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109 束の間の均衡。



 姿も気配も消して再接近。

 眼前に迫る凶硬の尖毛。

 それをビッシリ生やす超鋼の外骨殻。


 こんなもの──切れる訳がない。

 そんな事は嫌ってほど理解している。

 理解した上で小太刀を強く握り直す。


 一撃で切れないなら、何度でも。


 そうすれば亀裂くらいは入る。

 自分はそれを証明したはず。

 それだけ思って恐怖を閉め出す、

 …いや、閉め出し切れない、それでも、

 このまま、、往くままッッ!



 斬りッッつけるッッ!──ギズンッ!



 手応えの異様さ。

 物語る音。

 それを合図に姿を晒す臼居忍。


 攻撃すれば『範囲隠形』の効果は切れる。彼女もそれは知っているはず。なのに晒したその姿は、これでもかという前のめり。


 確かに。察知されないならこんな隙だらけな攻撃でも当たるだろう。が…しかし。これほどの速度と体重を乗せてしまえば体勢の切り替えが容易といかない。即座の退避は困難となる。

 つまり攻撃を加えたタイミングでこんなバランスの悪い体勢を敵前に晒すなど狂気の沙汰。姿を消せる折角のアドバンテージを完全に放棄している。

 つまりは無謀な行為──それでも。これでも。忍は冷静だった。


 小太刀を持たぬ左腕を自分に巻き付けるように後方へ向け、その手は例の鞭を握っており──そう、


 レッド特製の『糸鞭』だ。


 これなら振ってしならせる必要がない。魔力を込めるだけで思いのまま動かせるのだから。今回も『手首の腱が自然に伸びる』という目茶苦茶なイメージで限界まで伸ばしていて──といっても高い『技』魔力があって可能な技だが──ともかく。

 伸びきった糸鞭が後方で粘着した感触なら既に掴んでいる。後は腱が縮むイメージで──前のめり…いや、つんのめったと表現してまだ足りない程いき過ぎた姿勢だったはずだ。それが──猛烈な勢いで縮む鞭は彼女を無理矢理かつ瞬時!本来なら必要なはずの動作をいくつか強引に省かせて、ビンッッ!


 ──引き拐ってしまった。離脱成功。…だけで終わらさなかった。鞭に引かれる左腕に巻かれた胴体は巻き込まれる形となる。故に彼女の身体は──ギュル!大回転!


 その回転力を利用し斬った箇所をもう一度、斬る。貪欲なるもう一撃。こうまでしてもあの外骨殻は頑強過ぎる。小さな亀裂が入って儲けもの。


 いや、それを知る忍だから欲張った。


 しかも、鞭を使うイメージからどのような着想を得たか、小太刀の刀身を20cmほど伸ばしていた。いや、小太刀自体は伸びてない。小太刀に宿る魔力を伸ばしたのだ。そうしたのは伸ばさないと届かなかったからであり、それは、



 ──ギジン! 見事命中。



 しかし『攻』魔力というものは術者の身体から離れた瞬間、破壊の力を失う。ただの魔力に成り下がる。それは前にも述べた事。だから『何故?』と賢明かつ熱心な読者諸兄は思った事だろう。


 なので説明を追加するが、実を言うと身体から離れた『攻』魔力が無効化するまでに若干のタイムラグが介在する。


 むしろタイムラグがないと矛盾が生じる。だって考えてみてほしい。あの蜘蛛が使う【連撃魔攻】を。あれに追随していたあの『攻』魔力塊を。あれにはしっかりと攻撃判定があった。そう、あのスキルはこのタイムラグを利用したものだったのだ。


 忍は姿を消しながら、蜘蛛と香澄の戦闘を間近で見ていた。その際は香澄に向け何度も何度も放たれるこのスキルも当然として目の当たりとしていて…つまり『攻』魔力のタイムラグ現象についてある程度の推察が立っていた。

 それをこうして実践し、見事成功させてしまうのもやはり、彼女の高い『技』魔力に依るところが大きい。


 ──何にせよ、恐るべし。


 今の忍はヒット&アウェイという、本来なら消極的であるはずの戦法を取りながら…


①捨て身の特攻と変わらない強攻撃を食らわせながら、

②魔力で刀身を伸ばすという新しい試みを実戦に落とし込み、

③それによって攻撃回数まで増やしてしつつ、

④ヒットとアウェイの狭間に生じる動作をなくすまでした。


 …という、合計四つもの離れ技をしかも同時にやってのけたのだから。戦闘に関して全くの素人であるはずの彼女がだ。それを見たレッドのリアクションと言えばこう。



「え。なにあの娘すご過ぎね?(てゆーか俺って何気に恥ずかしくね?)」



 先輩風をこれでもかと吹かして彼女に教導した自分を思い出し笑いならぬ『思い出し恥ずかし』していた。


 いやアドバイスを活かしてくれたのは良かったけども、それはちょっと活かし過ぎじゃね?と。


 パイセン冥利に尽きるはずが面目半潰れ感凄いのは何故?と。


 ていうか『糸鞭』開発したの俺だよね?なのに使い手として早くも二番手に。またか。またいつもの二番手か。もはや呪いなんじゃね?と。


 ……早速だ。さっきまでのイケメン具合が台無しだ。漏れなくモテないフラグを立ててゆくレッドなのである。そしてそんな彼とは違った意味で、



「あー…遂に、スイッチ入っちゃったかぁ」



 と、忍の変貌ぶりに複雑な心情を隠せない一号がいた。


 …相当に、辛い経験をしたに違いない。揺れ動く忍の心からそれは察していた。その揺れ幅の大きさを感じるたびに危うく思ったものだった。


 しかし、その揺れ幅さえ振り切ってしまう程の覚悟をもし、彼女が決めてしまえば?よっぽど危うい事になるのではないか。今思えば、本当に危惧したのはそこだった。


 それが的中した今、彼女から言い知れぬ凄みとやはり、同等の危うさも感じてしまう…。


 しかし、今は戦闘中だ。


 自分達だって低級の、もしくは身動き出来ないモンスターを殺した事があるだけ。つまりはど素人。


 だから、いくら危うかろうが戦力の強化は歓迎すべきで…と言うより手放せない。忍の事はこのまま静観するしかない、そう判断するしかない。



(ともかく。遊撃班は機能している、そういう事にしておこう…)



