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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
終章 四周目 骸の竜
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80 新たな日常

 別に、城なんて無くてもいいんじゃないかと。


 個人的にはそう思うんだが。


 周囲の誰も賛同してはくれそうになかった。


 半球状の巨大な地面の窪みに、幾つもの建材が並べられ、人々が忙しなく動き回っている。



『ヒトと言う生物は、皆さん揃いも揃って勤勉なんですねぇ』



 当たり前のように隣に体を横たえている竜。


 その身は、空とも水とも異なる、光沢を湛えた青。


 当人、いや、当竜曰く、キラキラしてて”うみ”っぽいでしょ、とのこと。


 そもそも、”うみ”とやらが分からん。


 何でも、この大地の外、というか下には、もっと広大な世界が広がっているのだそうだ。



『勝手に食べ物を貰えるとか、どんな楽園ですか。ユートピアですか。シャングリラですか。チョーサイコーです。ずっと此処で暮らします』



 あの日、皇帝に殺されかけた時のこと。


 消滅させた竜の声を聞いたと、この青き竜がやって来た。


 うっかりで皇帝を潰したらしい。


 いきなり目の前に現れたから、つい反射的に手が、とか何とか言い訳していたが。


 そんな途轍もなく危険な生き物によって、重傷もすっかり治されてから早数日。


 伝承にうたわれる竜が顕現したと、帝都中が沸きに沸いた。


 城を消滅させた俺と、皇帝を潰した竜が、何故だか一緒くたにされてまつり上げらていたりする。



「いちいちうるさいんだよ。少しは黙ってろ」


『おやおやー? 命を救ってあげたのに、その態度は無くないですか?』


「礼は言った」


『……え、それだけ? それで終わり? それでチャラになったとでも?』


「何かを要求するなら、やる前に済ませておくことだな」


『おおう、何という物言いでしょう。さては鬼畜ですね。ドSというヤツですね。ヤベー奴ですね』



 最近、コイツが竜だと忘れがちだ。


 どうにも竜っぽくない。


 いやまあ、竜っぽいって何だよって話でもあるんだが。



『……同胞は皆、長命故かのんびり気質ですからねぇ。こういうの、楽しいです』


「そうかい」



 滅んだとされた竜。


 その実、滅んでなどいなかったらしい。


 もっとも、居たのはこの大地の外なわけだが。



『皆も此処に呼び寄せて──』


「やめてくれ」



 コイツだけで十二分に騒がしいのだ。


 こんなのがもう1体でも増えようものなら、堪ったもんじゃない。



吝嗇りんしょくです。ドケチです。ツマラネー奴です』


「オマエが何を言ってるのかも分からん」



 帝国で俺のやるべきことはやり終えた。


 もうすぐにでも故郷へと帰りたい。



「おはよー!」


『おはようです。今日も元気いっぱいですね』


「うん!」


「──こりゃ、もそっと老人をいたわらんかい。ゼェゼェ」


「じいじ、おそい」


「無茶を言うでないわい。ふぅ。これはこれは竜殿。本日もご機嫌麗しく」


『あードモドモ』


青鉛せいえんや。竜殿に失礼のないようにの」


「わかってるよーだ」


「来て早々申し訳ないのですが、雑務が溜まっておりますので、これにて失礼いたします。お手数をおかけしますが、青鉛せいえんのこと、よろしくお願いいたします」


『いえいえ、お気になさらず。お話しするの楽しいですし』


「ねー♪」


『ねー♪』


「どうか、お早いお戻りを願います」



 青鉛せいえんと呼ばれる、まだ10才にも満たない青髪の少女。


 彼女もまた、竜の名を冠する騎士となるべく生を受けた存在だ。


 どこぞの施設にて、秘密裏に育てられていたらしい。


 局長は2人しか存在を知らなかったようだが、帝国には常に4人が存在し続けていたんだとか。


 まあ実際には、皇帝を含めて5人と言えるのかもしれないが。



「なにしてるのー?」


『今日も観察です』


「えー、それじゃあつまんないよー」


