79 武霊極限。
珍しく無垢朗太活躍回です。楽しんでくれたら嬉しいです。
『個体名平均次と無垢朗太、両名の希望が一致した事を確認。『③内界の中拡張』を実行します。』
というアナウンスが内界に響いた途端、
──ゴゴゴゴ…
『ぬ、これまた如何にもな音が…』と無垢朗太が振り向いた先に見たもの、それは『巨充区』と記された札が上部に張り付いた出入口…らしき長方形の穴だった。
今回は黒く塗り潰されてない様子だ。つまりは境界の向こう側が見えている状態で、つまりのつまりは…
『回廊…か?』
その回廊は行き着く先が見通せぬほど長い。その先を知りたいなら進んで確認するしかない造りだった。
『……ゴクリ』彼は、待っていた。
こうしてちゃんと目に見えて分かる感じの拡張を。それでいてその全貌についてすぐ明かしてこない感じな拡張を。でも確実に何かがあると感じさせてもくれて、それを知るためにある程度冒険が必要な感じの拡張を。…つまりは、前回の分かりにくい拡張とは全く違う感じの拡張を。
そう、これこそまさにというやつだ。
無垢朗太が望んでいたシチュエーションそのもの。『そうそう、こういうの待ってた』的な。それが詰め合わセットで今、目の前に。
という訳で彼はまんまと食い付いた。
誘われるように回廊へ足を踏み入った。均次に告げる事すら忘れ、フラフラその先へと進み──先に言っておくが。
これはデバフ系の魔法…チャームだとか、そういった特殊効果に侵されての行動ではない。無垢朗太の性格でも…まぁ、ないのだろう。
ただ彼の代わりに言い訳をさせてもらえば、最後に狂ってしまったとはいえ数百年もの間、彼は意識あるまま封印されてしまっていた。
ダンジョンに憑り付いた時もダンジョン共々結局はその地に縛り付けられる事になってしまっていた。
まあそのお陰でダンジョンマスターとなれて魂をダンジョンと分かつ必要が生じ、コアと同化した二分の一の魂は正気を取り戻す事が出来た訳だが。
つまりは今、均次と魂を共有出来ているのはその正気を取り戻した方なのであり…と、ともかく彼は封印されてから今日まで、ずっと一つ処にいる事を余儀なくされてきていた…だから。
あまりにも久しぶりとなるこの…自由の匂い?に抗えず…だから。
均次に何か言うのも忘れてしまった。つまり我を忘れた…だから、
この回廊に入った途端にその均次との繋がりが途絶えた事にも気付けなかった。
ただ回廊が続くまま歩み続ける、ただそれだけの事があまりに楽しすぎたのだ。
そしてこの長い長い回廊の終わりを知らせる外の光なんてものを見てしまえばさらに拍車がかる。
『フラフラと』が…フラフラフラフラっ!に。つまりは小走り。若干のスキップ混じり。数百を越える年甲斐もなく。
彼は駆け出した。
自由という名のパライソへ。
そして遂にっ、外へっ!
そこで、彼が見たものとはッ!?
『 ………なんぞ、これ。 』
…………
……まず、暗かった。
見通しは当然悪い。
というか目の前に広がるのは、永遠と思えるほど広大な空間。
そこに天も地もなく…いや、
どうやら踏みしめる大地はあるようだ。天地なくして見えたのは、ただ黒が広がるだけの虚ろの世界だったから。
『ぬー…これは…ハァ…』
分かりやすい溜め息を吐く。そう、無垢朗太はガッカリしている。それは勿論、自由の地と呼ぶにはあまりにもアレな感じだったからだ。なので、
『引き返すか…取り敢えず。』
こうなる。いや、彼を弁護する訳ではないがまぁ、こうなって当然だ。
何故なら記憶としてはもはや風化しつつあって、それを寂しいと思わないどころか、都合がいいとすら思ってしまう程に良い思い出もなければ想い入れなんてあるはずもない、彼の生まれ故郷…あの寒村以上に味気ない風景だったのだから。それも唯一の好物だった海抜き…というか何もない。
なので興が冷めるまではソッッコーだった。即、引き返そうとした。
と、そこでやっと、相棒に何も言わずに来た事を思い出した。という訳でいつも通りの調子で均次に話しかけるも──
『あ、あー、均次?拡張されたには拡張されたようだが…うーん、これを何と言えば良いのか………む?』
──…おかしい。
「返事がなぃ…だと?おぃ均次?寝たのか?もしやまた気を失うほどの苦悶に──って、これは…っ!』
と、そこやっと、肝心な事に付いたのである。相棒との繋がりが途切れてしまっているという異常事態に。
『…っ、…今すぐ戻らねば…っ』
と、しかし、後ろを振り返るも時既に遅し。何故なら、
『ないっ!?』
そう、さっきの回廊の出入口らしきものはどこにも見当たらなくなっていたのだ。あるのは前も後ろも左も右も──見渡す限りの黒のみであり……ってあれ?閉じ込められちゃったのかこれ?
