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106 大家香澄のやらかし。



 危険だ。今すぐ逃げるべきだ。



 何故自分はこんな事に首を突っ込んだのか。そう思う一子であったが。


 彼女の『一号』が嗚呼、、、止まらない。


 無謀に巨大蜘蛛へ一直線、走りながら今の内にと指示を出す。



「あの蜘蛛とやり合うなら本当は固まっちゃダメなんだけど──こうなったらあの笑い女(香澄の事)に矢面に立ってもらって、私らは後方から!つまり、蜘蛛を挟み撃ちにして撹乱する!だから|レッドフル各メンバーは…って、忍ちゃん!?なんでここにいるの?あの(ひと)は?」



「うん、さっき目を覚ましたよ!だから、すぐ来ると思う!」



 いつの間にかそばを走っていた忍には驚いたし、あのヒーローの事も気になる一子だったが、それを思う場合ではもはやなかった。


 だから改めて思考を加速させる。リーダーとして今何が最善であるかを考え咄嗟の指示を仲間に告げる。



「~~ー分かった!じゃあ忍ちゃん!その小太刀は頼りになるから、アタッカー頼めるかな?」


「はい!攻撃役って事ですね!」


「そう!あと…その隠密性と機動力を活かすなら単独で遊撃、て感じになっちゃうけど…出来る?」


「で、出来ます!」


「うん!頼りにするね!でも絶っっ対深入りはしないで!後ろ脚もしくは後ろ脚寄りにある中脚!それより前に出たら本っ当に危険だから!」


「わ、わかりました!」


「レッドは──まず、あの蜘蛛の脅威度を計る事!『魔力譲渡』はその後にする!」


「ああ分かった!その後は俺も遊撃って感じか?」


「そう!さすが分かってるね!頼りにしてる!」


「いやそう思ってんなら普段もっと言う事聞いてくれて良くね「次にリトルサンは、」無視か!」


「リトルサンは!最初は後衛のアタッカー!でも忍ちゃんも合流したし…いざって時は『アレ』やってもらうかもしんない!悪いけど覚悟しといて!」」


「うへえ…『アレ』っていうのはさっき一号が言ってた…あの世迷い言を実戦でやれと!?」


「いやだからいさって時はって言ったじゃん」


「いやそれにしたって──ちょっ!忍ちゃん!?」


「は、はい!」


「もしやるなら当然、ぶっつけ本場になるけど!出来る!?出来ないよね!ね!?」


「が、頑張ります!」


「『が』が一つ多い!つか頑張って欲しくないんだけど!本当に出来るの!?出来ないよね!」


「は、はい!出来ます!」


「いやだから──『は』!一つ多い…っ!~~ーああもう!じゃぁ頼んだよ!僕だってまだ若いんだ!死にたくないんだ!」


「は、はい!が、頑張ります!」


「え、と、いい?リトルサン」


「もういいよもう…『は』も『が』も多かったけどいいよもう…」


「よし!「良くはないよっ?」いいって言ったじゃんさっき…えっと!次にブラッドは、、、後衛って言いたいけど、中衛で!ヒーラーとバッファーに専念!という訳にもいかないのよね…」


「えええ、、結局どういう指示やの?」


「んー~~いざって時に、シンイチの脚になって欲しいのよ」


「ああそういう……かまんよ!ガリガリシンイチなら、俺でもいけるやろ!」


「うっせえ!ガリガリで悪かったな癒し系デブ!」


「そらおおきに「誉めてねえ!」」


「シンイチうっさい!「なんで俺だけ!」えっと、あんたは前衛しか出来ない訳だけど!ホンっっト、無茶しないでよね!」


「ああん?なんだ俺じゃ頼りにならねえって「頼りにしてるから心配してんじゃないのよホンっっトうっさいわねえ!」ぐ、くそ!なんて俺だけいつも当たり強ぇんだ…っっ」



 『何故か分かってしまう』一号は、この蜘蛛の巨体を前にしてはゲームで行われるパーティープレイ、つまりは密集した陣形は相当な危険を伴うという事はすぐ、見抜けていた。


 しかしリスクを分散するために散り散りになっては、()()()()()()()()()()()()()。それを思ってこの指示となったのだが。


(さあ!あとはもう状況ごとに対応するしかない!…訳だけど…)


