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108 勝間赤人のファインプレー。




 …たったの一撃。


 それだけで徹底的な破壊をもたらした。


 そしてまた鳴り始めた。


 ズガンボガンと破壊の音が。


 それを聞きながら抉れた地面をじっと見る。その中心には円状に爆ぜ散らかった肉と骨。絡む血と臓物が異臭伴う赤い煙を撒いて纏って…それをした蜘蛛はまるで何もなかったように香澄打倒に集中している。それを恐怖の目で見送りながら、



 「──あ、、ま、、」



 …言えたつもりでいた。震える声が自分のものと知覚出来なかった。だから言葉になってない事にも気付けなかった。それも数瞬すれば気付けた。何とか声帯と口を動かしてみる。もう一度言葉にする。



「あり、がとうござ…ます、レッドさん」



 それを言うのがやっとの忍であった。


 そう、彼女は生きていた。


 先ほど肉塊となったのはそこらで倒れていたモンスターの死体だったのである。

 礼を言えたはいいがやはり、唇と歯が小刻みに震える。

 ぎこちない自覚はあっても自分を支えるレッドに強くしがみついている事に気付けていない。それにもようやく気付いて、


「あ ごめ、なさ──」


 慌てて離れながらまた、ぎこちない謝りを入れる、そんな忍に対してレッドが言ったのは、



「気にすんな。こうなって当然だ」



 そうだ。こんな巨大生物と戦う心構えなんて、誰が持ち合わせているものか。


 ──いつもいつも、あえてなのか知らんがとにかく空気を読まない。そんな一号を筆頭としたメンバー達に散々振り回されてきた。だから俯瞰して見る癖が付いてしまったのか。そんなレッドだからこそ彼女を理解出来、言えた言葉だったかもしれない。


 そう、リトルサンやブラッドの連携の影で自身の非力さを思い知り、攻撃役を潔く辞したレッドだったが、彼が何もしていなかった()()()()


 彼は遊撃という危険なポジションを任された忍と、紙装甲なのにヘイトを稼ぎやすいリトルサンを交互に見ていた。

 特に前脚に近い中脚を攻撃していた忍には注意を払っていた。自慢の機動力でいつでも助けに入れるよう(けん)に徹していた。この凄惨な戦場の圧に耐えながら。ハイなテンションを宥めながら。



 そんな彼だからこそ、準備が出来ていた。



 彼の専用スキル【血攻速振】によって『攻』魔力を限界まで『速』魔力へと振り替えていた。


 さらにジョブ特性により『技』魔力が高い事に注目し、取得可能だった【簡易道具作成】によって様々な道具をこの蜘蛛と戦う前には作成していた。


 その内の一つが蜘蛛の糸をよじって作った『糸鞭』だった。


 しかし、鞭とは。そんな特殊な武器を一般人がいきなり使えるものなのか。その問いには『使えない』と答える。前述したが、例えば『剣術』などの武術をズブの素人がいきなり使えるようになれる便利スキルはない。技術は自分で習うか開発するしかないのが今の世界のシステムだ。


 それも『技』魔力が非常に高い彼ならどうだろう。


 そして魔力の動きに対応して形状を変えられるこの『糸鞭』であったなら。


 自在にとまでは言わないが、かなり便利に使えるのではなかろうか──そんな彼の予想は見事的中し、この『糸鞭』を使えるようにもなっていた。


 そう、あの咄嗟の状況では、スキルによって『速』魔力に振り切れた彼であっても間に合わなかった。ただ駆けつけるだけでは、忍を救う事は出来なかったはずだ。

 

(この鞭がなきゃ、マジでヤバかったな)


 そう、レッドは『技』魔力によって鞭に指向性をもたせて操り──それだけではない。この蜘蛛の糸を素材とした鞭からは『粘着性』という特性も引き出せていた。だから自在に扱えなくとも忍をしっかりキャッチ出来ていた。


 とにかく、


 彼が『速』魔力が高く、並外れた機動力の持ち主であった事。


 さらに『技』魔力も高かったので簡易とはいえ道具を作る能力を持っていた事と、鞭という特殊な武器を扱えた事。


 そしてその鞭が粘着性を発揮出来る蜘蛛糸で作られていた事。


 このどれか一つでも揃っていなければ、あの瞬間に忍を蜘蛛脚の直撃から救い出す事は、叶わなかったはずだ。



 …いいや、それも違う。



 勝間赤人(かつまあかひと)、通称レッド。彼だからこそ、それら全てを揃える事が出来たのだ。



 常日頃一号の思い付きを何とか形にしようと奔走し、曲者揃いの赤大特撮研究会のメンバーを取りまとめ、無理やりにでも動かしてきた。それをするための根回しも常に怠る事をしなかった。



