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72 見つけた意味は。



 あれから大家さんは、なんだかボーっとしている。いや怒ってる?


(うん…怒ってるな)


 ほっぺたをほら、あんなに膨らませて…


(膨らみほっぺかわええ…じゃなくて、おかしいな…あんなぶっ込んだのに…伝わんなかったのか?)

 

 そう、あんなぶっ込んだ後だから気になって見てしまうんだけど。さっきから目が合うとプイッて。もしくはため息ついて。


 多分だが…怒り疲れたんだなあれは。感情ってものにまだ慣れてないんだきっと。



 そして俺はといえば、恐れてる。



 これから、ダンジョンコアの【吸収】に挑むからだ。


 確かに、前回の【吸収】は魔食で付き物だった苦悶がなかった。でもよく考えてみれば、あれは魔食ではなかった。【吸収】という別物だった。


 そして今回、俺という存在は正式に種族進化を果たした。


 そう、『正式に』だ。


 それってつまり、元々『界命体』という種族に成り果てる寸前だったって事で──色々と気付き始めた俺に、無垢朗太はこう促してきたんだ。


『そうよな…あの時のあれは、【界体進初】を発動するために、元々秘めていた『界命力』とやらを使えるようにされただけ…やもしれんな』


(じゃああれほど嫌々ながらゴブリンどものアレを【吸収】したのは、意味がなかった…そういう事になる…のか?)


『だから。謎の声とやらが言った内容をもう一度思い出してみよ。【吸収】したゴブリン共のアレは【界命体質】を創造するために使われた…そうとれる内容ではなかったか?』


(じゃあ、今回は…)

 

 どうなるんだ?という言葉を飲み込んだ。


 それは、全く分からないからだ。


 ただひとつ分かるのは、


 同じ【吸収】でも、モンスター素材とダンジョンコアではその結果が全く違っていて当然だ…という事。


 きっと、提示される選択肢だって変わるはず。蛇と出るか邪と出るか。どちらにせよヤバい結果になる。そんな選択肢が提示される可能性もある。


 それよりもっと警戒してしまうのは、選択次第ではこれまで散々に経験したより、遥か上の苦悶を味わう可能性だってある。というところだ。


 

 そう思ってしまうのは…俺の事より──大家さん。



 これから、あの苦悶を遂に…大家さんに見せる事になるかもしれない。


 そうなった時、彼女の魂に、どんな影響を与えるか分からない。それが怖い。



(それでも──)



『うむ、それでもよ。どのような反動があるかは予測不能…しかし我らの魂も不安定。それを補完するためにもダンジョンコアの【吸収】は試すべき。

 それが吉と出たなら繰り返す事にもなろう…ならば。

 今後ずっと、共にあると言うのなら。大家香澄…このおなごにも知ってもらわねば、理解して、もらわねば。お主もそう思っているのだろ?』


「ああ、気乗りはしないがな…やらなきゃいけない、だから、やろう。【吸収】してくれ、無垢朗太」


 こうして、覚悟をきめた俺達は遂に、ダンジョンコアを【吸収】したのだった。






『ダンジョンコアの【吸収】を確認。


①内界の大拡張。

②内界の大充実。


以上から強化先を選んで下さい。』




 意外にも選択肢は増えていなかった。むしろ減っていた。


『うむ……今回はどれを選ぶ』

 

(大拡張か、大充実か…)


 でもやはり、変わっていた。


 見ての通りどちらの選択肢も普通の拡張ではないし普通の充実ではない。……この『大』ってところが怖い。


 どちらもヤバそうな感じしかしない。それでも選ぶしかない。



(はぁ…ここは①しかない、か)


『おほ♪ついにっ』



 どちらを選ぶにしろ、俺の魂にどう作用するか分からないのは一緒。それなら拡張が妥当で、だから迷わなかった。


 いや、シミュレーションゲームだと『まずは限られた開発区域で内政を充実させ、戦力なり生産性なりを上げておく』ってのが定石なんだろうけど。


 今の内界はあいにく物置小屋ぐらいの規模でしかない。だからどこをどうやって充実させるのか想像がつかなかった。


 だからの大拡張一択。


 無垢朗太じゃないが、これしかない。


(でもなー、無垢朗太を喜ばす結果になるのはこう……何でだろ?いやホント少しなんだけど…癪な感じがこう、しなくもなくもないというか…)


『いや前から思っておったけどオヌシ、我への当たりキツくない?』


(──ぷっw いや、そんな事ねぇよ、じゃぁもういいか?拡張で)


