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85 ポリスクライシス。



「さっきの人、前世の知り合い!?」



 と大家さんがモンスターを貫きながら聞いてきたので、俺もモンスターを切り伏せながら答えた。


「いえ!知り合いってほどじゃないですけど…有名人でしたね!」


 前世で見たのとは随分と印象が違って弱々しかったが、間違いない。


「ムーンウォーカーズって自警団のリーダーだった人です!」


 あれは確かに、倉敷正治だった。


「前に言ってた、仲間候補!?」


「ええ…そうですね!それも、是非にってやつです!」


 確か、『カリスマ』だったか。凄まじく有用なジョブと聞いてたし、彼とは前世で少しだけ話したが信用出来る人だと思った。


 ただ彼は信じる相手を間違えていた。それで道も間違え、遂には仲間に裏切られ、無念の内に死んで…


(…似てる…俺の最期と)


 だから、今世ではその死を阻止してやりたい。そして仲間に迎えたい。が…今はスカウトしてる暇なんてない。


 この時点、この地点が、あまりに重要過ぎるからだ。

 

 赤月市中央警察署の周辺には、等距離にいくつもの強ダンジョンがあり、不幸にもそれらの支配領域(縄張り)が重なりあう立地条件となっている。つまりはダンジョン的に激戦区となる位置にある。


 そんな魔力渦巻く環境にあったからだろう。この辺りに生息していたのであろう二匹の蜘蛛が、ダンジョンに支配される事なく魔物化、さらには他にない進化までしてしまった。


 そう、『魔物』の厄介な所は、ダンジョンに支配されてないところだ。


 支配されずに独自の自我を発達させた分、知性というものを身に付けやすいのだ。


 その例に漏れずこの蜘蛛の魔物は歪に発達した頭脳をもって自らの特性を知り、番いという利点を生かす戦術まで編みだした。


 そのまま他の魔物やモンスターに対する絶対的優位を崩さないまま、二体揃ってダンジョンボスにも匹敵する、もしくは凌駕するほどの怪物(フィールドボス)へと進化してしまった。


 その過程で思い付いたらしいのが、自分達をそんな怪物に仕立て上げたシステム、その内にある一つの仕様。これを逆利用する事だった。


 その仕様とは、鬼怒恵村で遭遇したアレ。餓鬼の群れが未覚醒の才蔵を集中して襲おうとした、アレだ。


 『モンスターは魔力に覚醒していない者を優先して襲う』という仕様。蜘蛛夫婦はこれを利用したのだ。


(恐らくだか、あの警察署の中にいる人は全員、魔力に覚醒していない…)


 きっと、彼らはチュートリアルダンジョンへ続く階段を発見出来ずにいるのだろう。というか、今世では通信が途絶えた上で閉じ込められた訳だから、チュートリアルダンジョンの存在すら知らずにいるかもしれない。


 こうして、悪い事に不味い事が重なった。


 いくつもの強ダンジョンが縄張りを争う場所に、何の情報も得られず何のアクションも起こせない無防備な未覚醒者達が集団で閉じ込められてしまい、システムの強制力で我を忘れたモンスター達が殺到する事になり、そんな特殊過ぎる環境をいち早く察知して利用、特性として備わったあの蜘蛛糸で警察署を覆って未覚醒者達を保護しながら餌としても利用、それに誘き寄せられた大量のモンスターを迎撃、乱獲…この体制を構築する事でモンスターペアレンツは他に大きく差を付けてレベルアップを果たした。


 …というのが、前世で人々が分析して推理し、巡り巡って俺の耳に入った話だったのだが。


 今世は少し…いや、大きく違っている。



(もう一体の蜘蛛はどこいった?)



 孤軍奮闘しているあの巨大蜘蛛が父蜘蛛か母蜘蛛か分からないが、あれではペアレンツ(夫婦)たりえない。



(くそ、またか)



 そう、まただ。また前世と違う展開だ。いい加減慣れてきた感はあるが嫌な予感が止まらないのも相変わらずだ。


 強敵が一体減ったぶん楽になったように見えてその実、他のモンスターが数倍に増え、状況はさらに悪化している。


 前世との差異が連鎖し、さらなる事態の悪化を招く事がまた証明されてしまった形だ。そして想定外である以上、俺も対策なんて用意出来ていない。


(起こってしまった事はどうしようもない…か。よし、切り替えろ、俺)


 まずは当初の予定通りにいく。


 あの何層にも覆う蜘蛛の糸を破って警察署内部へと潜り込む。


 そこで合流した署員達と協力し合ってチュートリアルダンジョンを探しだす。


 そして署員全員に魔力覚醒してもらって…



(いや、それじゃもう駄目だな…)



 釣り餌とされている彼らが魔力に覚醒してしまえば、未覚醒者に群がっていたモンスター達はシステムの強制力から解放される。それが、散り散りになれば?収拾がつかなくなる。


 いや、前世で見た状況であったならまだやりようもあったんだ。


 しかし、今世数倍になったモンスター達…いや、もはや数だけじゃないのだ。質まで変わっている。殆んどがこの乱戦のなかで大幅なレベルアップを果たすどころか、進化体が当たり前とまでなっている。


 こんな精強で凶悪な群れが街全体に散ってしまえば?


