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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
終章 四周目 骸の竜
90/97

79 皇帝

 怪物の討伐は成された。


 残存していた魔獣の掃討に、さらにもう1日かけながらも、見事決戦は勝利を以て終結した。


 死者及び行方不明者は百余名、負傷者に至っては、前線に出た殆どの者が該当するほど。


 特に王国勢の被害が甚大。


 決して完勝とは言い難い結果ではあった。


 ある者は故郷へと帰り、またある者は彼の地に残った。


 俺はまだ、故郷へは帰れない。


 やるべきことが残されている。






「──バカなことを申すでない! 黒鉄くろがね赤銅しゃくどうが死ぬわけなかろうが!」


「爺さん……」


「あり得ぬ……そのようなこと……あるわけが……」



 決戦には参加しなかった爺さんが、城にて出迎えてくれた。


 が、怪物討伐の報よりも、あの2人が死んだことのほうが、よっぽど信じられないようだ。


 怪物に関しては、黒雲が晴れていることからも、おおよその察しはついていたのかもしれないが。


 爺さんが彼らのことをどう思っていたのかなど、興味も関係もありはしない。


 母子に対しての非道な行い。


 他にも、何をしているかなど知れたものではない。


 罪には罰を。


 赤竜とも約束したのだ。


 竜の骸を処分し、二度と彼らのような存在が生み出されないようにすると。


 それに、繰り返しに関しても、どうにかする必要だってある。


 怪物はもうたおせたのだ。


 長年に亘る宿願は、遂に果たされた。


 あの2人の犠牲を想えば、諸手を上げて喜ぶなど、できはしない。


 他にも、少なくない数の犠牲者だって出た。


 それでも、守りたいと願った者たちは全員無事だった。


 薄情極まりないが、2人やその他大勢を救うため、再びの繰り返しに挑むつもりにはなれない。


 次がより良い結果となる保証など、ありはしないのだから。


 これ以上は望むまい。


 成すべきことは、後一つきり。


 竜の骸の処分。


 そうすれば王国に、故郷にやっと帰れる。



「いったい何が……陛下にどうご報告申し上げれば良いのだ……ええい、もそっと子細を話さんか!」


「ああ。だが立ちっぱなしは勘弁だ。どっかに座って話させてくれよ」






 地層が剥き出しの壁面に覆われた広大な空間。


 何に使うのか知りたくもないような、妙な機材やベッドが並ぶ中、燦々《さんさん》たる照明が一際巨大なモノを闇から浮かび上がらせている。



「此処がそうなのか……」



 部屋に入るなり爺さんに魔術を施し、こうして竜の骸のもとへと案内させた。



「なあ、見えてるか?」


『──ええしかと。何とむごいことを』



 何も無い空間から声が返る。


 精霊。


 もちろん、付いて来ているわけではなく、別れ際に持たされた、何の鉱石だかも知れない球体を介しているに過ぎない。


 その声の示すとおり、いやそれ以上に、酷い有様だった。


 竜の骸。


 恐らくは、そうであったろう物体。


 五体はバラされ、表皮は既に無く、骨が見えるように肉が開かれていた。


 不思議と腐臭はない。


 いや、そもそもが千年も経っていて、肉が残っているなど、通常ではあり得まい。



『──竜よ。ワタクシの声が聞こえますか?』



 遮断により、竜の声は届かない。


 精霊の声が聞こえるのは、念話ではなく、手に持つ球体から発せられているため。



『──竜よ。どうか荒魂あらみたまをお鎮めください』



 照明が不自然な明滅を繰り返す。


 風など吹くはずもないのに、気流が発生してもいる。



『──やはり通じませんか。残念です』


「ならどうするんだ?」


『──願いを聞き届ける他無いでしょう』


「つまりは、予定どおりってわけだな」


