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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
終章 四周目 骸の竜
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Epilogue 訪れた機会

「お母様ッ!」


「何度請われようと、ワタシの答えは変わりません」


「どうしてですか⁉ ちゃんと戦えます!」


「もう戦う必要などありません」


「まだ魔獣の脅威は残っているではありませんか!」


「アナタのすべきことではありません。引き続き、花嫁修業にいそしみなさい」


「嫌です!」


「……ふぅ。どうしてそう、聞き分けがないのですか」


「認めてくださったからこそ、あの戦場に参加させていただけたのではないのですか⁉」


「アナタがしたこととは何でしたか?」


「それは……」


「あの戦場に於いて、アナタの役目は魔獣と戦うことでしたか?」


「……いえ、違います」


「人にはそれぞれ、果たすべき役目があります。成程確かに、アナタは見事役目を果たしてみせました。それはワタシも認めるところです」


「では」


「ですが、アナタを含めた学生が担ったのは、戦闘そのものではなく、戦闘の支援だったはず。それを逸脱し、壁の外へ赴いたとも聞き及んでいます」


「あれは! あれは、人を助けるためで……」


「壁外の救助活動を指示されたのですか?」


「……いいえ」


「ならば、与えられた指示を無視し、独断行動を取ったということですか?」


「人を助けるためです! それの何がいけないと仰るのですか⁉」


「分かりませんか? アナタの役目ではないからです」


「役目って……それでは、見捨てるべきだったと仰るのですか? それが正しい行いだと?」


「役目を逸脱した結果、どうなりましたか?」


「人を助けられました」


「何の問題も起きることなく、でしたか?」


「…………」


「誰かのために動けること、それ自体は誰にでもできることではないでしょう。むしろ美徳であるとも言えます。それが本心からの行動であったのであれば」


「…………」


「アナタは先程言っていましたね。戦えると。壁の外へと出たのは、本当に人を助けるためでしたか?」


「そうです」


「己が力を誇示するためではなかったと?」


「もちろんです!」


「人助けは口実に過ぎず、魔獣と戦うべく出て行ったわけではないのですね?」


「はい!」


「……いいでしょう。アナタの言葉を信じましょう」


「であれば、お母様」


「なりません」


「う」


「今、こうして命があるのは、偶然が重なった結果に過ぎません。アナタの実力などではなく、です」


「ならばせめて、機会を与えてくださっても良いではありませんか!」


「機会とは?」


「魔獣と戦う機会です。幼生体ならば、たおしてみせます」


「アナタ1人でですか?」


「はい」


「……ふぅ。いったいその自信は、どこから生じているのでしょうね」


「お母様!」


「予定とは随分異なりますが、こうなっては仕方ありませんね」


「で、では」


「帝国へ繋ぎをつけましょう。幸い、現在の皇帝ならば、多少の融通は効きます」


「……え、あ、あの、それはどういう」


「騎士とは、魔獣をたおせる者に他なりません。彼ら彼女らと剣を交えれば、自身に実力が伴っているか否かを知る、よい機会となることでしょう」


「魔獣ではなく、騎士と戦えと仰るのですか?」


「不満ですか?」


「当然です!」


「先だっての決戦に於ける王国の死傷者数は、帝国の数倍に上りました。それはつまり、戦士よりも騎士のほうが強いということでしょう」


「それはそうかもしれませんが」


「学院にて、戦士からの教えは授かったはず。であれば今度は、騎士から学んでみせなさい」


「では、騎士を打ち倒すことができたなら、お認めいただけるのですか?」


一考いっこうはしましょう」


「お母様!」


「これ以上の譲歩はあり得ません。機会は与えました。活かすも殺すもアナタ次第です」


