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二周目だけどディストピアはやっぱり予測不能…って怪物ルート!?マジですか…。  作者: ヤマタカコク
第十層 エネミーオブザワールド 編
104/116

101 戦場のスキルフェスティバル。



 戦闘中に『楽しい』なんて感覚は相応しくない。だから自分がそうなった時は危ぶむべきだ。


 だが『楽しい』と思えるほど心がリラックスしているなら、脳が最適のイメージを描いてくれる事だってあるし、そのイメージ通りに動けるほど身体がリラックスしていたなら、逆に頼もしく感じる事だろう。



 自分は今、その状態にある。

 香澄はそう思っていた。


 そしてまただ。


 さっきから焦る一方の蜘蛛が脚を振り下ろしてきた。乱雑に。


 その隙を見逃さない香澄は大胆に踏み込んでゆく。その際は足が地面がめり込んで…


『【ステップLV1】を取得しました』

『【ステップLV2】に上昇しました』

『【健脚LV1】を取得しました』

『【健脚LV2】に上昇しました』


 過剰な踏み込み。生じる落下エネルギー。余すことなく握り拳に伝える。


 打面は拳骨側でなく握り込んだ小指側。鉄槌と呼ばれるそれを、その名通りに『ハンマー』と見立て、



 ぶつ けるっ──ドゥゴァッ!



『【強腕LV1】を取得しました』

『【強腕LV2】に上昇しました』

『【重撃魔攻LV2】に上昇しました』

『【直撃魔攻LV2】に上昇しました』

『【打撃耐性LV2】に上昇しました』


 スキルが生える。成長する。それが彼女の心理にさらなる余裕をもたらしており、蜘蛛脚の着弾後に飛んでくる礫も今では全部、【MPシールド】で受け止めるようにしている。

 間抜けな蜘蛛が何度も何度も同じところを砕くおかげで、礫の一つ一つが小さくなってきたからだ。


 これくらいなら【身大強化】を切った今でも十分に耐えられる。


 それでも受けて耐えるという行為は煩わしい。これを何とかする方法を思い付いても試せないでいた香澄に、


『【魔力視】を所得しました』


 それは、天啓のごとく。


 このスキルについては【MP変換】で取得するかどうか迷っていた。

 しかしこの蜘蛛と長期戦になるは間違いなく、MPを温存するために諦めるしかなかった。それを今、自然習得出来てしまった。


 

「なるほど──見える」



 香澄が見たそれは、蜘蛛の第二糸。魔力で出来た見えざる糸。見えず、聞こえず、無臭にして触ったが最後となる悪辣過ぎるトラップ。それがこのタイミングで見えるようになったのは…



 計り知れないほど、大きく。



 ならばと本格的な反撃を試みる。



 いや、まずは次の迎撃に集中せねば──早速落ちてくる蜘蛛の脚。


 これは見逃す。


 後続の魔力塊も迎撃しない。


 狙い目は回避した後にある。


 地面に着弾した直後…ッ、


 この刹那ッッ!



 上体を、大捻転ッ!!


『回転LV2に上昇しました』


 と言う謎の声は無「しぃッ!」鋭い吐気、腰に溜めた回転力を解放、魔力含む様々なエネルギーを一気!押し流す!右脚先端まで走らせたこれは、『しなる鉄棍』に見立てた回し蹴り!


 それを今にも地面から持ち上がらんとしている蜘蛛脚に──このタイミングで──ガッゴァッッ!


 脛を正面に押し付けるようにぶつけるっ!


 結構な音が鳴った。


 それに見合う負荷もあった。


『【呼吸LV1】を取得しました』

『【溜めLV1】を取得しました』

『【強幹LV1】を取得しました』

『【血流LV1】を取得しました』

『【重撃魔攻LV3】に上昇しました』

『【直撃魔攻LV2】に上昇しました』


 多くのスキルのレベルがまた上がった。が、しかし。


 香澄渾身の重爆回し蹴りだったが、持ち上がるだけの蜘蛛脚にすら拮抗しない。


 体重差が圧倒的過ぎた。


 こちらが吹き飛ばされるだけに終わった。


 それもかなりの距離まで吹き飛ばされた。



 つまりは、



 狙い通り。



 これは、蜘蛛が敷いたあのキルゾーンから脱出するための回し蹴り。


 香澄は、糸を警戒しなければと最小限の動きで避ける事しかしなかった。そうやって縮こまっていたから、釘付けにされていた。


 半攻勢に出て魔攻スキルを敵の動きに合わせる今の戦法になってからも、見えざる糸を警戒してキルゾーンから脱出出来ないでいた。半攻勢であったのはそのためだ。


 そこで【魔力視】を得た。


 そして敵の攻撃に魔攻スキルを合わせる戦術に、さらなる応用を利かせ、自分自身を吹き飛ばす事を試みれば…


 実に呆気なく。


 脱出出来てしまった。


 大胆さを深める度に成果が上がる。自身の好調に酔いしれる香澄。


 蜘蛛はと言えば呆然自失。次々に起こる不測の事態に対応出来ずにまた動きを止めている。


 急に脆さを露呈してきたが、無敵を通してきた弊害だろうか…いや、こうなって当然。

 何故なら、この蜘蛛は脚を止めたラッシュで香澄を仕留めようとしていてつまり、ラッシュの勢いでその巨体が揺るがぬよう、後脚四本を地面に埋めたままだったのだから。

 その状態では蜘蛛の側面に立ち位置を変えた香澄に攻撃を当てるなど不可能──蜘蛛もそれに気付いたようだが、反応が遅すぎる。慌てて後脚を抜こうと前脚と中脚を地に着け踏ん張って──いやいや、さすがに隙だらけだ。


 香澄がそれを見逃す訳がなく──ドゴンッ!


