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64 大家さんの失敗。



 俺達が訪れたこのゴブリンエリートダンジョンは、洞窟タイプだ。


 基本明かりは少なく、暗闇である場所も珍しくない。

 時には邪魔な木の根や蔦を切ったり千切ったりしながら進まないと正しいルートを進めない。

 そんなんだから隠れたモンスターに気付きにくかったりと、結構意地の悪い造りである事が多く、移動だけで結構な体力を持っていかれる。


 このように。ポピュラーだが初心者には全く向かないのが洞窟型のダンジョンだ。


 しかも今回はレベルアップを目的に来たというのに、未だ敵と遭遇出来ていない。大家さんには申し訳なく思うけど、それでも彼女なら良い糧とするはず。


 そんなこんなを思いながら一時間ほど進んでいると、ドーム状の空間に行き着いた。


 どうやらここは、ゴブリンどもにとって物資を保管する場所であるらしい。

 

 見れば床に拙い造りの武器や鎧や、食糧とするつもりかダンジョン周辺に生息してるのだろう動物の死骸など。他にも魔力を宿した木の実や草などが無造作に盛られていた。


 壁には光る鉱石や植物が植えられており、明るくはないが中を照らしていて…。さっきまでかなり暗かったからな。視界を確保してくれるのは有難い。そう思いながら中央を見れば


「ぉ…」


 ゴブリンがいた。数は五。【大解析】でステータスを覗いて見たところ、やはりどれも進化種だったが、ノービス級どまり。


 今の大家さんには手頃な相手だ。


「取り敢えず、思うように戦ってみて下さい」


 こいつら程度が相手なら、もしもの瞬間があっても俺が割って入れる。


「ん。やってみる。見てて」


 ゴブリンブレイダー

 ゴブリンハードヒッター

 ゴブリンタンク

 ゴブリンマジシャン

 ゴブリンヒーラー


 それぞれが特性持ち。そして一つのパーティーとして完成している。


 つか、なんか息が荒いけど何かの用事があって急訪したのか?それとも連携の訓練でもしてたのか。というか、隊構成での活動が常なのか。だとするなら、


(やっぱり侮れないな…)


 ちなみにこの部隊を構成するゴブリン達の特徴は以下の通りだ。



 ゴブリンブレイダーは刃物の扱いに特化している。素早かったり技に秀でていたり。どちらかと言えば牽制型のアタッカーだ。



 ゴブリンハードヒッターは鈍器を使う。素早さや技巧は二の次、高威力の物理攻撃に特化している。こちらは一撃必殺型のアタッカーだな。


 ゴブリンタンクはそのままだ。タンク職に似た特性を持った守りの要。体格は他より大きく、どっしりとしている。


 ゴブリンマジシャンは魔法を使う。今回は高威力を狙いやすい火魔法の使い手であるようだ。


 ゴブリンヒーラーは回復役。ただし今回遭遇したコイツは魔法を使うタイプではない。魔力を宿した薬草から自作したポーションを使うタイプのようだ。


(つか、もう生産に手を出してんのか)


 全くもって忌々しいが、見事多様な進化を遂げている。


 その中でまず動き出したのはゴブリンブレイダーだった。

 さすが牽制役。動きに迷いがない。短剣を二刀流に使える技術もそうだが、走るその姿勢からして通常ゴブリンとは違う。鍛練の跡が見える前傾姿勢。ジグザグとフェイントを織り混ぜた走行。

 きっと狙いを絞らせないようにしながら敵の注意を引く事でパーティーメンバーの動きを悟らせないようにしたいのだろう。


 よく見れば後方ではマジシャンが魔法発動のために集中を始めている。


 ヒーラーは粗末ながらもその体躯にしては大きなカバンに手を突っ込んで即座に回復出来る体勢でいる。


 その二体を守る位置に立つタンクは自身の身体全体を覆い隠せそうな大盾を油断なく構えていて。


 ハードヒッターはその三体から離れているが、突撃してくる訳でなくブレイダーからも距離をとっていて……何とかこちらの意識から外れようとしている。

 他のゴブリンに気を取られている間に死角から接近して致命の一撃。そんな腹積もりでいるのだろう。

 いや、警戒を怠らないならそれはそれで好都合とか思ってそうだな。ブレイダーの速い動きとハードヒッターの慎重な動きは同時に把握するにはコントラストが効きすぎている。これはきっとこちらを慌てさせる事も視野に入れてる。



 …見ての通りだ。


 

 どの個体の動きも考えられたものであり、それをするまでの判断が早くてそれに、馴染んでいる。


 この連携を見てもゴブリンを馬鹿にするようなやつはダメだな。そんな性格は戦闘に向かない。


 今の時点ではと付くが、一応の強者である俺だから、どんな狙いがあるのか見抜けるし、脅威に感じないけども。

 こんな洗練された動きをするモンスターが大軍となって襲いくると想定すれば?

