Epilogue ヒトって不思議
ヒトという生き物は実に興味深い。
興味が尽きない。
見ていて飽きがこない。
複雑かつ高度な思考と感情を有している。
竜や精霊に比べれば拙いものの、動物のそれとは明らかに異なる。
未だ見ぬジュウジンなる存在に対しても、弥が上にも期待が高まるというもの。
まさか災禍の獣が、そのような存在を生み出してみせるとは。
予想外にも程がある。
前例が無い。
彼の異形は、他の生物を模倣する性質を有してはいる。
竜にしろ精霊にしろ、模倣されることを最大の禁忌と戒めるほどには厄介な代物だ。
だがしかし、知的生命までをも模倣してみせるとは、想像だにしなかった。
このことからも、模倣されるリスクが、また一段と跳ね上がったわけだ。
地上での発生率は、うんと減少した。
そうそうお目にかかることもない。
もしあるとすれば、こうした浮島に潜む可能性。
かつて、まだ対抗手段が確立されていなかったころ。
数多くの同胞たちが、自己犠牲を厭わず、大地と共に地上を離れた。
その痕跡とも言える浮島群は詰まるところ、同胞たちの墓標に等しい。
敵わなかったのであれば、浮島諸共消滅していることは必然。
残っているならば、少なくとも道連れにはしてみせたということ。
今までであれば、そう思っていたところだ。
とは言えそれも、この浮島を発見するまでのこと。
休眠という手段で以て、延命してみせるとは。
此処で得られた数々の情報は、どれも高い価値がある。
都度、情報共有を行っている同胞たちからの関心もまた、日に日に高まるばかり。
もうしばらくの間は、情報収集に努めるべきだろう。
「やっほー♪」
『やっほー♪』
いつも顔を見せにくる、小さなヒトだ。
同胞の息吹を強く感じる個体。
か弱いヒトたちの中にあっては、さぞや強力な個体なのだろう。
「なにしてあそぶー?」
『そうですねー』
他の個体からも、凡その身体能力は測り終えた。
後はもう、強力な個体同士による接触でもない限り、有益な情報は得られそうにもない。
『力比べでもしてみますー?』
「おおー、しょうぶ?」
「おい駄竜。子供相手に何をするつもりだ」
おっと、相変わらず目敏いことで。
この個体は、能力こそ低いものの、高い行動予測の精度を誇るようだ。
こうしてそばを離れず、警戒されているのがありありと伝わってくる。
『単なるレクリエーションですよー』
「また訳の分からん言葉を使いやがって。力自慢がしたいなら、あっちの建設現場の手伝いでもしてろ」
『竜は物作りには不向きなんですー。精霊みたく器用じゃあありませんからね』
「作れとは言ってない。不器用だろうが、物を運ぶぐらいならできるだろ」
『とても楽しいこととは思えません』
「いーやー。あそぶのー」
「あでッ。殴るな、痛いっての」
『おっと、弱い者いじめは良くないですよ』
「ぶぅーぶぅー」
折角の素体。
みすみす壊されてしまっては敵わない。
「ホント男の癖に情けないわね」
「性別は関係ないだろ。いちいち絡んでくるなよな」
「フンだ」
『最近は随分とご機嫌斜めですねー。もしかして生──』
「それ以上言ったら、ぶっ飛ばすわよ」
『ひぃッ』
能力の低さとは相反して、狂暴な個体である。
「あそんでー」
『あーはいはい』
尻尾にしがみつかれたので、そのまま左右に揺らしてみる。
「わきゃー!」
「間違っても怪我させるなよ」
『分かってますって』
次は上下に。
「うきゃー!」
この程度の力では、振り解けませんか。
今度は回転。
「わふぅー」
「おいこら、やり過ぎだ!」
『あいたぁー』
最近、遠慮が無くなってきましたね。
扱いがぞんざいになってきたとも言えますが。
『いいですか? 暴力というのは、何も表面的な影響だけに留まりません。心にも見えない傷を負わせたりするものなのです』
「子供を振り回すのは、暴力には該当しないってのか?」
『これはじゃれ合ってるだけです。ねー♪』
「ねー♪」
「いいからやめとけ」
「えー、つまんなーい」
「遊びの内容が過激なんだよ。せめて背に乗せて歩くぐらいに留めとけ」
「おー、それやりたーい!」
『飛んじゃダメなんですか?』
「落ちたら無事じゃ済まないだろうが。飛ぶな、歩け」
『仕方がないですねー。じゃあ、お散歩しましょうか』
「やったー!」
器用に尻尾から背までよじ登ってくる。
少しくすぐったい。
『うひッ、あひゃッ、おひょひょッ』
「……その奇声は持病か何かか?」
『失礼な! くすぐったかっただけですよ。ではでは、出発しましょう』
「おー!」
「暗くなる前には戻って来いよ」
『分かってますって』
この抉れた地面に沿って、ぐるりと一周でもすればいいだろう。
背の翼を閉じ、四つん這いのまま、ゆっくりと進む。
「きゃー! たかーい!」
『飛んだらもっと高いんですけどねー』
「けちー」
『ですねー』
周囲には多くのヒトと物が溢れている。
こちらに気が付くと、慌てた様子で頭を下げてくる。
話を聞いた限りでは、この地に居た同胞の扱いは、かなり酷いモノだった。
同胞の無念を晴らすべく、こちらが行動するとは考えていないのだろうか。
「ふんじゃだめー」
『大丈夫ですよー。ちゃんと避けてますから』
思考を読まれた?