『──遺憾ながら。懸念があるとすれば、このまま魂のみ残ってしまうことですが』


「おいおい、勘弁してくれ」


『──竜の思念とは、人のそれとは根本から異なります。人が竜に変じて意識を保てなかったように』



 魂なんてもん、どう対処すればいいんだよ。



『──幸いにも、人の滅びを願ってはいません。そうなってしまう前に、どうか』



 恐ろしいことを、さらっと言うなよな。


 怪物の次は竜の魂、なんてのは御免被る。



「どれぐらいの被害規模だろうな」


『──城からはなるべく離れた場所へと待避させるのが無難でしょうね』


「爺さんに頑張ってもらうか」


『──あの者の処遇については』


「あの2人のことを想えば、諸共にって気にもなるんだがな」


『──では、助けるのですか?』


「他に何をしていないとも限らないしな。精々、寿命を全うするまでは、労働で償ってもらうさ」


『──そうですか』


「不満か?」


『──いえ。あの者にのみ、責や咎があるわけではないのでしょう。ワタクシから言うべきことは何も』



 城の全員となると、百人は下らないよな。


 今日中に済ませるのは無理かねぇ。






 深夜にまで及び、城からの避難はほぼ完了した。


 残るは2人。


 片方はともかく、もう片方は流石に見過ごせやしない。


 初めて訪れた最上階には、予想に反して、誰の姿もありはしなかった。


 面倒臭いことこの上ないが、上から順に部屋の中を改めてゆく。


 そうして辿り着いたのは、謁見の間の前。


 大きな扉を押し開けて中へと入る。



「──誰が姿を見せるかと思えば、御子みこだったか。意外だな」



 玉座から見下ろす皇帝。


 その前方に控えるのは、他でもない白竜。



「この騒ぎ、キサマの仕業と見たが」


「まあな」


「……口の利き方には、十二分に気を付けることだ」


「咎めるのは口の利き方だけでいいのか? 姿勢やら態度やらにと、気に入らないことだらけだろうに」


「無礼が過ぎるな。何様のつもりだ。先の戦の功を鼻にかけ、英雄でも気取っておるのか」


「別に。そんなつもりはないね」


「ならばどうする。よもや、この皇帝の座、奪いにでも来おったか」


「興味すら無いね。要求はただひとつ。城から出てほしいってだけさ」


「余に対し、余の城から出ろと申すか」


「死にたいってんなら、別に構わないけどな」


「何だと?」


「もうすぐ消滅しちまうんでね」


「……キサマ、何をした」


「俺は竜の御子みこなんだろ? だから、その役目ってヤツを果たしてやるのさ」


「狙いは骸か」


「ご明察」


「墓所を暴いたわけか」


「ぼしょ? 墓って意味か? あんなもんを、そんな風に呼んでるのかよ」


「理解が及んでおらんな」


「あ?」


「竜のではない。人のだ。成り損ない共のな」


「──テメェ」


「児戯に付き合ってやるのもここまでだ。白銀はくぎん、ゴミを始末しろ」


「了解」



 殺気を感じるよりも先に、反射的にしゃがんだ頭上。


 冷たい金属が通過していった。


 交渉は決裂。


 というか、そもそも破綻はたんしていたようなもんか。


 まさか黒竜じゃなく、白竜とこうして戦うことになるとは。


 銀閃が間断なく揮われる。


 全て必殺。


 慈悲は無い。



「……ほう。よく動くものだ。実に見苦しい」



 チッ、いい気なもんだぜ。


 気が逸れた一瞬。


 避け損なって、鮮血が散る。



「ぐッ」



 傷は浅い……とは言い難いか。


 左腕に激痛。


 くそッ、床を磨き過ぎなんだよ!



「無駄に足掻くな。汚れが増える」



 せめて剣をどうにかしないとマズ過ぎる。


 此処では死ねない。


 今回で終わらせるんだ。


 剣身を掴みかかるが、素早く抜き去られた。


 掌と指が斬り裂かれる。


 次の瞬間、刺突が容赦なく胴を貫いた。






 場所は変わらず、謁見の間。


 いつもの川辺ではない。


 ……死んでない、のか?


