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87 先制。




 結論から言うと緒戦は蜘蛛に軍配が上がった。



 ──ド、ゴァガカァッッッッ!!!!!



 屋上からの突撃なら回避したんだが、着地の衝撃で爆ぜ飛んでくる瓦礫まで回避する必要が生じて…いや、これにも何とか対応した。今度こそあの蜘蛛の特攻をやり過ごした、そう思った瞬間っ!



 ──キゅッン!「ぅ、っおぁっ!?」



 いつの間に──腰にへばり付いた大量のこれは──とり餅?違う、ヤツの尻から伸びたこれは──



「──糸かっ──ッッげフぅッ!?」



 引っ──張られ──ゴコキボボボキッッ!!


 身体が『く』の字に、いや『つ』の字に折られるほどに強烈な牽引。その衝撃で俺の腰から首までの区間が骨、筋、内臓含め、連鎖して破壊された。

 ムチ打ちの極大バージョンとでも言おうか。ぶち切れた筋、粉々に剥離した骨と骨、その分不自然に身長が伸びたせいで内臓を口から吐き散らす惨事は免れたが、脊椎をこうも徹底してやられてしまえば全身麻痺は免れない。だから痛みは一瞬だった。が、それも



「───ぐあ!がっ…っ、く!」



 【界命体質】のおかげで即死は免れ──たけどッ、



「……くぁっそ!痛ぃぃいッッてぇえええええっっっ!!!!」



 便利スキルが即に修復開始。……してくれたはいいが。


 それに伴い痛覚も復旧、激痛も復活。その痛みが教えてくれた。界命体に進化してなきゃ、今ので死んでいたのだと。

 いや死ななかったのは確かに幸運だったんだろうが開幕早々の大ダメージにして大ピンチなのは変わりない。ステータスを見ないでも分かる。今ので界命力がかなり削られた。 


「ぶ、くあ、くっ、があ!」


 その上で蜘蛛の勢いが止まらない。俺をさらにと巻き込んでゆく先は、やつが(わだ)つ地獄道。着地後の滑走で削り出された凹凸、無数のそれらが俺を何度も跳ね上げる。


「ぐ!あ!ぐはぁッ!」


 とまぁ、こんな危機的状況だが説明せねばなるまい。


 『知』魔力を使い、その場に漂う魔力を操作し、様々な現象を起こすのが『魔法スキル』な訳だが。


 発動の際はスキルコントロールに多くの魔力が割かれる仕様となっている。

 攻撃魔法で例えるなら、発射する際の形状や角度や速度の指定などだな。そんな様々にリソースが割かれる分、『魔攻スキル』よりも威力に関しては低くなりがち、それが『魔法スキル』というものだ。

 それでも有用とされるのは『今の世界ではこれ以外に有効な遠距離からの攻撃手段が()()()ない』からだ。


 それに対して『攻』魔力というエネルギーは術者の身体と武器間の循環で完結している。


 その『攻』魔力を由来とした『魔攻スキル』は武器や己の身体部位を強化したあとは肉体の操作で直接制御する仕様だ。

 つまりその分、無駄がない。その上で術者次第で膂力や武器重量やスピードを上乗せする事が可能だ。だから『魔攻スキル』は『魔法スキル』より高威力になりやすい。


 その一方で『攻』魔力は『身体から離れてしまえばただの魔力へと変質してしまう』という脆弱性も併せ持つ。

 弓矢や投擲武器、銃器などの飛び道具が有効たりえないのはそのためだな。


 『【刻印】スキルで『攻』魔力維持の刻印を刻む』という方法もあるにはある。だが今の段階ではまだ実装されてない。


 だが、


 何にだって例外はある。身体から離さず射出可能なこの、蜘蛛の糸などがそうだ。

 つまり『攻』魔力を宿せる遠距離武器が未実装な今、この糸は攻撃魔法以外では殆んど見ない超レアな遠距離攻撃と言っていい。

 なのであの蜘蛛が持つ他のモンスターや魔物にない有利性を挙げるなら、この糸こそが最たるもの。そう思っていた俺は、糸による遠距離攻撃をこそ警戒していた。でもまさか、



(その裏をかいたのか!?)


 

 あの蜘蛛は高所からの優位をあっさり捨てた。その意図を一瞬では理解出来ずに俺は、少なからず動揺してしまった。


 やつはそこを突いてきた。捨て身と見せかけ、全てを計算ずくでやってのけた。一方の俺は想定すらしていなかった。まさか、こんな、


(わざわざゼロ距離から糸を飛ばすだと?)

 

 弓矢を構えた敵に例えるなら、遠距離攻撃を当然として警戒すればわざわざ至近距離まで接近のちに矢を放ってきた…ようなもの。

 言葉にすれば単純なフェイントだ。しかし想定する側からすれば奇抜。仕掛けるタイミングも絶妙だった。

 俺はモンスターに比べ体重が軽いという弱点があり、あの蜘蛛も糸からの搦め手が有効と判断した。

 そしてこんな大胆な不意打ちを仕掛けるなら俺がやつの戦闘力を計り切れていない今しかなくて…そんな諸々を、


(判断したってのかっ?)


