83 集結(2)ケツニキスシナ。
場面はまた変わり、
ここに、一人の女子大生がいる。
名は『長田一子』。
彼女は確かに物心ついた頃から特別勝ち気な女の子だったが、そのまま育ってしまうとは自分自身も思ってなかった。
『名前に引っ張られてこうなったのかな?怖いよねw』
とは彼女の談。まぁ名前が原因かどうかはともかくとして。
生来のリーダー気質が逆向きに祟り、周囲との軋轢を当たり前として生きてきた…つまり強メンタルな彼女は入学早々、何の気負いもなくオタサーを創立。
そうして始まったのは大好きなものだけを考え、大好きなものだけに触れる日々。仕舞いにはその大好きなものになろうとしていた。
それが彼女だった。
という訳で講義には出席していたが睡眠時間にあてていた。他の時間はバイトに明け暮れ、安価な機材をネットで見つけては膨れ上がる必要に応じて購入し、自室に戻れば美容なんてそっちのけに夜なべでコスチュームを自作するという……これを親に知られれば『何のために大学にまで』と言われそうだが、これが彼女なりの青春であり、どんな分野だろうがこれほど奔放に熱心な人間には人が集まるもの。
集まったサークルメンバーは男ばかりとなったが、創設者にして部長にして情熱なら誰にも負けない、そう自負する彼女だったので誰も姫扱いなんてせず。
そうやって趣味の合う男共とざっくばらんな付き合いを三年も続けると、こうなるのだろうか。
彼女が今、サークルメンバーを無理矢理集めて何をしているかと言えば、とあるビルの最上階から窓の外を見下ろしている。
室内の電気を消しているのは、外にいる怪物達に発見されないため。そうやって息を殺して撮影している彼らは、
『赤大特撮研究会』。
それがこの場にいる五人を主要メンバーとするサークル名だ。
ちなみにこの赤月市を地元とする者は一人もいない。みな県外出身者で学生寮を利用しており、『出先の恥はかき捨て』という精神が芽生えやすい環境にあり、だから今回も簡単に集合出来てしまった。そんな彼らのモットーは、
『学生でいる間はあえて恥知らずでいようぜ?その方が無敵に面白い、だろ?』(←痛笑)
であったが、どうやら命知らずではなかったようだ。いつもは頼もしく思う長田一子の行動力を今日ばかりは危うく思っている様子。
「おい1号(※一子のあだ名)…これ、さすがにやばくないか?」
と言い出したのは副部長である『勝間赤人』。
浅黒細マッチョ高身長、サークル一の爽かイケメン。しかし一子と同じくサークル活動に余念なく、折角の素材がもったいないともっぱらの評判だ。学内で囁かれる通称はザンメン。つまり全く、モテていない。
「そうだよレッド(※赤人のあだ名)の言う通り──てゆーか。立派な不法侵入だからね?これ」
と心細さを巧みに隠して上から言ってきたのは、ショタ好き垂涎のルックスと学内でも有名な『小日向小太郎』。
誰が言ったか『かわいいは無敵』を地でいく男。何をしても許される彼はクラスの女子とも仲が良い。
「なんだリトルサン?(※小太郎のあだ名)人に乗っかって怖じ気づくのはダセぇ男のする事だぞ?…なんて言う俺もいい加減チビりそうだわ。もう撮れ高なら十分だろ?そろそろずらかろうぜ」
と言ったのはいつもならニキビ面にニヒルな表情を浮かべているはずの『旗塚真紅郎』。
今はさすがにひきつった顔をしている。いつもは何のポリシーかボウズ頭にバンダナ巻き。かつガリガリなのに日替わりにタンクトップ。寒ければその上に直接ネイビージャンパーを羽織り、指抜き皮手袋をはめて迷彩ズボンをジャングルブーツにインするという…さすがに我が道往き過ぎじゃない?的ファッションを愛用してるのでいつも周囲から浮きまくり。なのに『全然平気』と豪語し、サークル内では変な意味で尊敬を集めている……え?モテるのかって?ある?聞く必要。
「せやな。シンイチ(※真紅郎のあだ名。『真の1号は俺だ!』と煩かったため)の言う通りさすがに引き際や思うわ。怪人さんらも集まりすぎの溢れ気味やし。このままやと逃げ道塞がってまうで?」
と真紅郎に同調したこの、切れ長イケ目、鼻梁スッキリ、薄いがぷっくりした唇と、顔面の各パーツは偏差値高めなのにそれ以外を見れば100kg超はありそうな巨漢の関西人は『緋後慶助』。
こう見えて苦労人だ。母は幼い頃に他界、片親に育てられ、高校時代にその父も亡くし、遺された生命保険と学資保険を頼りに進学。
そうしたバックボーンと見た目の包容力から来る高いコミュ力を最大限に活かし、悩める女子の相談相手になっては彼女にしてしまってかつ、円満の内にリリースしてしまうという…。ヒエラルキー上位を気取るリア充達ですら瞠目せざるを得ないジゴロデブ。…なのだが、今は珍しく独り身なのでここにいる。もし彼女がいるタイミングだったら断っていただろう。
そんなサークル活動から一歩引きつつ、癖の強いメンバーの調停役にして恋活以外では割りと常識人な彼に進言されてしまえば?
