正臣を責めないで欲しい。彼は何も悪くはないもの。人魚に拐われたのだって、完全に私のミスだし、そもそも先方の意地汚さがあり得ないのだから。


 ああ……

 それにしても正臣の胸のなかは、気持ちが良い……

 正臣は変温動物なのに、ゴツゴツした身体は いつも熱を帯びている。

 背中に回された手は、少し力が強く感じるけど、きっとそれは私へのお仕置きの一つね。


 ごめんなさい。もう正臣に心配は掛けないように気を付けます。もう勝手にどこかに行ったりなんてしないから。

 って、えっ……?

 私は一体、いま何処にいるの!?




「うわっっッ! 」


「あっ 」


「なっ、なっ、ちょっ…… 」


「……目が覚めたなら、もう大丈夫だな 」


 美波がゆっくりと瞳を開くと、そこには見慣れたタイル張りの壁が広がっていた。耳には換気扇の重低音と、水の音がぽちゃんぽちゃんと響き、水の柔らかさとゴツゴツとした滑りのある感触が肌に当たる。額にはポツンポツンと 天井から雫が伝い、首筋には微かに自分の物ではない 張りがある髪の毛が絡み付いている。状況を把握するには申し分のない充実の情報量だった。 


「ちょっ、えっ? なななんでっッ、私が正臣と一緒にお風呂に入ってるのっッッ!? 」


 美波は正臣の肩をド突くと、アワアワしながら距離を伺う。湯船で向かい合った間合いが近過ぎて、美波は頭から湯気を吹き出しそうな気分だった。


「おいっ、そんなに動くなっ。湯船で暴れたら危ないだろっ 」


「そんなの無理よ! だって、はっ、恥ずかしいでしょ! 」


「……お前の体温が、マジでヤバかったんだよ。いくら夏前って言っても、海水はまだまだ冷たいし。あんなところに半刻も浸けられやがって。契約の印を持たない生身の人間だったら、今頃大変なことになってたからな。尻子玉が無事で何よりだったな 」


「なっ…… 尻子玉を引っこ抜く(そんなことをする)のは河童だけじゃないっ 」

 

 もしかして契約の印が、私を護ってくれたってことなのだろうか?

 風呂の蛇口からは、今もジャンジャンと新たな湯が足されていて、浴室には息が苦しくなるくらいの湯気が充満していた。

 美波は言い返す言葉もなく、取り敢えず自分の身形を確認した。素っ裸にされてたら どうしようかと思ったけれど、下着と肌着は身に付けたままだった。正臣は下半身だけタオルを巻いていたけれど、それ以外はほぼ裸体で風呂場で同じく暖を取っている。正臣の上半身には、微かに萌葱色の毛が逆立っていて、河童の片鱗が刻まれていた。


「正臣。もしかして力を使って、私を助けてくれたの? いつもはそこまで肌は緑じゃないよね? 」


「別に、そんな大層なことはしてない。人魚野郎を追っかけて海を泳いだから、少し色が変わっただけだよ。見苦しくて悪かったな 」


「そんなことはないっ。どんな風貌であったって、正臣は正臣だもん 」


「えっ? 」


「だけど…… そうなったら、暫くは戻らないんだよね? 」


「……良いんだよ。これが俺の役割なんだから。多少、緑になったって 服を着てれば分からないし、じきに元に戻る。あんな胸糞悪い野郎を野放しにしておくなんて、性に合わないからな 」


「…… 」


「契約の印を引っ掻いたのは良い判断だった。お陰で血の臭いを辿れて探しやすかった。狐太郎から一報はあったけど、お前がヤバイってのと、犯人が福重っていう人魚だってこと以外は、何のヒントもなかったから 」


「あっ、蘭はっ? 蘭は大丈夫だったの? 」


「ああ。狐太郎が保護して、今はまだ狐雁庵にいるらしい。手洗いで香を焚かれて寝かされてたそうだから 」


「そう。それなら良かった 」


 美波はホッと肩を撫で下ろすと、ぐっと涙を飲み込む。

 今になって、事の重大さの実感が沸いてくる。

 妖怪の悪戯だと言われるとあまりピンとは来ないけど、相手を昏睡させて誘拐、記憶改竄なんて普通に重大な犯罪だ。しかも人魚の宮とかいう人間の司法が介入できないようなところに連れていかれたりしたら、一貫の終わりだったに違いない。