 いや、実際にそうなんだろう。きっと大袈裟な着地で瓦礫を飛ばしてきたのも、


(…糸の射出を誤魔化す目眩ましにしたかったからか…こんな高度な駆け引き、今までモンスターとは散々戦ってきたけど……いや、)



 いい加減切り替えろ、俺。


 

(…そうだコイツはっ、普通じゃないッ!巨大な蜘蛛?厄介な糸?)


 そんな安易な査定で迎え撃った結果がこれだ。魔物でありながら人の中にさえ中々見ない戦巧者…そう臨んで然るべき相手だった。

 俺がそう悔い改める間も、蜘蛛は地を削り俺を引き摺り滑走してゆく。そのついでと、ひしめくモンスターも巻き込んで──いたかと思えば、


 

 ──ビシるるるュ…ッビヂァンっ!!


 

 今度は尻からでなく口からも糸を吐き出した。それが付着した地面を支点に、



 ──ガガ「くっ、(方向転換、かっ!?)」ガガガガガガガガガガガガ──



 八本脚が地を削る。

 半円軌道が描かれる。

 引力に遠心力が追加され、

 俺の身体が浮き上がる。

 浮いた事で引き摺られなくなったはいいが、、


「ぐ、ぁうくぁ!」


 その代わりに折角修復しかけていた俺の骨には猛烈なGがかかった。その上で、


 「ぎぎ、?」「ぎゃぎゃ!?」「ぐお!?」「げがっ!?」


 そのまま、蜘蛛の暴走から逃れるため押し合い()し合いしていたモンスターに向け、



 ──ぶウウウウウウウウウ「おいおいおいおいおい…っ!」ウウウウン…



 武器で言うところのフレイルを振るがごとく尻をブン回し、そこから伸びる糸に繋がる俺を──



「…!、くっ、そっ、どけぇええええ!」



 ぶつけやがった!!──ドッドガガドガガ「ぐぁ、はぁあああああ!、あ、あ、がああ!!」ドドガンガガドドガガドド…!!




(ぐ、まさか、これも狙ってやってんじゃねぇだろうなっ!?)




 モンスター共と連続して衝突させる。実はこれも俺に対しては効果的な攻撃となる。


 と言うのも俺の場合、これをやられると通常の覚醒者にはないダメージを負ってしまう。何故ならモンスターどもは逃げ惑っていたとはいえ臨戦体制にはあり…つまりは『攻』魔力を活性化させた状態でいたからだ。


 もう一度言うが、


 『攻』魔力には肉体と所持する武器の間を循環する性質があり、それを武器や手足に集中させるのが『魔攻スキル』だ。そしてそれが循環の結果である以上、『攻』魔力は全身各所に微量ながら活性化したまま残留する。

 そして知っての通り、『攻』魔力に対抗するためにある『防』魔力が俺は低い。つまりMP値が高いので分厚くはあるが、俺の【MPシールド】は本質的に弱い。

 つまり、『魔攻スキル』で攻撃されなくともモンスターと衝突した際に微量でも『攻』魔力に触れてしまえばシールドの層が削られてしまうほどに。

 それも連続して削られてしまえば?いつかは肉体にまでダメージが通ってしまう。

 そのダメージが微量であっても連続すれば?そう、蓄積される。

 MPだけの話で済まない。俺にとって命の単位でもある界命力が削られる結果となる。見た目で分からなくとも確実にダメージを負ってしまうのだ。


(やつに界命力に関する知識なんてないんだろうがっ)


 つまりは狙ってやった事じゃないんだろうが、これはやつの徹底した戦闘観と鋭敏な戦闘勘がもたらした結果であり、やはり恐るべき敵と言う外ない。だから、



(くそ、こうなったら──オイ無垢朗太!そっちの準備はどうなってる!?…ぐが!いい加減、界命力の残りがヤベぇッ!)


『ええ!?まだ始まったばかりぞ!?』


(ぐぅ…すまん!思った以上に強敵で…ぐあっ、こうなったら()()()()に出るしかねぇっ!ごはぁっ!)


『うむぅ…なるべく強そうな個体から剥ぎ取っておいたが、まだ全部では──』


「い、いいからそれ全部吸収して──ぐあ!は、早、く!」



『わ、わかった!吸収!』














 これまた、結論から言うが。











「ぐうっ!?あが!」  




 …その賭けは失敗した。




「あぐ、ぁがあぁああああああ!」



『な!?均次!しっかりせよっ!』



「あぐ、ぁ、う、ぐ…」



 戦闘の真っ最中だってのに。



『均次!!??』



 しかも危機的状況にあった。その上で



「大…家、、さん…」



 俺は、意識を手放してしまった。



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