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84 集結(3)カリスマと死神。



 ──また場面は変わり──とある中年男性視点。



 振り返ってみれば、


 二浪の末になんとか面目が立つくらいには一流と呼べる大学に合格したが。それがケチの付き始めだったかもしれない。


 その負い目からキャンパスライフを謳歌するでなく就職に照準を据え、我ながら真面目に学業に取り組み、なんとか一流と言える企業になんとか入社。


 その後は出世争いで頭一つ抜きん出る……程ではなかったが、見る角度によっては出世コースに乗っていたような気も。


 そんな折だった。父が亡くなったのは。その葬儀の後だ。母から家業を継いでくれと頼まれたのは。


 当時の恋人に反対されたが、県外の予備校に二年も通わせてくれ、その負担について何も言ってこなかった親の願いは断れず。なので彼女とはそれっきり。


 いや、あの頃の私は稼業をもり立てて成功してやるとか、これも親孝行だと思えばとか、女なんて他にもいるとか、妙な自信と楽観があって。


 つまりは自惚れていたのだと思う。なんせ一応はエリート様(※皮肉)だった訳だから。



(…そう、だから、自業自得だな)



 世の中そんなに甘くないという事だ。


 10年。


 がむしゃらに働いたが力及ばず。大資本ばかりが幅を利かす世の中でよく頑張った方…なんて言ってくれた人もいたが自分的には呆気なく感じたな。会社を潰すのも。母を亡くすのも。


 そして自己破産。後には何も残らなかった。元エリートの元自営業者は40歳独身の無職に…ああ、資格なら割りとメジャーなのがいくつか…いや、割りとメジャーという事は割りと誰でも取得してる資格だったかもしれない。我ながら哀しい肩書きだ。十把一絡げな上に年がいって、しかも会社を一つ潰している。


 それでもなんとか再就職をと頑張った。その間も紆余曲折、ありふれて惨めなドラマも色々あった…が、話にすると長くなる上楽しい内容ではない。何より思い出したくもないので省くとしよう。


 結果だけ言うなら、食い繋げなくなって頼った先が派遣会社だった。

 そうして私はここ、赤月市にあるとある大企業の工場に派遣されて今に至る…とまあ、本当にざっくりとだが、




 これが私『倉敷正治(くらしきしょうじ)』の生歴だ。




 この工場への派遣を希望したのは、他より給料が高く正社員登用制度もあったからだが、それでも安いと感じる給料とキツい仕事に喘ぎながら、それでも仕事があるだけマシと身体にむち打ち頑張ってきた。面倒な人付き合いも頑張ってきた。それこそ心身共に磨り減らしながら。


 それでも正社員になれるのは若い連中ばかりだ。しかもそこには、仕事を教えて…というより社会の常識から教えてやる必要があり、あまりの根性のなさを指摘した後には酒を交わして愚痴を聞いてやったり、それでなんとかモノになったような者まで含まれていた。

 しかも、してやったあれこれを恨みにでも思っていたのか、影で私の噂をあることないこと垂れ流すようなやつまで含まれる。


 そんな感じで自分をすり減らしながら生きて44年…あと一年で四捨五入すれば50の大台…と不安を募らせていた週末、の晩のこと。


 今や唯一の楽しみとなった晩酌をしながらテレビを見ていたら、今は亡き憧れのスターの特集をやっていた。


 そのまま見ていると、一流のシンガーであり、一流のダンサーであり、当然のように一流のスターへとのしあがった彼がいかにして転落していったか、その悲哀をあの、『スイスイ滑るような足捌きで前に進むに見せながら後退するダンスの技法』、『彼の代名詞ともいえるあの技』を、彼の盛衰を皮肉るモチーフとして引用したところで、


「…ちっ、」プツン、


 テレビを消していた。

 舌うちしながら。


 私はかのスターの熱烈なファンだったからな。これは彼にまつわる数々のスキャンダルを抜きにした想い。なのでファンでもない人から見れば贔屓目というものかもしれないが、それでもだ。こう言いたい。


