67 怪物襲来。
──誰も…、来ない…。
そうボヤくこのダンジョンが生まれたのは、殆んど人の手が入っていない山の中。
横切る車橋以外に道もない。だから近くに人里はなく。同族であるダンジョンとも支配領域を接しない。
眷属達が進攻するには、こちらの支配領域を越えた上でさらに、長距離行軍を覚悟しなければならない。
言ってしまえば秘境の類い。魂を回収するにしろ、他ダンジョンのリソースを奪うにしろ、相当に苦労するであろう環境。
それでも自然だけは豊かにあった。なので近隣を領域化すれば野生生物が魔力を宿す。それを狩れば眷属達も少しは成長出来るかもしれない。勢力拡大の手段はまだ残されている。
そう思ったのだが。
試しに狩りをさせてみて分かったのは、魔力を宿せば野生生物でも侮れないという事だった。返り討ちにされたのだ。眷属達は実に呆気なく野生に屈した
そんな経緯があって次は進化種を創造すると狩りの成功率は確かに上がったが、しかし……、
──これでは今に…足らなくなる…。
このダンジョンは、眷属の創造に多くを割き過ぎたのだ。その結果、
──やはりか…五階層しか構築出来なかった…我ながら情けない…。
ダンジョンとして生まれて初期の段階では、まず支配領域を敷き、そこで階層を構築し、その中に眷属を創造し、それに合わせて生態環境を整え、繁殖すれば階層を拡張して…と、このように。ただでさえ限られたリソースを多方面へ分配する必要がある。
ここまで言えば分かるだろうが、初期の段階で高コストな進化種を創造する事は良い選択と言えない。
他の支出を考えれば、いかに強い眷属を創造するかより、いかにして眷属を繁殖させるかが重要となるからだ。
通常種から過酷を生き抜いた強者こそが進化し、より強き強者となったその個体はさらに死ににくくなる。これが常道。
しかしそうやって進化種が生まれる過程では多大な犠牲も覚悟しなければならない。
それでも支配領域内であるなら…と条件付きとなるが、眷属の死体は吸収出来るし、それを原料に再びの創造もしやすい。
つまり通常種はリサイクル効率が良い、という事だ。
片や進化種の状態で創造した場合はどうか。
進化種は創造直後から素質が高いが、レベル1からのスタートとなるのは通常種と同じ。なのでやはり、死ぬ時は死ぬ。高コストであってもそれは同じだ。
そして高コストである以上、数多くは創造出来ず、個体数が少なくなる。少ない以上は再び創造するための原料も少なくなる。なのに一体あたりの創造コストが高くなる。
つまり進化種から創造すると、リサイクル効率が極端に悪くなる、という事だ。
さらに言えば、モンスターだって生物なのであり、生物というものは強力な種ほど繁殖力が弱くなるのは当然で……つまり、通常種に比べて強くなる分、進化種は繁殖力が弱くなっている。
以上を踏まえれば初期の段階で進化種を創造するという事が如何に、『数を揃える』という目論見に沿わないものであるか分かるだろう。
──しかし、我は眷属にゴブリンを選んだ。それだけは、良かった…。
オークほどの膂力はなく、コボルトほど狩りに向いていない。そんなゴブリンにも長所はある。
他のモンスターよりずる賢く、多様性がある、という点もそうだが、
何より【繁殖力増強】という種族スキル。これが素晴らしい。
この種族スキルのお陰で、進化種となった際の繁殖力低下がある程度軽減される。
そして進化種のみで繁殖させる事にはメリットもあった。それは、進化種同士で交配すれば、同じ進化種が生まれるという点だ。
これらを考えれば、人間や他ダンジョンの侵攻を受けず、故に眷属達がレベルアップしにくく、その代わりとして死ににくく、故に進化種でもスムーズに繁殖させられるこの立地は、かなり優秀な環境であるやもしれない。
このダンジョンの運営は『何事もものは考えよう』その良い例であったかもしれない。
──このままいけば…。
保有する眷属はまだ少数でしかないが、それでもいつかは強大な軍勢になるだろう。いずれこの世界の覇権を……そう思っていたのだが。
──ぬぅぅっ、甘かったかッ!
