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75 初めての夜。


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 ──それから2時間後。


 

「おっそいなぁー大家さん。冷めちまうよ…折角の料理が…」


 まだ部屋の電気もガスも水道も止まってなかったからな。『俺流魔食料理』は割りとうまくいった。


 いや、本来なら鬼怒恵村に帰還して本職…つまりは『魔食料理家』という専門ジョブに就いた才子に作ってもらうべきなんだが。


 なんせ大家さんは30ものレベルアップをしかもたったの一日で果たしてしまった。その影響で彼女の肉体にかかった負担は計り知れず…なので早急に魔食してもらう必要があった。


 だから不承ながらこの俺が作った訳だ。


 それに、この料理に使った魔食材は『オークのバラ肉』と『コボルトの牙』。


 どちらも料理に使いやすい魔食材だ。それを運良く見つける事が出来て良かった。つまり大家さん宅からこの部屋まで時間がかかったのはこれらを狩ってたからだな。


 いや、使いやすいだけで手間は結構かかってんだぞ?


 コボルトの牙なんて魔食材となるのは当然な感じだけど、そのままで食えないのも当然の事だからな。


 まずは魔力を込めたなるべく多くの水で茹でて殺菌浄化したものを丈夫な小袋に入れてハンマーで砕く。


 その後さらにミキサーで粉末状にして塩とコショウとお好みの調味料を混ぜ混ぜする。


 この時の配合バランスも気を使う。みんな好みがあってな。前世ではそれぞれご家庭の味みたくなってた。


 まあ面倒なのはそこまでで、後はその調味料を骨付きオークバラ肉にまぶしてオーブンで焼くだけなんだけど。


 ああそうだ。ここまで説明したんだからオークってモンスターについて話すけど。


 ヤツらはかなりの雑食で、毒だろうがお構い無しまである。その影響で耐性スキルも多く持つ。


 それでか、毒を摂取した時はその一部を皮下脂肪に蓄えてのち、中和するために多くの魔力を循環させるって生能を得ている。


 こうする事でオークの脂肪は肉、骨、内臓を守るナチュラルアーマーと化す訳だ。


 オークと言えば『低級モンスターにしては』と付くが、肉体の強さとそこからくる無遠慮な膂力が脅威とされるんだけど、真の脅威はこのナチュラルアーマーと各種耐性スキルを合わせた『ゲームで言うところのスーパーアーマー状態(※攻撃をうけても『怯み』を発生させず突進してくる状態)』にこそある。


 バラ肉が魔食材となっているのはそのためだろう。


 つまり一番に魔力が通う部位だからだ。ちなみにバラ肉ってのはあばら周りにある筋肉と脂肪がバランスよくついた肉の事で、料理では特に使いやすい。


 俺は今回、これらの食材を使って『オークスペアリブオーブン焼きコボルトペッパー風味』という料理にした。


 この料理を選んだのは、かなり食べやすい部類だからだ。前世でも魔食目当てではなく普段食としても結構食われてた。なので魔食初体験の大家さんでも食べやすいはず、そう思ってな。


 まあ、その後の魔ショック(※俺命名。魔食をした後にくる苦悶の事)は普通に起こるけども。身体が慣れたらそれもなくなる。だからの普段食扱いだった。


 その魔ショックも魔力を込めた米と一緒に食べれば少しだけど中和されるし、この魔食料理はご飯と合うからな。ちゃんと用意してる…ていうかこの米は俺んちにあったもので込めた魔力も俺のもの。大家さん宅にあった米は全部盗まれていたからな残念ながら。


「まあ、簡単な料理だったけど時間だけはかかったな……つか、風呂に二時間も…大家さん大丈夫かな?」


 なんかごそごそ動く気配はしてる。だからのぼせて気絶…なんて事にはなってないはず。


「うーん…折角苦労して慣れない料理頑張ったのに…でも」


 苦労したのは俺だけじゃないしな。というのも──


「有り難うな。無垢朗太」


『ふん!』


 なんか機嫌が悪…くなるのも当然か。何せ無理を言ってオークとコボルトを解体してもらったんだから。しかもコイツの寝床である内界で。その解体してる最中では


『生臭い、ああ生臭い!今日は寝られんな!我、霊体ゆえに寝ないけどっ!』


 と嫌みたっぷりに連呼してやがったし。つまりは、かなりの無理を聞いてもらった。それでもなんだかんだやってくれるんだから、


「やっぱいいやつだよな。お前。」


『な…っ!(今さらそんな事言うっ!?この、ブラックオーナーめっ!なんという手管を!…くっ、ダメぞっ!?こんな簡単な言葉にチョロるでないぞ我っ!)…だが…くぬ…ハァ…仕方なし…』


