71 ぶっ込む。★
ボスを倒しただけでは、ダンジョンを攻略した事にならない。完全に討伐したいなら、ダンジョンコアを壊す必要がある。
そして今。俺の目の前には、そのダンジョンコアがある。
そしてこのダンジョンコアを破壊すべきか、それとも【吸収】すべきか。迷っているところだ。
ちなみにさっきの…えっと、
ゴブリンの…ほら、例のアレ。
言葉にするも憚れる魔食材。
あれを【吸収】した時は…
(こんな感じだったよな…)
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あの時、魔食材を【吸収】したというのに例の苦悶がやってこない事を不思議に思ってると、
『魔食材の吸収を確認。
①新たなステータス項目の追加。
②内界の拡張。
③内界の充実。
以上から強化先を選んで下さい。』
「はあ?」
いきなりの提案に、思わず間抜けな声を上げてしまった。
周囲で殺し合ってた進化ゴブリン達も『何事?』という視線を送っていた。
きっと自分で思った以上の大声だったに違いない。そう思って慌てて口をつぐむと、無垢朗太がこう言ってきた。
『ふむ、ここは内界の拡張が必須。何せ狭すぎる。ゆえに我は②を推すぞ。これだ。これしかない。』
いや何を自然に受け止めてんだコイツは──という訳で無視した。
それより『謎の声』が今言った内容が気になってしょうがない……というか。
(さっきのアレって…本当に『謎の声』が言ったのか?本当は【界体進初】が言ったんじゃないのか?)
いや、謎の声がどこに所属する存在なのか、そこからして分かってないが。
俺が取得したこの【界体進初】は、どう考えてもシステムから逸脱してるように思える。
そんなスキルの成長に『謎の声』が干渉してくるとは考えにくく…だから【界体進初】が言ってるのではないかと思って…というより、
(本能で感じた…が正しいか)
俺の中の世界『内界』に根差す何かが言っているのではないか…という直感。
なんて言ってしまうと、もはや考察ではなくなる。結局は分からない。そう言うしかない。という訳で『この声って誰の声?』問題は後回しに。
…そもそもとして。
内界を弄るという行為が怖い。
その前に自分が一つ世界を宿しているなど、恐れ多いし信じがたい。
(だから選ぶにしても②と③は却下……だな…うん。でも、うーん…そうなると①しか残らないんだよな…)
『え?②は?』
無垢朗太が何だか食い下がってたけど俺は当然、無視した。
(でも、うーん、①もなー。どんなステータス項目が追加されるかわからないからな…どうすっかな)
『いや、だから②──』
(なんせゴブリンのアレを【吸収】して追加されるステータス項目な訳だろ?『精』魔力ならぬ『性』魔力とか追加されたりしたら…)
『だから②…む、差し支えがあるなら③でも良いぞ?』
(つかさっきからうるせえな!つなんでお前んちの居住性を上げてやんなきゃなんねんだ!)
『くうっ!ならばとっとと①にすれば良かろう!』
(いやいやお前……そんな軽々しく決められるか!無責任な事言ってんじゃ──)
『個体名平均次と無垢朗太、両名の希望が一致した事を確認。『①新たなステータス項目の追加』を実行します』
(…え!? いや…)
俺、まだ決めてなかったよ!?
『ふん、そうは言っても魂の中では決めていたのであろうよ。システムとやらはそれを感知した。つまり我ら二人の意見が一致するまで待っていたのだ。なんせ二つの心が同居した魂だからな。判断がつきにくいのも無理はない』
「そんな…マジかそれ…なんて面倒な仕様なんだ…っ、」
今後こうして選択を迫られたら毎回コイツの意見に左右される、そういう事か?
(思いやられすぎるだろ!先が!)
と、俺が頭を抱えていたら、
『個体名平均次のステータスに『界命力』を追加します』
いや『界命力』とはなんぞ。
『『界命力』の取得により、平均次は『界命体』として正式に種族進化を果たしました。』
いやだから『界命体』とはなんぞ。
『素材に尋常でない生命力とその余剰分を確認。再調整します……【界命体質】を創造しました。』
なんかぶっ込んできたなオイ。
(──って待て待て色々待て!なんか凄く怖い一旦待てっ!これって完全に人間じゃなくなるって事か!?つか無垢朗太!『まだ人間のつもりでいたのか』って視線やめろ腹立つからっ!)