「……分かりました、行きます」


「結構。期間は……そうですね、帝国の返事を待ってからとなると、月頭つきがしらから一ヵ月……いえ半年、余裕をもって1年としましょうか」


「そんなに長く、ですか?」


「期限となっても、帰国するか否かはアナタの判断に委ねます。よくよく熟考じゅっこうし悔いの残らぬように」


「えっと、その、いくらなんでも大げさ過ぎではありませんか?」


「不満ですか?」


「……いえ。機会をお与えくださり感謝いたします、お母様」


「──できることなら、もっと準備を済ませてから逢わせてあげたかったのですが。ままなりませんね」


「あの、何か?」


「コホン、こちらの話です。足は手配しましょう。ですが、帝国では単身で行動してもらいます」


「はい、それで構いません」


「では、それまでの間は、花嫁修業に集中なさい」


「え」


「返事が聞こえませんでしたが」


「……はい」






 此処が、帝都。


 町並みこそ、似た印象のようだけれど。


 活気、いえ、住民1人1人の気配が、王都とはまるで違うわね。


 此処で1年間も1人きり。


 ううん、やってやるわよ。


 それにしてもお母様ったら。


 出発の直前まで、何度も励むようにとばかり仰って。


 あれはいったい、何だったのかしら。



「黒髪に赤毛交じりの女、見つけた」


「ひッ⁉」



 突然生じた気配に、思わず身がすくみ上がった。



「王国の人。合ってる?」


「え、ええ、そうだけど」



 周囲の人たちとは、また違った気配を感じる。


 強さの程度が測れない。


 まるで空の果てを窺っているような、そんな錯覚を起こしもする。


 加えて、とんでもない美人だ。


 あのエルフで慣れたつもりだったけれど、彼女以上に整った顔立ちをしている。


 世の中には、こんな人族も存在するのか。


 何と言うか、完璧過ぎて、一緒にいるのが気恥ずかしくなってくる。



「案内、頼まれた。行く」


「あの、アタシ、此処には騎士と戦うために来てて」


「聞いた」


「もしかして、アナタも騎士なの?」


「そう」



 案内があるなんて話、お母様からは聞かされてはいなかったのだが。


 人攫いって雰囲気ではなさそうなんだけど。


 いきなり信用して良いものかしら。



「来ない?」



 まあいいか。


 なるようになるでしょ。



「それじゃあ、案内よろしく」


「ん」






 宿で2泊を挟み、案内された先は、小高い丘のような場所。


 余程の災害にでも見舞われたのか、丘の先では、広範囲に渡って地面が深く抉られているようだった。



「連れて来た」


「おう」



 そこにとんでもないモノが居た。


 青い魔獣。


 しかも、成体なんかよりも、何倍も大きい。



「な、ちょ、それ、魔獣!」


「違う」


「どう見ても違わないでしょ!」


「竜」


「いや、だから──」


『キターーーーーッ! どれどれ、お顔を拝見』


「ひいぃッ⁉」



 巨大な頭部が、こちらを喰らわんと迫る。



『ほっほぉー、こういう子が好みと』


「黙れ駄竜」



 怖い、恐ろしい。


 戦うことも逃げることも、できやしない。


 ただただ、その場に立ち尽くすだけ。


 けれどもどうしてだか、あの戦場で味わったモノとは、種類が異なっている。


 息ができぬということもない。



「……襲ってこない、の?」


「ん」


『おや、驚かせちゃいましたかね? 襲ったりなんかしませんよー』


「いったい何なのよ、コレ」


『コレ呼ばわりは酷いです! 失礼しちゃいます! マジヤバです! どこからどう見ても、れっきとした竜でしょうに』


「りゅう……? ってか、え? 喋ってる?」



 理解が追い付かない。


 りゅう? りゅうって何だっけ?


 コレ、魔獣じゃないわけ?



『エッヘン! どうです? 凄いでしょう? ビューティーでマーベラスでしょう?』


「初対面相手にがっつくな。悪いな、あんま気にしないでくれ」


「気にするなって言われても……」



 案内してくれた美人の他に、目付きの悪い男が立っていた。


 んんんー?