(最悪だ…)


 この赤月市が前世以上の地獄と化すは目に見えている。

 

(…それに…あの蜘蛛だって…)


 そう、ここから他のモンスターがいなくなればあの蜘蛛だってどう動くか分からない。

 

(どのくらいの間こうしてたのかわからんが…これ程の数を相手に孤軍奮闘してた訳だからな。前世以上に消耗してるはずだ。そうなると──)


 経験値欲しさに警察署を放放棄、散り散りになったモンスター達を追ってくれるならまだいいが、ここまで消耗した分を取り戻すために署内の人間を補給食よろしく食い散らかす可能性だってある。


 それは本当にマズい。


 魔力に覚醒したばかりの足手まとい達を守りながらじゃ、俺達だけで対処出来る訳がない。


 つまりは八方塞がり。詰んだ状態。


 中に閉じ込められた署員には悪いが、赤月市中央警察署は諦めるしかなくなる…。



(…とは、いかないんだよな…)



 この赤月市中央警察署は、数ある警察署の一つでしかない。


 赤月市は県庁所在地ではないので県警本部がある訳でもなく…つまり何が言いたいかと言えば、警察署を一つ失った所で警察機構そのものがなくなる訳じゃない。


 …というのは、建前的な理屈でしかない。通信が失われた今の世界ではあまり意味のない話だ。


 国家権力と言えど、通信手段を失くした上に遠くにあるだけでは、魔力覚醒者が畏れるに値しない。犯罪の抑止力たりえない。


 つまり、今は各自治体ごとの独立した治安維持機構こそが求められる。


 そう、この警察署が落ちるという事は、警察署が一つなくなるだけの話ではなくなるのだ。


 ここ赤月市が警察というシステムを本質的に失くしてしまう、という事になる。



 それは当然として街の治安にとり致命的であり──そう、これこそが前世、この街を『魔人都市』へと貶めた原因だった。



 と言っても首都が落ちて国の後ろ楯をなくし、銃器類が無力化した今、警察官や兵士の武力は一般レベルに落ちてしまっている。そんなにあてに出来るものではない。そう思うだろう。実際、難民達の話では警察より自警団の方が力を持ってる地域なんて珍しくなかったらしいしな。



 それでも、だ。



 それら警察があった街は『魔人都市』と呼ばれるほど治安を悪化させていなかった。


 それは何故だったかと言えば、法が及ばぬほど強い力に覚醒しても、人には『お尋ね者にはなりたくない』という心理が働くからだ。


 つまり『取り締まる』という行為には、目に見えずとも確かな効果があった、という事だ。


 それを完全に失ったと知った時、一部の人間がどれ程の獣性を露にするか、俺は前世で嫌というほど見てきた。そして知っている。そうなるともはやお手上げだという事も。


 制御を完全に失った悪意や狂気というものは伝染し、蔓延するからだ。



『人間とは弱い生き物』

『郷に入らば郷に従う』

『朱に交われば赤くなる』



 純粋な悪意に晒された人は、その悪を憎みながら、憎むからこそ学習し、我知らずと倣ってしまう。それこそが悪に屈する事だと分かっていながら、どうする事も出来ない。


 …前世、正義を謳う連中が正義の元にどれほど残酷で冷酷で無分別な粛正を振る舞っていた事か…。


 そんな環境で素人が警察の真似事をして良い結果となる訳がない。ムーンウォーカーズの活動が失敗に終わったのもその辺りに原因があった。彼らでは犯罪抑止の象徴にはなりえなかったのだ。


 『取り締まる』という行為は厳正な基準に基づいた高度な判断に馴れた者が統率されて連携してやっと、成立するものだからだ。どんなに強かろうが元一般人がそれを模倣なんて出来る訳なかった。


 その反省を踏まえてアドバイザーとして元警官を迎えたりもしたらしいが、それでも駄目だった。数が揃った警官が主導して統率しなければ警察にはなりえないからだ。


 それに気付いた倉敷正治はリーダーとして決断し、最終的には元警察組に全権を委譲しようとしたらしいが──他のメンバーがそれを許さず…その結果。


 彼は邪魔者とされた。そして殺された。


 残ったムーンウォーカーズも結局の烏合の衆としかなりえなかった。他勢力に潰され消えた。



 結論として言うと、警察という強固なシステムこそが必要だったのであり、システムというものは謎の強制力を発揮するほどに強固なものだが、一度決定的に壊れてしまえば再現は難しい、という事だ。

 


 そう、こんな時代にあってただの象徴にしかなりえないとして、それでも警察署だけは何としても守らねばならなかった。



 だから、今世こそは死守しなければ。



 署内に閉じ込められた人々を守り抜き、



 かつ、この場にいる全てのモンスターをあの巨大蜘蛛もろとも殲滅する。



 …いや、こんなの難易度高過ぎなのは百も承知だ。だから大屋さんを参戦させる事を躊躇っていた。

 だがもうそんな事も言ってられない。この期に及べば彼女の協力は必要不可欠と分かってしまっている。


 …このまま、やり遂げねばならない。


 という訳で今、その最愛の人を都合よくも最強のパートナーと頼る事にした俺がやっている事は、リーダー級やジェネラル級などの、『高位進化を果たした個体を優先して倒す事』だ。


 蜘蛛を先に倒せば署内に大量のモンスターが殺到する。


 かといってそれに備えて署内の人間に魔力覚醒させてしまえば?


 今度はその大量のモンスター群が散り散りとなってしまう。



(…このジレンマはどうする事も出来そうにない…いや、だからこそ、)



 どちらに転んでもいいように強い個体だけは、間引いておく必要がある。それに、



(こうしとけば、あの蜘蛛にこれ以上レベルアップさせないで済むからな)



 つまりこれは無謀中の無謀ながらも、今出来る最善手で…えっと、だから、




「おうぅぅらッしゃぁぁあああッッ!大屋さん右、お願ッッしゃぁああすごらどけモンスターどもぉッ!!」


「かぁあっしこまりぃぃィYEAHHHHHHH

ッッ!」




 …と、こうして俺達が異様なテンションとなってしまうのもご愛嬌?



(…て、違うかっ!)


 

 あー…えっと。

 このハイテンションについては…うーん、


 次回に続くっ!!


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