 いくらハイテンションであろうと心の中は心配で一杯だ。だから、



「~~~~みんな!頑張ろう!」



 せめてと声を張る。



「はい!」「おう!」「わかった!」「任せとけ!」「おうさ!」「了解!」



 …というか。


 『バイオリズム操作』の影響下にあるとはいえ、これから人類史上前代未聞の化物に挑むというのにこの前向きさは不自然過ぎる。


 それも、


「ふふふはは!巨大な蜘蛛何する者ぞ!最強バッファーの真髄を見せてしんぜよう!」


 普通のオッサンこと正治まで同じくであり、


 そして


「やる!『ああ出来る』やるっ!『出来るとも』やるッッ『そうだ出来るぞ!』私は、『俺達は』強い!!!」


 と小太刀も揃って入れ込み過ぎな感は否めないが、『バイオリズム操作』を掛けられてないはずの忍まで。


 そんな面々に対し、



「糸に気を付けて」


 遠くにいるのにどうやって聞いていたのか。どうやって声を届けているのか。


 あの憎らしいハイテンションを引っ込めてなお憎たらしい狂女(香澄)にはこう言い返すしかない一号なのであった。



「はいはいアドバイス有り難う!!いい!?あんたは絶っっっ対に蜘蛛を引き付けとく事!出来るわよね!あとは…そう、あとで絶っっっ対ブン殴るからっ!」



「──分かってる。あと、ごめんなさい──」



 口では謝った香澄だが、()()()()()()()()()()()、その自覚はしっかりあった。


 そう、『今は無銘の小太刀』は『半強制』と言葉を濁したがとんでもない。



 香澄はしっかりやらかしていた。



 確かに、『魔力による補正全てを上昇させる』という破格のスキル【魔力練生】がレベルを上げた影響もあって、『バイオリズム操作』の効果も以前より強力なものとなっている。


 しかし、この魔法の主たる効果は、『心技体のバランスを最高潮に引き上げる』事にある。

 つまり、かけられた側は経験した事もないゾーン状態に入り、その結果として無敵感を得、この不自然なほどのハイテンションになってしまう訳だが、それはあくまでも副次効果でしかない。


 つまり何が言いたいかと言うと、『狂戦士化』などの精神に作用する事を専門にした魔法をかけられた訳でもないのに、ただの一般人が、それも一人や二人なら分かるが、魔法を掛けられた全員が、あの恐ろしくおぞましく巨大にして強大に過ぎる蜘蛛相手に、こうも前向きに挑むというのは絶対にあり得ない、という事だ。


 だったら何故、こうなってしまったのか。それは…もう一度言うが、香澄がやらかしたからだ。


 実はあの時、彼女が彼らに向け突進した際、ほんの一瞬だが『凶気の沙汰』の称号効果を発動していていた。


 そう、ほんの一瞬だ。


 だから急に心身が硬直し、頭の中が真っ白になっても『蜘蛛を恐れてこうなった』と全員が勘違いした。


 しかしその実態は、敵対してないはずの香澄から発せられた激烈な殺気による恐慌状態だったのであり。


 香澄はその恐慌が覚めやらぬ内に『バイオリズム操作』を滑り込ませた。だから一子ですら『何かやったな』としか分からなかった。


 そう、気付けないほどの一瞬とはいえ、心身を縛り付けるほどの恐慌状態だ。それは心身共にどん底まで落ち込んだ事を意味する。


 だからあの時の彼らは、蜘蛛を回避した際、無意識に『死をも覚悟しなければならない危機的状況を呆気なく回避出来た』という勘違いを重ねてしまった。


 その『呆気ない生還』という振り幅は、彼らの心に大きな隙を生じさせた。


 その間隙に副次効果とはいえハイテンションを引き出す魔法なんて差し込まれ、『未だ体験した事もない絶好調』なんて体験すれば?


