表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
終章 四周目 骸の竜
93/97

Epilogue 魔術局帝国支部

 どうにも此処は、息が詰まって仕方がない。


 他の者たちは、そう感じたりはしないのだろうか。


 1日中屋内に、地下に居続けるなどと。


 今日も今日とて、外の空気を吸いに階段を上ってゆく。


 あの決戦を終えるまでは、覚悟に微塵の揺らぎもありはしなかった。


 だが、今はどうだ。


 こんな環境がずっと続くなど堪らない。


 耐えられる気がしない。


 ならば、選択を間違えてしまったのか。


 学友と共に闘うことではなく、世界を見て回ろうとしていたなら。


 少なくとも、こんな気持ちを抱くことにはならなかったはず。



「……ハァッ」



 最近、溜息が癖付いてしまっている。


 良くないなと自分でも思ってはいるのだが。


 ああ、故郷の南区が、あの自然が恋しい。






「んんんーーー!」



 肺いっぱいに空気を吸い込み、鬱屈した気分諸共に吐き出してゆく。


 外にすら出ることが叶わなかったなら、きっと数日も居続けられはしなかったに違いあるまい。


 本当に息が詰まる場所だ。



「や、やっぱり、今日もいらしたんですね」


「ええ。そういうアナタこそ」



 馴染み深い顔が出迎えてくれた。


 この者との付き合いも、もう随分と長くなる。


 エルフの耳や獣人の毛など、自身に無いモノに対して、尋常ならざる執着をみせている、少々変わったところもあるが。


 それでも、良き友人には違いない。


 そう、この場には居ない彼女も含めて、かけがえのない友人たちだ。



「え、えへへ。ど、どうにもまだ慣れなくて」


「学院の延長線上かと思っていましたが、こうも環境がガラリと変わってしまうとは。思ってもみませんでした」


「そ、そうですね」


「こうしてみると、彼女が羨ましくも思えてしまいますね」


「え、ええっと?」


「魔術の資質さえ無ければ、このような場所に身を置くことも無かったはず」


「あ、ああ、そういう意味でしたか」


「ご実家に帰れなくて、残念でしたね」


「え、ええまあ。で、でも、皆さんも同じなわけですし」


「こんな未来を望んでなどはいなかった」


「え、エルフさん……」


「……すみません。不要な発言でしたね」


「あ、あの、あんまり思いつめないでくださいね。う、ウチで良ければ、いつでもお話をお聞きしますので」


「ええ、ありがとう。ワタシは良き友人に恵まれました」


「そ、そう言われると、照れちゃいますけど」






 来る日も来る日も、知識を叩き込まれる。


 読み書きができない分、誰かから口頭や実践で教わるしかないため、自分のペースで行えもしない。


 疲れてゆく。


 淀んでゆく。


 沈んでゆく。


 こんな日を迎えるべく、今まで生きてきたのか。


 こんな日々を続けることが、自分の人生なのか。


 苦しい。


 息が詰まる。


 誰か、誰でもいい。


 どうかワタシを、此処から救い出してください。






「──また随分と暗い表情をしていますね」



 眼鏡をかけた、仄かに青みがかった短髪の女性。


 確か、この組織で二番目に偉い人ではなかったか。


 直接の上長でもないのに、どうして。



「ワタシのことは、どうかお構いなく。それよりも、本題に移ってください」


「分かりました。お2人をお呼びだてしたのは──」



 不自然な間が空く。


 長い、長過ぎる。



「し、したのは?」


「一緒に帝国に行きませんか?」


「は?」


「ふぇ?」


「──なんて、いきなり言われても戸惑ってしまいますよね。順を追って説明しましょうか」


「……お願いします」


「つい先頃、皇帝が交代なされたのはご存じでしょうか?」


「う、噂には聞いてます」


「新しい皇帝は、とても開明的でおられまして、この度、魔術局の支部を帝国に、という計画が進行中なのです」


「す、凄いこと……なんですよね」