「…?なんだどうした?」


『(はぁ…シッカリ絆されてしもうたか…口惜しや…)…のう…均次よ。』


「ん、なんだ?」


『香澄といったか…あの娘にはちゃんと、話した事はあるのかえ?』


「ん?何を?」


『だから…魔しょ──』


 …ガチャ。「お待たせ…」


「ああ、大家さん、待って………まし…た」


 …俺は早速料理をと思ったのだが。


 こう、心をズビャッと。一瞬にして奪われてしまった。無垢朗太の声が届かない程に。


 まだ少し濡れた髪の毛と、艶っとしながら湿る肌。長い睫毛が微妙に光を反射して…その下には…そう、大家さんの、目。


 うるうると、キラキラとしていて、なのに底知れなくて…でも怖がってるようで、


 なのに期待してるようで…他にも色々混ざってて、結果、挑んでいるような…でもそこには慎みも含まれ…


 つまり、間違いなく迷っているのに、芯の部で覚悟を決めて…すまん。自分で言ってて訳分からん。


 そんな複雑怪奇であるのに何故か、鮮明にこちらの心に刻まれる。


 そして浮わついた全てが排されて、なのに熱病にうなされるようで…呼吸がくるしく、鼓動がうるさい。


 まるで、彼女の真剣さが物理的作用をもって突きさったような…いや、これじゃ足りん。いや、どんな言葉を尽くそうが足らん。

 

 俺はこれを…なんと表現すればいい?

 そして理解すればいい?

 そんな事を無意識に思った。


 そしてまっったく分かってない事にひどく、狼狽して…いや、でも、これは、きっと、男にすれば永遠の謎。禁断に近い類い…そうこれはきっと、女性の心にしか、出来ない眼差し…。


 それだけを分かった事にした。だって、何も分からないでは許されないオーラが、物凄く放射されてると感じたからだ。


 そんな、感動と感動で混乱をサンドウィッチにした状態の俺を無視して、大家さんはこう言ったんだ──
















「──くさぃ…っ!?」














 ……………って。


 えええええええッッ!!!?


 さっきの雰囲気からそれっ、言うっ?


 つか俺渾身の料理!そんな一刀両断されちゃう!?いやいや、落ち着けおりぇっ、



「あ、あの…魔食料理ってのは難しくて…その…素人が作るとだいたいこんな感じに…」



 むー。才子が作った魔食料理は臭みもなかったんだが…どうやってんだアイツ?



「?…『ましょくりょうり?』…って、なに?」


「あれ?話してませんでしたっけ?あ、あー」


 そういえば才子に『臭兄ぃ』呼ばわりされてから人前で魔食してこなかったな。


「いやでも大家さんの前では…ってそういや!」


「…? え なに?」


 『ゴブリンエリートダンジョン』でやったのは魔食じゃなく【吸収】だったわ!


 そうか、大家さんはまだ魔食知らなかったのか!ならまずは説明しなくては!


 危なーーー!…説明もなしにあんな苦悶を味あわすとこだったぜ…っ。



「え、ええと、どこから話しましょうか、そうですね…魔食ってのは──」


  ・


  ・


  ・


  ・


  ・


「ん、ん、そ、それは、た、確かに、私も『初めて』になる。」


「すみません(汗)もう話してる気でいました。」


「ん、ん、そ、それは、もういいのっ…で、均次くんが『何度も経験した』のも、『外でした』のも…この、魔食…の事だった?」


「はい?ええ、そうですね。」


「ん、それで、『外でした』のは、餓鬼の肝臓の魔食…そのための解体を、『才子ちゃんに手伝って、もらった』?それを焼け石で焼いて、食べた?」


「え、ええ、」


「ん、そして、『二度目』の時は、料理にしてもらおうとして、それは結構、無理なお願いで…だから、『凄く丁寧に頼んだ』あとに、『半ば脅して』作ってもらった?鬼怒恵村の人達のためも、あったから?」


「そう…ですけど。」


「ん、ん、『臭くなる』のは、体内の毒素を排泄するからで、それも、『汗をかく』時にそうなって…その時は『この世のものでないような苦しみ』が伴って、だから、『器礎魔力が育ってないとダメ』で、だから魔力を持たない『子供にも毒』、だから、既にパワーレベリングしてた才子ちゃんは味見しても無事でいられて…むしろ美肌効果に『喜んで』だから『私にもパワーレベリング』してくれて…そういう事?」