 不思議と痛みも無い。


 いや、腕やら手やらが痛い。


 だが、突き立った剣先からの痛みは無い。



「不思議」



 今さっき、人を容赦なく突き刺したとは思えぬほどの軽い声。


 剣が引き抜かれていった先端には、精霊との会話を可能としていた球体が突き刺さっていた。


 なるほど、アレが防いでくれたわけか。


 もう次の奇跡など起こり得ない。


 この機を逃しはしない。


 限界まで手を伸ばし、白竜の腕を掴む。



 ≪支配エレンホス



 精神魔術の上級。


 白竜の殺気が止む。



「どうした白銀はくぎん。余は既に命を下したぞ」



 これで残るは、皇帝ただ一人きり。


 皇帝を城の外で見かけたことなど、ただの一度もありはしない。


 居室のベランダにさえ、だ。


 かたくなに城を出ない理由とは何か。


 城内であれば、竜の干渉は及ばない。


 俺と同じように、皇帝もまた、竜の干渉を受けるのではなかろうか。


 そもそもがおかしい。


 竜が呪うとすれば、俺などよりも相応しい相手が既に存在している。


 真っ先に狙われるであろう人物。


 そう、皇帝その人だ。



「俺じゃあ無理だが、白竜ならやれるかもな」


白銀はくぎん、何をしている。さっさと殺せ」


「床だ! 思いっきりぶち抜け!」






 魔獣を切断してみせる少女に、魔獣の骨を含んだ建材など意味を成さない。


 謁見の間の床が抜ける。


 覗くは城の地下。


 竜の骸のある場所だ。


 たちまち襲い来る干渉を防ぐべく、魔術を発動させる。



 ≪遮断ブロック



 精神魔術の中級。


 支配の維持のため、完全には防ぎきれない。



「あがああああああああああァッ⁉」



 それでも、彼ほどではあるまい。


 玉座から転げ落ち、頭を押さえつけながら、壇上をのたうち回っている。



「命まで奪うつもりは無かったんだが。どうにもアンタが居ないほうが、この国は良くなりそうな気がするね」



 白竜に抱えられ、穴へと跳び込む。


 骸の前には、白光する巨石。


 怪物から摘出した魔石だ。


 そのすぐそばへと降り立つ。



「そう急かすなっての。すぐに済ませてやるからよ」



 俺一人じゃあ、消滅範囲から逃れるのは難しかっただろうが、今は白竜が居る。


 無理矢理で悪いが、また連れ出してもらうとしよう。


 魔石に手を触れる。


 決戦の地を離れる前に、精霊やエルフたちに手伝ってもらって、魔力は臨界手前まで注いである。


 2種の魔術を維持したままってのは辛いが、仕方があるまい。


 頭痛が強まるのを覚悟して、魔力を注ぐ。


 魔石の光が強まる。


 臨界。


 白竜に全力で離脱を指示。


 一気に地下を脱して、城から離れてゆく。


 その後ろを、消滅の光が包む。






 城も、城壁も、跡形も残らなかった。


 あるのは、深く抉り取られた大地。


 深夜に加え、城の明かりが消滅したことで、暗さがより際立って見える。


 遮断を解除してみる。


 もう、頭痛は襲っては来ない。



「何これ」



 白竜が隣で声を漏らした。


 支配を解いたつもりなど無かったのだが。


 ともかく、掴んでいた腕を放す。



「城跡、だな」


「?」



 可愛らしく小首を傾げられてしまった。


 いやしかし、これはやり過ぎたか。


 予想したよりも消滅範囲は広かったようだ。


 城の周囲に住宅が無かったことが不幸中の幸い。


 爺さんたちには、住宅街まで避難してもらっている。


 どうせ、城には寝泊まりできなくなるのだ。


 付近に居ても、どうしようもない。



「あ」


「ん? どうかしたか?」


「誰か居る」


「この暗がりでよく見えるな。どの辺だ?」


「多分、中心」


「……何処だって?」


「あそこ」



 指差してみせた先にあるのは、抉れた大地のみ。


 消滅直後なのだ。


 人が居るわけがない。



「来た」


「は?」






「──おごッ⁉」



 突然、体が吹っ飛ばされた。


 左腕が胴体にめり込んでいる。


 腕も肋骨も片肺さえも、潰されてしまったらしい。