こんな僻地でも、いつかは人間が訪れる。
それは分かっていたし望んでいた事だった。
しかしそれは、もっと先の事と思っていた…それなのに。
──まさか、、こんな早期に見つかるとは…しかもっ、
突然現れたその二つの存在は魔王…さらには魔神にすらなりうる器であった。
しかもしかも、魔神にもなりうる方はもう既にかなり育っていた。
──なんなのだこの育ち方は…ありえるのか?こんな初期の段階で…ッ
なんとレベルアップもせずに肉体と器礎魔力の両方を強化していた。
どうやってかは分からないが、どれほど苛烈な過程であったかは想像に難くない。
──しかも、しかも、
その苛烈な過程で魂を壊したのだろうが、恐るべき事にそれすら他者の魂で補填し、強化の糧としていた。
──どういう事だ?何故人間風情にこんな事が出来る?
頭脳の共有ならともかく、二つの存在が魂を共有するなど禁忌も禁忌。ほぼほぼあり得ない事。
何故なら魂が混ざり合い混沌化すれば、個としての存在が保てず現世にとどまる事が出来なくなるからだ。で、あるのに。
その不可能すらダンジョンコアを組み込む事で可能とするとは…こんな事…ダンジョンである自分にしてすら奇抜に過ぎる。一体、どんな歴戦を辿ればこんな暴挙に踏み切れる?
そんな者が身中に侵入したと知った瞬間にはもう、覚悟を決めていた。
己が滅びは決したも同然、そう思いすらした。
かといって指をくわえて滅びを待つ訳にもいかなかった。いや指なんてもとからないが…ともかく。
迎撃しなければ。と今の戦力を計上してみれば。
──ジェネラル級が、1体のみ…後は…
リーダー級が7体、
チーフ級が21体、
ノービス級が316体。
これでも最大コストを費やした最大戦力。
しかも繁殖のスピードアップを期待し、眷属を限界数まで創造したせいで力を殆んど残してない。
そのせいで、モンスターを無限と思えるほど復活させるという事が、出来なくなっていた。
つまり、最悪の敵を最悪のコンディションで迎え撃たねばならない。
これでは魔王の器はともかく、魔神の器たるあの怪物に、勝てる訳がない。
そう思ったこのダンジョンが遂に決断したのが……そう、眷属達に殺し合わせる事だった。
少数だが精鋭なる眷属達に愛着らしきものも湧いていてはいたが、仕方なし。こうするほかなし。
超がついてまだ足りないような強敵を前にして数など無意味だからだ。今は何より質が求められる。
──ならば──そうだ──伝説級の、進化種を──
それを生みだすためには、眷属達の殆んどを犠牲とするも仕方なし。
きっと残っても数体が関の山となる。そんな無体を強いる以上、眷属に頼るだけではいけない。
そう思ったこのダンジョンは自身も動いた。残り僅かのリソースを全投入。
元々各階層の貯蔵庫に集めた素材を使ってアイテム合成に着手していたのだが、その完成を早める事にした。
近隣にあって魔力を宿していた鉱石や植物に生物、それらを元にゴブリンブラックスミスに作らせていた装備までも材料にして。
つまりは今ある素材の全てから選りすぐった上での全投入、からの大合成。今用意しうる最高の装備を完成させようとした。
それは、これから多くを犠牲に生まれる伝説級進化種のために──かくして。
無理矢理ではあったがこの進化種の養殖には成功──したのだが。
その途中で怪物共が乱入してきた。
そう…乱入しておきながら…養殖の邪魔をしないのは何故なのか?まあ、これはこれで好都合なのだが。
ゴブリンの死体から生殖器の一部を切り取るという不可解過ぎる行為に及ぶ姿は不気味でしかなく。
かといって刺激するのも怖いので不気味ながらも、そのまま放置するしかなく。
──むぅ、ともかく。成功は成功。間に合ったか…。
最強のゴブリン、伝説級の進化種。
──よくぞ生まれてくれた。ゴブリンキングよ。
それに付き従うは以下の三体。
ゴブリンソードマスタージェネラル。
ゴブリンハードコアジェネラル。
ゴブリンソーサラージェネラル。
──この者らもかなり強い。これなら…
心残りなのは、ゴブリンキング用に急造した例の装備が間に合わなかった事だ。
その回収に向かわせていた五体のノービス級ゴブリン達が帰って来ない。これはおそらく…
──あの怪物に倒されたか……て、え?おいっ!ちょっっと待て!そこの怪物ぅうっ!?