 やはり怖いと思ってしまうし、そう思うべきだと思ってる。そして大家さんはといえば──さすがだな。


 ブレイダーの意図を察知してジグザグ走行には目もくれない。


 その代わり意識の半分を二刀流に持たれた短剣に集中し、残す意識はハードヒッターに向け、それぞれの動向を見逃さないようにしている。


 この場合、ブレイダーの突撃そのものがフェイントで、投擲などで牽制されたら?という懸念はなくていい。


 何故なら投擲物に魔力を込めても、それが敵に届く頃には『攻』魔力はただの魔力に変じて威力激減。【MPシールド】に跳ね返される結果となる。

 これは前にも少し述べた事だが、武器に宿した『攻』魔力及び『魔攻スキル』はしっかり手に持っていなければ威力を持続出来ない仕様となっているからだな。


 身体から離れた武器に威力を保持させたいなら、それ専用の術式を刻んだ武器でないと無理だ。


 そしてその術式を刻めるのは結構な上位のジョブに就いた者だけであり、今の時点で就いている人間は殆んどいない。ゴブリンであれば尚更だ。


 こういう、飛び道具を封印しているかのような仕様は、実際に弓や銃などの飛び道具をモンスターが気軽軽に使ってたら難易度が高過ぎる。そう配慮されたからか?されてそう…いや、ホントのとこは分からないな、ともかく。


 今の時点で遠距離攻撃として警戒すべきは、魔法だけとなっている。


 しかしその魔法にしたって罠で一杯だ。


 取得するには【MP変換】で覚えるしかなく、その際にかかるコストは大きい。

 使う際も消費MPも大きくて手数は限られて攻撃面で使いにくく、魔法を覚えたためにただでさえ薄くなっていた【MPシールド】を燃費の悪い魔法を使う事でこらまた削られる事になるのだから防御面でも困る事に。

 さらには単一属性のみを習熟する事で取得出来る【属性開花】など、初見で分かる訳もない将来性まで見据えなければならない。


『あらゆる魔法を網羅してどんな状況にも対応出来るスーパー魔術師』という、ラノベでよく見る無双なんてほぼほぼの不可能だ。


 こうしたシステム的な制限にはやはり、何らかの思惑、もしくは事情が絡んでるように思えるのだが…いや、今考えてもしょうがないな。


 閑話休題ってやつだ。


 今の大家さんの心境としては、敵パーティー唯一の遠距離攻撃の使い手、ゴブリンマジシャンを何とかしたいところだろうけど…さて。


 どうするのか…


「え?」


 意外な事に…大家さんはまず、ブレイダーの攻撃を受け止めた。そう、いなす事も弾く事もなく、受け止めたのだ。全力で。


「え…大家さん?」


 こうなると足が止まる。ブレイダーに釘付けとなる。


 でもそれはブレイダーの方も同じか。短剣一本では防ぎ切れない威力を察知してもう一本の短剣も使っている。大家さんが合わせてきた一撃を武器を十字に交差させて受け止めてそれに精一杯となって──


 両者、硬直。


 その隙を見逃すはずもないハードヒッターが大家さんの背後へ、急襲ッ!「危なっ!」と俺が駆けつけようとした瞬間、



 ──パッ、キン──ッ!



 ブレイダーが持つ二本の武器が何故か、破壊された。


(え?何をしたんだ?)


 支える武器がなくなってブレイダーはたたらを踏んで…それは特大の隙、しかし、大家さんは気前よくそれを無視して…。

 

「いらっしゃいっ!」


 言うないなや半回転、背後に迫っていたハードヒッターの脳天をとらえてなお身体をかがめ、地にめり込むまで木刀を振りッ抜いた!