 そしてそれが出来る彼であったのは、生まれてこのかた、悉く二番手でやってきたからだ。



 クラスで二番目のイケメン。勉強でも何故かクラスで二番目。野球部では控えのピッチャー。好きな子が出来て良い雰囲気になっても、必ず土壇場でその子の一番にはなれない。誰かに颯爽と持っていかれる。


 努力しても報われない人なら、沢山いる。自分はむしろ恵まれている方なのだろう。なのにこんなに苦しんでしまうのは、一番である事に拘ってしまうから。


 そんな自分を変えたいと思ったからだろうか。


 良く言えば個性豊か、悪く言えば癖者ばかりが揃ったこのサークルに何となく惹かれて、そのまま飛び込んでしまった。本当は戦隊ヒーローなんて好きでもなかったのに。

 

 そうだ。これは極端に苦労性な彼だからこそ成せた偉業。


 そう、偉業だ。忍がここで退場すれば世界はさらなる残酷を用意したはず。地味ながらもこれは、正にの偉業だったのである。


 つまりは、ただの細マッチョイケメンなだけの男ではなかった、という事だ。


 さすがの赤大特撮研究会()会長。さすが生粋の()()()。さすがは、レッドフルの()()リーダー!なのである。


 というか、


「あのさ臼居さん(※忍の事)、折角渡したんだから使ってくれよな。糸鞭」


「え、あ、わわ!すみませんっ!」


 そう、レッドが作った『糸鞭』は一つだけではなかったのだ。事前に忍にも渡していた。


 忍のジョブ『必殺者』も相当なレアジョブ。言ってしまえば、『縁属性魔力を扱えない』という点を除けば、レッドのジョブ『血盟士・スピーダー』の完全なる上位互換となっている。なので当然『技』魔力と『速』魔力の数値は非常に高く、あの糸鞭を使う資格は十分にあった。

 それに素材となる蜘蛛糸ならそこら中にあった。レッドとしては作るなら必要な数を作るのは当たり前、だから彼女の手にもちゃんと渡っていた。


 ただ、忍にとって鞭は扱い慣れない武器種となる。だから何も考えず腰に巻き付けてしまっていた。取り出す手間も考えず。そうしてしまったのも、様々な葛藤の後でもあったからかもしれない。

 そこにきて蜘蛛の攻撃…といってもだ。今は戦闘中。来て当然のそれに今更ビビって何とする。そんな体たらくでは腰に巻き付いた糸鞭をわざわざ外すなんて動作を挟んで間に合うはずもなく…。


 つまりは色んな意味で準備が足りていなかった。使いそびれた?使いこなせなかった?それ以前に準備すら出来ていなかった。いや、出来なかったのてはない。出来たはずのそれをしなかったのだ。


 レッドは優しく言ったが、要は大失態だったのである。


『おいおいしっかりしろよお前…』


 小太刀の彼がこう言うのももっともなのであった。


「とりあえず、蜘蛛がこちらを見てない内に軽く使っとこうか。なんつーか、鞭に神経を通わすように魔力を流す…て感じで──ほらやってみそ」


「え?は、はい、」


 戦場で練習?


 言われた忍は正直蜘蛛が怖くて仕方なかったが、自分の至らなさも分かっていた。なのでしぶしぶではあったが、右手に小太刀、左手に糸鞭というスタイルとなって糸鞭を使ってみる──『技』魔力を意識し、それを伸ばす感覚。鞭はその軌道を追随するだけ。そして目標に鞭がへばりついた瞬間にぎゅっと『技』魔力が縮むイメージを差し込む、と同時に踏み込めば──ギュン!へばりついた先に引き寄せられる分、いつもと違って大袈裟な予備動作を必要せず、なのにいつも以上の速度で移動する事が出来ていた。