『だから前から我はそう言っておったのにまったくもう…ブツブツブツ…』 



『個体名平均次と無垢朗太、両名の希望が一致した事を確認。『①内界の大拡張』を実行します。』



「…ぃぃよしっ!ここから先、俺はなんも出来ねぇ!だから頼んだぞ相棒ッ!気合い入れてけぇっ!!」 



『応ッ!任されたぁッッ!!!』



「ええ、急になに!?」



 急に大声を張り上げた俺に大家さんはびっくりしたみたいだが、これは俺なりの気遣いだった。


 何故ならこの時点でもう、感じていたからだ。


 俺の魂に、未だかつてないビッグウェーブが迫っている事を。

 

 これは多分、いや確実に見せてしまう事になる。大家さんに。俺が苦悶にのたうち回る姿を。


 その前に景気付けも兼ねて、少しでも心の準備をしてもらおう、そう思って大声を出した。


 だって


 これから見せるのはきっと、今まで俺が散々に経験してきた苦悶、それすら遥かに上回るだろう大苦悶で──「 ぁ 」…く、来たっ!



「ぁ、ああっ、あ!ああああああ───!」



  ・


  ・


  ・


  ・


  ・


「──ー…、ふー…、ふー…」


 局所的に吹いてくる微風。それがまつ毛を揺らしてくる…くすぐったい。それに…ポタポタと。大粒の何かが顔に落ちてきて、それで、


 俺は目覚めた。


「大家…さん?」


 開いた目に写ったのは、大家さんの顔だけ。かなり近い位置にある。頬に感じるのは温もり。多分彼女の小さな手で挟まれている。

 つまり今の俺は、正座した大家さんの膝と膝の間に乗った頭を、彼女の両の手の平に挟まれながら、上から覗き込まれている状態……なのだろう。


 ダンジョンコアを【吸収】してこの体勢になるまで、何があったのか全く記憶にない。でも、どんな事が起こったかは想像がついた。


 だって、


 覗き込む大家さんの目からは止めどなく涙が落ちてくるし、

 そんな彼女の呼吸は聞いているこっちが苦しくなるほどに荒く、

 頬を挟む手から伝わってくる震えなんて、首が少し痛むくらいだ。


 大家さんがこうなったのは、きっと──


「すみません大家さん…」


「ん、…んっ、」


「また、心配かけて…」


「ん…っ、ん…っ、」


「でも、俺、」


「ごめ…っ、なさぃッ」


「え?」


「わたし、じぶんのこと、ばっかりっ」


「いや、そんな事は──」


「きんじ、くん?」


「…はい」


「ずっと、こうだった?わたしといっしょじゃないとき、ずっと…だから、いっしょにいられ なかった?」 


「いえ、それはたまたま…いや、それも あったかも… しれません、すみません…」 


「わたし、こそ、ごめんな、さい、きづかないで、ごめんなさ、こんなになってまで、まもっ…てくれ てて、ごんな、つらい…めに、なの に、ごめん…な、さい、なのに、もんくばかり、ふー、ごぇ、ぁさいっ!ふー、ふ、ふー…っ」


「大家さん…」


「ふー…な …ぁに?」


「その涙は、『哀しい』、ですか?」


「… え?」


「それとも、『嬉しい』?『ツラい』?どんな、涙ですか」


「えと、はじめは こわ くて… さっきは…ほっと、して?いまは…もうしわけ、なくて… ぇ… なん…で?」


「そうですか……大家さんが今知った通り、俺達が涙と呼んでるそれにも、沢山の意味があります。」


「ぇと な に? いってるの?」


「俺が、回帰して、一番強く感じてるのは、それなんですよ。

 俺には死んだはずの大家さんがまず、記憶にあって。

 それなのに、生きてる大家さんが目の前で、こうして、涙まで見せてくれてる。これだけでもう、凄い事なんです」


「きんじ、くん?」


「義介さんはね…前世でも、いい人でした。なのに狂った。鬼にとりつかれて、狂わされて、沢山、人も殺して、その中には…っ、…才子までいた…」


「きんじ、くん」


「そんで、才蔵まで狂った。あいつは…復讐の鬼みたいになって、俺はそれについていけなくなっていって…それでいつの間にか、関係もギクシャクし出して…それでも一緒にはいて……そんなだったのに。