さっきまでの夢心地が急転して最悪の事態に。そこにやっと気付く無垢朗太。だって不吉に見えて仕方がないここは、見れば見るほど『無属性の魔力領域』を連想させて──んー…ここはさすがと言うべきなのだろうか。
『うーむ、残念なるかな、不吉な予感というのは外れんのぅ』
と、無垢朗太は全方位を囲む不吉な気配を即座に察知、霊刀を抜き、己が思念で生み出したその刀を構えた。油断なく。
周囲の黒の向こう側。
その闇からそろそろ姿を浮き上がらせるであろう、近い距離まで何者かが接近していたのだ──それも、無数に。その無数の第一波が姿を浮かび上がらす。それもその正体は…
『餓鬼…か』
かつて己が眷属だった者達だ。その狂暴さと進化の速さを除けば弱いという特徴の餓鬼達であり、現れたどれもが通常種だったか、それでもこれだけ揃えば流石の脅威となる。
何故なら、そのどれもが霊体であったからだ。
つまりはどれも同じ霊体である自分に傷を付ける資格を有しており、しかも、、もう一度言うがこんな夥しい数に囲まれてしまっている…しかもしかも、
『フゥ…化けて出おったか。だが致し方なし。我と我の半身だったものと今の相棒、この三者が生んだ、これも因果』
こう言ったのは、かつての繋がりを何となく感じたからだ。つまり無垢朗太は目の前に現れたこれら無数の餓鬼霊達が、自身の片割れが生んだ私兵の成れの果てであると察した。自分の半分が均次にけしかけ、殺させたあの餓鬼共の霊であるのだと。
『…哀れなり、憐れなり、かといって殺られてやれん』
そう、この餓鬼達は殺しにきたのだろう。かつての主…いや、正確にはその片割れであった自分を。
その証拠に迫ってくる。恨みつらみがそうさせるか、あの卑しい呻き声も上げずに、ザっざ、ザっざと、足音だけをさせながら。…だが、
『良いのか?間合いを踏んでおるのだが。もはや主従など関係ないのだ遠慮もいらぬ。さぁ、はよ…かかってきや』
その挑発の意味を解してか、
『いぎっ、』
やっと、
『ぎきっ、』
らしい声を上げ、
『ぎゃぎゃっ!』
襲ってきた。一斉にっ、
『ぎゃごぁあっ!ごろげぇっ!』
それに対する無垢朗太は足裏から大地の力を吸い上げるように足腰を揺らした。体軸を波打たせるように力を増幅、ありもしない体重を滑らかに乗せる無駄を加えて、増幅に増幅を重ねたそれを遠心力に変じ、剣先に乗せ。
『まずは一振り──』
凄まじい切れ味のそれは均次ほどのスピードはなく。しかしそれを補うコンパクトさとスムーズさで空間を滑り抜け、その中途にあった餓鬼達を何の滞りもなく通過し両断。
と、その剣の軌道が終着する前に遠心力に身を任せつつ爪先を方向転換した。そこからまた増幅され伝わる力は剣先を止めさせず。
軌道を激変させながら、なのに遠心力をなおも新鮮なままとし、斬撃は止まらず継続、滑らかな両断行もそのまま継続。
…先ずはひと振り、そう言ったではないか。
いや実際にこれは最初の一振り、その延長でしかないようだが。それが、終わらない。今ではいくつもの斬撃に見えるこれぞ、
『 無限刃 』
無垢朗太が呟いたその技名のまま。ひと振りは終着を迎えないまま無限を思わす軌道を描き続けた。
それも呆れるほどの鋭角で曲がりながら、くねりながら。その際起こるはずの減速や他にあげれば切りのない物理的齟齬もなく。
途切れる事がないこれは、超、超常なる一の太刀。
そう、まるでなくならない慣性を得たまま一定の速度を…いや、さらに加速しながらジグザグを描き続けるというこれは、この世にあってならぬ魔症だからこそ可能な業。