 何となく、見覚えがあるような、ないような。



「アナタは?」


「……ま、覚えられちゃいないか」


『あらら』


「局ちょ──コホン、母親から世話を任されたってとこかな。まあ、大抵は他の連中任せになるだろうけどな」


「はあ」


「……しっかし、何だって相手まで指定してきたんだか」


「あの、何か?」


「頼まれたのは、強い騎士と戦わせてやること。間違いないか?」


「え、ええ。アナタ、お母様の知り合いなの?」


「まあな。昔、世話になったんだよ」


「ふーん」



 昔、ねぇ……。


 アタシと同い年ぐらいに見えるけど、どういう知り合いなのかしら。



「俺の訓練の合間にでも、相手をしてもらうといいだろうさ」


「つまり、アタシは誰と戦うことになるわけ?」



 男の目線を追う……までもなく、この場に居るのは、もう一人だけ。



「その女、何なわけ? 普通じゃあないわよね」


『ウヒョーーー! 修羅場の予感、ビンビンです! ギンギンです! バッキバキです!』


「ひッ⁉」



 またあのデカいのが騒ぎ出した。


 反射的に身がすくむ。



「うるせぇ!」



 男が信じられない行動を取ってみせた。


 あろうことか、巨体相手に、平手打ちをかましたのだ。



『ぶ、ぶぶぶ、ぶちましたねー⁉ パピーにもマミーにもぶたれたことないのにー!』


「こっちの手のほうが万倍も痛いわ!」



 何か、気が抜けた。


 こわ張りがほぐれる。


 いちいち怖がっているのがバカらしくなってくる。



「色々とよく分からないことだらけだけど、相手になってくれるわけよね?」


「そう」


「これからしばらくの間、お世話になるわ」


「ん」






 強いなんてものじゃない。


 強過ぎる。


 底が知れない。


 何もかもが通用しやしない。


 ただただ翻弄され圧倒される。



「終わり?」


「……いいえ、まだまだこれからよ!」


「ん」


「キャッ⁉」



 一撃、一閃、一挙動。


 それでお終い。


 手に足に、痺れが残る。


 相手が剣を狙わず、他の箇所を狙っていたのなら。


 幾度、命を失ったことだろう。



「そろそろ交代にしようぜ」


「邪魔しないで。まだアタシの番よ」


「けどよ」


「うっさい。引っ込んでなさい」


「へいへい」


『またまた振られてしまいましたねー』


「妙な言い回しすんな」



 外の情報は不要。


 相手の情報だけを取り込む。


 音と色が消える。


 訪れるのは静寂。


 どれだけ集中しようとも、初動すら捉え切れない。


 後手に回ってはダメだ。


 先制する他、手は無い。



「はあああああああ!」



 気合い一閃。


 彼女の体を、僅かの抵抗も無く通り過ぎる。


 残像。


 いったい、いつから⁉



「ぐはッ⁉」



 したたかに打ち据えられたのは背中。


 いつの間にか背後に回られていた。


 世界に情報が戻る。



『うひー、見てるだけで痛いですねー』


「お、今度こそ俺の番だろ」


『あー、いやー、そうでもなさそうですよー』


「あん?」


「──随分とご執心ですわね」


「んげ」


「そのやる気のほんの一部でも、こちらに傾けていただけたら有難いのですけれど」



 また黙って出て来ていたのか。


 ホント懲りないわね。


 にしても彼、いったい何者なのかしら。


 フラフラと暇してるかと思えば、こうして連れ戻されたりもしているし。


 まあ何にしろ、女に頭が上がらない男なんて、情けない限りだけど。



「休憩だよ休憩。またすぐ戻るつもりだったんだよ」


「そう仰って戻られたことは、記憶にある限り一度もございませんのですけれど」


「そんなことは……ない、はずだ」


「──ワタクシのことがお嫌いですか?」


「そういうのはやめろ」


「コホン。ともあれ、お戻り願います」


「へいへい」


『完全に尻に敷かれてますねー』


「るせぇ」



 ホント、情けない奴。


 無能な主人に仕えるなんて、可哀想に思えてならないわ。






 深夜。


 喉の渇きを覚え、廊下に出る。



「「あ」」



 と、昼間、迎えに来ていた女性とバッタリ出くわした。



「こんな夜更けに、どうかなさいましたか?」


「あ、その、ちょっと水を貰いに」


「そうでしたか。何でしたら、持って来させましょうか?」


「ううん、大丈夫よ」


「分かりました。では、これにて失礼いたします」


「あ」


「……何か、他にご用がございましたか?」


「えっと、その、アナタも大変よね」