 彼は素晴らしかったと。

 プロ中のプロだったと。

 掛け値なしの、

 もしかしたら世界一のエンタテイナー、

 そう思えるほどのスターだったと。


 だからこそ、こんな事を思うのも烏滸がましい事なのだろう。でもこの時はこう思わずにいられなかった。


(私がやってきた事もあれと同じ…か…なんて…馬鹿か私は…でも、、、 )


 取り敢えずと一流ばかりで身を飾ろうとして。


 なのに非情にはなりきれなくて、そんな甘ちゃんが浪花節的聞こえの良さと世間知らずな自信に簡単に流されて。


 その結果当然のごとく自己破産して。そんな挫折の後でもズルい立ち回りを嫌って。


 愚直に人に接して馬鹿を見て。それでも無職よりはマシ、そう信じようとして、きたけれど、


「今思えば、後退しただけ…か」


 どんなに目を逸らしても変わらない。それが、私が今いる地点に他ならない。


「後退…後退か…生え際と同じく…?はは…笑え……笑えるかっ、私なんてもんは所詮──」


 綺羅星のごときかのスター様とはまったくの逆。積み上げたものを失うばかりで何も得ず何も残さず、このまま寂しく逝くだけ…。


 ──あの不憫な母と同じように──


「(それが哀しかった?だからテレビを消した…?随分と感傷的だな…)酒の、せいか?」


 この時の私は、誰かを大して恨みもせず、大して自分を責めるでもなく、大した悲しみも憤りもなく、そのままふて寝して…つまりはもう何もかも諦めていた。



 …のだが、その次の日だ。



(…なんの運命だ…これは)



 世界が、別の何かに変わっていた。



 レベルがあったり、ジョブがあったり、スキルがあったり、それには魔法なんてファンタジーが含まれていて…まるで、昔やったゲームのようなシステムが実装されたようで…。それらに何の現実味もかんじないまま、試練とやらに何となく挑んだりして。


 その結果、サラリーマン時代も経営者時代も具体的な数字で表す事を迫られていた影響か、『知』魔力の試練ではそれなりに好成績をおさめる事が出来ていて。

 そしていつも何かに追われて何かを追って打ちのめされた証か、『精』魔力もそれなりとなり。

 他の試練は普通にDランク補正。運動神経には元々自信がある方ではなかったから、自分的には悪くない出来で。

 …え?『運』魔力?運なんてもんにはとうに見捨てられていた上に不器用を極めていた私だ。いい成績となる訳がない。数値はたったの15と不振に不振が重なった。

 しかしそれでシステムに同情でもされたか、他の器礎魔力値がボーナス加算されてその結果…魔法使い系ジョブにするなら最適、いやむしろ優秀過ぎて異色、、というステータスを獲得していた。

 選択可能なジョブを確認すればやはり、魔法使い系のものが殆んどだったが……そうではないのもあって。



 それが『カリスマ』だった。



 いや、柄じゃないのは分かってる。でも寮にいた派遣仲間に聞いてみれば誰の選択肢にもないジョブらしく、つまりはレアジョブの類いであるらしく。

 昨日の特番で例のスターへの思い入れが再燃したからだろう。私はつい、これを選んでしまった。


 選んでみるとこの『カリスマ』というジョブが覚えるスキルには【業属性魔法】というスキルがあり、それが、かなり優秀だった。 


 そんな訳で私達は快進撃を続けた。


 私のスキルを聞き付けたのか、かなりの大人数が集まった。そのせいでモンスターを倒しても一人あたりの経験値は知れたものとなったが、私のスキルと大人数が幸いしてモンスターが相手にならなくなるまでそう時間はかからなかった──が、しかし。