重力と自重と武器の重さに頼らざるをえない肉体所持者には決して届きえぬ領域の業。これぞ武芸の…いや、
──武霊の極み。
封印されし永年。彼は無為に過ごしていなかった。数百もの年月を剣にのみ捧げていた。狂ってしまうという無念を迎えるその瞬間まで。
肉体を持たず、界命力は勿論のこと魔力も使わず、物理的武器すら持たずに素の霊力とそれをもって具現化した刀、そしてそれこそ狂ったように培い続けた技のみで構成されたこれは、その無念を忍ばせながらもやっと見せられた結実。
いや狂っていて良かった。
だってもし、あの『鬼』が狂っておらず、こんな技まで駆使出来ていれば?
【虚無双】を使おうが関係ない。均次は負けていたに違いない。
それでは死んでも無垢朗太の魂と融合する事だってなく。
つまり殺される事は確実にあっても、その後の復活はなかっただろう。
立地点を不動としながら剣先を万化させ敵を散華させゆく斬の結界…そう、これは敵に回せば結死の技となったろう。
そこへ群らがる餓鬼はただ己が霊体を零体とするだけだ。
これはもはや殺戮ですらない。無垢朗太の周囲は無惨の赤で染まらないだけましな処刑場と化してしまった。並ぶを拒否した受刑者達が狂って群がる処刑場。というより地獄。黒の獄界。しかし不思議と美しい地獄だった。描いた地獄をなお美として残す、水墨画のような。
その美を解さず、どころか見るに耐えぬとばかり次に現れたは、進化餓鬼ども。
先ずはノービス級の狂い餓鬼。だが同じ。狂っただけでこの斬の結界は破れない。
次にチーフ級の狂い餓鬼組頭とさらに、リーダー級の狂い餓鬼大頭が襲い来る。だがそれも、やはり同じだった。数を引き連れようが結果は同じ。散華するのみ。
なら餓鬼大将なら?
これは同じでなかった。
どうやら浅知恵を働かす余裕はあるらしく、現れても動かない。無垢朗太の剣先が鈍るのを待つ構えでいるようだ。が、しかし、
『ほぃっ、』
射程外──だったはずだ。目を離したつもりもない。しかし、ならば、目前にいるこの傷だらけの男はいつ、どうやって?──なんて事すら思う暇すら与えられずに、急接近された餓鬼大将は『今回こそは』という意気込み虚しく、また何も出来ずに一刀両断されてしまった。通常種とさして変わらぬ容易さで。
今無垢朗太が使った歩法は既存の技。名を『無拍子』。予備動作を極限までなくし、まさに突拍子すらなくした動き。つまり武人ならではの技の冴え──否。
そんな言葉で収まらない。霊体でやれば時空すら越えて見えるこれは…人を辞めて数百年間、人外の己と向き合い知って尽くして尚もと究め磨、たこれぞ…
『技の果てなり──オヌシらには見えまい。狂い果てよったオノレには…な』
そう言って見据える先には、自分の片割れとするには嫌すぎる老いた霊。
禿げ上がって、実はそこも傷だらけだった登頂部を隠そうともせず、着崩したつもりか、ボロボロ過ぎる着物を羽織っただけの身体はガリガリ。
貧相にして品性も感じられぬその姿は無垢朗太的にとっては残念の極み──にして、半身だった者。つまりは『鬼』再来だ。しかも、
『いやなんで三体もいるっ?』
そう、何故か三体もいた。
まさか労組よろしく『我々は屈しなーいっ』なんて言ったくだりがこんな珍妙なるフラグになろうとは…とか思ったりする無垢朗太のリアクションはこう。
『いやはや、思いがけず願い叶ったっ、叶い過ぎたまであろう!』