『そうです? では、空のお散歩でも行きましょうか』


「わー! いくいく!」


「おいこら待て」


『どうしました?』


「いいから大人しくしとけっての」


『やっぱりケチですねー』


「ケチ―」


「やかましい」



 白竜とは違って、子供らしい子供だ。


 ふくれっ面もすぐに消え、よじ登った竜の背で、楽しそうに転げ回っている。



「キャー! ゴツゴツしてるー!」


『なんという誹謗中傷ですか。お肌はツヤツヤですからね』


「キャー! キャー!」



 青き竜が体をうねらせるたび、少女が歓声を上げる。


 この竜の気質か、この少女の振る舞い故か。


 意外にも、人々からの評判は良い。



「──またこんな所でサボっていましたのね」


「やべッ」



 どうして見つかったかなどと考えるまでもない。


 この図体のデカ過ぎる竜の所為だ。


 いつもいつも付き纏いやがって。


 目立って仕方がない。



「こうも勉強をサボっていては、いつまで経っても終わりませんことよ」


「別に俺じゃなくてもいいだろ? 他の奴にやらせろよ」


「代わりなどおりません」


「いやいや、帝国の人口を考えてもみろよ」


「無理なモノは無理です。いい加減、覚悟をお決めになってくださいまし」


「おー、タジタジだ」


『もしかしてこれが修羅場ってヤツですかね。ワクワクが止まりません』


「皆さん、確保!」


「「アイマム!」」


「うおッ⁉ やめ、こら、放せっての!」


「──さ、皇帝陛下。帝王学に礼儀作法にと、学ばれるべきことは山ほどもございますわ」






 あー、死ぬ。


 毎日毎日、同じことの繰り返し。


 何だって俺なんかが、皇帝なんぞにさせられるんだか。


 城跡近くの館にて、今日も今日とて、軟禁生活を送っていた。



「──ほら、集中が切れていましてよ」


「勘弁してくれ」


「どうしてそう、堪え性が無いんですの」


「俺はしがない一般人なんだ。分不相応にも程があるっての」


「また泣き言ですか」


「……どうして俺なんだよ」


「同じ質問をされましても、同じ答えしかできませんことよ」



 溜息をひとつ吐き、言葉が続けられる。



「人の始祖たる竜がお認めになったのは、他でもないアナタなのです。光栄に思うことこそあれ、何がそうもご不満がおありなのですか?」


「こんなもん、不満しかないっての。俺はただ、故郷に帰りたいだけなんだ」


「帝国こそがアナタの故郷ですわ」


「んなわけあるか」


「いいえ違いませんわ。アナタは皇帝、此処はアナタの国なのです。暴政など論外ですが、お望みのままに国を導いてゆかれればよろしいではありませんか」



 ダメだ、話にならん。


 いっそのこと、王国と合併でもしたらいいんだ。


 あっちの国王が上手いことやってくれれば、それで。



「この国はお嫌いですの?」


「好きも嫌いも、よく知らないっての」


「なら、よくお知りになってくださいまし」


「ハァー」






 夜。


 抉れた大地を前に、つらつらと不満を垂れ流す。



『──嫌なんですかぁ?』


「ああ」


『もしかしなくても、迷惑かけてたりします?』


「……オマエが悪いってわけじゃあない」



 俺だ。


 俺の覚悟の問題。


 やりたいことなら、無くもない。


 未だ残存している、魔獣と魔族の討滅。


 そうすれば、本当の意味で故郷を救うことにもなろう。


 もしくは、マザーたちを帝国へと招くとかも可能だろうか。


 何と言うか、できることが増え過ぎて、現実感がさっぱり伴わない。



「なあ、俺の呪いってのは消えたんだよな?」


『多分ですけどね。同胞の息吹は感じられませんし』



 思い当たる節はある。


 身体能力の低下。


 上級魔術の使用不可。


 あれらもまた、竜によってもたらされた力だったわけか。


 死ねばもう、繰り返すこともない……はずだ。



『呪ってほしかったりします?』


「いいや」


『ですよねー』


「なあ、何で俺なんだ」


『……と言うと?』


「さっきはああ言ったが、竜に認められたってんで、皇帝なんぞにされてるんだが」


