97 世界の意思。
『運命の分かれ道』という言葉がある。
これは『過去に戻ってやり直せたら…』という、誰もが一度は思う願望から派生した言葉なのだが、『一度決まった未来、すなわち過去となったそれは変えられない』という、どうしようもない現実も暗示している。
例えば過去に戻る事が特別に許されたとして。
そこで違う選択をしても結果は大して変わらない。
変わっても悪い方にしか変わらない。
もし劇的に良い方へ変わって見えても、それは一時の事でしかない。
つまり何が言いたいかと言うと、『世界はそんなに甘くない』という事だ。
過去には戻れないし、戻れたとしてもどうせ未来は変えられないのだから諦めるしかない。
それでも諦めない者には、さらなる困難が降りかかる。
その困難を乗り越えようものなら、さらなる後悔が待っている。
世界はそう、出来ている。
そもそもとして、過去に戻るなど世界にも出来ない事だ。
出来ないそれを取り締まる事も出来る訳がない。世界とは大いなる存在ではあるが万能ではないのだ。
というより、
世界自らが全ての生命体を監視し、均衡を崩す者あらば即座に動く、なんて面倒をする必要自体がないのだ。
何故なら、世界のそんな不測と不足に対応するシステムが専門として在るからだ。ちなみにこのシステムに正式な名称はない。強いて挙げるなら、
人が『運命』と呼ぶものが近しいか。
この『運命』はどの世界も必ず宿すシステムでありながら、宿主である世界ですら干渉出来なくなっている。
権能としては『それぞれの世界で総量が決められて在る『運』(※あらゆる因果に作用するエネルギー)、これを自動で操作、管理運用して世界に均衡をもたらす』というもので──ここまで話せばお察しと思うが。これに触れる事は禁忌中の禁忌とされる。にも関わらず、
この禁忌に大いに触れた者がいる。
言わずと知れた平均次だ。
彼は過去に回帰しただけでなく、『鬼』を倒す事で二千余もの命を救い、数多の未来を変えてしまった。
それが如何に、『運命』の調律を乱し、引いては世界の均衡を崩し、存続を危うくするかなど、露も知らずに。
その後すぐに殺されてしまった均次であったが、実を言うとあれは『運命』が『運』を操作して均次の因果に干渉した結果であり…そう、確かにあの時、平均次は『運命』に異物と判断され、排除された。
…そのはずだった。しかしあろうことか、彼は世界循環に還るはずだった自身の魂を修復してしまった。
しかも他者の魂…どころかダンジョンコアまでも吸収し、無理やり現世にとどまるという形で。
それがこの世界においてどれほど重い罪であるかも知らず。
よって逃げるでもなく。そのまま居直り、居座ってしまった。
ならば再び排除すべしと『運命』が動いたかと言えば…そうはならなかった。
それは、均次が『内界』という一つの世界を宿していたからだ。
確かに、『運命』とは強固なシステムだ。しかしそれはあくまで『その世界のためにある自動システム』なのであって、『他の世界に干渉する権限』まではプログラムされていない。
そのシステムの穴を、均次は計らずも突いていた。
昨夜無垢朗太が言った『運命』という言葉に均次が異常な反応を示したのは、それが原因。
『運命』という巨大なシステムの実在を界命体のセンスで感じ取ったからだ。
自身がその庇護と支配から外れてしまった事実を、本能から畏れたからだ。
かくして、彼の本意不本意に関係なく。
ダンジョンの侵食によってただでさえ狂い切っていたこの世界の歯車は、さらに狂う事になる。均次という、異物でしかない歯車が組み込まれた事で。
ただでさえ切羽詰まった所で『運命』にも頼れなくなった世界は、重要資源である『運』がこれ以上均次に汚染されぬよう自ら動く事にした。
均次がこの世界の所属であった事を利用して因果をたどり、彼が宿す『運』魔力の流れを反転させたのだ。
均次の『運』魔力がマイナス表示になっていたのには、そんな経緯があったのである。
しかし、魔力とはこの世界が本来なら宿すはずもない、つまりは異なる世界のエネルギーなのであって、実を言えばこの世界が干渉して良いものでは本来としてない。
だからこれは『なんとしてでも平均次を排除する』という、世界意思の表れ。
…そう見えるが、『運命』という強固極まりないシステムからも完全に脱却してしまえる、そんなスーパーイレギュラーが相手ではさすがの世界もそれ以上の干渉が出来なかった…と言うのが正しい。
ここまでを踏まえると、大家香澄もこの世界に危険視されて当然の存在に思える。
何せ密呼という神格者の魂と融合して己が魂を補完し、その影響で『運』を操作する【運属性魔法】なるスキルまで備えてしまったのだから。
しかしこれは均次に比べればまだ可愛い方とされた。
実際、彼のように『生き返った』訳でもなければ、俗に言う『奇跡』レベルの『運』操作まで出来る訳でない。そう収まったのは神格者たる密呼の調整による所も大きいだろう。だから緩い措置で済まされている。つまりは……そう。
無罪放免とは、されてない。