「うーん…」
一子としても分が悪いようだ。
「…そっか、そうだね。ブラッド(※慶助のあだ名。モテるやつの名前っぽいから)が言うなら本当に限界かも。そろそろいこっか」
と言いつつ一子は太く逞しい眉を寄せて無難に整った顔面パーツを印象深くしながら、窓の外を名残惜しそうに見るのであった。その眼下には、
モンスターの群れ、群れ、群れ。
一体どこからという数と種類のモンスターがひしめき合って、殺し合って、レベルアップと進化を忙しくしながら、その実、全てが目標を一つとしている。その目標というのが、
『赤月市中央警察署』…だったもの。
と言うのは、以前の外観とは全く違っているからだ。そう見えるのは警察署の屋上を頂点に白い糸が張り巡らされ出来上がった、巨大なテント状の膜が原因だった。
あの白糸の正体はおそらく蜘蛛の糸…だと一目で理解するにはその一本一本が太過ぎて、粘着過ぎて、強靭過ぎた。なのにそれと分かるのは、頂点とする屋上一杯に脚を広げる巨大蜘蛛が見えるからだ。
つまりこの五人が見ているのは、巨大な蜘蛛によって巣とされた警察署に向かって、無数のモンスターが殺し合いながら我先にと攻め込むも、そのたった一体の巨大蜘蛛の巨体ではあり得ない速度の動きと、種族特性として備わったであろう糸の異次元的汎用性を駆使して悉くを返り討ちにしてしまう、という非現実的かつ凄まじき光景。
で、あるのに。
これを見た1号こと一子が先ず言ったのは、恐怖や嫌悪よりも『現実にこんなものが拝めるとは』。
不謹慎だがそういう女子なのだからしょうがない。彼女曰く『それが特撮好きの性でしょう』という事らしい。
でも他のメンバーは『分からないでもないけれど』程度だったので、モンスターの数が増える度に『帰りたい』欲求が増すばかり。この期に及んでまだ名残惜しそうにする一子の変態性ならぬ戦隊性癖には若干どころでなく引いていて──その時だ。
──ブちゃチャンッ!!
窓ガラスに汁気たっぷりな衝突音と共に何かが張り付いてきたのは。
一子「い!?」
赤人「うおっ!?」
小太郎「きゃっ!?」
真紅郎「ぬぁわっ!?」
慶助「おおお!?」
五人が驚くのも無理はない。飛んできたのはモンスターの生首だったのだから。しかも二つ同時に飛んできた。
──きゅ、キュキュキュキュ、キュゥ~
…と、驚愕で固まった表情をガラスに張り付かせながら、垂れ下がる過程で苦悶の表情へと強制的に歪められたそれら生首が、やがてはヒュ~、と落ちていくのを見送って、やっと…
「ああもう!カメラ回してたら撮れたのにッ」
と、間違った方の我に帰った特撮バカ一代娘の言葉は無視、他の四人まで窓際にバッと詰め寄り見下ろした。
何故そんな衝動に駆られたかと言えば、そんなに大きくないビルとはいえ、最上階のここまで二つ同時に首をはね飛ばしてくるとは…あの蜘蛛だけで驚愕というのに、次はどんな存在が現れたのか?と気になったからだ。
そして見て、釘付けになってしまった。
帰りたい症候群に陥ったはずの四人が揃いも揃って。その横ではポカーンと顎を全開にした1号こと一子が、性懲りもなく再びカメラを回し始めた訳だが。
そのカメラに、トンでもない『者』が写っていた。
一子「凄い…」
既に十に上る血柱が盛大に吹き上がる中、見えては隠れる影二つ。
赤人「凄い…で、合ってんのか。…あれ、」
遠目、俯瞰で見てすら目にも止まらぬ速度。それはモンスターの群れを縫い疾るツーマンセル。
小太郎「うん…凄い…じゃ、足らないよね」
当たり前のように大群を突き破り、モンスターのどこか一部を必ず斬りとばしては凄惨な死を撒き散らかすその男の背には『閻魔』と大きく書かれた黒マントがたなびいて…
真紅郎「なんだ…ナンなんだアレ…っ、カッケエなちくしょぅ…っ」
…と、五人全員の厨二魂をくすぐり倒すだけに飽きたらず、さらには中学生にギリ、進級してるかどうかという身長の推定少女まで連れている。
その少女はといえば、戦隊モノの悪役女幹部の如きコスチュームを身に纏い、黒マントの男に追随しながら、彼の討ち漏らしを華麗に仕留めており。そんな健気獰猛なる姿まで合わさってしまえば?
