80 新たな日常
別に、城なんて無くてもいいんじゃないかと。
個人的にはそう思うんだが。
周囲の誰も賛同してはくれそうになかった。
半球状の巨大な地面の窪みに、幾つもの建材が並べられ、人々が忙しなく動き回っている。
『ヒトと言う生物は、皆さん揃いも揃って勤勉なんですねぇ』
当たり前のように隣に体を横たえている竜。
その身は、空とも水とも異なる、光沢を湛えた青。
当人、いや、当竜曰く、キラキラしてて”うみ”っぽいでしょ、とのこと。
そもそも、”うみ”とやらが分からん。
何でも、この大地の外、というか下には、もっと広大な世界が広がっているのだそうだ。
『勝手に食べ物を貰えるとか、どんな楽園ですか。ユートピアですか。シャングリラですか。チョーサイコーです。ずっと此処で暮らします』
あの日、皇帝に殺されかけた時のこと。
消滅させた竜の声を聞いたと、この青き竜がやって来た。
うっかりで皇帝を潰したらしい。
いきなり目の前に現れたから、つい反射的に手が、とか何とか言い訳していたが。
そんな途轍もなく危険な生き物によって、重傷もすっかり治されてから早数日。
伝承に謳われる竜が顕現したと、帝都中が沸きに沸いた。
城を消滅させた俺と、皇帝を潰した竜が、何故だか一緒くたにされて祀り上げらていたりする。
「いちいちうるさいんだよ。少しは黙ってろ」
『おやおやー? 命を救ってあげたのに、その態度は無くないですか?』
「礼は言った」
『……え、それだけ? それで終わり? それでチャラになったとでも?』
「何かを要求するなら、やる前に済ませておくことだな」
『おおう、何という物言いでしょう。さては鬼畜ですね。ドSというヤツですね。ヤベー奴ですね』
最近、コイツが竜だと忘れがちだ。
どうにも竜っぽくない。
いやまあ、竜っぽいって何だよって話でもあるんだが。
『……同胞は皆、長命故かのんびり気質ですからねぇ。こういうの、楽しいです』
「そうかい」
滅んだとされた竜。
その実、滅んでなどいなかったらしい。
もっとも、居たのはこの大地の外なわけだが。
『皆も此処に呼び寄せて──』
「やめてくれ」
コイツだけで十二分に騒がしいのだ。
こんなのがもう1体でも増えようものなら、堪ったもんじゃない。
『吝嗇です。ドケチです。ツマラネー奴です』
「オマエが何を言ってるのかも分からん」
帝国で俺のやるべきことはやり終えた。
もうすぐにでも故郷へと帰りたい。
「おはよー!」
『おはようです。今日も元気いっぱいですね』
「うん!」
「──こりゃ、もそっと老人を労わらんかい。ゼェゼェ」
「じいじ、おそい」
「無茶を言うでないわい。ふぅ。これはこれは竜殿。本日もご機嫌麗しく」
『あードモドモ』
「青鉛や。竜殿に失礼のないようにの」
「わかってるよーだ」
「来て早々申し訳ないのですが、雑務が溜まっておりますので、これにて失礼いたします。お手数をおかけしますが、青鉛のこと、よろしくお願いいたします」
『いえいえ、お気になさらず。お話しするの楽しいですし』
「ねー♪」
『ねー♪』
「どうか、お早いお戻りを願います」
青鉛と呼ばれる、まだ10才にも満たない青髪の少女。
彼女もまた、竜の名を冠する騎士となるべく生を受けた存在だ。
どこぞの施設にて、秘密裏に育てられていたらしい。
局長は2人しか存在を知らなかったようだが、帝国には常に4人が存在し続けていたんだとか。
まあ実際には、皇帝を含めて5人と言えるのかもしれないが。
「なにしてるのー?」
『今日も観察です』
「えー、それじゃあつまんないよー」
『そうです? では、空のお散歩でも行きましょうか』
「わー! いくいく!」
「おいこら待て」
『どうしました?』
「いいから大人しくしとけっての」