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ゴブリンの急所摘出と【吸収】が済んで辺りに注意を向ければ、ゴブリン共の養殖進化もようやく極まったようだ。ゴブリンキングが生まれていた。
なので大家さんにもこのボス部屋に入室してもらう事にしたんだが、それと同時に
「──ん?なんだ?」
なんか誰かがもの凄く動揺しながら突っ込みを入れてきたような──
「ん。均次くん。どうかした?」
「(ま、いっか)いえ、なんでもありません。それよりこれから遂にボス戦に突入するんですけど、装備の具合はどうですか?」
「ん、動きにくさはない。むしろ良くなった気がする。」
今大家さんが今装備しているのは、戦隊ものの悪役が着てそうなバトルスーツだ。
元は兜、胸当て、ガントレット、ブーツ、首飾りという五点もので、それぞれの名称と効果は次の通り。
きんぐのかぶと…『知』魔力+5
きんぐのむねあて…『防』魔力+5
きんぐのうでそうび…『攻』魔力+5
きんぐのあしそうび…『速』魔力+5
きんぐのくびかざり…『精』魔力+5
このように単体で見ればそう大した効果はないのだが、これら全てを装備するとそれぞれから触手のような…と言うと語弊があるな、じゃぁ生体的な部分?が生え伸びて結合して一体化。こんな外観となった後に解析すると、装備効果も別物となっていた。こんな感じに。
『魔王装身(初級)……きんぐのかぶと、きんぐのむねあて、きんぐのうでそうび、きんぐのあしそうび、きんぐのくびかざりの計五点を揃え、その上で王の資格を持つ者だけが引き出せる戦闘形態。
『攻』『防』『知』『精』『速』魔力が10%上昇し、隠された付属スキルも発動する。』
上記にある付属スキルはこんな感じだ。
【異風堂々…攻撃してきた相手を敵と見なし魔王の覇気で必ず弱化させる。敵の全器礎魔力を5%低下。戦闘終了まで効果継続】
…凄い効果だ。
まず器礎魔力が五つも上昇する。しかも数値のプラスではない。10%と少なめでも割合で増加する所が凄い。
だって大家さんが成長して器礎魔力を上げれば、この装備によって付与される器礎魔力も上がるって事なんだからな。それも、五つも。
そして【異風堂々】の効果も凄い。
これは大家さんにピッタリのスキルだ。
彼女は『凶気の沙汰』って称号を持っており、その効果はまだ解析出来てないが、あれは大家さん特有の殺気に関わる称号で、あの殺気にあてられ恐怖した者は強烈なデバフを食らう…らしい。
【精神超耐性】を持つ俺には正直分からない事なんだが、達人である義介さんの談なのでそうなのだろう。
敵に攻撃されるという条件付きだが、その上でこのスキルが発動する。お手軽にデバフの二重掛けが出来る。
そして大事なのは、『攻撃される』という部分だ。『攻撃を受ける』ではない。攻撃の対象にされるだけで発動する。この魔王装身を装備すればまずは10%自身の能力が上昇し、敵に攻撃されればさらにそいつの能力まで5%減衰させる。
先にこのスキルが発動してもいい。『凶気の沙汰』のデバフ効果がかかりやすくなるからな。
(さらにその上で、例のぶっ壊れスキルまであるのか…うーんw大家さんが無双すぎな気がしてきたw)
ちなみに、この『きんぐシリーズ』の一つは、ノービス級ゴブリン五体と遭遇した例の倉庫で発見したものだ。俺が立ち去る寸前に感じたあの違和感は、これだったのだ。
【大解析】の発動により、壁の一部の向こう側に隠し部屋がある事ならすぐには分かった。しかしその隠し部屋に付き物である侵入するためのからくりが何故か、どこにも見つからなかった。というか、そんなものは元からないようだった。