いやまさか。
ただの偶然でしょうね。
『それにしても、まだ完成しないんですかねー』
「おしろー?」
『ですです』
「おしろ、おっきーから」
『ほほー、それは楽しみですねー』
「たのしみー」
ヒトのサイズから推し量るに、それほど巨大な住居は必要そうには思えないのだが。
これは精霊の影響なのかな。
あの種族は、物を作るのが得意だし。
住処にしたって、自然そのままではなく、何だかゴチャゴチャしたモノを好んでいる風だ。
「おしろ、かくれんぼするー」
『それも遊びの一種なんですかね?』
「かくれるー」
『ふむ?』
「さがすー」
『ふむむ?』
「みつけるー」
隠れる、捜す、見つける。
擬似的な狩猟でしょうか。
あまり文化的とは言えませんね。
『他の遊びは無いんですか?』
「ほかー?」
『そうです。もっと文化的な遊びです』
「ぶんかてき? なにそれ?」
『まだ難しかったですかねー』
「むずかしー」
ヒトという生き物は、竜に比べて知能が低い。
もしくは、成熟に時間を要すると表現するべきか。
竜ならば、生まれながらに、相応の知性を有しているものなのだが。
そこは似なかったらしい。
『もっとこう、頭を使った遊びはありませんか?』
「あたまー?」
『そうです』
「うーん、うーん」
子供への教育は行われていないのだろうか。
いやしかし、だとすれば、独力で成長していることになる。
「ごっこあそび、かなー?」
『それはどんな遊びなんですか?』
「うーんと、まねっこ?」
『ふむぅ?』
ごっこ、まねっこ。
何だろうか。
詳細については、他の個体に尋ねてみるべきか。
『色々な遊びを知ってるんですねー』
「えへー」
『お勉強はしないんですか?』
「うえぇ」
『おや? 勉強は嫌いです?』
「きらーい。つまんなーい」
一応、何かしらの教育は施されているわけか。
この個体の成長過程を観察することで、解明できるに違いない。
『知らないことを知るのは、とても楽しいことだと思いますよー』
「そうかなー」
『そうですとも』
「じゃあ、かわりにべんきょうしてー」
『なるほど、そうきましたかー』
絶妙なペース配分で、日暮れ前に元の場所へと戻って来た。
「お、戻ったか。乱暴な真似はされなかったか?」
「ないー」
身を伏せると、背から勢いよく跳び降りてみせた。
『そんなことしませんってば』
「どうだかな。前に掛け声つきで小突かれた覚えがあるんだが?」
『ちょっとした茶目っ気ですよー』
「骨が砕かれたんだが?」
『カルシウムが足りてないんですよー』
「何だそれは。また訳の分からんことを言いやがって」
『言葉が通じないってもどかしいですね』
微妙に言葉が通じたり通じなかったりすることが、ままある。
言葉自体は、竜も精霊も共通しているから、ヒトも同様らしいのだが。
やはり、この閉じた環境では、進歩にも限界があったのか。
「どうせ勝手な造語でも使ってるだけだろ」
『そんなことありませんよーだ』
「おさんぽ、たのしかったー! またやるー!」
「まあなんだ。ありがとよ」
『デレましたね』
「だから分からんっての」
感謝の言葉。
ヒトはよくその言葉を口にしてみせる。
非力だからこそ、協調性を大事にしているというわけか。
『もっとデレてくれて構いませんよ。ほらほら』
「爪で突っつくな! 胴体に穴が開いたらどうしてくれる!」
『大丈夫ですって。すぐまた治してあげますよー』
「穴が開くほうを否定しろよ!」
竜は群れで行動しない。
強く巨大で、他を頼みとはしない。
精々が番というところ。
そういう意味に於いても、ヒトは精霊に近しい生き物に思える。
この地の同胞は、いったい何を思って、ヒトを生み出したのだろう。
竜に似せるでもなく。
どちらかと言えば、精霊にこそ近しい姿として。
弱く、小さく、愚かで、幼い。
生物として備えるべき力に欠けている。
そんなモノが、あの災禍の獣を斃してみせるとは。
精霊の助力があったにせよ、信じ難いことだ。
知りたい。
どうして成し得たのかを。
力も知恵も劣るモノに秘められし何かを。
これで、当分の間は退屈などせずに済む。
『ふへッ、うへへッ、あひゃひゃひゃひゃッ』
「いちいち気持ち悪いんだよ!」
『あいたぁー⁉』
これにて本作は完結となります。
過去とは違う形で、再び集い始めた仲間たち。
主人公すら知り得ぬ未来が、これから先には待っているようです。
お楽しみいただけていれば、是幸いにございます。




