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94 合わさる光。




 忍は焦っていた。二人が次に向かう先が、どうもまずそうであったからだ。


(まさか…) 


 少しずつモンスターの数が増えていく。向かう先にあるのは危険地帯。この先には…『アレ』がある。


(…本当に、行くの?)


 『存在を気取られないチートスキル』を持つ自分でさえ、二度と近付かないと決めた場所。


 …そう、あり得ないほど巨大な蜘蛛が占拠し、あり得ないほど大量のモンスターがひしめきあうあそこは、この街きっての大修羅場、であるのに…嗚呼、嫌な予感ほど見事に当たるのは何故なんだろう。


(よりによって、なんで警察署に…)


 二人が話し合う内容を聞くに、どうやらこの男は最初から警察署の奪還を目的に来たらしい。その目的とあの厨二風のマントに何の関係があるかまでは聞けなかったが──先ずはある程度モンスターを間引く。それも強いモンスターを優先的に。これで殲滅の目処をある程度立てると同時に、あの蜘蛛のレベルアップを阻止する。それが看過出来なくなった蜘蛛が出張ってきた時は男が相手取り、その隙に少女が警察署に突入する。そして中の人々を魔力に覚醒させ、パワーレベリングしながら周囲に溢れたモンスターの殲滅を手伝ってもらう──語られたのはそんな内容だった。それを聞いている間も、忍は話し合う二人の様子を注意深く見ていた。


 それで分かったのは、少女に見えるこの女性が実は大人で、二人は愛し合う関係であるという事…だからこそ、分からなかった。


 そんな大事な人をこの男は何故、こんな危険な作戦に巻き込むのか?


 そんな責める気持ちで見ていると『均次くん』と呼ばれるこの男はやはり迷っているようだった。どうやら『大家さん』と呼ばれるこの女性が無理についてきたらしい。

 

(だったら、やめればいいのに…)


 こんな世界になって力を発揮出来ない警察なんて放っておけばいい。彼女を連れて逃げればいいのだ。

 

(なのに、なんで?分かんない…)


 何故自分を犠牲にしてまで?それどころか大事な恋人まで巻き込んでまで何故、あんな危険に飛び込もうというのか。顔も知らない誰かのために何故、そこまで出来るのか?


(…逃げてよ、もう…)


 本当に訳が分からず、いつの間にか願っていた。こんな世界になってしまったが、それでもこの二人には幸せになって欲しいと。やがてその思いは衝動となり、忍は遂に声をかけそうになるが、それを偶然遮る形で『大家さん』が言った。


「…またその悲壮?…いい加減守られてばかりじゃない。だって、ほら──」


 そして何かを放った。あれは魔法だろうか…いや、そんな事より。女の勘が警報を鳴らしていた。今の声はまずい。あれはすっかり覚悟が決まった声であり、それはつまり、


「え?今、何の魔法を…」



 だから違うそこじゃない『均次くん』、『大家さん』がなんというかともかくヤバい。そんな忠告も頭の中で言っては意味がない。そうこうしている内に、


「打ち合わせなら散々した。後はやるだけ──」


 やはりそうだ。『大家さん』は何かしでかすつもりで──



「────ちょ…っ!」


 

(飛び、飛び降りたああああああ!?何考えてんのあの人おおおおお!?)



「っちょおおおおおおおっ!」



 『大家さん』を追って何の躊躇いもなく飛び降りた『均次くん』は流石で、場違いにもこの時、またも羨ましく思ってしまった。



 ……それも、たまらないほど。



 今後…いや、多分あり得ない事だが、万が一自分が誰かと付き合う事になったとして…今の『均次くん』と同じように飛び込んでくれるだろうか?こんな危険のただ中に。そんな男性が今後、自分の前に現れてくれるのだろうか?…答えはNOだ。きっと現れない。しかしそれを寂しく思うよりも、こう思ってしまった。



 自分は今、奇跡のような存在を目にしている。



 慌ててビルの屋上から下を見下ろせばやはり。『均次くん』は『大家さん』をしっかり受け止め、しかも着地にまで成功していた。



「すご……い…すごい、すごいすごい!すごいよ『均次くん』!」



 つい大声を出してしまった。なぜこんなにも興奮してしまうのか。こんな気持ちになれたのは久しぶりだった。こうなったら何が何でもあの二人の行く末を見届けなければ。そう思ったらいてもたってもいられずビル内を駆け降りていた。そしてモンスター群の只中を猛速で縦断して蹂躙する二人を、必死になって追いかけた。

 途中から変なテンションになった二人にはちょっと引いたが、それにも違和感を感じなくなっていった。


 それほどの大活躍だった。


 忍はすっかり魅せられてしまった。まるで、アニメや漫画に見たヒーローが現実世界に飛び出たような。実際にモンスター共を薙ぎ倒す中で男の人を救い出す場面もあった。そしてまた興奮した。本当にカッコ良かった。



 …しかし、



 …やはりだ。



 アニメや漫画の世界とは違う。これは現実でやはり、残酷だった。


 『均次くん』が蜘蛛の糸に囚われてしまったのだ。さらには『大家さん』も蜘蛛の攻勢に追い詰められ、倒されようとしている。最後の足掻きだろう。彼女は叫んでいだ。




「どうして、どうして、どうして!」




 その目に映すのは、虚無と絶望。それを見て思ったのは、


(そんな目を…しないで?)