『ええっ!何故分かったか!もしや、見えとるの?』
(くっ、コイツ否定しねぇのかっ!つか見えてねーわホントにそんな視線送ってたのかマジで腹立つっ!)
毎回毎回他人事みたく構えやがって…とブツブツ心の中で愚痴ってたら、
『それはそうとオヌシ、見なくてよいのか?』
(あ?なにを。)
『何をってほら、ステー──』
(あぁもうそうだったっ!)
今は無垢朗太の態度をどうこう言ってる場合じゃない!
「す、ステータス、オープンっ!」
慌ててステータスを確認したら、こうなっていた。
=========ステータス=========
名前 平均次
種族 界命体 new!
界命力 1000/1000 new!
MP 11660/11660
《基礎魔力》
攻(M)530
防(F)109
知(S)232
精(G)33
速(神)622
技(神)514
運 -0.3
《スキル》
【MPシールドLV11】【MP変換LVー】【暗算LV9】【機械操作LV3】【語学力LV7】【大解析LV7→8】
【剛斬魔攻LV3】【貫通魔攻LV2】【重撃魔攻LV4】【双滅魔攻LV2】
【韋駄天LV8】【魔力分身LV4】
【螺旋LV4】【震脚LV4】【チャージLV3】【超剛筋LV4】
【痛覚大耐性LV9】【負荷大耐性LV5】【疲労大耐性LV4】【精神超耐性LV3】【雷耐性LV4】【毒耐性LV4】【麻痺耐性LV2】
【平行感覚LV8】【視野拡張LV9】
【虚無双LVー】【界体進初LVー】【吸収LVー】【界命体質LV1】new!
《称号》
『魔神の器』『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』
《装備》
『鬼怒守家の木刀・太刀型』
『鬼怒守家の木刀・脇差型』
《重要アイテム》
『ムカデの脚』
=========================
「…おうふ(マジか…)」
遂に。
恐れていた事が起こってしまった。
種族名が変わっていた。
「界命体…だと?」
その詳細を閲覧するとこうあった。
『界命体…『空間』を骨とし、『世界』を肉とする生命体。ダンジョンなどもこれに属する』
現世にとどまるために俺は、ダンジョンコアを、魂に組み込んでいる。
(それが原因でこうなったのか?…て言うか、それしかないよな。これで俺という存在は、人間側よりダンジョン側に…そういう事になる…のか)
静かに、かつ重く、このショックを噛み締める俺に向かって、あの時の無垢朗太はこう言ったんだ。
『均次よ…我が言って良い事かは分からぬ。だがもう、覚悟を決める時なのだ。人として死ぬ事に拘るか。何になろうが生きて生きて…守る事に拘るか。オヌシは、どちらに拘っておる?我はそれに従うのみ』
そう言われちまえばな。答えなら出てるようなもんだ。だから、
(勿論生きる。じゃないと守りたいもんも守れねぇ。だから…最後まで付き合えよ。相棒)
『うむ、』
あの時の無垢朗太の返答は簡潔なものだったが、揺るぎなさも感じた。俺の右往左往に他人事のように接して見えてたけど、
(どうやら違ってたようだな。…相棒、か)
きっと、元より『死ぬまで』を視野に入れていた。
そんなコイツの覚悟は俺なんかのそれより、よっぽど据わったものだったに違いない。
その心意気に慰められて、頼もしく思いながら、俺は新しく追加された『界命力』の項目を確認した。
『界命力…命を宿した世界が宿す、魂界一体のエネルギー。魔力はこれをモデルに創造された。』
魔力というトンデモエネルギーはこれをモデルに作られたのらしい。
誰が作ったかは分からないが、ダンジョンなんて生き物が大量発生した謎がこのあたりに関わってそうだったが…それを考えるよりまずは自分だ。
(とにかく、魔力より強力…もしくは万能なエネルギー、って事なのか?)
