88 想定の範囲『外』。
実はこうして窮地に陥る事は『想定の範囲内』だった。
だって敵は蜘蛛だけじゃない。大量の、しかもその殆んどが進化を果たしたモンスター群まで警戒しなければならず、その上で大家さんを守りながら、警察署内に閉じ込められた人々を救い出そうというのだから、まぁ、無茶が過ぎる自覚ならあり過ぎてあった、
というか、
これで無事に済むと思う方がおかしい。だから奥の手を──つまりは賭けに出てしかるべき。そう思っていた。
だが賭けと呼ぶ以上、大きな見返りが望める代わりに不確定要素も大きく絡む。
俺にとって【界体新初】がそれだった。
この窮地を想定していたからこそ、昨夜ぶっ通しで【界体新初】を検証したんだ。
まあ…それでもよくわからないという結果となった訳だが。ただ、思い出してみて欲しい。このスキルが今まで、俺に何をもたらしてきたかを。
まず、人間を辞めさせられた。
『界命体』とかいう謎種族に進化させられた俺は、それに伴い『界命力』というエネルギーを宿すようになった。
その影響で俺の中にある世界、内界には時間の凍結が効く【封物庫】という異次元倉庫や、【巨充区】などという…無垢朗太曰く果てしない巨大空間が増設された。…今となっても『なんだそれ』感は拭えないでいる。
肝心の戦力向上に関しては【界命体質】というスキルを取得した。お陰で紙装甲のまま不死身に近いという…色んな意味でデタラメな存在となって……どれもこれも計り知れない、というか、『訳が分からない』と言うべきか。スキルとは何ぞやって感じだ。
ただ、ここまでで分かった事は、『これら恩恵を得るには何らかの素材を吸収する必要があり、それには苦悶が伴う』という事で、当然それは戦闘中に試すには危険な行為となっている。
でも、吸収の対象がダンジョンコアでもない限り魔食に比べれば軽い苦悶で済むことは検証済みだ。
そしてまだたった一度の成功例だが、【界命体質】を取得した時…つまりは『魔食材を吸収したあの時』に限ってはその苦悶もなかった。
つまりこうして戦闘中に吸収からの強化を狙う事は博打という程ではまだない。そう思っていた。試す余地なら十分あると。
そして今回、巨大蜘蛛と戦う前に多くの進化モンスターを倒す必要があり、それは多種多様かつ大量の素材を獲得出来る絶好の機会でもあった。
…つまりは、何気に条件が揃ってたんだ。
だから内界送りにしたモンスターの死体から魔食材を剥ぎ取るよう、無垢朗太に頼んだんだが…ああ、俺が『分かってるな?』と問い、無垢朗太が『話が違うが…』と答えていたのは、この事だな。
まあ、『モンスターを内界送りにする時は魔食材を剥ぎ取ってから』という約束だったからな。話が違うと言われてもしょうがない。誰だってグロいモンスターを解体するなんて嫌がる…いや、
今回俺の相棒が嫌がった理由は他にあった。
俺と違って無垢朗太には『モンスターのどの部位が魔食材となるか』なんて知識はない。
かといってこの乱戦の中で俺がいちいちどの部位を剥ぎ取るかを指示するなんて不可能だった。
だから無垢朗太には俺の魂に干渉してもらう必要があった。
それは、魔食材に関する知識を得てもらうためだ。この差し迫った状況ではそうするしかなかった訳だが、これには結構な危険が伴う。
前にも言ったが、魂とは他者が干渉していいものでは決してないのに、俺達は魂を共有してしまっていて、容易に干渉しあえる関係にある。そんな状態にしたのは無垢朗太で、これがとれほど危険な事であるかコイツも重々承知だったが、あのまま放置してれば俺は死んでいたのだからしょうがなかった。と、俺も納得している。
こうして『ただ生きるだけでも割りと綱渡りな状態』となってしまった俺達は互いの魂の干渉する事についてはかなり慎重になっている。
俺もしくは無垢朗太という個の存在に矛盾が生じては困るからな。実際にその影響なのだろう。俺達はこの世のありとあらゆる因果を調整する『運気』から見放されてしまったよつだ。『運』魔力がマイナス表示になったのはそのせいだと推測している。
『運』魔力についてはもう諦めるとしても、他にもどんな症状が顕れるか分かったもんじゃないからな。これ以上『魂の混ざり』の進行を早めるのは得策ではない、と昨晩から今朝にかけて話し合ったところでもあった。
そもそも魂を共有し、意思や知識や記憶など内的な全てを共有出来るはずの俺達がわざわざ、会話で意志疎通をしているのはこれ以上の『魂の混ざり』を恐れていたからだ。それなのに今回、無垢朗太に俺の魂に干渉させたのはまぁ…
消滅の危険すら飲み込む必要があったからだ。
この蜘蛛が相手では簡単に殺される事も可能性に入れておく必要があったからだ。
まあ『結局の捨て鉢か』と思われてもしょうがない。
これは『死なないためなら消滅も厭わない』と言ってるようなもの。結構な矛盾だって自覚もある。