「それはもう! 帝国は、魔術に対して懐疑的な立場を崩すことはありませんでしたからね。これには、先の大戦の影響も少なくはないのでしょう」


「では、ワタシたち2人をその支部に、と?」


「そのとおりです」



 一瞬、ほんの一瞬だけ期待してしまった。


 外に出られるのではないか、と。


 でも違っていた。


 また違う檻に移し替えられるだけのこと。



「何故、ワタシたちなのですか? 直接の面識は無いと記憶していますが。加えて、人族以外は入国すらもできないと聞き及んでいます」


「もちろん理由ならありますよ。片や、王国有数且つ帝国との交易も盛んな商家出身。そしてアナタはエルフ、先の大戦で多大な功績を残した、ね」


「それはエルフ領の者たちのことでしょう。ワタシではありません」


「ええ、知っていますとも。ですが、知らぬ者も多い。単にエルフの協力があった、という事実のみが広がっているでしょうね」


「ワタシに代わりを演じろと?」


「そうではありません。今のは、相手が勝手にそう捉えるかも、というだけのお話に過ぎません」


「では、真意は?」


「人族以外の者が帝国に入る。それは、アナタが想像する以上に、大変意義深いことなのです。何せ、前例など一度とてありませんから」


「相応しいエルフなら、他にもいるでしょう」


「何を以て相応しいとするかにもよりますね。ワタシがお誘いしているのは、他の誰でもない、アナタです」


「あ、あのぅ、ウチからも質問していいですか?」


「ええ、構いませんよ」


「そ、その支部というのは、もう建物はできあがっているのでしょうか?」


「いいえ。現在、帝都にて大規模な改修作業が行われているそうでして。ならばついでにと、支部も建設していただこうかと」


「じゃ、じゃあ、完成するまで、帝国には向かわないのでしょうか?」


「建物の利便性を考えるならば、建設時に立ち会うのが理想的でしょうね。聞くのと見るのとでは、やはり違いますし」


「つ、つまり、建物ができあがるまでの間は、外で生活できるってことでしょうか?」


「そうなりますね」


「──ッ⁉」



 外に出られる⁉


 この友人が聞き出したかった情報はこれだったのか。



「分かりました。お引き受けします」


「う、ウチも」


「ありがとうございます! フフ、きっと彼も驚くことでしょうね」


「彼?」


「ダメですよ? 独り言は、たとえ聞こえてしまっても、尋ねたりしてはいけません」


「そういうものなんですか」


「そういうものなんです」



 何か良からぬ企みが?


 いいや、今は構うまい。


 外に出られる。


 それだけで十分過ぎる。






 ああ、やはり素晴らしい。


 馬車に乗ることにすら、感動を覚えてしまう。


 撫でつけてゆくのは、淀みのない外の空気。


 土の、植物の、動物の、人の、雑多な匂いが鼻孔を刺激する。



「随分と嬉しそうですね」


「ええ、とても。誘っていただき、感謝します」


「どういたしまして。もっとも、感謝されるには早過ぎるとは思いますけどね」


「み、耳がピクピク動いてるので、かなりの上機嫌だと思います」


「まだ帝国にすら着いてはいないのです。今からはしゃいでいては、すぐに疲れてしまいますよ」



 ずっとこうしていられたなら、どれほど素晴らしいことか。


 帝国になど、着かなければいいのに。






「──え? アンタたち、何で此処に居るわけ?」


「アナタこそ、どうして此処に?」



 幾日もかけて到着したのは、立派な館だった。


 この近くに、例の建設現場とやらがあるらしい。


 のだが、思いがけぬ人物との再会を果たしていた。



「あら、どうやら局長に先を越されてしまったようですね」


「……これはいったい、何のつもりですか?」


「魔術局の支部に、将来有望な人材をスカウトしたまでのことです」


「嘘ですよね」


「こんな嘘吐きませんってば」



 副局長と話している男性。


 彼には見覚えがある。


 教導の時と決戦の時に会った人物に相違あるまい。


 これは偶然?


 それとも、何か意味があってのことなのか?