そのエネルギーを使って行使するスキル、それが今回新たに取得した【界命体質】というスキルだと分かり、その詳細を確認してみると、こうなっていた。
【界命体質…『空間』を骨とし、『世界』を肉とするダンジョンの種子、ダンジョンコアを魂に組み込み、その影響で半界命体とも呼べる存在に進化した個体名平均次の命の在り方は激変。それをスキル化。
界命体は肉体に依存せず、その存在を維持するに必要なエネルギーである『界命力』を完全に喪失しない限り、死ぬことはない。
その影響で平均次の肉体は器でしかなくなった。その核となる魂ですらエネルギー単位とされる。今後は『界命力に依存する存在』へと進化していくだろう。その依存度はスキルレベルに依存。
さらにその影響で成長形式も激変。レベルアップ無効。魔食効果無効。】
これは…とんでもないスキルだ。
この説明文が真実を言っているなら、俺の肉体は…完全に造り代えられた。…という事になる。
界命力がゼロにならない限りどんな損傷を負っても死ない、というデタラメな身体に。
(…って事は、頭とか心臓とかをぶっ飛ばされてもって事か?いやいやいや……気持ち悪いし…レベルアップ出来ないのは元々だったし、魔食まで封じられるとかデメリット多いなっ!……いや──メリット…も、あるか…)
どう足掻いても防御力に難があり続ける俺には、うってつけのスキル……なのかもしれない。そう思い直していると、無垢朗太がこうアドバイスしてくれた。
『早まるなよ均次。これは『界命力を全て失えば死ぬ』と言っておるだけだ。頭や心の臓、かつて命の基幹だったものを壊されてどれ程の界命力が損なわれるかまでは言っておらん。
つまり、壊される部位によっては即に死ぬ事だってある…そう思っておくべきよ。未知なるものを過信するなど愚か者がする事ぞ?しっかりせよ』
肉体を持たない怨霊となり、霊力の増減で魂の安定を量っていた無垢朗太ならではの意見だった。さすがの説得力だ。だから俺も、
(そうか…そうだな。)
と、あの時は素直にうなずいたのだったが──
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今の俺はといえば、ダンジョンコアを目の前にして立ち尽くしている。これを【吸収】すれば次はどんな選択を迫られるのか…想像がつきそうでつかないそれをほっぽって他の事で悩んでいる。
大家さんをまた、心配させてしまうかもしれない。それを悩んでいる。
(何が『そうだな…』だ。【界命体質】ってスキルの危険性を、俺は本当には考えていなかった。大家さんがああやって取り乱す事もそう。ちゃんと考えてたら想像だって出来たはずだ。それなのに──)
俺は…ハッキリと人外認定を食らってしまったショックで、変に開き直っていたのかもしれない。その結果、
(また大家さんに負担をかけてしまった…)
こんな風に悩む俺はウジウジしてて鬱陶しい、そう思われるかもしれない。もしくは、大家さんの顔色を伺いすぎだと。
でもな。考えてみて欲しい。
彼女は滅ぶ寸前だった。魂が取り返しのつかない寸前まで壊れていた。
それに気付かないでいた俺は前世を含めると二回目の死を迎えた。その死をもって大家さんに止めを刺してしまうところだった。
なんとしても彼女を守りたいと思っていたこの俺こそが、大家さんを滅ぼしかけたという事実。それは今も重くのし掛かっている。
(…だってのに、)
彼女を守ろうと、良かれと思ってしでかした無茶でまた、彼女に要らぬ負担を…。
彼女が取得出来ないはずの【精神耐性】を取得したのはその影響もあるだろう。
──でも。
今後は無茶をするなと言われてもな。それは無理な話なんだよ。
だって戦いなんてものは、そもそもが無茶な行為なんだから。
命を奪いに来る者達の命を奪う。普段はそれを正当な理由として…いや、思い込もうとしてる俺だが。
そうやって殺し合いを重ねれば重ねるほど、敵の必死さに触れてもきた。
命を賭けない及び腰ではいつか足元をすくわる。そう思ってきた。むしろ全力で思おうとしていた。
俺にとってそれが戦闘というもので、それを忘れなかったから今も生き繋げてるって感は、二度も死んだ今でも根強くある。
だから、
誰かを守りながら戦うというなら、尚更だったのだ。自分すらも捨て駒にする。そんな非情さがなきゃ守れるものも守れない。
そう思えてならなくて──それを改めないといけないのか──いや、きっと改められない。
これは生態に近く染み付いた今の俺の習性だからだ。そうなるほど俺は多くを殺したという事。人間だって含まれる。その中には…親友までも含まれている。
(そうだな…誉められた生じゃないのは重々承知だ)
承知してしまってるならきっともう、引き返せない域にいるのだろうが、そんな感覚すら飼い慣らす事でやっと生きてる。
誰になんと言われようが、それが俺なのであり、それを、やめる…?