「へー、驚いた…上手いねやっぱ。魔力の扱い。鞭をよく使いこなせてる」


 自分自身、こうもダメかと落胆していた。その分、今の思いも寄らない使いこなしにただ驚くだけだった忍を、レッドの肯定が後押しする。


「ただ敢えて説明を加えるなら…そうだな。この鞭は自分の筋肉の延長にあるって思えばいい。それがくねくね動いたり伸びたり縮んだりするってイメージだな。この糸鞭に限っては道具を使うって感覚は邪魔でしかない。それが出来ないと普通の道具と変わらない。逆に使われる、って感じになる」


 今レッドが言った言葉は中々深い。道具にはそれぞれ使い方というものがあり、それを無視しては使えないという、当たり前にしてやはりの難点がある。そういった真理が含まれていた。



 例えば。


 剣の目線に立ってみよう。



 斬るならまず、使用者に斬れる箇所を狙ってもらう必要がある。しかも相手が動く中で。そんな定まらない上に限定された箇所に刃を立ててもらう。その時点でどれ程難しいかは想像に難くない。


 その至難を成功させるには敵の意表を突く事もしてもらわねばならない。だからフェイントを織り混ぜながら斬るタイミングを計る、という面倒も頼む必要がある。


 以上二関門を見事クリアしてもらって振り抜いてもらう前には、腕や手首を振ったり返したりする際の強さ速さ角度を一瞬で判断、調節してもらわなければならない。


 さらにその前には肩の位置、背筋のしなり、腹にかかる力み等々、振りやすい体勢を作っておいてもらう必要があるだろう。


 さらにさらにその前に腰を据えておいてもらわなければ威力なんて乗せられない。だから股関節、膝、足首、足指の先まで関節という関節に神経を通わせ地面を掴み、バランスを取ってもらう必要がある。


 そこに至るまでの足の運びも大事だ。というかこの段階で動きが読まれないよう無駄を省いた動き…所謂足さばきが重要となるのだが、使用者は虚実を織り混ぜるという無駄な動きも差し挟まなければならないだろう。


 戦いながら、戦っているが故にそんな矛盾もしながらさらに、踏むに適しているか足場を常に把握してもらわなければならない。


 剣にしてみればここまで要求してまだ足りないのだが、それを我が儘と言ってはいけない。これだけの事を最低限…しかも無意識に出来るようになってもらわないと実戦に役立つ剣となりえないのだから。


 それは剣に限らず武器全般に言える事……いや、これは武器だけでない。道具全般に言える事。


 道具を使うというのは便利に思われがちで、実際に時間や労力の短縮に繋がってはいるけども。その裏側では逆に振り回されているのが実態だ。


 『馬鹿とハサミは使いよう』という言葉があるが、ただのハサミでも使い方が上手くないとキレイには切れないし間違ったところを切ってしまう事もあれば自分の手を切るという馬鹿を見る。


 その危険度は便利になればなるほど高くなる。電動工具を使った事がある人なら、道具を使う危険については知りすぎて知るところだろう。

  

 さらに例を挙げるなら『どうしようもない』という絶望に苦しんでいた時の香澄を思い出せばいい。


 あの時の彼女の動きは、小太刀を使う事に限定されていた。

 そしてその小太刀を手放した事で皮肉にも制限をなくし、光明を見出だす事が出来ていた。


 つまり彼女のような達人ですら、『道具を使う』という前提に縛られる事がある。

 動きがその道具を使う事に特化し過ぎ、簡単な事でも他の動きが出来なくなる、という本末転倒が当然のようにつきまとう。



 まあ、武術というものは感覚に左右されるものなのだから、ああなってもしょうがない。



 しかも開発者(創始者)という他人の感覚で体系付けられたものであるのだから尚更だ。


 そしてその開発者(創始者)に直接教わる機会なんて殆んどなく、その開発者から教わった(弟子等)から教わるのが殆んどで、そうなるなら当然、オリジナルとは違う様々な感覚が介入するようになる。