「はい…女性的にかなりの試練になる、そう思いましたので…」


「あ…『女性に使ってもらう前に先ずは自分で…』って言ったのも…っ」


「はい、魔食の事ですが?──あの、大家さん?」


「ん、え?えと、なに?」


「さっきから聞いててこう…謎が浮上して仕方ないんですが…」


「んん、え?なに?」


「いや、だから、お風呂に入る前はちゃんと噛み合ってましたよね、会話。大家さんは『魔食』を知らなかった…にも関わらず。」


「ん!え?いや、え?」


「あの…一体、何と勘違いして──」


「ひぃ…っ!(それは、聞いちゃらめーーーーっ!)」


 と、大家さんのこれ以上なくひきつった表情を引き出した時点で、、やっと。


「あ…」


 …俺のポンコツ『知』魔力がやっと炸裂しやがった。ぎゅるぎゅると、二時間以上も前になされた会話の内容を一言一句違えずに、順序の狂いもなく、脳内で再現してゆき──そして、分かった。分かってしまった。



 大家さんが、どんな勘違いをしていたのか──いやこれどうなってんすか【語学力LV9】さん──じゃ、なくてっ!



「──お…おおお!?お!お!お、大家さん!と、とにかく今は!とに、かく、試しに!ほら、えと、たた食べて、下ささい。あの、冷え過ぎむとぁぅ噛んだ…っ、ってそのっ!あち、味ぃっ!落ちるので──」


「う、うん、折角作って、くれたんだもん、ね!均次くん!一生懸命、食べゆっ、から、ね!?」


 二人して焦りながら。

 二人して何をとは言わず、

 なかった事にしようとしながら。


 密かに『あーそっかー♪大家さんオッケーなのかーやったーっ♪』とか俺の方は思ってたりしながら。


 

 思い出してもいた。問題のくだりを。



『香澄といったか…あの娘にはちゃんと、話した事はあるのかえ?』


「ん?何を?」


『だから…魔しょ──』





(つー訳でおいこら無垢朗太)


『…はいなんでしょうココロのコエがコワいですがどうされましたか』


(てめえ…っ、分かってたなっ!?大家さんが魔食について知らない事と、そんで、それと、アレを…勘違いしちゃってた事をおっ!)


『いやだから我はちゃんと教えようとした…よ?』


(いいやっ!タイミング的に遅すぎる!不自然だろがてめえこの野郎っ!大方俺に『やっぱいいやつだな』って言われて絆されて、白状しようとして、間に合わなかった…つまりてめえはっ!最初は俺達が恥かくところを高みの見物しようとしてやがった、そうなんだろうっ!?)


『ぬうううう!だ、だからなんだ!そもそも我を雑に扱ったオヌシが──』


「ああそれは謝る。そして認める。俺は調子にノリ過ぎた」


『え、ええ?素直過ぎない?しかもそんな唐突に?我にも心の準備ってものが──』


(…でもな。)


『あーはいやっぱりそーゆーパターン』


(大家さんまで巻き込んだのはまずかったよなぁっ!?ええ?無垢朗太さんよぉっ!?だってあのままだと…っ、危うく勘違いで大家さんのは、は、『初めて』を雑に、う、奪っちゃう?…展開とか?…あ、あったかもしんねぇだろがっ!それについてはマジ!洒落になってないんだからなっ!一体どう落とし前を──)


『うんそれはごめん。そして先に言うけどクビは嫌。』


(く、そんなあっさり風味で謝ったうち入るか!それに勝手に先取りしてくんのも──)


『それでも断固クビは嫌。』


(いやお前──)


『待遇の改善を要求するー。』


(なに一人で労組立ち上げてんだ──)


『我々は屈しなーい。』


(いやだから一人だっつの!『我々』じゃなく『我』だからっ!つか、どこから仕入れてくんのそういうネタ?まあ俺の魂からなんだろうけどっ──)



 この後結局、有耶無耶にされた。



 その敗因は『賃上げの話をする以前に全くの無報酬だったよね。我。』という無垢朗太の一言、これが止めとなってしまった。


 つまり俺のブラック真っ青な経営方針が敗因…だったのは結構ショックな事実だったけど。それはソッコーで忘れたな。だって家賃はゼロな訳だしさ。


 


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