軽快なる蔑み。かつて自分の片割れだった者、というか者達にはそれで十分。何故か三体いるけれど。足せば片割れどころか1.5で余分まであるけどまあいいか、と。
『一度、その剥げボケた脳天に渇を入れてやりたかったのよ。いや、かち割るの間違いであったわこの…我のアホたれ濃縮体ども!こうなったら三倍叶えてやるぞほれぇいっ!!』
制裁清算総決算。なんだか景気が良い感じに…だって三体もいるし──しかし。
やはりだ。楽勝とはいかず。
何故ならその三体全てがあの呪われた力を使って来たからだ。つまりさっきの連想はフラグとなっていた。
『無属性魔力』
霊体となってなお恐ろしいと思うあの力を前にしては、霊長類最強ならぬ超霊類最強たる無垢朗太でさえ苦戦せざるを得なかった。
最後の一体を倒した頃には、流石の彼もほぼ透明に近く存在を薄くしており……そこで悟る。
誰が課したか分からない…でもこれは試練の類い…初めはそう思っていたが、今は違う。気付いている。
これは均次抜きの…自分という霊魂だけを狙った、しかもこの拡張された領域に訪れるこのタイミングを狙った、ピンポイントにピンポイントを重ねた必滅の罠だったのだと。
『……ふむ…』
それを分かった上で、無垢朗太は言い放った。このトラップを仕掛けた相手に向け。
『のぅ…悪い事はいわん、これで満足しておけ──』
そしてその相手が何であったかと言えば…
『──世界よ。』
そう、均次達が想像した通りだった。彼らはもう既にとある世界から敵として認定されていたのだ。
『今回は良い。気の迷いと受け止めよう。それでもまだ狙うというなら…悪い事は言わん。また我にしておけ。』
つまり…この、一介の霊は、
『今回は不問に伏す』と言ったのだ。世界を相手に。
『また襲撃するも自由』と言ったのだ。世界を相手に。
だが『自分だけを狙ってこい』と言ったのは多分、この襲撃を均次に黙っておくつもりなのだろう。そうする理由は──
『均次は我の百倍恐ろしいぞ。半『身をもって知った』我が言うのだから間違いない。もし、この忠告を無視すれば──』
この世界は確実に『均次の敵』と認定される。
『『ヒーロー』とは何であるか──それを思い知らされる事になろう』
それは、均次の魂に触れると同時、現代の文化にも触れる事が出来た古代のサムライだからこそ、感じた事。
『ヒーローという者が実在したならそれは…つくづく恐るべき存在よ。なんせやると言ったら間違いなくやり遂げるのだからなつまり、殺ると決めた相手ば必ず仕留める。そう出来ておる。…その狂おしさこそ我が魅入られた理由であったかもしれん…が、流石にな。かつて世界だった者を相手にそれは…無体が過ぎる…』
本気になった均次の容赦はゼロと化す。そして界命体となった彼の潜在力はおそらく、この世の基準にもはやない。
『我がヒーロー殿はな。確かに弱い…まだ。だがな…』
そう、無垢朗太の方が強い。今はまだ。だがいつかは。
『世界をすら射程に入れうる──そんな生き物にはもう、なってしまって、おるのだから』
それが…相棒である無垢朗太だけが知る、平均次という男の正体だった。
現状だと『もしかして役立たず?』と思われかねない無垢朗太。彼本来の武力と戦闘観を描きたくて追加された回でした。
どんな無垢朗太も好きって方、おじん多すぎじゃね?とこの物語の未来を危惧してくれてる優しい方、下にある★評価、ブクマ、感想など、お待ちしております。励みなります!何卒宜しくお願いいたします。




