⑥
「いやー、恐れいったよ。想定以上に、高取さんはしっかりしているね。面白い逸材だ。僕なら君に、もっと綺麗な未来を魅せてあげられるのにね 」
「えっ? あの…… 福重さん? 」
福重は席を立つと、美波の隣に身体を寄せる。そして美波の首を絞めるように肩の辺りに腕を回すと、耳元で囁くように こう呟いた。
「高取さん。もしかしてだけど、バレていないと思ってた? 」
「あの…… 一体、何のことでしょう? 」
「君さ、河童と契約の印を結んでるでしょ? 」
「…… 」
美波は無言を貫くと、福重の腕に手をかける。振りほどこうと力を込めてもビクともしない。それどころか福重は美波に覆い被さるように体重を掛けると、少しづつ床に押し倒す。掴まれた首筋からは、福重の冷たい掌の感覚だけが伝わってきた。
「……福重さん。これは一体、どういうつもりですかっ? 」
「驚いたよ。君、怖いもの知らずだね。河童の里の次期当主と 生まれたときから一緒に暮らしている人間のお姫様は 度胸が違うね 」
「質問に答えてくださいっ。福重さん、あなたの目的は何ですか? もしも蘭に危害を加えたりしてたら、私はあなたを絶対に許さないっッ 」
「おっ、その威勢の良さにはますます燃えるね。俺は尚更、君に興味が沸いたよ。やっぱり河童の里の英才教育は素晴らしいね。一部の隙もない 」
福重は美波の額に自分の額を近づけると、不必要な接近を試みる。こんなに他人に顔を近付けられたのは初めてのことだけど、これ程までに不快に感じるとは思いもしなかった。
「高取さん、人魚の宮に嫁に来ないか? 」
「はいっ? 」
「そうすれば河田正臣も安心して君を嫁に出せるし、俺としても第三夫人が欲しかったから丁度いい。人間の血脈が入った子どもは 将来的に様々なリスク回避に繋がるからね。どうだい? 悪い話ではないと思うけど 」
「……そんな話、丁重にお断りします。だいたいそんな縁を結ぶなんて大切な話を、相手の首に手を掛けながら言うなんて、ちょっと常識に欠けるんじゃないのっ? 」
「……妖怪はね、基本的に他者を愛さない冷酷な生き物なんだ。それなのに君は生まれたときから、ずっと河童に愛情を注がれて生きている。まさかだったよ 」
「なっ…… 」
「噂には聞いていたけど、本当に契約の印を持つ人間と出会うことが出来るなんて。妖怪が育む偽りだらけの愛情に、歪むことなく成長している。もうここまできたら、ホラーの領域と言っても過言ではないよね。こんな主従の印なんかに縛られる価値は、どこにもないんだよ 」
「私は、別に印に縛られてる訳じゃないわ。事情もよく知らないくせに、憶測だけで物を言うなんて失礼よ 」
「……あはは。やっぱり生まれたときから従者にチヤホヤされてる分、高取さんは人間にしておくには勿体ないくらいに威勢がいいな。うちは一族に経済力がなくてだな。人間社会で働くなんて 面倒だと思っていたけど、河童が天塩に育てた乙女が目の前にいるならと思うと、俄然欲しくなったんだよ。君は僕らの理想の人材だ 」
「……何でそんなことが福重さんに分かるんですか? 」
「血の匂いだよ 」
「血……? 」
血の匂いって一体何なんだ? というか、それって普通に回答になってないし。
駄目だ。全身が拘束されて力が入らないし、何よりあの甘ったるい匂いが脳と肺から拭えなくて、思考回路が回らない。
ここで意識を飛ばしたら、次に目が覚めるのはあの世か人魚の宮とやらであるのは確実だ。
美波は意を決して 手に残る全ての握力を指先に結集させると、勢いよく自らの首筋に爪を立てるのだった。
次回は翌0時に投稿します