 世界がどんなに不思議に様変わりしようと現実は現実だ。この新しい世界はやはり。



 ──生易しいものでは、決してなかった。



 それから数日もたつと私は遅々として進まなくなった経験値稼ぎに飽きていた。それに慣れない戦闘、しかも朝から晩までの連戦、それが連日だったのでさすがに…

 

(…疲れたな…今日は休もう)


 なんて思っていると、同じ寮に住む連中が押し掛けてきた。そして『遅々として進まないからこそ、精力的に動かねば』と叱咤してきたではないか。

 かといって危険はなるべく冒したくないらしい。私(※正確にはカリスマのスキル)が絶対に必要だと言ってくる。

 …いや、戦闘という命懸けに人を巻き込もうとしておきながら随分図々しいものだな…とは思った。

 だが人付き合いに気を回し過ぎるこの性格が災いして断れなかった。


 こうして、彼らは経験値ほしさに『もっと強い敵を』と行動範囲を広げていった。


 いや、実際に疲れがピークに達していたから私は慌てた。こんな状態で知った土地とはいえ、冒険するにはまだ早い気がしたからだ。だって、

 

『こうも世界が変わり果てたんだぞ?分かってない事の方が圧倒的に多いんだ。つまり不足の事態は必ず起こる。その上で少しの情報不足が命とりになる、それくらいには危険で溢れてる、だから──』


 と、撤退の進言ならしたのだが、誰も聞き入れてはくれず。


 いや…無理もないか。みんなチャンスというものに飢えていたからな。

 派遣先でこき使われ、心身共に疲弊しきってそれでも耐えて、それでも先が見えずにいれば…まぁこうなるのも無理はなかったかもしれない。

 だから、その折角のチャンスにリスクばかり気にする私は馬鹿にされるだけに終わった。

 私の方も彼らの気持ちが分からないではなかったから折れてしまった。かく言う私も全てを諦めたつもりで、『棚ぼた的返り咲きを妄想する事をやめてはやめられない』を繰り返していたからだ。


 こうして、彼らは少しでも強いモンスターがいれば袋叩きにすべく奔走した。敵が少しずつ強くなっている事に気付いても怯まず、それどころかどんどんと遠慮をなくして大幅に行動範囲を広げていった。

 私も『しょうがないな』と愚痴りながらそれに追随して…つまりは私も人の事を言えない。無意識の楽観視がまだまだ抜けていなかった。




 その結果、出くわしてしまった。




 とある角を曲がった時に。

 急に視界に入ってきたのだ。



 大人数を頼みにやってきた私達を遥かに数で上回るモンスターの、群れ、群れ、群れ。



 見た瞬間、全員、即座、退こうとした。


 しかしこんな団体様がそんな大きな動きをすれば?そう、気付かれる、それを言おうとする前──嗚呼、案の定だ。



  気付かれた。群れの中の一体に。



 ──忘れもしない──こちらを見つけた時の濁った眼を──それが愉悦に鈍く光るのを──そう感じた時にはもう回り込まれて──なんて速さ──どうやら私達の退路を断ったこのモンスターは、かなりの格上──だって突破しようとした仲間の一人が今、ゴミのように破砕さ れ──て──



「──え?」



 人?が、死んだ のか 今──



「──え?」


 

 あんな 無惨に形を 変えられ──



「──え?」



 まただ 今度は 一度に たくさん──



「──え?」



 人が 殺されただと?いや…殺される…て──私もか?



「──え?」



 頭から大量の血を浴びながら。それと同時にみっともなく小便を漏らしながら。最初は生暖かったそれらが急激に冷えていくのを全身で感じながら──全霊諸とも震わせながら──



「──え え と」



 ──いつの間に迷いこんだ?──こんな夢──それも飛びッきりの悪夢──いやそれでいいから──どうか夢であってくれ──そんな祈りも許されないまま本能がこめかみに痛みを覚えるほど告げてきたのは




 ニゲロ にげろッ!逃げろっ!