『やっぱり迷惑だったんじゃないですか! 酷いです! あんまりです! 弄ばれました!』


「ふざけるな。真面目な話だ」


『えー』


「答えてくれ」


『まー、ぶっちゃけてしまうと、同胞に代わって、助けてくれたことへのお礼って感じですかねー』


「礼?」


『ようやく救われたって。何も返せないことが、唯一の心残りだって。そう言ってました』



 何を言ってやがるんだか。


 救われたのは俺のほうだ。


 あの呪いが無ければ、何も成せやしなかった。


 ただただ失っただけで終わっていたんだぞ。



「それを何だってオマエが叶えようとしてるんだ?」


『長いこと生きてるとですねー、気持ちの大切さっていうのがよーく分かったりするものなんですよー』


「あ?」


『心も死ぬんですよ。肉体だけじゃなく。そうなってしまうともう、違うモノへと成り果ててしまうんです。そう、たとえば、災禍の獣みたいに』


「──何だと」


『アレらが元々、同胞だったかまでは分かりません。ですけど、心を失って暴走する同胞を、数多く目にしてもきました』


「おい待て、待ってくれ。アレら、だと? まさか、他にも居るってのか?」


『この浮島にって意味ではなく、地上にって意味ですけどねー』


「……マジかよ」


『この地に居た同胞も、結構危ういところでしたねー。自身の消滅ではなく、世界の消滅を願ってしまっていたなら』



 あの怪物も竜だったのか?


 黒き竜とも、赤き竜とも、そしてこの青き竜とも、まるで形状が異なっていた。



『あ、難しく考えなくていいですよー。まあ、色々と語っちゃいましたが、同胞のために何かするのが好きってだけです』


「別に、知り合いってわけじゃあないんだろ? それでもか?」


『ヒトは違うんですかね? 同胞の声は、遠く離れていても聞こえますから。とは言っても、今回は急に聞こえるようになったんですけどね』



 城が消し飛んだ所為だろうか。


 それとも、また別の要因だったりするのか。



「声が聞こえた、ねえ」


『納得がいきませんか?』


「いいや、仲間想いなんだなってな」


『ナマカ? どういう意味です?』


「どんな聞き間違いしてるんだよ。なまか、じゃない、仲間だ。意味は……そうだな、何だろうな」



 家族に仲間。


 もうずっと拘り続けていた関係だ。


 そばには居ない誰かを、そうやって想い続けてきた。



『分からないのですか?』


「難しいんだよ、色々とな」


『ふーむ?』



 何をしてやれるだろう。


 今ならば、これからは。


 昔には戻れやしない。


 皆で暮らしたあの家に集うことは、もう二度とありはしない。


 けれども、皆の暮らす場所を守ることならば、あるいは、今の俺にならできるのかも。


 得られた力の殆どを失い、随分と弱くなってしまった俺だけど。



「──もう少しだけ、頑張ってみるか」


『今、何か恥ずかしいことを言ったです?』


「何で恥ずかしいこと限定なんだよ」



 立ち上がる。



『もう気は済んだんですか?』


「まあな。そろそろ寝るよ」


『そうですか。では、また明日』


「ああ、またな」






 館へと戻る道中、音も無く影が増える。



「護衛なら要らないって言ったろ」


「聞いた」


「なら」


「前、守れなかった」


「あ?」


「今度は守る。ちゃんと」


「皇帝に襲われた時のことを言ってんのか?」


「違う」


「じゃあ何だよ」


「皇帝、代わった。もう違う」



 ええい、ややこしいな。


 通訳する奴はいないのか。



「俺なんかじゃなく、あのチビを守ってやれよ」


「誰?」


「ほれ、あの青髪の女の子だよ」


青鉛せいえん?」


「そうそう」


「大丈夫。皇帝より強い」


「……そうかよ」



 何か、思った以上にヘコんだわ。



「護衛、必要」


「やれやれ、また訓練でもしようかね」


「やる?」


「……今すぐは勘弁してくれ」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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