 魔力糸の隙間に置いた足が、地面を砕くほど踏み込んで。それが鳴らすくぐもった破壊音を後方に聞きながらの前傾姿勢、突貫してゆく。


 魔力糸の網を一歩一瞬で飛び越え間合いを詰める。その大胆な踏み込みがまた地を砕き──ゴァッ!


『【ステップLV3】に上昇しました』

『【健脚LV3】に上昇しました』


 蜘蛛に激突、する寸前ッ、地面から吸い上げた反動を、両腰に溜めた掌底二つに乗せ──ギュルッ!内側に捻りながら同時に突きッ出す!


 激烈なる螺旋が二つ。


 それらは蜘蛛外甲殻に同時着弾──ザザザガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!


 『回転LV4に上昇しました』


 ドリルと見立てたこの攻撃は、硬い毛を砕きながら見事、外甲殻に届いた、だけで終わらさなかった!二つの着弾点で同時発生した渦巻くエネルギーが中間地点で対衝突!その捻じれの軋轢は、外甲殻の内部まで透ってッ、、、遂にッッ!



 ──ピしッ──



 今、確かに聞こえた。蜘蛛にも聞こえただろうか。自慢の外甲殻に亀裂が入ったこの音が。



「… !──~~~~~!!!」



 …どうやら聞こえたようだ。声にならない声で鳴き、慌てて脚を持ち上げている。…が、しかし。


 上げたのは亀裂が入った脚でなく。上げたのは何故か香澄から遠い後脚。


 という事は香澄を狙って振り上げた訳ではない…?


 

  …では、何を狙って…とにかく。


 持ち上がったそれは振り下ろされた──



 その先にあったのは────







 


 ─────均次



「 やめ───!」






 香澄が声を上げた瞬間に、


  ピタリ止まった? 


   …いや、止めたのか。



『精神耐性LV2に上昇しました』



 謎の声のアナウンスを遠くに聞きながら。香澄は呆然と蜘蛛を見上げたまま固まって………そう、今度は彼女が愕然とする番だった。


 ずっと、頭の片隅で、不審に思っていた。


 自分よりも遥かに強い均次を何故先に殺さず、囚えるだけで放置していたのか。その不自然から導き出される可能性を、香澄は無意識に見ないようにしていた。そのツケが、今──



『精神耐性LV3に上昇しました』



 そう、この蜘蛛は今、明らかに、均次を人質とした。


 つまりこれは、自分と均次が愛し合う中であると理解していて…自身が不利になった際には、ここぞと人質として使うつもりで──


 



『精神耐性LV4に上昇しました』



 この蜘蛛は賢い。それは分かっていた。でもまさか…『愛』という、概念。それを知り、それを利用するほどに自我を発達させていようとは、流石に信じがたく、、、しかし、


 それを裏付けるように。


 この蜘蛛は、()()()()()



ツガイ()、ガ──ダイジ(大事)、カ」



 それを聞いた香澄は、ゴクリと喉を鳴らした。それしか出来なかった。



『精神耐性LV5に上昇しました』



 そして硬直以外何もしなくなった彼女を見下ろす蜘蛛は──



「──イ、ギッ、イギギ!イギイギイギイギギ!ギギギギギギギ、イギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギィイィィイイイイ!」



 …やっとの勝利。それを前倒しに確信し、堪えきれず醜悪な高笑いを上げた。


 この万が一を考え、折角捕らえた敵最大戦力を殺さなかった己の賢明さに酔いしれながら。 


 今の今までひた隠しにしてきたストレスを思っていた。


 内臓の多くを締め潰し、主幹となる骨の悉くを引き砕いておいたといえ、最大の敵を生かしておくという、この、特大のストレス。


 それが報われたこの瞬間に、己の概念にない神の祝福さえ感じながら…ッ、



 

 ──しかし。




 やはりだ。この蜘蛛は気付いていなかった。自身に忍び寄る不『運』に。それは──



 ジュお「今だよ!」

 がし!「任せて!」



 まさか、これほど見事なタイミングで邪魔する者が現れようとは────その誤算に数瞬呆気にとられ──我に帰った頃にはもう、囚えていたはずの男は──いない!?──繋がっていた糸も切られて──それに気付いた時はもう遅く。


 聞こえた足音を追って見れば、不器用な足取りながらも素早く距離を取り、構えを取った小柄な赤い人間と、男を抱えてさらに先行して距離を取ったあの者──あれも…人間か?なら、何故、見えているようで、見えな──ぃや、そんな場合では──もう、ない!