『これは益々怪しい』
そう思って【双滅魔攻】で壁を壊したところ、その隠し部屋の中に『きんぐのかぶと』を発見した次第。
そのあと二階層でもこれと同じような倉庫を発見。そこでまた隠し部屋も発見した。その中でまた『きんぐのむねあて』を発見して…ここでピンときた。
『前世にもこういう装備、あったな』と。
多分これらの装備はセットで使う前提で造られている。全ての装備を揃え初めて、真価を発揮する、という感じに。
勿論、この『きんぐシリーズ』がいくつあるのか、その時点で分かってなかった。だからこのダンジョンの隅々をしらみ潰しに探索する必要があったのだ。
三階層のあたりで法則性は大体掴めたしな。これらセット装備があった部屋は、どれも倉庫の壁向こうにあったから。
多分だが、この装備があった部屋はダンジョンが装備を作る工房で、壁を隔てて隣接していた倉庫のような部屋はその工房で使う素材の集積所だったのだろう。だから隠し部屋なのに入室のための仕掛けがなかったのだ。部外者立ち入り禁止としたかったのだろう。
つまり、範囲内にある魔力宿すもの全てを解析してしまう【大解析】を使える者でないとあの隠し部屋は発見出来なかっただろうし。
どんな存在にも効さす事が出来る【双滅魔攻】を使える俺にしかダンジョンの壁は壊せなかったろうし。
つまりのつまり、このダンジョンにとって俺という存在はあまりに相性が悪すぎた。それは俺にとっては相性がいいという事で…ともかく。
こうして、俺達はこのセット装備を揃える事が出来たのである。
「オ、オデノ、ソウビッ!」
なんかゴブリンキングが怒ってるけども。知らんな。
「これはもううちのなんで。諦めて下さい。という訳で大家さん」
「ん!」
「強くなった大家さんには、こいつらを全部、やっつけてもらいます」
「ん……って、ええっ!?」
「まずはあの、魔法使い風のゴブリンジェネラルを優先して倒しちゃって下さい。」
「ちょ…均次くん、流石にそれは無理──」
「大丈夫です。大家さんなら出来ます!一体ずつ!確実に!倒していきましょう!」
「えと、均次くん、聞いてる?」
「大丈夫です。他のゴブリンは俺が完封しますから」
こうやって自信満々を装っているが、正直言えば結構怖い。
でもさっきの【吸収】で俺も新たな力を得たからな。
そして大屋さんもこんな俺についてきてくれると言ってくれた。
回帰者に付きまとう予測不能な危険も、一緒に飛び込めば怖くない。そう言ってくれたんだ。
だったら、大家さんも、俺も、これぐらいのリスクは共有出来なければ、話にならない。
……このときは、そう思った。
……思ってしまった。
「ん…。分かった。信じる。均次くんを」
「(お…なんかジンとくるなぁ…)はい!頑張りましょう大家さん!」
「ん!」
ダンジョン攻略。これが俺達の『初めての共同作業』となるのか…そんな事を思う自分を少しだけ、恥ずかしく、かつキモく思いながら、俺は早速、
──ブシュうぅッ!
「均次く──えええ?」
ゴブリンソードマスタージェネラルの剣に胸を貫かれた上、
──ゴオオオオッ!!
「ちょっ、きぁああああ!均次くんんんんっ!!」
ゴブリンソーサラージェネラルの魔法に、全身を焼かれてしまうのであった。
ちょろっとダンジョン視点でダンジョンの生態を描いてみました。
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