 大胆なほど攻撃に振り切った忍。逆に自身の攻撃力不足を理解し、攻撃陣を衛ると決めたレッド。



(……バランスもいいよね)と、自分に言い聞かせながら、




 次に見たのはリトルサン。彼は『メルティボール』を連発し、後部四脚に持続性の灼熱を振り撒いては、その装甲に着実なダメージを与え続けている。


「えい!や!はあ…効いてるのかな、これ」


 着実に効いている。蜘蛛も見過ごせないほどに。その証拠として後ろ脚で潰そうとする動きを何度も見せてきた。しかし、その度に、


「のわぁっ!?……って、あれ?こない」


 あの笑い女が痛烈な攻撃を浴びせて牽制してくれる。だからまだ糸を飛ばしてくるだけにとどまっている。


(悔しいけど…やっぱり、あの笑い女は凄い…)


 こちらの要望通りに蜘蛛の注意を一身に引き受けている。


(あんな、小さな身体で…)血塗れになりながら──


 蜘蛛が苦し紛れに飛ばしてくる糸については、シンイチが受けもってくれている。


「うおらっ!」


 ブラッドの魔法により『魔法耐性』と『火耐性』のバフを受けた身体に、リトルサンの『メルティボール』をあえて受け、


「熱くないの?」

「ああ?熱ちいに決まってんだろっ」

「ふーん、『メルティボール』!」

「ぐわ!熱いところに熱いのやめろ!消えそうになってから寄越せこの馬鹿!」

「あぁごめーん」

「んにゃろう…」


 と、このように。持続性の付いた灼熱を身に纏う事で飛んできた糸を身を呈して焼け溶かすという…正に荒技。これがシンイチだ。彼らしい無謀…なのだが、見慣れるという事はない。

 こんな事は『防』魔力と『精』魔力が異常に高い『血盟士・シールダー』に就く彼にしか出来ない事だろう…その代わり、このジョブには『速』魔力が異常に低いという弱点がある。なので、


「はーい、運びまっせー」

「おう」


 シンイチが移動する際は自身にバフ魔法をかけ、膂力を増したブラッドにドタドタと手運びしてもらう。……という、端から見るとコミカルな戦法を取らざるを得ない。そして、


「次、右!くるよっ!」

「はいなー!」

「ぉぃ脇持つなょくすぐってえから!」

「注文多いなこのガリガリタンクは…」


 と、どこへ移動するか指示しているのは一号。

 リーダーである彼女は攻撃も防御も支援も最低限として戦場を俯瞰し蜘蛛の動向を予見、こうして各員に細々とした指示を飛ばしている。これはこの素人集団には必須の役割であった。


 このポジションに付いたのは、あの蜘蛛が『攻』魔力を纏わせた糸だけでなく、『知』魔力で生み出す魔力糸…恐らくは魔法に属する糸も飛ばしてくる事が関係している。


 魔力のみで構成された不可視の糸。戦闘のプロでもそう簡単に対処出来ないこの攻撃も、平凡なステータスを自覚し、『見る事』を自分の仕事として【魔力視】を取得していた一号なら感知は出来る。


 それでも厄介な事に変わりはない。不可視の魔力糸は『攻』魔力を纏わせた糸とは違い『蜘蛛から切り離された後に粘着性を失くす』という事をしない。


 付着した先でずっと粘着性を保ち続けるこれをもし、誰かが踏んでしまえば?絡め取られて動きを封じられる。地面に張り付けられたモンスター達のように。


 だから飛んできた不可視の糸については全身を燃やし続けるシンイチに指示を出して、溶かしてもらっている。


 だが、地面に撒かれた糸までは頼めない。かといって放置も出来ない。


 という訳で急遽取得した【火魔法LV1】『ファイアボール』で地道に何度も何度も焼いて溶かすを繰り返している。


 一号はそうやって全体を俯瞰しつつ細やかな作業を見つけては神経をすり減らすという事をしていた。



(…あの笑い女にはこの見えない糸が見えてるみたいだけど…)



 確かに香澄にも見えている。しかし糸を溶かす手段を持っていない。

 なので不可視の糸を周囲に撒かれて動きが封じられる前に、別の場所へ移動する必要がある。


 そして当然、移動した先に不可視の糸が放置されていれば困った事になる。


 一号の『糸掃除』はそれもカバーしている。パーティーメンバーだけでなく、香澄の戦闘にも多大な貢献を果たしている。流石はよく分かっている。しかし、



(このままじゃ、、)



 そう、よく分かっていた。



( ジリ貧……だよね だって、)



 安定して見える今の状況が、薄氷の上にある事を、つまりは何かの拍子で容易く崩れ去るという事も。



(笑ってない…あの笑い女が…)


 

 一号はよく分かっていた。



 

 

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