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89 混沌から混沌へ。



 意識を失った平均次はその後、どうなったのか、それを述べる前に説明を追加せねばなるまい。彼は何故、意識を失ったのか。意識を失うまでに一体、何が起こっていたのかを。

 

 まず、一瞬にして視界が変わった。


 しかし、いまや怪物と呼んで差し支えない成長を果たした彼を苦しめる…それ程の視界変化とは一体、どのようなものであったのか。それは、、、



 人にあってはならない視界。

 


 前後左右だけでなく上下、しかも立っていれば絶対の死角となる足裏の地面までも範囲の内とするそれは、


 文字通り『全方位を同時に見る』という視界。


 それは眼球で埋め尽くされた球体生物に成り果てたと錯覚するほど強烈な変化であり、当然として人の脳はこんなものに対応出来ない。


 しかし平均次はもう人間を辞めている。その証であるスキル【界命体質】によって、こんな荒唐無稽に対応出来ずとも耐久は出来てしまった。


 よってこの時点、彼の意識はまだあった。


 しかしこの荒唐無稽を原因とする目眩や悪寒は勿論のこと、



「あ──かッ、あ──っガッ!」



 脳に爪を立て握り潰されるような苦痛に襲われ…



「ー~ーーーッーーーー~~ッッ!」



『【痛覚大耐性LV10】に上昇します。上限到達。【痛覚極耐性LV1】に進化しました。』


『【負荷大耐性LV9】に上昇します。』

『【疲労大耐性LV7】に上昇します。』

『【精神超耐性LV4】に上昇します。』


  

 …激烈であったといえ…視界の変化で何故、これほどの負荷が?ともかく、耐性スキルのレベルが強制的に上昇させられてゆく。軒並み、立て続けに。それでも足らぬと、



「───!─────!!」



『【平行感覚LV10】【視野拡張LV10】に上昇します。上限到達。進化──と同時に両スキルが呼応──【空間把握LV1】へと合成進化』



 …確かに。上下に前後と左右までが混ざりあった世界で平衡感覚など意味がない。


 視界が球状に展開されてしまえばそれ以上の視野拡張はありえない。


 このスキル合成は苦肉の策、だったのだろう。だがそれも、焼け石に水であったようだ。その証拠に、

 


『【負荷大耐性LV10】に上昇します。上限到達。【負荷極耐性LV1】に進化しました。』

 

『【痛覚極耐性LV2】に上昇します。』

『【疲労大耐性LV8】に上昇します。』

『【精神超耐性LV5】に上昇します。』

『【空間把握LV3】に上昇します。』



「ーーー~~~~~────!!」



 止まらない。耐性スキルのレベルアップが止まらない。止められない。それらをもってしてこの苦痛は、、、



『【疲労大耐性LV10】に上昇します。上限到達。【疲労極耐性LV1】に進化しました。』


『【痛覚極耐性LV3】に上昇します。』

『【負荷極耐性LV2】に上昇します。』

『【精神超耐性LV6】に上昇します。』

『【空間把握LV7】に上昇します。』



 止まら ない!


 遂には主要耐性スキル三種が極耐性にまで進化を果たす。それでも極まっていないようだ。



『【痛覚極耐性LV4】に上昇します。』

『【負荷極耐性LV3】に上昇します。』

『【疲労極耐性LV2】に上昇します。』

『【精神超耐性LV7】に上昇します。』

『【空間把握LV7】に上昇します。』



(こぉ、こ、こ、ご、こ、こ れぇ 

は…ッ)



 おそらく界命体に進化していなければ確実に死んでいた。


 それほどの、負荷──なんて事を思う余裕すら今の均次にはない。

 


『【空間把握LV10】に上昇します。上限到達。進化先を模索──』


 

 ついさっき合成されたばかりの【空間把握】までが次の進化段階に──あまりに性急過ぎる──どころか、





『エラー。【空間把握】を【◼️◼️◼️◼️】が吸収──』





 ……謎のバグスキルが、


 吸収?

    して しまった…だと?




『【◼️◼️◼️◼️】が一部補完されました。【◼️◼️◼️力】へと──』




 字面的に少し改善、それが十分でない事は一目瞭然。


 他のスキルを吸収しても補完されないとは…これは…あまりに…




(お、お お 俺れ、は、は、wa、、い 一、っ体ぃ) どれほど厄介なスキルを引き当ててしまったのか。




 この謎スキルが完全に補完されるまで、この苦痛過ぎる進化ラッシュは続くのか。


 均次がそれを断続的意識明滅を繰り返しながら恐れたながらも『少し慣れてきた』そう思った、、、瞬間──!





「──!───!────────!」





 声も出せないのはそのまま。思考ですら言葉に出来ない、それでも魂は絶叫をあげる。


 こうなったのは気付いたからだ。これほどの負荷に襲われて当然だったと。何故なら





 ──視界では、なかった──





 ありとあらゆる、感知と類される能力、それらが見えざるエネルギーとなって自身を中心にドーム状、膨れ上がるように放出されていた…そんな感覚。



 それが、『範囲内に在る全ての情報』を手当たり次第、飲み込んでいた。



 目下戦闘中である蜘蛛を始め、その蜘蛛と自身を繋げる糸や周りで薙ぎ倒されたり逃げ惑うモンスター共…だけではない。


 地面やその地面に建つ建造物に留まらず、石ころ…いや砂粒…どころか…大気中を漂う微粒子まで…



聞いて、いる?──違う、 

 嗅いでまでいる?──いや、

  感触まで──触れてないのに?