『やっぱりケチですねー』
「ケチ―」
「やかましい」
白竜とは違って、子供らしい子供だ。
ふくれっ面もすぐに消え、よじ登った竜の背で、楽しそうに転げ回っている。
「キャー! ゴツゴツしてるー!」
『なんという誹謗中傷ですか。お肌はツヤツヤですからね』
「キャー! キャー!」
青き竜が体をうねらせるたび、少女が歓声を上げる。
この竜の気質か、この少女の振る舞い故か。
意外にも、人々からの評判は良い。
「──またこんな所でサボっていましたのね」
「やべッ」
どうして見つかったかなどと考えるまでもない。
この図体のデカ過ぎる竜の所為だ。
いつもいつも付き纏いやがって。
目立って仕方がない。
「こうも勉強をサボっていては、いつまで経っても終わりませんことよ」
「別に俺じゃなくてもいいだろ? 他の奴にやらせろよ」
「代わりなどおりません」
「いやいや、帝国の人口を考えてもみろよ」
「無理なモノは無理です。いい加減、覚悟をお決めになってくださいまし」
「おー、タジタジだ」
『もしかしてこれが修羅場ってヤツですかね。ワクワクが止まりません』
「皆さん、確保!」
「「アイマム!」」
「うおッ⁉ やめ、こら、放せっての!」
「──さ、皇帝陛下。帝王学に礼儀作法にと、学ばれるべきことは山ほどもございますわ」
あー、死ぬ。
毎日毎日、同じことの繰り返し。
何だって俺なんかが、皇帝なんぞにさせられるんだか。
城跡近くの館にて、今日も今日とて、軟禁生活を送っていた。
「──ほら、集中が切れていましてよ」
「勘弁してくれ」
「どうしてそう、堪え性が無いんですの」
「俺はしがない一般人なんだ。分不相応にも程があるっての」
「また泣き言ですか」
「……どうして俺なんだよ」
「同じ質問をされましても、同じ答えしかできませんことよ」
溜息をひとつ吐き、言葉が続けられる。
「人の始祖たる竜がお認めになったのは、他でもないアナタなのです。光栄に思うことこそあれ、何がそうもご不満がおありなのですか?」
「こんなもん、不満しかないっての。俺はただ、故郷に帰りたいだけなんだ」
「帝国こそがアナタの故郷ですわ」
「んなわけあるか」
「いいえ違いませんわ。アナタは皇帝、此処はアナタの国なのです。暴政など論外ですが、お望みのままに国を導いてゆかれればよろしいではありませんか」
ダメだ、話にならん。
いっそのこと、王国と合併でもしたらいいんだ。
あっちの国王が上手いことやってくれれば、それで。
「この国はお嫌いですの?」
「好きも嫌いも、よく知らないっての」
「なら、よくお知りになってくださいまし」
「ハァー」
夜。
抉れた大地を前に、つらつらと不満を垂れ流す。
『──嫌なんですかぁ?』
「ああ」
『もしかしなくても、迷惑かけてたりします?』
「……オマエが悪いってわけじゃあない」
俺だ。
俺の覚悟の問題。
やりたいことなら、無くもない。
未だ残存している、魔獣と魔族の討滅。
そうすれば、本当の意味で故郷を救うことにもなろう。
もしくは、マザーたちを帝国へと招くとかも可能だろうか。
何と言うか、できることが増え過ぎて、現実感がさっぱり伴わない。
「なあ、俺の呪いってのは消えたんだよな?」
『多分ですけどね。同胞の息吹は感じられませんし』
思い当たる節はある。
身体能力の低下。
上級魔術の使用不可。
あれらもまた、竜によって齎された力だったわけか。
死ねばもう、繰り返すこともない……はずだ。
『呪ってほしかったりします?』
「いいや」
『ですよねー』
「なあ、何で俺なんだ」
『……と言うと?』
「さっきはああ言ったが、竜に認められたってんで、皇帝なんぞにされてるんだが」
『やっぱり迷惑だったんじゃないですか! 酷いです! あんまりです! 弄ばれました!』