 『死』ヌゾッ!




(いや逃げようにも──)


 この格上モンスターの逆方向にはモンスターの群れ──こんなの、あまりに唐突過ぎる──こんな呆気なく?──行き詰まっ…いや生き詰まっ──そう、楽勝モードに浮かれていた私達は、こんな凄惨な現場を目の当たりにしたのは当然として初めてだった。だから当然として、



「「「ぃぃぃいいいいいぃぃ~~!」」」



 恐慌状態に陥った。寒くもないのに震えが止まらない。そのせいでガチガチと噛み合う歯の音がうるさい。

 目の前にゆっくり迫るは赤くも黒いモンスターの口腔。頭から噛み砕くつもりか。となればやはり逃げなくては。


 そうだ、


  死ぬ、


    死ぬ?

 

 なのに動けない。

   何故動けない?


 この身体を私は、どうやって動かしていた?それさえ忘れる程の恐怖と絶望──の、瞬後──



 ──ずるっ、



 牙が被さる直前に、()()()。モンスターの頭が。


 そのままドチャッと地に落ちたそれをグシャッ!両足で踏み潰しながら、マントをブワりとたわませながら、降臨したのは…



 黒の衣装をモンスターの返り血で赤黒くした男。



 その色は死を思わせるほど不吉な波動を発し、その背後にはこれまた禍々しいコスチュームの…少女?


 その男はじっとこちらを見て言った。



「生き延びろ。それと──」



 こう付け加えた。



「『ムーンウォーカーズ』はやめとけ」



「な…っ!」



 衝撃が走った。

 何故、それを知っているのかと。



「ムーンウォー…って、え?いや、なんでそれを…え?」



 …世界がこうなってから、密かに考えていた事があった。


 このまま派遣仲間達と一緒に何が出来るか。前に進んできたつもりで後退してきた、そんな悲しい現実を前にして途方に暮れた者達と協力しあって何か出来るか。再出発する足掛かりとして何が適当であるか。



 …自警団、なんてどうだろう。



 その名も『ムーンウォーカーズ』。



 この赤『月』市の治安を守る団を作るのだ。後退を余儀なくされてきた私達がだ。


 いや、安易な考えなのは分かってる。でも『カリスマ』の能力と、派遣という人数だけは多い私達が勢力を築けばきっと可能な事で──しかし。


 これは、私の頭の中だけにあった事。

 それも、まだ形すら成してなかった。

 そんな、正にの絵空事。

 それに、周りは浮かれ地に足付かずで…。

 だから、誰にも話してなかった。


 つまりは私以外、誰も知りえないはずのそれを──



「な…ぜ、あなたが── 」


「とにかくやめとけ、良いことにはならない──」



 それを言い終える前に彼はもうマントを翻していた。そのマントにまとわりついていたモンスターの血液をぱたぱたと私の顔に散らしたと思えば、モンスターの群れの中に消えていて。



 ドンッ!そして上がる、いくつもの血柱。


 ドンッ!まただ。まさに圧倒的。それが私にはとても衝撃的で…壮絶過ぎて、鮮烈に目に焼き付いて──



「…はっ!ぃゃ何やってんだ倉さん!はや、はやく、逃げ…おい!くそっ、も、もう知らね──」



 揺さぶっても反応がない私を見捨て、散り散りに逃げてゆく仲間達、それを知覚はしながら、それでも。


 私は目を離せなかった。


 モンスターの血に粘く重くまみれながら、それでも迅雷のごとき速さを損なわず、そのままさらにと血を浴びて征く、鬼神のごときその凄絶から。

 そんな彼の後を健気に追う少女を、父のように守る反面、敵に対せば無慈悲に死を配り征く、死神のごときその不吉から。


 なのに。それでも。


 私は…かつてあのスターに見た以上の憧憬を抱き、それに身も心も縛られてしまっていた。



 

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