「──ってわけでね。此処でお世話になってるのよ。で、アンタたちこそ、どうしたのよ?」


「う、ウチたちは、魔術局の支部が新設されるそうなので、その人員として来たんですよ」


「魔術局って、お母様の? お母様もいらしてるの?」


「い、いえ、同行しているのは、副局長さんです」


「そう。残念だわ。久々にお会いできるかと思ったんだけど」


「そ、そんなに長く此処に居るんですか?」


「そうね……かれこれ一ヵ月ほどかしら」


「な、なら、ちょっと大げさじゃないですかね」


「お母様とこんなに長くお会いしてないのは、初めてのことだもの」


「う、ウチなんかずっと、ずーっと会えてませんよぅ!」


「ちょ、そんな顔しないでよね。悪かったってば」


「──フフ」



 卒業してきりだったが、こうして揃えば、もうすっかり昔のままだ。



「その様子じゃあ、まだアレは見てないみたいね」


「な、何のことですか? も、もしかして怖い系の話だったりしますか?」


「最初は怖いかもしれないわね。慣れればどうってことなくなるけど」


「こ、怖いなら見たくないですぅ」


「まあまあそう言わずに。大丈夫、噛んだり引っ掻いたりなんかしないから」


「な、何が待ち構えているんですか⁉」


「あまり怖がらせないであげてください。意地悪が過ぎますよ」


「同じ気持ちを共有したいってだけよ。悪意はこれっぽっちも無いんだから」



 良かった。


 彼女に変わりはないようだ。


 卒業前は、将来について思い悩んでいた風に見えたのだが。



「きっと驚くこと間違いなしよ。精々覚悟を決めておきなさい」






「ぎゃーーー! ま、魔獣ぅーーー!」


『うおぅ⁉ いきなりの暴言を浴びせられましたか⁉』


「これは──」



 キラキラと光を反射しているのは、鮮やかな青の群れ。


 決戦の折、遠目に見た存在たちと、形状がほぼ相似している。



「精霊の魔術とは、係わりは無いのですよね?」


「はい。この大地の外から来たそうです」


「未だ現存する個体が居るだなんて。こうして目の当たりにしても、にわかには信じられませんね」


「他にもたくさんいるそうですよ」


「そうなんですね。大地の外ですか。想像もつきませんね」


「ええ、全く」



 あちらはあちらで、興味深い話をしているようなのだが。


 まずはこちらの収拾に努めるべきだろう。



「はいはいどうどう。少しは落ち着きなさいってば」


「いーーーやーーー!」


「本当に魔獣だったら、そんなに叫んだら一瞬で食べられてるわよ」


「殺気も闘気も感じられません。敵意はありませんよ」


「い、いいい、いやいやいやいや」


『がおー!』


「ぴぎゃーーーーー!」


「アホか! 何やってんだオマエは!」


『ま、またぶちましたね⁉ パピーにもマミーにも──』


やかましい!」


「ちょ、ちょっとキミ⁉ そんな真似をして、大丈夫なんですか⁉」


「いいんですよ、このぐらいで。口で言ったぐらいじゃあ、聞きやしませんから」


『良くないです! 全然良くないですよー! 暴力反対です! DVです! DQNです!』



 実に騒がしい。


 いや、この場合は、賑やかと表現すべきなのか。


 此処はどうやら、息苦しさとは無縁のようだ。






 場が落ち着きを取り戻したころ、意を決して声を掛けてみることにした。



「少し、お時間をいただいても構いませんか?」


「あ? 俺か?」


「はい」


「まあ、別に構わないが」


『ヒューヒュー』


「まだ懲りてないのか? あ?」


『ひいぃ』



 竜。


 伝承にうたわれる存在。


 こうして実在していたことも驚きではあるが、その超常たる存在に対し、物怖じしないこの人物も相当なものだ。


 皆から少し距離を取った場所で足を止める。



「どうしても、ちゃんとお礼を述べておきたかったもので。命を助けていただいて、ありがとうございました」


「……人違いじゃないのか?」


「ワタシはエルフ。目や耳は良いのですよ」


「……だったな」


「もしかして、エルフのお知り合いが?」


「あー、まあ、そんなとこだ」


「そうでしたか。先に来ていた彼女は、もう?」


「いいや、気付いちゃいないさ。それでいいんだ。恩に着せるつもりなんて、元から無いしな」


「アナタがそう仰るなら、余計な真似は控えましょう」


「そうしてくれると助かる」


「……つかぬことをお聞きしますが、何処か調子を崩しておいでなのでしょうか?」


「あ? いや、そんなことはないが。どうしてそんなことを聞く?」


「以前とは纏う気配が違っていたもので」


「なるほどな、そういうことか。こっちが普通なんだよ。前のほうが異常だったもんでね」


「そうでしたか。不調でないなら何よりです」


「話は済んだか?」


「いえ、できれば後もうひとつだけ、伺わせていただきたいことがあります」


「何だ?」


「ワタシたちが魔獣討伐の訓練を受けていたころの話です。あの時のアナタの様子、尋常ではありませんでした」


「そうだったか?」


「はい。思い詰めているように見えました。しかし、ワタシにも彼女にも、思い当たる節がありません。それがずっと疑問だったのです」


「忘れちまえ。オマエたちには関係の無い話だ」


「嘘ですね」


「……何だと?」


「目は良いと、先程言ったはずです。アナタの目は、未だ拭えぬ後悔の色が見て取れます」


「どんな目だよ」


「ワタシの目を覗き込んでみますか?」


「……いや、遠慮しとくよ」


「誰かに打ち明けることで、楽になることもあると聞きます」


「余計な世話だ」


「そうですか。では、また明日伺います」


「あ?」


「それでダメなら翌日に。それでもダメなら──」


「待て待て待て待て。いったい、何のつもりだ」


「ワタシは命を救われました。助けていただきました。であれば、ワタシもアナタを助けたい」


「助けてほしいことなんて無いっての」


「……ふむ、今の言葉に嘘は無さそうですね」


「オマエなぁ……」


「気が向いた時で構いません。これから長い付き合いにもなるのでしょうし」


「……ったく、変わらねぇな」


「先程も言いましたが、耳も良いのです。独り言は控えるべきかと」


「やれやれだ」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