 あいつは──命を、投げうった。俺なんかのためにっ!そんで、死ぬ前には、『自分を殺せ』とかっ、ひでえ頼み事までして…っ!俺は、俺は──あいつを…親友の…あいつを…っ、この手で──」


「きんじく…もうい…っ!いい!もういいの、だいじょうぶっ!みんな、いきてる!」


「……そう、みんな、今世じゃ生きてる。生きてくれてる。大家さんも、才蔵も才子も義介さんも──それが、俺には凄い事で。泣けるくらい嬉しくて、凄すぎて──



 ──だから、怖いんです。」



「え…?」



「だって、これは、あの巨大ムカデに殺された後に俺が見た、自分に都合がいいだけの、夢…なのかも、しれないから……だってっ、人生をやり直すなんてっ…そんな、都合のいい話──」


「そん…っ、そんなこと、ないっ!だってわたしは、こうして──」


「そう言ってくれる大家さんでさえ、俺が都合良く作り出した幻…なのかもしれない。いえ、ごめんなさい。でも、これが夢じゃないって証明してくれるものは、何もないんです。すみません」


「均次くん…」


「だから、こう思うようにしました。


 大家さんが感じたように、涙一つとっても…意味は、一つじゃない。

 『嬉しい』のや『哀しい』の、『怖い』のや『ほっとした』のや『申し訳ない』のもあって…」


 そのどれであってもいい。大事なのは、溢れてくれる事なんだから。


「それと同じで、俺の人生は今も一つ。…ただ、意味が増えただけ。大事な事に、変わりはないんだ…って。」


 だから俺は、前世を忘れたい過去にしないし、今世だってそうだ。夢で終わらせない。どちらも俺にとっては意味のある…大事な人生の側面だから。


「つまり、ツラくてもなるべく、受けいれようって、、それには頑張るしかないって、というか、だから頑張れるんだって、そうしてれば、この、どうしようもない恐怖にだって、俺は、負けないから…ッ!」


「どっちも、大事?」


「どっちもというか…どれも、です。例えば憎んでも憎んでも足らない、そんな『鬼』ですら、今の俺にとっては『無垢朗太』なんて能天気な名前が付いてて、変な話、今じゃこいつを……大事だ…って、思ってるんですよ。…相棒だって」


「…確かに、、不思議…」


「でも…前世で経験したあの苦しみがなきゃ、そこで嫌ってほど結んだ、あの悪縁がなきゃ、それで今世で死に物狂いに頑張って、戦って…勝って。なのにヌエに殺されて──そんな、前世と今世のいきさつの全部をひっくるめなきゃ──あんな、笑えて、頼もしくって優しいヤツ、仲間に出来ていなくって。

 ホントに皮肉だけど、そんな皮肉さえ大事っつーか、特別に思えて…全部に意味があるんだって、そう思えて…」


 そう、俺にとって、前世と今世は合わせて一つの人生だった。そこに含まれる全てにきっと…意味はあって。



「全部…大事…?」


「はい…」


 

 回帰して、二周目知識チートがもたらす予測不能に喘ぎながら戦って、殺したアイツに何故か俺の魂は…二重の意味で救ってもらった。だから今も生きていられる。だから、気付けた。


「そう思えたらこう、何て言うんですかね。究極的ポジティブシンキング?

 無垢朗太だけじゃない。前世で散々悪さしてた他の連中だって、何とかすれば救えるんじゃないか。それでもし救えたなら、無垢朗太みたく、仲間になってもらえんじゃねえか…とか、かなり無茶なアイデアがわいたりして」


「凄い…そんな事、考えてた、の?」


「そう、だから…だからっ、」


 俺は、前世も、今世も、諦められない。


「…ごめんなさい。これからも、無茶はやめられないっ!と…思います。」


「…それは…」

 