  

「正臣。あの、助けてくれて、ありがとう…… 」


「別に礼はいらない。これが俺の仕事だから。但しだな、金輪際 あの福重とかいう人魚野郎とは関わるな。ああいう話が通じない相手は危険すぎるんだよ 」


「……心配を掛けてごめんなさい 」


「自分が何をされたのかは、覚えてるのか? 」


「なんとなくは。でも今は寒かったことしか覚えてない 」


「そうか 」 


「でも正臣の声が聞こえた気がしたの。そしたら凄くほっとした 」


 美波はそう言うと、正臣の背中に手回し その肩に顔を埋める。正臣に馬乗りみたいになって、しかも抱き付いたことなど、幼い頃でも記憶にはなかった。


 いきなり引っ付くなって、怒られるかもしれない。

 でも、今はこうでもしないと心が持ちそうにないのだ。

 

「美波? 」


「……怖かったの 」


 怖かった。

 本当に怖かった。

 だから今は家に戻ってこれて、本当に良かったって、心の底から思える……

 正臣の腕は私を握り返したりはしないと思う。でもきっとさっきは沢山抱き締めてくれたと思うから、私は大丈夫だよと伝えたかったのだ。


「迷惑を掛けて、ごめんなさい。やっぱり私は大人しく、将来のことを考えようと思う 」


「別に俺のことは気にしなくていい。俺は…… 美波がさっき人魚に向かって叫んでた言葉で十分だったから 」


「えっ……? 」


 一体、正臣が言っているのは何のことだろう。あのときは記憶も曖昧になっているから、こちらとしては皆目見当も付かない。美波が怪訝な顔をしてウーンと唸るような仕草を見せると、珍しく正臣が少しだけ表情を曇らせる。でも直ぐにいつもの仏頂面みたいな態度に戻ると、美波に言い聞かせるように喋り掛けた。


「覚えてないなら、別にそれでいい。兎に角だな。誰にでも自分の望む生き方を選ぶ権利はある。それは美波も同じだ。人生は長い。もしお前さんに本当に好きな奴が出来たときに、じっくり考えればいい 」


「でも…… 」


 美波は寸前のところで言葉を飲み込むと、肩を一つ二つと震わせた。

 頭の中の考えが、うまく声にならなかった。

 正臣に言い返したい言葉も、聞きたいことも沢山あるのに、それを口にしてしまったら何かが終わってしまう気さえする。

 すると正臣はそんな様子を察したのか、美波の背中に腕を回すと、ギュっと身体を抱き締めるのだった。


「えっ? 正臣? 」


「…… 」


「ちょっ、あの…… 」


「……美波、腹は減ってないか? 」


「えっ? 」


「お前さんが熱望していた水炊きを作ってあるんだ。夏場に鍋なんて暑苦しいとは思ったけど、今なら身体が温まって丁度いいんじゃないか? 」


「私が熱望? 」


「つまりだな、俺が端正込めて作ったんだ。温まるから、有り難く食え 」


「でも正臣は水炊きは食べないじゃん 」


「……俺も水炊きのスープに胡瓜を浮かべて食うよ。ほら明日も仕事なんだろ 」


 正臣はそう言うと、美波を持ち上げて脱衣所へと連行する。

 こんなに優しくされたのは久し振り……でもないか。



 冷静に考えたとき……

 正臣以上に自分を大切にしてくれる人が、果たしてこの世界にいるんだろうか。

 いや、そんな野暮なことを考えるのは時期早々だし、そもそも自分達はただの主人とただの従者に過ぎない。


 私だけに、その優しさを向けて欲しいと思ってしまう。でもそんなことを考えては駄目だ。


 美波は一瞬脳裏に過った感情に蓋をすると、

「水炊きに胡瓜って合わなくない? 」と冷静な突っ込みに徹するのだった。






次回は朝7時前に投稿します

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