 ブレイダーとの拮抗を演出した彼女にまんまと誘い込まれたハードヒッターはカウンターを食らった形に。身体は左右分割されてしまった。その断面から噴水のように血を飛沫かせる。


 前のめりとなっていたブレイダーにその血飛沫がかかる。それは目潰しとなったようで、大家さんの姿を完全に見失っている。


 良いマトに成り下がったそれをしかし、大家さんは…またも無視?


 かがんだ姿勢をクラウチングスタートに流用し、ブレイダーの低い股下を地を這うようにくぐり抜け『こいつさえ倒せば脅威はなくなる』とばかり、


 向かうはマジシャン一直線。

 

 しかしその前にタンクが立ちはだかった…が。しかし。大家さんは知るかとばかり大盾に向け突進──


(ぶつかるっ!)


 …と衝突を覚悟した俺とタンクだったが。衝突の気配はなし。


 たまらず大盾で死角となっていた部分を覗き込むタンク。だったが、それは悪手だ。


 覗きにきたその目から絶妙に死角となるように動き、回り込んだ大家さんは、まんまとタンクの死守範囲内に侵入した。


 タンクが邪魔で魔法を発動出来ないでいたマジシャンはその大胆不敵に大いに焦った。たまらず魔法を緊急発動。味方に被弾する事も覚悟したようだったがしかし。


 それも見越していたのか?大家さんは、木刀を持たない方の手でヒーラーの襟をつかみつつ膝関節を蹴り砕き、迫る火魔法に差し出した。


「ぎあぎひゃ、ぃぃいいいいいいいっ!」


 ヒーラーが上げたその悲鳴でようやく振り向いたタンクだったが、もう既にマジシャンも仕留めた後だ。


 その惨状を覆い隠すように迫る木刀のどアップ──それが、このゴブリンが最期に見た映像となったようだ。


 そして最期の一体、視界を奪った同胞の血を何とかぬぐいとったブレイダーだったが、回りを見れば自分以外に立っている味方はおらず。


 その現実が受け入れがたかったのか、大家さんを見て──俺の方も見た。


 こうして圧倒的な不利的状況にようやく納得がいったか…ダッ!と逃亡を図ろうとしたが。


 それも遅かった。


 よそ見した瞬間に間合いを詰めていた大家さんに呆気なく首を刈られ、首から下は走り出した慣性に引きずられるように痛々しく地に削られながら転がっていく。


 それに一瞥もくれずこちらに歩いてくる大家さん。


 その姿に達人の風格を見た俺は、


「すっ、凄いですねっ、瞬殺じゃないですかっ!」


 と惜しみなく賛辞をおくったのだが。


 大家さんの方は、


「ううん、全然、ダメだった…」


 と大袈裟なくらい肩を落としたのだった…。






 最初は謙遜かと思ったが、どうやら違うらしい。詳しく話を聞いたところ…実際はこう。


 最初に突進してきたブレイダーを大家さんは武器もろともに一刀両断にしてやるつもりだったらしい。

 小柄なゴブリンが二刀流に持てるという事はあの短剣が軽量武器である事は明白だったし、造りも粗末なものだと一目で分かったからだ。


 しかし結果は鍔競り合い。そうなったのは【斬撃魔攻】と【打撃魔攻】と【衝撃魔攻】を同時発動しようとしたがタイミングが合わず、【斬撃魔攻】だけが先に発動してしまい、二本の短剣に亀裂を入れるだけになってしまったからだ。