 拒絶は…当然するよな。分かってた。…だって俺のあの苦悶を見た後なんだから…でも。


「大家さんは多分、見たんですよね。その…俺が苦しむ姿を」


 多分じゃない。俺は、あえて見せた。


「…!そう!見た!凄い苦しんで!のたうち回って!あんなの、人間がしていい動きじゃなくてっ!だから、すごく、怖くて…」


「はい、知ってます…怖くて当たり前…こんなの、前世の俺だったら?ご免こうむる。そんな感じでした。

 …でも、今はその苦しみにも色々な意味があるって、分かってるから…。

 だから。あえて。大家さんを信じて。見てもらいました。すみません…」


「さっきのは、必要な苦しみ、だった?」


「いえ、必要というか…本当は、苦みなんてないに越した事はなくて…。

 ただ、前世の俺は『苦しみ』をただ苦しいって風にしか思えてなくて、その先を考えるのも億劫で…。

 俺、何にも挑戦しなかったんですよね。ただ苦しみが去るのを待つばかりでした。

 だから、沢山死なせた。そんな反省があります。だから──いや、そうじゃない 俺が言いたいのは──」


 ただの反省じゃない。俺が本当に、言いたい事は──なんだっけ…



「私も、苦しみから逃げちゃ、ダメ…?」



 違うっ、そうじゃないっ、大家さんは十分に苦しんできた。なんなら俺は、そんな苦しみから逃げられる…彼女の避難場所になってあげたくて…でも俺なんかじゃそれも難しいと思ったから──ああ…そっか。



「いいえ。少し、違います。」



「え?」



「一緒に、乗り越えませんか?」



「あ…」



 そうだ。これだ。言いたい事。



「そうやって一緒に乗り越える度に見つける……ってのは、どうですか。その……一人じゃ見つけらんないけど、二人なら見つけられると思うんです。新しい意味」



 俺と大家さんはお互い、大概の不器用だから。『人を救う』なんて事、本来なら出来ない人間だ。

 それどころか自分が生きる意味すら一人じゃ見つけらんない。すぐ迷子になっちまう。だから…



「だから…その……一緒にいて、というか、一緒に生きて、欲しく…って、」



 そう、不器用だから。お互いに。だからこそ二人なら、一緒なら──



「あぅ…均次く…それって…」



 不器用同士だからこそ、埋め合えるものも、あるから。新しく見つけられるものも…きっとあるから。…だから大家さん…お願いです…


「この場合、死が二人を分かつまでって…言うのが普通ですけど。

 俺は…大家さんが望むなら一緒にだって、逝けます…ていうか、大家さんがそんなこと望む訳なくて、それでも多分、俺、一緒に逝っちゃいます。

 だってもう、も…、俺っ、一緒じゃなきゃ、耐えらんねぇから…っだから──あ、れ?」


 いつの間に?俺まで泣いていた…まあいいや…そんな、事より。どうか…お願いです…どうか、頷いてください。

 前に言った時は伝わったかどうか確認しなくて…。だから今度は、確認なんて必要ないくらい、ハッキリと、なるべく、ストレートに、言いますから──





「つまり、好きですっ。大家さん、銀河系一…つまり世界一、、愛してます!前世でも今世でも、これからも、ずっとっ、ずっと…ッずっとッ!」




 ──今度こそちゃんと──伝わるように──念入りに──だから──大家さ──ポタ…──あ…





「──ひぐ、ぅ、ぇぅ、」





 また泣かした……でも、 



「ぇと、その涙は…?」



 そうだ…どの意味で泣いて…?…大家さん…どうか…どうか…








「うぅっ、うれじいやつっ、にっ、きまっでるっっっ!」







「 あ…ぁぁ。そう、ですか 」


 あー…良かった…ホント………良かった…これ以外に俺の頭に浮かぶ言葉はなく…かえって絶句してしまって…やっと言葉をひねり出してもそれは結局の…



「…ハ…そ、です か、良かっ──」



 ホントの『良かった』

 そんな安堵に…

 今度は大家さんから不意打ち──



「もう…っ、」



 ──急接近する大家さんの顔…そして、



「むぐ、」



 上下逆向きに合わさる顔と顔。

 目の前にあるのは大家さんの首。

 俺の首には大家さんの髪がかかって、

 正直くすぐったくて、それでも。


 そんなの全部ぶっ飛んだのは言うまでもない。


 俺達は…どれ程の時間だったろう…ともかく、長く、永く。


 こんな二人にふさわしく、ぎこちなく、唇を、重ねて──









 ──やがて。名残惜しそうに顔を離した大家さんはこう言った。



「どうせなら、」



 俺を覗き込む姿勢のまま、こう言ったんだ。



「やっぱり、宇宙一がいい。」



 はぃ、ですよね。



「や、俺も そう 思ってました…ょ?」












 …ゃっぱり伝わってたんかーぃ…

  




『【語学力LV9】に上昇しました。』




 均次よくやった!怪物馬鹿ップル誕生万歳!こうなったら続き、読まいでか!そう思ってくれた方は下にある☆を押して下さると嬉しいです。ブクマや感想も待ってます!物凄く励みになります。何卒宜しくお願いします。

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