 『均次くん』は悪くない。

 『大家さん』も悪くない。

 

 ただ、誰かを救おうとしただけ。


 ──自分と同じ。


 なのに、最愛の人を失おうとしている。


 ──自分と同じになろうとしている。


 あれはそんな世の残酷を呪う眼差しで、しかしそうやって呪いながら、それでもと叫んでいるのは、



『諦められない』



 みっともなく泣きながら、それでもと。あんなにも健気に…彼女はまだ、抗おうとしている。




 ………涙がこぼれた。




 烏滸がましくも、その姿まで自分に重なってしまったからだ。


 …そう、今さらになって気付いた。


 自分は諦められなかったのだ。


 何もかもを許せなくて憎かった、、でもそれは、諦められなかったからだ。


 ──生きる事。


 何もかもどうでもいいと本当に思えたなら、どれほど楽になれた事だろう。


 ──愛する事。


 両親への親愛を断ち切れたなら、この身はどれほど軽くなれたろう。


 それでも自分は、そうしなかった。


 それは、それだけは、したくなかったからだ。


 それはきっと、一粒なりでも残していたから。


 両親から受け継いだ、均次くんや、大家さんに見せてもらった…



 …あの、『光』を。



 こんな不器用な自分でも、両親から注がれたこの『光』だけは、守り繋げようとしていた…そう、抗っていた…こんな自分なりに。


 我知らずだったが心の奥底ではきっと、そうだった。


 そうだ。眩しいと思えたなら、羨ましいと思えたなら、『ああなりたい』と思っていたはず。


 そう、そうなのだ。自分は…


「 父さん… 母さん… 」


 …両親のようになりたくて、


「 均次くん… 」


 彼のようになりたくって、


「 大家さん…」


 彼女のように──


「 なりたくっ… …なれる? ま だ… 間に合ぅ…?」





 間に合うか…それは分からない。





 あの辛い経験から学んだ事は今のところ『もう戻らない』という現実、それだけだ。


 そうだ…かつて起こった事は覆えらない。両親だって生き返らない。それが現実だ。


 現実に絶望した自分は、消えてなくなりたいと思った。気配を消せるスキルを手に入れた。でも本当に消えてなくなれはしなかった。


 過去に戻ってやり直したいとも思った。でもこんな馬鹿げた世界になっても、そんな都合のいい展開はないと知れた。それだけだ。


 これからもきっと、ずっとそうだ。


 いつだって不確定な『これから』しか用意されないし、それから逃げられない。キツい、ツラい、ミジメ、ザンコク、ムクワレナイ。



 だったら、


 だから、


 だからこそ、


 もう、踏み出すしかないのか。


 踏み出して、手を伸ばすしかないのか。


 不確定の中に手を伸ばして、あるかないか分からない良い未来を探すしかないというのか。


 ないなら作ってでも、掴むしかないとでも、いうのか。



 …馬鹿な…、そんなのっ、



「 怖い、怖いよ… 」



 だって…だってまた、失敗したら?



 かつての自分は、いじめられていたあのクラスメイトも、自分自身も、両親だって…ほら、救えなかったじゃないか。


『でもこれからの自分なら、出来るかも』なんて…、都合良く思えない。



 …けど、それでも…


 

 嗚呼、両親が死んで…それでもっ!


 

 あの二人は…まだっ、死んでない!


 

「…生き てる、 生きてる… 生きてるッ、──生きてる!」


 

 だからって、どうしろと…っ?



「 …救う…?こんな、私が…」



 ~~ああもう、こんなもそんなもないッ!やっと巡ってきたんじゃないかッ!いやっ、ここまで何度も機会はあった。ただ取り逃がしてきただけ──だからっ、これは、



 ………



「 最後の チャンス…、」



 そうだ。また勇気を振り絞れるかもしれない、その、最後のチャンスっ!ここであの二人を


「 救えなかったら… 」


 いや、そんな事はもう思うな。


「 救えたなら… 」



 そう、救えたなら。



「 …きっと 私、も… 」



 …そう、だから、、ほら。



 今…この瞬間、



   それを出来るのは、誰?






 















































 「…私 しか  …ぃないっ」


 


 

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