 不自然を自覚しても抗えるものじゃない。


 こうして、


 サブリミナル効果なんて話にならないほど強烈に『こうありたい』を刻まれたレッドフルのメンバーと倉敷正治は『本来の自分はこうなのだ』という、全く根拠のない自信を発症してしまった。


 そう、元々が自身の潜在的願望だったとしても、こうした強烈な刷り込みでもなければ、一般人がこんな危険に飛び込めるはずがないのだ。

 



 つまりこれは、半強制ではなく『ほぼ強制』だったのである。




 ──あの時。




 香澄は『楽しい』から急転直下、『均次を人質に取られるという恐怖』に陥る経験をした。


 そこでさらに『その均次が救出される』という幸運にあずかり、これ以上なく弛緩もした。


 そんな彼女の心に生まれた大きな隙は、生まれて初めて知った憤怒に簡単に突け込まれてしまった。


 こうした感情の制御不能というものは、誰にだって起こりうる事だ。


 しかし元々が感情というものが乏しく、今回は魔力暴走まで引き起こす深刻さまで知った彼女にとって、この失敗は強く刻まれる事になり、だからこそヒントを得ていた。


 これは、そんな経緯から編み出された技。


 だから香澄としてはある程度の効果は予想出来ていた。それでも初めての試みだ。確信があって試した訳ではない。そもそもとして、彼女は今、狂っている。



 それでも明確な意思は、あったのだ。



『均次を助けるためなら、どんな犠牲も厭わない』



 …そんな、恐ろしくも狂おしい意思が。



 そう…、狂っていても均次に関しては別。


 忍に魔法をかけなかったのは、彼の護衛に付いてもらうためだ。


 にも関わらず、彼女がこうして参戦してしまったのは大きな誤算だったろう。


 しかもその参戦の切っ掛けがその均次であった事など狂った彼女では知る由もなく。


 そんな絡まりあった全てを察していながら、


 

『(うまくいくかね、さて、)』



 と、忍にも言わないこの小太刀も大概ではある。

 

  ・


  ・


  ・


 そんな8人と一振りの戦闘を遠くに見つめながら



「ぐう、、まだ動かねぇかくそ!動けっ!」



 と踠いているのは、目覚めた以上はあの謎スキルの反乱を克服したのだろうが、その後遺症なのだろうか、動く事がいまだ出来ないでいる、


 平均次。


 そう、彼は忍に『大丈夫』と言ったが、それはまだ死んでないという怪物(均次)基準の『大丈夫』なのであって、忍の知る世間一般で通用する『大丈夫』には程遠い『大丈夫』だったのである。


 彼女が遠慮なく均次を放置してしまったのは、そんな認識の大差があったからだった。


 というか、精神的にああも追い込まれていた彼女に、そんな事まで分かれと言う方が酷だろう。


 ともかく自分も一刻も早く参戦しなければ!そう思ってもいかんせん思い通りにいかない様子の均次であった。そんな相棒に向け、


『焦ってもしょうがない。何せ全ての魔力を失ったのだから。この状況で無理をするなとは言わん。しかし焦ってはならん。集中しろ」


「く、分かった…」


 と無垢朗太の言った事はもっともで理解も出来るが、それでも結局、踠くしか出来ない。踠きながら焦る事だけやめようとしてまた踠く。


 そんな彼の脳裏に浮かぶのは、先程の少女が見せた、何だか寂しそうな涙と覚悟であった。


 あれは…何を意味していたのか…それを想いながら、また踠きながら、我知らずと、呟いていた。



「……あの娘が、、()()()()()…?」


 

  彼にだって、、分かっている。












 ()()()()()()()()()()()()のだと。













 それでも、思わずにいられないのだ。




 『諦められない』




 均次が放った言葉は、そんな想いを表していたのだが。こんな些細な呟きでさえ、彼と()()()には残酷な未来への呼び水となってしまう。










 そして



「均次くん、均次くん、均次くん──」



 何度も何度も最愛の名を呟く香澄。



 戦場に響き渡っていた彼女の笑いは、既にない。


 


 では…それを見守る世界はどうか。


 





 …やはりだ。まだ、笑いを止めていない──



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