 地面に落ちてからも、勢いはなお止まることなく、地を削り遠ざかってゆく。



「よくも。よくもよくもよくもよくもよくも」



 声は至近から。



「余の竜を、余の城を、余の国を。よくもやってくれたな、竜の傀儡が!」



 ──バカな。


 あり得ない。


 あり得るはずがない。


 ただの人が、どうやってあの消滅を耐えれたというのか。



「がァッ⁉」



 腹部が潰された。


 そのまま地面へと縫い付けられる。


 足を突き立てているのは、先程消滅したはずの皇帝。



「実に忌々しい。災禍の獣だと? キサマにこそ、その名が相応しいわ」


「ぎあァッ⁉」



 腹を突き破らんばかりに足が押し込まれてくる。


 地面が罅割れ、めり込んでゆく。


 何て力してやがる。



「潰れて爆ぜろ」



 今度は踏みつけが連続した。



「ごふッ、がはッ」



 口内に血が溢れ、噴き出す。



「ハッ、どうしたその目は。余の力に今更恐れおののいているのか」


「ごぼッ、ごばッ」


赤銅しゃくどう黒鉄くろがね白銀はくぎんと、まさかアレらが、千年に亘る研究の成果だとでも思ったか」



 じゃあやっぱり、コイツも。



「余が冠するは黄金おうごん。初代皇帝の力を、ほぼ再現してみせた傑作と知れ」


「が──は──」


「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」


「──────」


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」



 これはもう助からないな。


 出血が多過ぎる。


 腹の中身なんて、酷い有様だろう。


 次は……もう目覚められないのか。


 畜生め。


 せめて、道連れとはいかずとも、一撃もやり返さずに死んで堪るかよ。


 こちとら、伊達に何度も死んでやしねぇんだ。



「があァ──ッ!」



 指先だけでも動かす。



 ≪セット Ω《オメガ》≫



 これには耐えられるかよ。



 ≪死念タナトス



 精神魔術の上級。



「──どうした? その指で余にどう歯向かってみせる?」


「な──んで──」



 不発。


 魔力を想定以上に消耗でもしてるってのか⁉


 いや、まだだ!


 上級が無理なら、中級で──。



「気でも違えたか。しかし、余を指差すなど、不敬であろう、が!」


「────ッ!」



 不快な音と共に、片手が踏み砕かれた。


 まるで見せつけるかのように、もう片方の手へと迫る足裏。


 容赦なく足が振り下ろされた。



「──────」


「そうそう、まだ意識があるうちにひとつ褒めてやろう。キサマの頑丈さは、中々の代物だったぞ」



 気配が強まる。



「最後だ。余の全力を見せてやろう」



 大跳躍。


 粒ほどに遠ざかったかと思えば、見る見るうちに大きさを取り戻してゆく。


 足裏が迫りくる。


 狙いは顔面か。


 どうやら今回ばかりは、白竜が助けてくれるわけでもないらしい。


 脱力して目を閉じる。


 ぐしゃり。


 最期に、不快な音を聞いた気がした。






『──あら? もしかして、何か潰しちゃいましたかね』



 念話?


 まさか、精霊が助けに来てくれたのか?



『あのぉ、もしも~し、まだ生きてますかぁ~?』



 いや違う。


 精霊の声じゃない。


 目を見開く。


 声の主と思われる存在は、中空にあった。


 竜。


 闇夜を照らさんばかりに、光を湛えている。


 皇帝の姿は、何処にも見当たらない。



『はてさて、同胞の声を聞きつけ来てみれば。まさかまさか、こんな小さな浮島に、見知らぬ生物が住んでいるとは。驚きです。びっくりです。驚天動地……は言い過ぎですかね』



 もう、何が何やら。


 体中が痛い。


 血が足りない。



『それにしても酷い怪我ですね。治さないと死んでしまいませんか?』



 まあ、そうでしょうね。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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