113 小日向小太郎の捨て鉢。
難攻不落の蜘蛛の脚。
それを切断せしめたのは誰であったか。
香澄ではない。
均次でもない。
それはまさかの小さな太陽。
彼の名は小日向小太郎。
通称はリトルサン。
空中、大回転しながら、オーガザクソンジェネラルの装備品であった『オーガアックス』を振り回して特攻する荒業。
それをぶつけて切断した──いや、ただの大回転であの剛装甲を切断出来る訳がない。ただの物理威力でこの攻撃は補完出来ない。
そう、べらぼうに高い『攻』魔力と、それをさらに別次元の威力と化すスキル、その両方が必要となる。
故に、それなりの準備が必要であった。
そう、シンイチが蜘蛛の足止めをしている間、そのシンイチの元へ駆けつける前。一号はこんな指示を出していた──
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シンイチとすれ違い、ひた走り、一号達の元にたどり着き、均次を地に下ろした香澄は、
「ごめんなさい、 あと 彼をお願い」
それだけ言って立ち去ってしまった。
「ちょ…っ!待ちなさ──ああもう!シンイチにしろあの女にしろ勝手に──ああもう!シンイチの回復は私が行く!だからブラッドはそのヒーローを治して!なるべく早く!」
「えええ…治せるかな…こんな──つか、どないして生きてはるんやこのヒーローは?」「とにかくやって!」「ぅはい!」「いや待って!」「どないやねん?」
「その前にリトルサンにバフ!お願い!」
「どのバフを?魔法強化系バフならもう掛けてるで?」
「ううん、魔法強化じゃなく直接攻撃を強化するやつ、お願い!」
「え、まさか一号、あれを──」
「リトルサンは黙ってて!」
「う!」
「次はレッド…」
「おう」
「!…さすがね、駆けつけてくれてありがと!」
「いいから。指示があんだろ?」
「うん!その前にブラッド!バフ終わった!?」「おう!バッチリや!」
「じゃぁブラッドとレッドとリトルサンは『器礎魔力譲渡』をリセットして!」
「え、ちょっ、だから!一号!?」
「ごめんリトルサン!そのまさかよ。『PKB』…アレをやってもらう!」
「いや、ええええ!嘘でしょっ!?」
「だからレッドとブラッドはリトルサンに『攻』魔力譲渡して!」
「いや、だから、嫌だからね?嫌で嫌だし嫌だからね!?」
「そうか、あの『PKB』を…確かに。今なら出来るかもしれねぇ。頑張れリトルサン!」
「頑張れないよ!」
「そうか、レッドが言うなら…うん。御愁傷様やけど、時には諦めも肝心と言うでリトルサン!」
「諦めたら試合終了だよ!」
「諦めるしかないのよリトルサン…」
「いやだから!ホント何言ってんだみんなして!こんな大事な場面でぶっつけ本番であんな……いやいや嘘でしょ?嘘だよね?嘘とおっしゃい!」
「大丈夫です!リトルさん!私がしっかりフォローします!」
「って忍ちゃんまでいつの間に…っ!?」
「大丈夫です!」
「いや僕が大丈夫じゃな──」
「大丈夫です!」
「いゃだから──」
「大丈夫ですから!」
「なにこの聞く耳なし左衛門!?」
「いい加減聞き分けなさいよ!もう!」
「聞き分けないよッ!?」
「ともかく!私はもう行くから!」
「このタイミングで!?行かないで!?」
「シンイチが死んじゃうでしょ!」
「ぐうっ、ああもういってらっしゃい!」
「つーわけで諦めろリトルサン!」
「もう引き返せないんやリトルサン!」
「大丈夫!諦めましょうリトルさん!」
「ひ…いやだ…いやだいやだいやだ!いいやあああだあああああああああああああああああああああああああ──
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──と、いう事があった訳だが。