 そうやって幾層も人の感覚にろ過され多くの人が扱えるよう、均一化され効率化されている頃には、多くの技が失伝している。


 なのにそれを習う側の感覚素質に左右される事はなくならないのだ。当たり前だが、その熟練の速さ深さは個人ごとに優劣が生じてしまう。


 これも、武術に限った事ではない。技術全般に言える事だろう。一夕一朝で身に付くものじゃない…なんて言葉では生ぬるい。



 スキルと呼ばれながら『技術』と言えるものが、殆んどないのはそれがゆえだろう。



 魔法スキルは実のところ技術と呼べるものではないのだ。大気中や魂に組み込まれた魔力システムにMPを流し込むだけの簡単なお仕事となっている。

 流し込んだ後は全自動。術者の『知』魔力や『精』魔力の高低に対応して威力や形状、発動速度を含む最終的な効果が勝手に設定されて解放される。


 解析系スキルもそう。個別に設定された魔力波長を読み取る専用のバーコードリーダーが自身に組み込まれたようなもの。だから魔力を宿さないものを解析出来ないのだ。


 他は…無意識的な部分、普段考える事もなく何気なく出来ていた事を単純に強化しているだけのものが殆んどだ。【斬撃魔攻】で例えるなら、『魔力によって斬撃の威力を増加させる』といったように。


 いや、不親切にも扱い方を一から自分で模索しなければならないものもある。才子が使う【魔食調理】などがそうだ。



 このように、スキルと言っても魔力に関したサポート以外、殆んどされてないのが実際で、技術という個人の感覚や資質が介在するものを便利に最適化してインストール、なんて事はしてくれない…のだが、しかし。



 逆に言えば、魔力に関するサポートは充実している。



 創作物では定番であるはずの『魔力操作』というスキルがないのはつまり、そのようなスキルを必要としないシステムとなっているからだ。



 『技』魔力。



 この数値が高い者ほど、魔力という未知のエネルギーの扱いに長けるようになっている。と言うより、本来ならただ出力任せに動くだけの魔力に言う事を聞かせる力が強くなる、と言うのが正しいか。



 とにかく。要は『技』魔力が高いと魔力を思った通りに動かしやすいという事だ。



 それは魔力を宿し、魔力によって威力を発揮する道具、所謂『アイテム』と呼ばれるものの扱いが上手い、という事でもある。だから、アイテムを作る生産者達は『技』魔力に長けている必要がある。


 その点で言えば基本形状が紐である事以外は魔力の動きに合わせて様々な動きを可能とするこの『糸鞭』は、『技』魔力さえ高ければ素人でも熟練者以上に使いこなせる超便利アイテム、と言える。


 逆に言えばこの糸鞭を扱うために必要なのは技術ではなく『技』魔力の高さにある。という事だ。


 それを踏まえればさっきレッドが言った『自分の筋肉の延長だとイメージする』という言葉は、ズバリ正鵠を射たものだった。


 誰かの技術を教わる必要もなく、自分で工夫しながら技術を培う必要すらない。どこまでも自分の感覚で無意識ですら動かせる。それが身体の延長として使うという事だ。この『糸鞭』というアイテムの真価はそこにあった。それに気付いた忍は、

 

「あ、ありがとうございます」


 と、またぎこちなく礼を言っているが。


 自信のなさからくるぎこちなさではもはやない。


 この戦場において初めて『自分でも出来る事がある』という気付き。それに出会えた喜びで震えている。


 

 それは、どこまでも惑う事しか出来なかった臼居忍が、遂に真の覚悟を決めてしまった瞬間でもあった。



 そこまでは見抜けないレッドは『しょうがないな』と次のような説明を加えるのだった。


「俺のジョブは攻撃も守りも中途半端だ。その代わり速さや器用さに長けてる。その長所を何とか使いこなして細々とした事しか出来ね…いや、だからこそ、細々とした事を沢山積み上げるしかないって思ってる。

 …その点臼居さんはさ、ちゃんとアタッカーまで出来るんだからスゲーよ。頼りに思ってる──いや、だからってプレッシャーには思わないでくれ。『しょうがねえなコイツらは。じゃぁ私がちょっくら…』て気持ちで…いや、まあ、心構えは人それぞれか。とにかく、死なない程度に頼むわ」


「……はいッ!」


 レッドの言葉もぎこちないものだったが、『自分の出来る事を』『仲間のために』『死んでは元も子もない』という要点は捉えている。


 しかしこの教導が忍の力をどれ程引き出すかも理解していないし、それが今後どんな影響を及ぼすかも理解してないレッドなのである。


 そこら辺の無自覚さが、顔もスタイルも頭もそれなり良くてマメで面倒見がいいのに、何故かモテない彼の所以かもしれない。


 もしくは、


 かわいいところであるのだろう。

 

 

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