    なんなら味まで───否、



 そのどれもで悉く失敗している。


 今のところこの現象が伝えてくるのは『訳が分からない』、これだけだ。


 知るためにある五感がこうなっては本末転倒に過ぎるというものだが、こうなるのも無理はなかった。


 これほどに肉体や精神の構造を無視した情報。それを大量に、無理矢理に詰め込まれても対応出来る訳がなかった。


 気付けないで当たり前、理解出来なくて当たり前、受け止められなくて当たり前、意識の混濁も当たり前、そんな情報を──


 …いや、それぞれはきっと、正しい情報なのだろう。


 しかしどんな正確な情報だろうがこうも一度に突き付けられれば矛盾が生じてしまう。


 正面と背後を同時に見るだけで既に大きな矛盾である事は容易に想像出来るだろう。


 それが球状全方位、しかも見るだけでなく聞いて嗅いで触れて味わい回ってしまえば──いや、恐るべき事に、



 これで終わらなかった。



 この感知エネルギーは、さらなる情報を貪らんとなおも拡がり、深まっていった。


 そのドーム状範囲内、ありとあらゆる全て、その一つ一つを…


 

 嗚呼、、



 今さらだが、

    あえて言おう。





 こんな、馬鹿なと。





 ──見せられた。


 全方位、範囲内にある全て、それらの『一つ一つ』を、『()()()()()()()』見せられた。


 ──聞かされた。


 全方位、範囲内にある全て、それら一つ一つが動き鳴らす諸々…だけでなく、内部密かに鳴らされる律動まで聞かされた。


 ──嗅がされた。


 全方位、範囲内にある全て、それら一つ一つをあらゆる部位ごと、選別しながら同時一気に嗅がされた。


 ──触れさせられた。


 全方位、範囲内にある全て、それら一つ一つの触れられぬはずの微細部…どころか内部までも触れさせされた。


 ──味あわされた。


 全方位、範囲内にある全て、それら一つ一つを満遍なく、いや、血、肉、骨、どころか分子原子レベルで味あわされた。



 同時多発的かつ多角的かつ膨大にして深淵から発生しては派生して合流して混ざりゆく矛盾。



 ただ蓄積されるだけでないのだから(たち)が悪い。情報とはそれぞれ紐付いてゆくものだからだ。


 それら矛盾が無理矢理連結されて集合した先からさらにと別の矛盾集合体が合流してゆく。


 それを高濃度矛盾に漬け込み、更なる矛盾を染み込ませた後に駄目押しとばかり遠心分離機で撹拌、超高純度とされたがごとき、、、



 ………大々々々々、、大矛盾。



 数々の耐性スキルが自らレベルを上昇させては進化した。果ては合成にまで踏み切るスキルまであった。それすら無駄とばかりに吸収されてしまった。それでも不足とされていたのは、、、嗚呼、当然の事だった。


 感じているはずのこれらに基準となるものは一つとしてない。


 中心も境目も形もなくしドロドロに溶けて混ざった情報であったはずのもの。


 焦点を合わす事すら不可能とするここは、まさに──



 混沌そのもの。



 こんなもの、、、どう扱えと。


 情報であること以外全てが分からなくなった膨大を脳内へ注がれ続ける拷問苦悶…いや、


 こんな『地獄すら生ヌルい』と感じる負荷に苛まれながら、それでもと、辛うじて、理解出来る事も、あった。


 これは、創造前の破壊でありこれは、人としてある五感を排す、という前段階。


 つまり、界命体として新たな感覚を身につけるため、邪魔な五感を殺そうとしている…?


 それを悶絶寸前にうっすら理解しながら、平均次もさすがの怪物。こんな地獄に晒されて、なお『人の感覚』で手放さなかった。



 『これだけは』と。

 それは何であったか。



 彼が見分け、聞き分け、嗅ぎ分け、手繰り寄せ、すがり付いて離さなかったものとは、何であったか。





 大家香澄だ。 




 彼女だけは。





 彼にとって彼女こそ唯一無二中の唯一無二。最初にして最後となろう最愛の恋人。


 その香澄には自分が蜘蛛の注意を引いている間、警察署内へ侵入するよう頼んでいた。


 閉じ込められていた人々と協力し、チュートリアルダンジョンを探し出し、その全員を魔力に覚醒させるようにと。


 打ち合わせ通り警察署へ駆け込もうとしていた彼女だったが…どうやら均次の窮地に気付いてしまったようだ。



 足を止め、

 こちらへ振り返り、

 一瞬で捨てた。

 自らの役割を。



 もはや如何にして均次を救出するか以外、頭から完全に失くしてしまったその姿に……嬉しさを感じる反面、



 不味い。そう思った。



 何故ならその停止によって、蜘蛛がこちらの作戦に気付いてしまったようだから。



 怒──騙したな──許しがたい──この人間を引きずったまま──あの人間も──殺す──必殺──確殺──重殺──どういう理屈か糸を介し伝わってくる詳細過ぎて混沌となった情報、そこからなんとか読み解けたのは、巨大蜘蛛の漠としながら確とした殺意。



 察して黙っている均次ではない。


 混乱なら混乱のまま。

 苦痛なら苦痛のまま。

 無理矢理飲み込む。

 また。



 そう、平均次はいつものごとく藻掻き始めた──








    しかし──





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