「と、仰いますと」


「いっつもいっつも、あんな主人の世話ばかり焼かされてるじゃないの」


「……あんな?」


「情けない奴よね。こんな仕事、嫌になったりしないの?」


「あり得ません」


「そ、そう」



 あまりの迫力に、思わずたじろいてしまう。



「陛──コホン、彼は大変素晴らしい御方です。この世に二人といらっしゃらないほどに」


「へー。あ、もしかして、好きだったりするとか。いや、それこそまさかよねー」


「もちろん。お慕いしております」


「──へ? そ、そうなんだ。さっきは悪く言ってゴメンなさい」


「……どうしてこのような方を」


「えっと」


「ワタクシからもひとつ質問を。よろしいでしょうか?」


「え、ええ、答えられることなら」


「彼とはどのようなご関係で?」


「は? 関係? いや、どのようなも何も、他で会った覚えは無いんだけど」


「本当ですか?」


「た、多分」


「……では勘違い? いえ、そんなはず」


「あー、えっと、2人の邪魔をするつもりはないから」


「……であれば、さっさと帰国してくだされば良いものを」



 さっきから、聞き取れないぐらいの小声で、独り言を何度も零している。


 ちょっと無神経が過ぎたかもしれない。



「──どうかしたのか?」


「「ッ⁉」」



 不意の声に2人して身を震わした。



「……そんなに驚かなくたっていいだろ」


「い、いいい、いつからそこに⁉ 何をしていらしたので⁉」


「夜の散歩の帰りだよ」


「って、また無断で外出されていたのですか⁉」


「護衛なら付いてたぜ。頼んでもいないんだがな」


「もう! そういう問題ではありませんわ! いい加減、ご自分のお立場を──」


「夜中なんだ。大声は控えてくれよ」


「──ッ⁉ し、失礼致しました」


「というわけだ。もう寝ようぜ」


「……へぇ、そうやって女性を部屋に連れ込むってわけね。サイテー」


「あ?」


「じゃ、アタシはもう行くから。どうぞごゆっくり」


「いえあの、ちがッ」



 足音も荒く歩み去る。


 あーもう、何かムカムカする。


 明日もアイツが顔を見せようものなら、訓練相手を変更してやろうかしら。






 既視感、なのかしら。


 以前に会ったことがある?


 けど、いったい何時何処で?


 あの女の人に指摘されてからというもの、妙に気に掛かる。


 いつもと同じように、館を抜け出して来たらしい男。


 今は、あの銀髪の美人と訓練……というか、一方的にのされている。


 まあ、それに関しては、アタシも人のことは言えないけど。



「あー、クソ。やっぱ全然動けてないな」


「前より、遅い」


「だよなぁ。ま、これが実力だったってわけなんだろうが」



 ホント、情けない奴。


 まるで、前は強かったみたいなこと言っちゃってさ。


 みっともないったらありゃしない。



「もういい加減懲りたでしょ? さっさとアタシに代わりなさいよね」


「いいや。どうせ迎えが来れば終いになるんだ。ギリギリまでは俺がやる」



 幾らやっても無駄だって、気付いてないのかしら?


 感覚で分かる。


 あの男は、これ以上強くなれはしない。


 帝都で見た住人のほうが、よっぽど強いくらいなものだし。



「諦めたら? アンタ、強くなんてなれないと思うわよ」


『うわぁー、相変わらず辛辣ですねぇー』


「強くはなれなかろうが、この弱さには慣れとかないとな。いざって時に、判断を間違えちまう」


「何よそれ。訳分かんないんだけど」


「今の俺にできることとできないことを確かめてるんだよ。後はそうだな、ずっと訓練ばっかやってたからな。やらないってのはどうにもわりが悪い」



 ふん、言い訳がましい。


 何でこんな奴が気になってるんだか。


 顔に見覚えは無いと思うんだけどなぁ。


 背中。


 そう、あの背中を見てると、妙な感覚になるのよね。


 何でなのかしら。



「──ねぇ」


「あんま話し掛けんなよ! こちとら余裕無いんだっての!」


「前にどっかで会ったことある?」


「ぐぼぉッ⁉」


『あーあ、今のはまた一段と綺麗に入りましたねー』



 そんなわけないわよね。


 うん、そうよ。


 やっぱり気の所為なんだわ。


 あんな弱い奴の背中が、あの時助けてくれた人と同じだなんてあり得ないもの。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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