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105 臼居忍の迷い。



 不自然に戦意を剥き出しにしながら、あの恐ろしい蜘蛛へ次々と向かっていくレッドフルのメンバー達。


 そのあまりな変貌ぶりに呆気にとられてしまった忍は、見送る事しか出来ないでいた。すると、


「ちょ、ちょっとどうしたんだみんな──ってどうしたは私だろうッ!ここで行かずに何とするぅぅおりゃりゃりゃあああああっりゃあっっ!!」


 …まただ。今度は『倉敷のおじさん』までが顔を劇画チックに急変させ、キャラにない雄叫びを上げたかと思えば、やはり。レッドフルのメンバー同様、猛然と走り去ってしまった。



「あはははははははは──」大家さんを追って。



 そして、ポツン。残された。ふるふると首を振る忍。意味などないと分かりつつ、つい周りを確認してしまう。そしてやはりだ。


 この場にはもう自分しか…いや、均次はいる。


 彼は今、忍にお姫様だっこされている状態だ。意識がまだ回復しておらず、蜘蛛の突進から避難させるにはこうするしかなかったからだが、これは…


 『二人っきりにされた』という事で。


 正直に言ってしまうと忍は、『均次くん』に憧れのような気持ちを抱いている。

 それはまだ恋心とまでは発展してないが、彼女的にはまんざらでもない状況…と日常なら思えるのだろうが、しかし。


 …この、急過ぎる展開。


 あまりにも不自然すぎる。さすがに呆然としたまま、という訳にいかない。

 そんな彼女の疑問に答えるためか、それともただ吐き捨てたかっただけなのか。『小太刀の彼』が例の機嫌が良いのか悪いのか判別しにくい口調で、こう言ってきた。


 

『はっ!えげつねぇな!やることが相変わらず!俺の元主人はっ!流石だぜ』



 不穏過ぎる内容。だから、


「え、ちょっ、一体何をしたの!?」


 元々『大家さん』を助けるために集めた仲間達。そんな善意の人々に、彼女が何かをやらかした、そう言ったのかこの小太刀は?と彼らを巻き込んだ張本人としては、流石に聞き捨てる事が出来ず問い質す。


『あーあれな、魔法ってやつらしい。それで操ってんだ。運を』


「操る?…うん?って…」


『あー、、運というか、確率?それを操ってぶち上げる事が出来るらしい。人のテンションをな。いや…バイオリズムとか言ってたか…まぁいいだろどっちでも』


「え、いや、みんなのテンションを操った、って事?それであんな…でもそれって…」


『まぁそうなんだが、いや…そんな悪いもんでもねぇだろ。二面性ってもんがあるからな。本音ってやつにも。『やりたくねぇって本音』と、『こうありてぇって本音』がな。つかよ。それで散々迷って来たクチなんじゃねえのか?お前は特に。分かるんだぜ?何となくだがな』



「…え」どこを見て、分かったのだろう。



『まぁいいさ、…とにかく。振り切っちまうのさ。あの魔法は。『こうありてぇって本音』の方にな。だから強制じゃない。これは…半強制?ってやつだな』



「それって…」結局の強制なのでは?



 限りなくギルティ。忍はそう思いつつもこの時、魔法を掛けられた面々を羨ましく思っていた。自分も掛けて欲しかった。そう思ってしまったのだ。


 両腕が『均次くん』で塞がっている事を言い訳にする、こんな自分に……いや、きっと頼んでも掛けてくれないだろう。狂ったように笑っていたけど、『均次くんをお願い』彼女の目はそう訴えていた…


 …だからって、『均次くんを守るのが今の自分の役割だから』なんて。胸を張れる訳がなく……そこでまた、思い出してしまった。



 ──さっき、その『均次くん』をリトルサンとチームを組んで救出したあの時を。


 隠形が解けて蜘蛛の視界に捕捉された瞬間を。


 あの、えもいわれぬ、強烈な殺気を。


 低レベルモンスターが向けてきたそれとは別次元の殺気を。


 あれ程の距離があってそれでも『死んだ』と錯覚してしまうほどの。



巨大な蜘蛛の、巨大な殺意。



 …本当に…本当に恐ろしい体験だった。



 それは、『もう二度とあんな場所に戻りたくない』と思ってしまうほどで…。


 ……あの時使ったのが、自分が就いたジョブ『必殺者』の専用スキルである【必殺技】。


その基本技となる『範囲隠形』という技だった。


あれがなければ忍とリトルサンのどちらか、いや、おそらくは両方が確実に死んでいたのだろう。


 効果は『術者自身だけでなく、指定した生物をスキルレベルに応じた人数分、隠密状態に、姿だけでなくあらゆる気配を消した状態にする。効果には時間制限があり、時間内であっても攻撃行動をすれば解除される』というもの。