「ふざけるな。真面目な話だ」
『えー』
「答えてくれ」
『まー、ぶっちゃけてしまうと、同胞に代わって、助けてくれたことへのお礼って感じですかねー』
「礼?」
『ようやく救われたって。何も返せないことが、唯一の心残りだって。そう言ってました』
何を言ってやがるんだか。
救われたのは俺のほうだ。
あの呪いが無ければ、何も成せやしなかった。
ただただ失っただけで終わっていたんだぞ。
「それを何だってオマエが叶えようとしてるんだ?」
『長いこと生きてるとですねー、気持ちの大切さっていうのがよーく分かったりするものなんですよー』
「あ?」
『心も死ぬんですよ。肉体だけじゃなく。そうなってしまうともう、違うモノへと成り果ててしまうんです。そう、たとえば、災禍の獣みたいに』
「──何だと」
『アレらが元々、同胞だったかまでは分かりません。ですけど、心を失って暴走する同胞を、数多く目にしてもきました』
「おい待て、待ってくれ。アレら、だと? まさか、他にも居るってのか?」
『この浮島にって意味ではなく、地上にって意味ですけどねー』
「……マジかよ」
『この地に居た同胞も、結構危ういところでしたねー。自身の消滅ではなく、世界の消滅を願ってしまっていたなら』
あの怪物も竜だったのか?
黒き竜とも、赤き竜とも、そしてこの青き竜とも、まるで形状が異なっていた。
『あ、難しく考えなくていいですよー。まあ、色々と語っちゃいましたが、同胞のために何かするのが好きってだけです』
「別に、知り合いってわけじゃあないんだろ? それでもか?」
『ヒトは違うんですかね? 同胞の声は、遠く離れていても聞こえますから。とは言っても、今回は急に聞こえるようになったんですけどね』
城が消し飛んだ所為だろうか。
それとも、また別の要因だったりするのか。
「声が聞こえた、ねえ」
『納得がいきませんか?』
「いいや、仲間想いなんだなってな」
『ナマカ? どういう意味です?』
「どんな聞き間違いしてるんだよ。なまか、じゃない、仲間だ。意味は……そうだな、何だろうな」
家族に仲間。
もうずっと拘り続けていた関係だ。
そばには居ない誰かを、そうやって想い続けてきた。
『分からないのですか?』
「難しいんだよ、色々とな」
『ふーむ?』
何をしてやれるだろう。
今ならば、これからは。
昔には戻れやしない。
皆で暮らしたあの家に集うことは、もう二度とありはしない。
けれども、皆の暮らす場所を守ることならば、あるいは、今の俺にならできるのかも。
得られた力の殆どを失い、随分と弱くなってしまった俺だけど。
「──もう少しだけ、頑張ってみるか」
『今、何か恥ずかしいことを言ったです?』
「何で恥ずかしいこと限定なんだよ」
立ち上がる。
『もう気は済んだんですか?』
「まあな。そろそろ寝るよ」
『そうですか。では、また明日』
「ああ、またな」
館へと戻る道中、音も無く影が増える。
「護衛なら要らないって言ったろ」
「聞いた」
「なら」
「前、守れなかった」
「あ?」
「今度は守る。ちゃんと」
「皇帝に襲われた時のことを言ってんのか?」
「違う」
「じゃあ何だよ」
「皇帝、代わった。もう違う」
ええい、ややこしいな。
通訳する奴はいないのか。
「俺なんかじゃなく、あのチビを守ってやれよ」
「誰?」
「ほれ、あの青髪の女の子だよ」
「青鉛?」
「そうそう」
「大丈夫。皇帝より強い」
「……そうかよ」
何か、思った以上にヘコんだわ。
「護衛、必要」
「やれやれ、また訓練でもしようかね」
「やる?」
「……今すぐは勘弁してくれ」
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