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胡瓜にくびったけ!  作者: 高城 蓉理
第二話 優しさに比例する鶏の水炊き
10/31

◆◆◆


 不思議な雰囲気のお店だな。

 でも看板の名前は合ってるし。うーん……


 美波が地図アプリに誘われて到着したのは、何とも仰々しい造りの料亭だった。日が沈みきったところに、黒を基調とした日本家屋の組み合わせだと、建物の輪郭は掴みにくい。店の外にはお品書きの類いは置いてないから、一体どのくらいの価格帯の店なのかは想像も付かなかった。

 

 こうなったら、一か八かだ。

 それでも美波が意を決して敷居を跨ぐと、店内は落ち着いた照明になっていて、広々とした玄関スペースが広がっている。正面には床の間に軸と花が飾られ、その右隣には福岡の食事処では付き物の 大きな生け簀の中で槍烏賊(ヤリイカ)を中心とした地魚が泳いでいた。


「あの、ごめんくださいー どなたかいらっしゃいませんか? 」


 美波は致し方なく 控えめに声をあげると、キョロキョロと店の中を見渡した。勝手に上がり込むわけにもいかないし、福重たちが何処にいるかも分からない。


 どうしよう…… かなり場違いなところに来てしまった。

 美波が自分の無駄な勇気を後悔していると、廊下の奥の方から 小走りで床をするような音が聞こえてくる。銀に輝く纏め髪を結った女性は 着物で膝を床に付くと、丁寧に頭を下げた。


「あらまあ、いらっしゃいませ。お客様はお一人様でいらして? 」


「ええ、はい 」


「……あの、失礼かもしれないけど、お目当てのお店は うちで合ってるかしら? 」 


「えっ? 」


 美波は慌ててスマホを二度見するが、間違いなく目的地はここで合っている。のだけど、店員があまりにも訝しそうな表情でこちらを見てくるものだから、段々と自信はなくなっていた。


「店名は狐雁庵と聞いているので、こちらだとは思うのですが。連れが先に到着しているはずでして。福重って言うんですけど 」


「あら…… 福重さん? それなら合っているみたいね。私は玉藻(たまも)です。こちらへどうぞ 」


「玉藻さん? 」


 玉藻と名乗った仲居は 合点が言ったような表情を見せると、美波に靴を脱ぐように促す。店内に一歩 足を踏み入れると、そこは今までに嗅いだことがない、まるで異国の砂糖を限界まで煮詰めたような 甘ったるい匂いが漂っていた。


「お客様。足元に段差がありますんで、気を付けてくださいませ 」


「はい。って、あっ…… 」


「大丈夫ですか? 」


「ええ、すみませんっっ 」


 一瞬視界にモヤがかかって、美波はバランスを崩す。しかし仲居の反射神経もなかなかのものだったらしく、美波の腰元を押さえると、間一髪で転倒を防いでくれていたのだった。


「お客様、お怪我はありません? あっ、もしかして 今 首のところを怪我でもされましたか? 」


「えっ? いや、そんなことは 」


「あら、変なことを言ってしまってごめんなさいね。首元に余りにも鮮やかな紅色が見えた気がしたから、間違えてしまったみたい 」


「あはは、気にしないで下さい。はい…… 」


 相手に悪気はないのだと思うけど、最近はやたらと契約の印に興味を持たれるので、それは気分がいいことではない。美波は乱れた髪を整えると、首筋を隠した。


 甘ったるい匂いは、部屋を進むに連れて着実に濃くなっている。呼吸をする度に強烈な香りは肺に周り、必然的に逃れられない。さすがに頭が痛くなってきたが、福重たちと合流もせずに 抜け出すのは憚れる部分もある。飲食店だというのに こんなに強烈な香りが充満していたら、食欲も削がれてしまう気がする。でも廊下の両脇にある障子の隙間からは 宴会騒ぎの声が聞こえてくるので、どうやら他の客は匂いに関しては 大した問題ではないようだった。