 これは破格の性能…なのだろう。それは分かっている。



( でも── )



 ジョブの適性とは、何で決まるか。


きっとランダムではない。


かといって試練の成績で決まるものでもない。


 おそらくは


『適性者本人が何をして生きてきたか』


もしくは


『どんな欲望を抑え込んできたか』


 これらが反映されている。一号やみんなが就いたジョブについても聞いてみたが、間違いないようだった。


 だから、復讐ばかりを考えておきながらそれを出来ないでいた自分が、『必殺者』というジョブを授かったのは必然だったのかもしれないが、このジョブが覚える【必殺技】というスキル名はヒーローチックに見えて皮肉に過ぎる。



 さらに『範囲隠形』というこの技。これこそ、強烈な皮肉が利いている。



 消えてしまいたいと思っていた。


 だから『姿形どころか気配まで消す』というスキルを授かった。


 そう思っていた。でも本当は…


『姿形も気配も消して、そこまでして、誰かが道連れでないと何も出来ない』


 そんな情けない自分をしっかりと、見抜かれていたのではないか。


 実際に両親を犠牲にこのジョブを手に入れたから、こんなスキルを授かったのではないか──そう思えてならない。



( だって、、、)



 ただでさえ自分が道連れにしたというのに。


 その彼らが今、半強制的に参戦させられているというのに。


 そんな仲間達を止める事もせず見送り、一先ずの安全圏を得てしまった。



 そんな状況に自分は……心底から、安堵している。



 しかも『均次くんを守る』という大義名分に縋るあまり、



『彼にはずっと目覚めないで欲しい…』



 ……そんな事まで、思ってる……なんとあさましい……どこまでいっても自分という人間は──そんな自責にうずもれそうになる忍に向け、



『責めてんのか。また。自分を。』



 小太刀の彼が、声を掛けてくれた。それも、妙に静やかで、落ち着いた、ともすればやさしいとさえ思える声色で。だから



(だって…)

 


 忍はそのままの心情を吐露しようとした。その魂胆は吐き出して楽になりたいという甘え。そしてそれは、



『ああ、違うからな?慰めとは。これは』



 本当に、ただの甘えでしかなかった。



『許されると思ってねえか?自分を責める事で。それを言ってんだ。俺は』



 見抜かれていた。愕然とした。何も言い返せない。それでも何か言って誤魔化そうとした──その時だった。




「ん、

      、、ぐ、」




 第三者の、声…それは──




「ど うなってんだ今──って、君は…?」




「──『均次、くん』」




 遂に、目覚めてしまった。彼が。


 そして目覚めたばかりの彼にしたら自分は初対面でしかない。なのに思わず愛称で呼んでしまった。


 舞い上がってこうなのか、さっき言われた事が尾を引いて混乱したのか、その両方か、訳が分からなくなってしまった忍に、小太刀の彼はまた、容赦をしなかった。


 さらなる辛辣を重ねて言った。


『おーようやくのお目覚めか……おい忍、なくなったなぁこれで。言い訳が』


 こんなタイミングで、こんな風に抉り出されたら。


 奇跡のような存在だと憧れさえした彼を前にして、こんな情けない自分を突き付けられたら。



「大丈…夫?」



 なんて、小太刀の彼を精一杯無視して。


 内心では『怖い、言い訳がなくなった。こうなってはもうやるしかない』そんな事を思って。



「…あ、ああ、大丈夫だ。いや、君は… …えっと…何で、泣いてるんだ?」



 こちらにしてみたら上の空の質問だったのにちゃんと返事をもらって。


 その返事を聞いて『自分の行動は無駄ではなかった』なんて、誰に聞かすでもない自己弁護をして。


 そうやって相反する想いを衝突させて。


 その反動で何故か涙をこぼして、こんな事を思っていた。




 小太刀の彼が言った通りだ。




 本音に表と裏は確かにあった。今の自分がそうだし、かつての自分はいつもそれに苦しんでいた。苦しんだ末に結局、選びたくない本音ばかり選んでいた。だけど、



『均次くん』、彼の前では──



『弱い自分を見られたくない』

『強い自分でありたい』



 本音の表裏がやっと、重なったような…。


 …それは、まだ若く未熟な忍の背を押すには、十分過ぎて──だから。



「行って くるね …均次くん」



「え?いや…ちょっ」



 彼女は勢い任せ、飛び出してしまった。目覚めた均次を置き去りにして。


 彼女の涙が、今の一言が、蜘蛛に向かうこの無謀が、未来にどんな影響を及ぼすか、そんな事は知らないままに。




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