説明を追加すると、レッドフルのメンバーは一号を除き、それぞれが特化職となっている。というか、特化し過ぎている。だから連携が必要なのであり、連携を軸とする以上、固まって行動しなければならない。
今までのモンスターとの戦いではそれでなんとかなっていたが、この蜘蛛のような手に負えない相手と遭遇してしまった場合どうするか課題となっていた。
というのも、タンクであるシンイチ。彼はチームの砦として申し分のない能力を有していたが、砦として機能し過ぎていたからだ。
そう、砦は移動しないもの。彼はタンクである以上、最前線で戦う必要があるのに対し、『速』魔力が極端に低く…つまり移動に適していない。
敵わない相手と遭遇して逃げるしかないという場面では、大変なお荷物となってしまう。
かくして、その課題を解消してくそうな人材は意外なところで発見出来た。
そう、忍である。
彼女のジョブ『必殺者』専用スキル、【必要技】の一つ、『範囲隠形』。
これは彼女と彼女の同行者一人の存在を消す効果を持つ。それを聞いた瞬間、一号は思ったものだ。何としてでも彼女をパーティーメンバーに加えたいと。ピンチの際、シンイチの逃亡を補助するのにこの『範囲隠形』はうってつけの能力であるからだ。
なのでこの『範囲隠形』の活用法については色々と案を出していた。
その時は『夢が広がる』という気持ちでいたのだろう。案の中には荒唐無稽なものも含まれていた。
その内の一つがさっきのアレ。膨大なハイリターンを望めるが、当然として伴うハイなリスクからリトルサンが固辞して却下となったコンビアタック。
その名も、『必殺!PKB戦法』。
切り札と呼ぶには馬鹿馬鹿し過ぎて封印されたそれが、まさかな展開の連続で解禁されてしまった。その馬鹿馬鹿しい全貌は、こう。
①まずは『攻』魔力譲渡によりリトルサンの『攻』魔力を増加させる。
②その際は攻撃力特化のバフを爆盛りにしておく事。使う武器は遠心力を一番活かせそうな『オーガアックス』とする事。
③そうやって攻撃専用フルカスタムとなったリトルサンを『糸鞭』でぐるぐる巻きにする。
④その状態から糸鞭を引き絞る事で、つまりは独楽を回す要領でリトルサンを回転させながら敵へと飛ばす。
⑤その際、糸鞭を操るのは臼居忍。彼女に任せる。というか彼女以外でこの戦法は成立しない。
…という。ハチャメチャとはこの事である。聞いた時はレッドフルメンバーの誰もが『何を言ってんだ何を』という反応だったが──事情が変わった。今はシンイチの馬鹿が先走ってピンチもピンチ、大ピンチである。
なのに逃げる事も出来ない。そしてあの蜘蛛を倒すなど不可能に近い。
かといって何もしない訳にいかない。僅かな可能性であっても助かる道があるなら縋るしかない。
そんな時に、この無謀極まりない『必殺!PKB戦法』を可能と思わせる見本を、見せつける者がいた。
それは、忍。
どれほど大胆に攻めて体勢を崩しても、『糸鞭』を真に活用出来れば敵の反撃も受けずに退避する事が可能である事を、彼女は実践し、証明した。
実のところ、忍は意図して証明した。
糸鞭を使った高度な立ち回り。あれは『必殺!PKB戦法』こと『ピーカーブー戦法』の試験運用でもあったのだ。
つまりは、レッドフルメンバーへのデモンストレーションも兼ねていたのである。
そして今、彼女が意図した通り、デモンストレーションを見て圧倒されたレッドは『うん、彼女なら出来るだろ』と完全に説得されている。
そんなレッドを見て、ブラッドは『用意周到なレッドがここまて信用するなら何とかなるやろ』と無責任かつ無情にゴーサインを出す始末。
…なので、
「うらむからねぇぇええええ!しのぶちゃぁぁぁあああんんん!!!!」
と、可哀想にも売られる事になったリトルサン。ドナドナである。
今や立派な牛となって蜘蛛に特攻…ではなく人間大独楽となって…ギュルギュルである。