「こちらが 福重さまの個室です 」


「ありがとうございます 」


 美波はボーッとする思考回路を整えて仲居に礼を言うと、障子の前で膝からガクンと腰を下ろした。

 ここまで来ておいて今更だけど、この店は何か異質な空気が流れているような気がした。


「お客様、大丈夫ですか? 」


「はい。平気です。少しよろけただけなので 」


「生身の身体でご立派でしたね。でも福重さんに見初められたなんて、結構なことよ。頑張ってね 」


「はい? 」


 玉藻はよくわからない台詞を言い残すと、直ぐに来た道を戻っていく。

 見初められた? ……って、一体何のことだ?

 玉藻の言っていることの、意味が分からない。


 美波は頭のなかにクエッションマークを並べながらも障子を開けると、福重と蘭の姿を探す。部屋の中も相変わらずに間接照明だけが灯っていて、想像以上に広い客間には福重の姿しか見当たらなかった。


「すみませんっ、お待たせしました 」


「いらっしゃい、高取さん 」


「あれ? 福重さんだけ? 蘭…… じゃなくて、小田部(こたべ)さんは どちらに? 」


「ああ。小田部さんは、お手洗いに行ってるよ 」


「……そうですか 」


 福重は美波に座椅子を進めると、飲み物のメニューを手渡す。美波は少し迷いながらも瓶ビールをチョイスすると、卓上を見渡した。テーブルにはお通しの明太子に刺身の盛り合わせ、それに何故か おきゅうとが並んでいたが、至って普通のツマミが並んでいる。相変わらず個室の中にも甘ったるい匂いは充満していたが、酒の空きグラスが溜まっていないことから察するに、福重と蘭もここに来てからは余り時間が経っていないようだった。


「食べ物も少し追加をしようか? 高取さんは何か好きなものはある? 」


「あっ、いえ。私は一杯だけでお暇するので、お気になさらずで 」


 美波はやんわり かつハッキリと意思表示をすると、正座をし直して姿勢を正す。新人とはいえ、こちらにも先約がある。一杯だけでと帰るいう約束は、最大限の譲歩だった。


「高取さんは、普段はこういうお店には来ないの? 」


「そうですね。外食はあまりしない方かと。家族が胡瓜…… いえ、菜食主義者なので。必然的に自宅で頂くことが多くて 」


「ふーん。でも、何だかそれって 詰まらないよね 」


「えっ? 」


「だって家庭で食べるものって、自ずと限界があるだろ? どうしてもプロの味には敵わない。外食をすると、必然的にコミュニティも広がるしメリットは多い。三大欲求の睡眠欲、食欲、性欲って共通の欲求だからね。だからこそ、新たな出会いを求めてもいいと思うよ 」


「いえ。別に私は一人で食事をしているわけではなくて、家族と一緒に別のものを頂いているだけなので。それに、 外食はしない分 美味しいものは自宅で作ってくれますし。確かに家族は胡瓜……ではなくて、同じものばかり食べているから、飽きないのかなとは思いますけど 」


「そう 」


 福重は言葉少な目に相槌を打つと、目の前にある地酒を煽る。美波も流石に模範解答過ぎたかな、とは思ったが、事実なので致し方なかった。


「あの、福重さん。蘭のお手洗いなんですけど、長くないですかね? 」


「そうかな? もしかしたら大きな花を摘んでるのかもしれないし、別に気にしなくて平気じゃない? 」


「でも迷子になっているような気もしなくはないんですよね。このお店、似たような個室が並んでいるから。私やっぱり心配なんで、蘭の様子を見てきます 」


「……その必要はないよ 」


「えっ? 」


 福重は席を立つと、美波の隣に身体を寄せる。触れたそして肩の辺りに腕を寄せると、美波の耳元でこう囁いた。 


「小田部さんは邪魔だから、少し眠ってもらったんだ 」




 


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