 あまりの予想外から何とか我に帰ろうとしたが、出来なかった。それは、感じたからだ。背後から歩み寄る存在を。


 その緩慢な動きが悪寒を誘う。


 この緩慢さに覚えはない。


 だがこの不気味さには覚えがある。


 それだけをヒントに分かってしまう。


 見ないでも分かってしまう。



 ──あの、矮小な──



 確保していた人質を奪われた不覚と、それにより注意が目前の脅威から一瞬でも逸れてしまった二重の不覚を猛烈に後悔しながら確認すれば──やはり。


 

 『アレ』がいて、何やら呟いていた。


「うん、、ダイジ、、」


 

 それは、とても小さな声だった。何を言ったか分からなかった。


 それよりもあの、ゆらゆらとしてゆっくりとした動き…。


 それを見ながら、蜘蛛は思わずにいられなかった。



 ──追い詰めたはずだった。それが今や不気味に息を吹き返し、さらにはこんな余裕まで見せている。


 …なんたる小癪。結局は矮小である分際で──


 いつもの傲慢で思おうとしたが、もう誤魔化せない──あの『怪物』は一体、何なのか。いつ現れた?──などと…今の今まで戦っていた相手にそんな事を思っていた。



「──凄く、大事…」



 また何やら呟いたと思えばその『怪物』は、下に向けていた視線をまたゆっっくり、ずらしてゆく。



 そしてようやく、こちらを見た。



 ──『凶気の沙汰』 強発動──



 その視線に──コワイ!オソロシイコワイ!──オソロシイコワイオソロシイコワイオソロシイコワイオソロシイコワイオソロシイコワイオソロシイ──ナンダコイツハナニトタタカッテイタノカジブンハ──突発した恐慌。なす術はない。混乱する以外にない。

 


 一方の澄は自然と漏れ出る殺気を意にも介さず、さっきまで楽しいと思っていた自分をじっくりと恥じていた。


 そしてじっくり吟味していた。


 ──均次を殺すと脅された時、自分の中の楽しいは瞬時に恐怖に書き換えられてしまったが、彼の危機はどこの誰だか分からない人々によって払われた。


 だから今の自分に恐怖はもうない。勿論楽しいなどは跡形もない。


 では


 その代わりに残ったこれは、何なのだろう。虚無ではないし──ああ…そうか。


 これは、あれだ。



「…ゆる せない…?」



 憎しみ…いや、少し、違う。



「うん、ゆるせない…ゆるせなイ、ゆるせナイ」



 これは、、、激しく燃え上がって、血をブクブク煮え滾らせて吐く息すら赤く、朱く紅く赫くアカくあかくしてしまいそうなぁ…ッこれはぁ…ッ!


 ……


 …ああそうか、これは──



「許ッせなイ…絶タイにッ、」


 

 ──憤怒。



「ゼッタイに、許サナイッッ!」



 蜘蛛は言葉の意味を理解しながら呆然としていた。この小さな体躯からどのようにしてこんな低く畏ろしい声を出しているのか不思議に思ってさえいた。


 そして無意識に連想していた。連想したはいいが馴染みがあるようでないこれが、何であったかを思い出そうとして──そうか、これは…



「ギ ギ、ギ──シ──?」



 ──死。



 小さな蜘蛛であった頃、それは日常にありふれていて、強者となり過ぎた今は忘却の淵に追いやっていた。


 それを今になって、こんなにも生々しく思い知らされてしまうとは…。


 その恐怖で蜘蛛の精神は傲慢から脆弱へと急速に崩れつつあった──が、しかし、


 腐っても頂点の一角。


 この蜘蛛だって悪足掻いてきた者。

 その性根は混乱すらもヒントにした。

 その結果、あろう事か、

 冷徹も傲慢も焦燥も脆弱も何もかも、


 切り捨てた。


 それも、精神ごと放棄して。


 こうして狂気を発症した。



 これは考えるより先に本能が判断した結果…いや、こうでもしないともう太刀打ち出来ない、という堪らずの発動だったかもしれない。


 もはや格下などと思うまい…ではなく思えない。この『怪物』は自分を殺せるっ!その思いだけが彼を衝き動かしていた。


 一方の香澄も似たようなもの。『均次の境地』に立ったばかりの彼女は、まだその扱いに慣れていなかった。そこを突発の激情に付け込まれてしまった。その結果、


 彼女も狂気を発症した。


 人間と蜘蛛。

 小さな女子と巨大な蜘蛛。

 人と魔物。

 二つの瞳と八つの単眼。


 どこを取っても明確な違いしかない両者が、その眼に宿したものは奇しくも同じものだった。


 ただ我武者羅に、血で血を洗う事しか出来ない狂気と狂気。


 それが今、ぶつかり合う。


 誰が言ったか、戦いとは水物。然りである。この戦いも次の混迷に移ろおうとしている。


 

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