 しかしそこに遅れて【打撃魔攻】が発動、その亀裂を深くしたところでさらに遅れて【衝撃魔攻】が発動、その亀裂を伝った衝撃がとどめとなってあの短剣二本を破壊した。

 振って加速させた訳でもない木刀がそれ程の威力を叩き出せたのは──



「均次くん…もしかして、ある?クリティカル。…ゲームみたく」

「え、はい…ありますけど。クリティカル…」



 ──針の穴に通すような狭いタイミングでしか発生させられないが、発生すれば『攻』魔力の通りが劇的に良くなるという現象。それが『クリティカル』だ。


 大家さんは、それを発生させた。


 しかも、何度も。偶然にだ。


 そもそも、大家さんはズバ抜けた素質を持つとはいえ、まだレベルは1でしかない。つまりはまだ、威力が低い攻撃しか繰り出せない状態。

 それを補うための三魔攻同時発動だった。敵の武器に攻撃が食い込むという現象だって、クリティカルが発生しなければ起こらなかったかもしれない。


 ともかく。武器破壊に成功はしたが、武器という支えを失ったブレイダーがのしかかってきた。

 それを回避するために後方へ下がると今度はハードヒッターと鉢合わせ。

 慌ててカウンターを合わせにいったが、さっきの失敗が頭をよぎった。なので地に片膝が着くまでかがみ込む程の大振りで威力を上乗せたらしいが、そうして正解だった。

 今度は【斬撃魔攻】と【打撃魔攻】の同時発動には成功したが、【衝撃魔攻】が遅れて発動したのだ。それが真っ二つになった死体を刺激して、あの噴水のような血飛沫を上げさせた。

 するとかがみこんでいた自分に偶然つまづいたらしいブレイダーが、血の噴水に顔を突っ込ませてくれたではないか。

 そしてかがみこんだ姿勢となっていたその偶然がさらに活き、ブレイダーの股下からマジシャンから魔力の高まりを思わすオーラが立ち上っている様を見る事も出来た。

 魔法という慣れない存在に不安を感じた大家さんは、ブレイダーを倒す時間を惜しんでその股下をくぐる最短をとった。それはマジシャンを倒すためだったが…。


 その行く手はタンクが塞いでいる。今度こそ武器もろともに斬り伏せて時短を成功させてやろう。そう思ったらしいが。

 よく考えてみれば、今度は武器でなく防具、しかも分厚い大盾だ。今度こそ三魔攻の発動を成功させたとしても、あれを斬り裂くのはさすがに無理かもしれない、と思い至って急ブレーキ。

 するとその小さな身体が幸いし、結果的にタンクの死角に隠れる事になっていた。

 あの時、巧みにその死角を維持しながら移動して見えたが、実はあれも偶然だったらしい。

 大家さんは達人だから足元さえ見ていればその重心移動でどちらから覗き込んでくるか分かったはず。だけどあの時は焦っていてそこまで見ていなかったらしいのだ。

 つまりもし、あのタンクから見て逆側から覗き見ていれば?鉢合わせして発見されていたとのこと。


 そしてマジシャンが放つ火魔法をヒーラーを盾にして防いだあの時も実は危なかったらしい。

 何せ、さっきも言った通り大家さんは魔法に慣れていない。なので放ってくる魔法がシステム的にどんな系統なのかとか、どれほどの威力で、どんな規模であるかなんて考える癖もついておらず、つまりは想像もついていなかった。

 もしヒーラーごと焼き尽くしてくるような魔法だったら危なかった…と彼女自身は悔しんだらしい。

 そんな自身の体たらくを見たタンクの目にイラッとした大家さんは雑に木刀を振ってしまい、そしたら案の定、三魔攻の同時発動はまたも失敗。

 でも進化ゴブリンを既に三体も屠っており、レベルも幾つか上がっていたし、クリティカル的にもヒットして無事、一撃で倒せてしまった。


 残すブレイダーには今度こそ三魔攻の同時発動を成功させようとしたらしいが、なんとブレイダーは自分から視線を外した。

 そんな事をされてしまえば?条件反射的に間合いを詰めてしまうのが大家さんの戦闘時のサガらしく、そして急に間合いを詰めてしまった事でまたも慌てて…そしてまた、三魔攻の同時発動は失敗した。【斬撃魔攻】のみの発動となり、それでもまたクリティカルが発生して威力は十分。結果、見事な感じで首ちょんぱ。


「うーん、どうやら…」


 最大値にもなると、『運』魔力ってのは数値以上に効果を発揮するのかもしれないな。

 相手がもっと強くなればどうなるか分からないが、さっきぐらいの敵が相手なら、大家さんが放つ攻撃は全てがクリティカルヒットとなるのかも。

 

 とにもかくにも、『大家さん恐るべし』の歴史に、また新たな1ページが加えられた訳だ。


「えと、幸運戦士、爆誕!ってやつですね」


 と、何とか誉めようとする俺に、


「む、それ、不本意…っ」


 と肩を怒らせて抗議する大家さんは、相変わらず可愛いかったが。

 






 少しでも面白い。続きが読みたい。そう思ってくれた方は下にある☆を押して下さると嬉しいです。ブクマや感想も待ってます!物凄く励みになりますので。何卒宜しくお願いします。

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