それこそ禁忌に近い。自分を保てなくなる。戦うとは、殺すとは、他の人はどうか分からないが…俺をこんな風にして当然の負荷だったから。
そんなのと今さら、向き合い方を変える?
魂にどんな影響を及ぼすか分からない。だからやっぱり、変えられない。だったら… …やっぱり。
(一緒にいない方がいい、のかな)
もう、一緒にいられないとか、そうは思いたくない。というより、
(多分…もう、、無理だ)
お互いに無理。『離れる』という負担に、もう耐えられない。それが俺達の現状だった。
だって大家さんだけじゃなく、俺の魂だって相当に不安定な状態にあるのだから。
無垢朗太の魂を使っても補完し切れず、ダンジョンコアまで組み込んでやっと在れる状態、なんだから。それを思うと──
(…なんだ…そっか、)
なんというかこう…ふつふつと?湧いてくるもんがあった。
(もう、一緒にいるしかないんだ)
それが分かってしまうとな。少し強気になったりして。だから、
「大家さんの事、少し嫌いになりました」
俺は、ぶっ込んだ。
「え、ええ…っ、な、なんで、そんな酷いこと言うのっ?反省もしないで…っ」
「酷いのは大家さんでしょう。俺はこんなに守りたいのに、今後もそれをしようとする度にああやって、拒絶するんでしょう?酷いですよ」
「拒絶なんてしてないっ!怒ってるだけ!だってあんなの…っ」
「だから。『あんなの』が、今の俺なんです。…あー、回帰の事を話してるのは大家さんだけなんでもうひとつ、ぶっちゃけますけど──」
「え…?…なに?こわい…」
まさか、大家さんの口から『こわい』なんて言葉を引き出すとはな。しかもそんなタイミングで、
「……俺、もう人間やめてますから。」
こんな思い切った事を、俺が言うとは。
「やめた…って、じゃぁ、一体、何に──」
思った以上の動揺を引き出してしまった。でもな。言ってしまった以上、俺だって引き下がれない。
「やっぱりダメですか?人間じゃなきゃ」
「立て続けにナニ?そんなわけないっ!そっちこそ嫌いになったとかっ、酷い事言って!」
「少し、とも言いましたが」
「少し、だけ?それでも嫌…!」
「いや、やっぱ沢山かな?」
「ゃ…絶対にダメ!沢山はッ!」
「でも、宇宙一好き、が、銀河系一好き、くらいには嫌いになってますからね。これはもう沢山どころの話じゃないかも──」
「そんな…沢山──って、ぇ…」
そう言い合った瞬間、お互いに。
「……──…─…」
「…… ……」
「……」
「……」
『……』
沈黙。そして、
──ポンっ、
赤面。
(いや我ながら…っ)
ぶっ飛んだ事をぶっ込んでしまった。
ぶっ込みにぶっ込みを重ねてしまった。
(でも…まだだ、全部じゃない。そうだ思い出せ。才子だって言ってたじゃないか)
『事情や理屈なんてすっ飛ばさなきゃいけない場合だってある』
きっとそれは今だ。だから、
「だ、だから!やめらんないですね!大家さんが嫌でも、なんて言われようと、大家さんがピンチになったら、俺は、今後も、何度だって、どんな無茶をしたって──今だって…ッ!」
そうだ。
無茶をするつもりだ。
俺は、
これから…ゴブリンエリートダンジョンのコアを、【吸収】する。