慶助「いやどっから湧いたんやあのビッグナダディとヒットナガールは。…萌える…もとい、燃えるやないかいっ」
こう言いたくもなる。それを聞いた全員が、
ナーナーナー♪ナーナナーナー♪ナーナーナー♪ナーナナーナー♪…と、オタク琴線で掻き鳴らしたのは、とある映画のテーマ曲。
──ああ確かに。あの映画のヒーロー親娘に少し似てるかもしれなぃ──
ん?──ブちゃチャンッ!!──おお…また張り付いた…生首が窓ガラスに…でももう焦らナーナーナー♪ナーナナーナーナー♪
…と、萌えはともかく特撮とはあまり関係ないこの、ポップでロックでキュートなソングは、五人の脳内で鳴り止まないまま、眼下で繰り広げられる蜘蛛の大殺戮と黒の大活劇による凄惨なるコントラストに軽快かつ壮絶にマッチング、脳汁は全開放出、萌えだけでなく燃えまで誘発。それは汁気たっぷりな衝突音も掻き消すほどで…
「「「「「 …キッスアス… 」」」」」
みな夢中で、閻魔…という印象的なマントロゴも忘れ、正体不明の男女が見せる激烈なる戦技と、とある映画の名シーンを重ねていた。というのも──
説明しよう!
『キッスアス』、とはっ!
便利パワーなんて持たず特殊な訓練を積んだだけの人間が、ヒーローじみた手作りコスチュームを着て悪の組織を成敗しちゃう!…というB級感半端ないノリのハリワッド映画なのであり!
『手作りコスチュームを着て悪を倒す女の子とか、憧れる!』
…という一子独特の視点から、貧乏学生でいつも金欠なサークル仲間を強引に連れて映画館まで見に行った、つまりはこの五人にとって割りと思い出深い映画なのであり、ビッグナダデイとヒットナガールとは、その登場人物、なのである!
以上、無駄うんちく終わり。
自分達とは少々畑違いではあるのだが…………いや、違う。自分達なんかとは、全然。だって、あれは真似っこではないしもちろん、映画の登場人物でもない。
つまり、
偽物じゃ、なくて。
本物の──
「 …ヒーロー 」
それがいた。
いないはずのそれが。
それでもいて欲しくて、それでもいる訳なくて。それを分かってそれでも探して。迷子になって。しょうがないから自分達でこんな年になって真似事をして──それが、いた。いたのだ。いてしまった。
だというのに、何故だろう。
感動だけではない。
戦慄も伴っている。
…それでも。それでも。
もはやあのおぞましくも恐ろしい巨大蜘蛛や、またも飛んできた生首だって眼中にない。そんなオタ特有の集中力を発揮する『赤大特撮研究会』の面々に無念を向けるようにして、
──きゅ、キュキュキュキュ、キュゥ~
と、張り付いたガラスを滑りながら、その過程で驚愕の表情を悲哀の視線に変えながら、
ヒュ~。(※落下音)
雑なオチに使われるモンスター生首があったとかなんとか。
こんな感じで新キャラ増えます。
次の回も新キャラ登場。
忙しい展開ですみません。