しかし、消滅のくだりを含め、あくまでも可能性の域を出てない。なんせ前代未聞の存在なんだからな。二つの魂が融合する事もそうだが、その不安定をダンジョンコアで補填するだなんて。自分達で自分達をどう扱っていいのか分からないという状態だ。
だから、こんな無謀な戦いに挑む以上は少々魂に障るぐらいの『博打』はやむを得ない、そう思った。というか…
(…俺、もう人間辞めてるし)
界命体なんて怪物になって『界命力がゼロにならない限り死んでも死なない』身体になって多少の無茶を飲み込む無鉄砲さが…まぁ、働いたかもしれない。
…というのは大家さんには内緒だ。いや絶対に怒るから。というか彼女は俺達がなんらかの無茶をまたやる事を見通していたのかもしれない。だからビルから飛び降りたりしたのだろう。彼女を守るためには『死ぬ訳いくか』て俺もなるからな。
(でもこの蜘蛛が…ったく、強すぎだろ…)
というか、戦いがうますぎるとでも言おうか、戦闘開始早々こうも効率的に追い詰められるとはさすがに思わんかった。
…いやすまん。
話(※言い訳とも言う)が長くなってしまった上に、最後は愚痴みたくなってしまったな。
まあともかく。俺達はジェネラル級やリーダー級を主とした高位進化体だけを選りすぐってかつ、魔食材のみに限定して、しかも大量に、様々な種類のそれらを一気に【吸収】、【界体進初】を発動した訳だが、
『①新たな界命スキルの取得。
②既存スキルの大強化。
③眷属の創造。
④内界の大拡張。
⑤内界の大充実。
以上から強化先を選んで下さい。』
こうなった。見た感じ、俺達は賭けに勝ったようだ。実際に選択肢が増えてるしな。
──そう思ったんだ。
基準として高級素材であるかどうかが重要なのは何となく察していたが、やはり量も関係してるみたいだな。③の眷属創造などは初めて見る選択肢だ。なので試してみないと詳細は分からないが、他の選択肢も②の既存スキルの強化は『大強化』に、④の拡張は『大拡張』に、⑤の充実は『大充実』と、選択肢が増えただけでなく、全体的にグレードが跳ね上がっている。
まず、③の眷属の創造だが、これは却下するしかないな。
その眷属がどれ程の強さとなるか分からない上に、もし強かったとしてもレベル1の状態で創造されてしまえば結局の足手纏いになってしまう。
次に②の『既存スキルの大強化』だが、対象となるのは界命スキルである【封物庫】と【界命体質】、【巨充区】のいずれかだと思われる。
だがその中で戦闘向きなのは【界命体質】しかない。そしてこのスキルは確かに強力だが強化したところで今の状況を打開出来ない。死ににくなるだけで延々とズタボロにされ続けるとか想像しただけで怖い。なのでこれも却下するしかなかった。
そして③の大拡張も論外だ。もう既に見果てぬほど広大な『超々不毛な空間内』を俺達は内包してしまっていて、それをこれ以上拡げる事に意味を感じないからな。
④の大充実は…まだ充実を試した事がないから分からない。逆に言えば可能性なら感じる。なので少し考えはしたが、この『大』の部分が問題だった。
前に『大拡張』で味わった大苦悶を思えばこんな状況で挑戦する訳にいかない。なので却下。
じゃあ残すは?
ここでやっと、無垢朗太に危ない橋を渡らせてまで魔食材を大量にゲットした事が、活きてくる。
『高級な魔食材を、それも大量に、一気に吸収すれば新たなスキルの取得だって可能なのではないか?』
というあの推測がズバリ当たったのか、ともかく。俺はここぞとばかり①の『新たな界命スキルの取得』を選択した。
…そう、ここまでは順調だったんだ。
辛うじてだが、思惑の通り…
その、はずだった──なのに。
『【◼️◼️◼️◼️】を創造──』
(──なんだ?)
新たなスキルの名を何故か聞き取れなかった。それを訝しんだ次の瞬間──
『──エラー、』
(!なに!?)
【界体進初】という意味不明なスキルを検証し、その甲斐あって何とかかんとか制御して思い通りの結果を出せた。そう思った──が、それは間違いだったのだ。
「ぐうっ!?あが!」
一難去ってまた一難とはこの事。
「あぐ、ぁがあぁああああああ!」
賭けに勝った?違う。一つ目の『難』をやり過ごしただけだったのだ。
『な!?均次!しっかりせよっ!』
狙い通りに新スキルを取得出来たし、苦悶もなかった。危ない橋はともかく無事渡りきったはず…そう思ったが──
「あぐ、ぁ、う、ぐ…」
待っていたのは次の『難』だった。
『均次!!??』
「こ…ん、な…」
そう、俺は想定していなかった。
まさか『その次』が待っていようとは。
【界体進初】を何とか制御したと思った矢先、新たに創造した謎のスキルに、どれ程苦しめられる事になるかなんて。
そう、
俺は、準備が出来ていなかった。
それは、全てにおいて。
これは考えの甘さだけを言ってるんじゃない。
新たに創造したこのスキル…これは、
人外となってなお、人の感覚に頼る俺にとって禁断の領域にあるものだったのだ。
これから始まるのは、永遠とも呼べる刹那に凝縮された──
真の地獄──かくして、
俺は意識を手放したのである。




